【総点検・マレーシア経済】第534回 米マレーシア貿易協定解説(1)

第534回:米マレーシア貿易協定解説(1)

 

10月26日、ASEAN首脳会議に合わせてマレーシアを訪問したトランプ大統領とアンワル首相の間で「米国・マレーシア相互貿易協定(Agreement between the United States of America and Malaysia on Reciprocal Trade)」が締結されました。この協定には、マレーシア側が米国に対して行った関税・非関税障壁に関する譲歩だけでなく、マレーシア側が米国から得た関税面での譲歩も含まれているため、形式的にはFTAとみなせるものです。

 

実質的にはマレーシア側の片務的な譲歩という性格が強いにもかかわらず、この貿易協定はなぜ「相互(Reciprocal)」を称し、FTAの形式を取っているのでしょうか。筆者は、もしマレーシアが米国に対して行った譲歩がFTAによるものでない場合、WTOの最恵国待遇(MFN)原則により、他のすべてのWTO加盟国に米国と同じ好待遇を与えなければならなくなるためであると見ています。

 

FTAはWTOのMFN原則の例外とされるため、FTA内で行った譲歩をFTA相手国に限ることが許されます。したがって、今回の米国に対するマレーシア側の譲歩について他国はWTOのMFN原則を唱えて同様の待遇を求めることができません。米国はマレーシア側が行った譲歩を独占できることになります。

 

この協定においてマレーシアは米国に対して多くの譲歩を行っています。化学製品、機械・電気機器、金属、乗用車、乳製品、園芸製品、鶏肉、豚肉、米、燃料エタノールなど広範な品目で関税の引き下げ・撤廃を行っています。即時撤廃品目のほか、5年・9年かけて段階的に撤廃される品目もあります。また、豚肉、牛乳・クリーム、鶏肉などに対して無税輸入枠が設定されています。

 

あまりニュースになっていませんが、注目されるのは米国製自動車について排気量に関わらず物品税(excise duty)の最低税率を適用することになっている点です。例えば、Jeep Grand Cherokeeをマレーシアに輸入した場合の物品税は通常125%となりますが、この協定により同カテゴリー内の最低税率である80%が適用されることになります。さらに通常はAPによって制限されている輸入車の台数上限からも米国車は除外されること、米国の安全基準・排出基準を満たした自動車をマレーシアがそのまま受け入れることになっています。

 

米国の自動車メーカーでマレーシアにおいて2024年に最も売れたのはフォードの6232台(シェア0.8%)であり、マレーシアの自動車市場に大きな影響を及ぼすとは考えにくいものの(あるいは考えにくいため)、自動車分野においてマレーシアはほとんど全面的に米国へ譲歩したと言えます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

ザフルル投資貿易相、上院議員任期満了の12月2日に退任

【クアラルンプール】 投資貿易産業省(MITI)のザフルル・アブドル・アジズ大臣は13日、自身の上院議員任期が満了する2025年12月2日付で大臣職を退任すると発表した。アンワル・イブラヒム首相には、退任後も顧問として引き続きMITIに貢献していく意向を伝えたという。

ザフルル氏は第3四半期業績報告後の記者会見で、アンワル・イブラヒム首相の下で職務を遂行する機会を得られたことに感謝の意を表した上で、2022年12月の就任以来、多額の外国直接投資(FDI)の誘致とマレーシアの国際貿易競争力の強化における同省の成果を強調した。

ザフルル氏は元銀行家でムヒディン・ヤシン政権下の2020年から2022年まで民間から登用され財務相を務めた。貿易自由化、デジタル化、持続可能性に重点を置いた政策を通じて、マレーシアを地域の投資ハブとして推進する上で中心的な役割を果たしてきた。

現アンワル内閣ではすでに経済相と天然資源・環境持続可能性相の2つの閣僚ポストが閣僚辞任により空白となり現職閣僚による兼任となっており、さらに今回投資貿易産業相ポストが空くことにより、内閣改造が近まっているとの観測が高まっている。
(ベルナマ通信、ビジネス・トゥデー、ニュー・ストレーツ・タイムズ電子版、11月13日)

「ACG BASE」、ららぽーとBBCC内にオープン

【クアラルンプール=アジアインフォネット】 三井不動産が開発した「三井ショッピングパークららぽーとブキッ・ビンタンシティセンター(ららぽーとBBCC)」2階の日本を中心としたアニメ、コミック、ゲーム関連の小売店集積ゾーン「ACG BASE」が正式オープンし、13日にメディアツアーが開催された。

年内を予定しているフルオープン時には20あまりの店舗が入居する予定。現時点ですでに開店しているのは、日本のアニメイトとカドカワのほか、▽ディメンション・ポップタウン▽ザ・ピンク・ルーム▽シュミ(Xumi)▽ドコココ・グッズ▽ヌルセット・グッズ▽Qポケット▽モリ・モリ(ベーカリー・カフェ)――で、アニメイトは地階と地下1階にも店舗とカフェを運営している。

「ACG BASE」内にはまた、アイドルグループ「AKB48」のマレーシア姉妹グループである「KLP48」の常設劇場も設置される予定で、このほか▽バッド・エッグ・クラブ▽工房7号▽カード屋▽ゴジラ・ストア――などが近く開店を予定している。

【イスラム金融の基礎知識】第580回 馬企業の沖縄リゾート開発にイスラム金融活用

第580回 馬企業の沖縄リゾート開発にイスラム金融活用

Q: 日本でのリゾート開発にイスラム金融の資金が活用されるそうですが?

A: マレーシアの政府系金融機関であるマレーシア輸出入銀行が11月に明らかにしたところによると、マレーシア大手不動産開発業者のブルジャヤ・グループが手がける沖縄県のリゾート開発に対して、イスラム式を含めた融資を行うことになった。

マレーシア側の報道や当事者のメディア発表等によると、ブルジャヤ・グループは沖縄県恩納村にフォーシーズンズ・リゾート・アンド・プライベート・レジデンス沖縄(フォーシーズンズ沖縄)を総工費約1,000億円かけて2027年に開業することを、2024年に発表した。ブルジャヤ・グループは、これまでにも京都でフォーシーズンズ・ホテルを手掛けた実績がある。今回明らかになったのは、総工費のうち7,000万米ドル分が、輸出入銀行からの融資となるというものである。輸出入銀行には、連邦政府の2026年予算で輸出振興を目的としたファンド(スキム・エクスポート・ロンジャカン)が創設され、この一部を活用する融資となった。同ファンドをめぐっては、中国やオーストラリアの金融機関との提携も発表されており、同様の貿易保険スキームとも連携してマレーシア企業の輸出を促進していく。

今回の融資のもう一つ特徴的な点として、イスラム式であることである。ムダーラバやムラーバハなどの具体的な契約手法と、融資対象案件にどの程度イスラム法が適用されるかは、発表や報道内容からは不明である。一般的にイスラの金融の分野では、リゾートホテル・ビジネスはエンターテインメント要素が強くイスラム法に抵触する恐れがあるのではと、注意が払われている業種である。

フォーシーズンズ・ホテルは世界的に著名な高級ホテル・ブランドで、沖縄県には初めての進出となる。開業は2027年7月の予定である。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。