【総点検・マレーシア経済】第544回:変わるアジアの半導体GVC

第544回:変わるアジアの半導体GVC

ここ数年、マレーシアの台湾からの輸入が急増しています。最近は、マレーシアからアメリカへの輸出急増が注目されていますが、輸入側の構造も静かに変わりつつあります。2025年、台湾はマレーシアの輸入先として米国を上回り、中国、シンガポールに続く3位になりました。特に、直近2年で台湾からの輸入は84%も増加しています。

マレーシアの台湾からの輸入の約6割は半導体関連です。半導体関連製品は貿易統計で詳細な品目を判別するのが難しいのですが、台湾側のHSコード11桁のデータを分析することで、実態が見えてきました。

台湾がマレーシアに輸出している半導体の品目は主に3つ。HSコードでは8542.3900.120/219/228で、それぞれ、以下のような品目を指しています。

ICウェハー(.120)は半導体が形成されたウェハーです。光沢のある褐色の円盤に半導体がびっしりと形成されているものです。これを切断すると、半導体チップの中核部分が取り出せます。それがICチップ(.219)です。さらに、切り出した半導体チップを複数組み合わせて基板に実装したものがIC中間アセンブリ(.228)となります。

<図1>

近年、台湾からマレーシアへの輸出が急増しているのはICチップとIC中間アセンブリですが、より大幅に増加しているのはIC中間アセンブリです。

<図2>

これは、台湾とマレーシアの後工程の分業関係の変化を示しています。従来は、ICウエハーを台湾で生産し、それをマレーシアに送ってダイシングやパッケージングの後工程で処理していました。それが、ダイシングやモジュールへの組み立てという後工程の一部まで台湾内で行われるようになっています。

こうした分業関係の変化は、主に台湾のTSMCとマレーシアのインテルの協業関係の深まりによるものです。インテルは当初、自社製半導体のコアをすべて自社の前工程で生産していました。しかし、微細化の競争でTSMCに後れを取ったため、GPU/SoCタイルを2023年頃から、CPUタイルを2024年頃からTSMCに外注するようになっています。

マレーシアの台湾からの半導体半製品の輸入が急増する一方で、どこまでをどちらの国の工程で行うかについては、水面下での綱引きがあります。これまで前工程の誘致こそが半導体産業の高度化への道とされていましたが、いつの間にか主戦場は、先進後工程となっているのです。

これは、半導体の実装技術が高度化し、後工程がもはや労働集約的なローテク工程ではなくなっているためです。TSMCはCoWoS(Chip on Wafer on Substrate)という先進パッケージング技術を持っています。一方で、インテルは後工程で2.5Dパッケージング技術EMIB(Embedded Multi-die Interconnect Bridge)と3Dパッケージング技術Foverosを持っており、ペナン工場に投入しています。

インテルは前工程ではTSMCに対して劣勢が続いていますが、後工程の実装技術ではアドバンテージを持っています。50年前、労働集約的な半導体の組み立て検査から始まったマレーシアのインテルは、今やインテルの屋台骨を支える存在になりつつあるのです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第590回 パキスタンの湾岸資本のイスラム銀行の現状

第590回 パキスタンの湾岸資本のイスラム銀行の現状

Q: パキスタンのアル・バラカ銀行の現状は?

A: 湾岸諸国に本社があるパキスタンのイスラム銀行のトップが、パキスタンでの現状について地元メディアに語った。

インタビューに応じたのは、パキスタン・アル・バラカ銀行のムハンマド・アティフ・ハニーフCEOだ。アル・バラカ銀行は、バハレーンに本社を構えるグローバルなイスラム銀行グループで、パキスタンには1991年に進出し、現在は国内に200近い支店を構えている。2022年にCEOに就任したムハンマド氏は、まずは社内改革として従業員の福利厚生に力を入れた。中でも、従業員の家族がタカフル保険に加入できるようにした結果、従業員のやる気が高まり、このことが顧客や株主との良好な関係構築に繋がったとしている。

同銀行は、国と国民が置かれている経済状況に基づいてビジネスを展開している。例えば輸出業者に対し、オンライン・セミナーを実施するなどして関心をもらうことで、貿易の拡大に繋げようとしている。また、パキスタン初となるハラール産業会議を主催したり、ロンドンで開催されたハラール産業イベントでは国内輸出業者の支援を行うなど、この分野の発展と貿易金融の業務拡大を目指している。

個人向けについても、ハッジの民間事業者向けのプラットフォームを構築したことで、市場のシェアを2年間で18%から60%に拡大した。またUAEへの出稼ぎ・移住者が増加している状況を踏まえて、デジタル・バンキングや海外送金に力を入れている。

世界銀行の2024年の統計によれば、パキスタンの人口およそ2.5億人のうち、成人の銀行口座保有率は27%にとどまっており、国内にはおよそ1億人の非保有者がいることになる。CEOによれば、これは潜在的な市場拡大の余地であるとしており、この層にどう届くかが今後の発展のカギとなりそうだ。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【イスラム金融の基礎知識】第589回 損益共有型融資が成長のカギ

第589回 損益共有型融資が成長のカギ

Q: マレーシアのイスラム銀行で用いられている融資形態は?

A: マレーシアのイスラム銀行は債務型融資が中心であるため、損益共有型融資の拡大がカギとなる。バンク・ムアーマラート・マレーシアのチーフ・エコノミストは、メディアのインタビューでこう指摘した。

マレーシアのイスラム銀行でもっとも用いられている融資形態はタワッルク融資で、2025年12月時点で融資残高1兆0,207億リンギのうち64.8%を占めた。これは、イスラム銀行と借り手との間で物品を売買し分割払いを行う、いわば債務型融資である。他方、イスラム銀行と借り手の間の共同ビジネスの体裁で利益や損失を分配する損益共有型融資もある。このうちムシャーラカ融資の割合は8.3%、同型のムダーラバ融資に至ってはわずか2,028万リンギに過ぎない。融資額プラス利子で固定された金額の返済ではなく、ビジネスの利益や損失を借り手とイスラム銀行が分配しあうムダーラバ融資とムシャーラカ融資は、より大きなビジネスを目指す起業家精神を涵養する。

マレーシアで損益共有型融資が普及しない理由として、モハマド氏は3点を指摘している。一つ目は、イスラム銀行から融資の原資は預金であり、元本保証など安定的な運用を望む預金者は、借り手とイスラム銀行がリスクを共有する手法を好まない。二つ目は、借り手がビジネスを適切に行い、利益を正しくイスラム銀行に報告しているか、記録管理やガバナンスに対してイスラム銀行に膨大な負担がかかる。そして三つ目は、イスラム銀行のスタッフはそのような情報管理を得意としておらず、適切に行える人材が慢性的に不足している。

そのためマレーシアのイスラム銀行市場が拡大するための伸び代は、この損益共有型融資が拡大することであり、イスラム銀行側にスキルアップが必要だとモハマド氏は指摘した。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【総点検・マレーシア経済】第543回:イラン攻撃、マレーシアへの影響は

第543回:イラン攻撃、マレーシアへの影響は

2026年2月28日、米国・イスラエルがイランへの攻撃を開始しました。イランはホルムズ海峡を事実上封鎖し、原油価格(Brent)は70ドル台から一時は126ドルにまで急騰しました。今回は、マレーシアへの影響を、石油関連3品目(HS2709原油、HS2710石油製品、HS2711 LNG等)の2025年の貿易データから分析します。

まず原油(HS2709)です。マレーシアは産油国のイメージがありますが、実態は大幅な輸入超過です。輸出55億米ドルに対し輸入は126億米ドル、差引き約71億米ドルの輸入超過となっています。輸入元の上位はサウジアラビア(33%)、UAE(21%)、オマーン(9%)と中東に集中しており、ホルムズ海峡の閉鎖は直接的な供給途絶リスクとなります。では国内産原油を国内向けに振り向ければよいのではないでしょうか。残念ながら話はそう単純ではありません。マレーシア産のタピス・ブレンドは軽質低硫黄のプレミアム原油で、国内製油所の多くは中東産の重質高硫黄原油を処理する設計になっています。品質のミスマッチにより、単純な代替は困難なのです。ただ、それでも処理は不可能ではありませんし、マレーシア産の原油の20%程度はスポット市場で取引されていると言われており、その分を国内市場にまわせば多少は輸入分を補うことが可能です。

もうひとつ、マレーシアが原油の大幅輸入超過になったのは、2022年以降です。コロナ禍からの回復もありますが、ジョホール州の巨大石油コンビナートRAPIDがフル稼働したのと同時期です。つまり、マレーシアの原油の大幅な輸入超過は、純粋な国内需要というよりも巨大石油コンビナートの原料として大量に輸入しているのです。

<表1>

次に石油製品(HS2710)です。輸出222億米ドル、輸入214億米ドルとほぼ拮抗しています。シンガポールを中心とした域内での双方向貿易が主体であり、原料となる原油の供給途絶リスクは残るものの、価格面では輸出入が相殺し合うため、ヘッジが効いている構造と言えます。

<表2>

そしてLNG等(HS2711)です。ここがマレーシアの強みです。輸出134億米ドルに対し輸入はわずか18億米ドルです。大幅な輸出超過となっています。LNGは長期契約(4〜25年)が取引の6割超を占め、原油のJCC価格に連動して価格が決まるため、スポット価格の急騰が輸出収入に反映されるまで3〜6ヶ月のラグがあります。ただ、イランの攻撃によりカタールのLNG生産の一部が停止しており、アジア向け代替供給先としての需要が高まっており、スポット分も含め輸出金額の増加は確実です。

<表3>

3品目を合計すると、輸出410億米ドルに対し輸入359億米ドルとなります。マレーシアはエネルギー全体では輸出超過であり、原油価格上昇に対するヘッジは他のASEAN諸国と比べると格段に効いています。ただし中東産原油の供給途絶リスクは残るため、備蓄の状況が重要になります。マレーシアは日本や韓国のような国家戦略備蓄制度は持っていません。ペトロナスは国内に安定して十分な燃料を供給することを優先すると語っています。アンワル首相も石油製品の供給は少なくとも5月までは目処が立っていると発言しています。

最後に財政面です。ここは明確にマイナスです。アンワル首相は RON95とディーゼル補助金が月間RM7億からRM32億と4倍超に膨張したと明かしています。The Starによると、原油100米ドル前提で追加歳入はRM105億ですが、追加補助金はRM198億と大幅に上回ると試算されています。4月1日からRON95について補助金枠での給油上限が月間300Lから200Lに引き下げられましたが、状況によっては価格の見直しも十分にありうると考えられます。

総合すると、マレーシア経済は周辺国と比較して、格段に原油価格高騰への耐性があります。一方で、中東産原油の供給途絶に対しては国内産原油の活用や代替調達先の確保など、本格的な対策をしなければ厳しい状況です。ただ、マレーシアはイランの中国への原油の輸出が「マレーシア産」とされていることについて、事実上黙認するなどイランに対して「貸し」があるはずで、現在もタンカーのホルムズ海峡通過の交渉を行っているとみられ、そのあたりの進展にも注目する必要があるでしょう。

と書いているうちに、3月26日、マレーシアのタンカーはホルムズ海峡の通過を許可されたことが発表されました。通常と比べて何%の原油を輸送できるのかは不明ですが、原油不足への懸念はやや和らいだことになります。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第921回:強い職場は「上司」ではなく「同僚」で決まる

第921回:強い職場は「上司」ではなく「同僚」で決まる

前回は、企業の環境対応の話から、現実(深化)と理想(探索)の両利きの大切さを述べました。今回は、同僚間の助け合いについてです

海外子会社の経営において、従業員の組織コミットメントをどう高めるかは長年の課題です。一般には、上司のリーダーシップや待遇への満足度が重視されがちです。しかし実際の現場では、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なものがあります。それが「同僚同士の支え合い」です。

今回紹介する研究では、中国にある日系製造業子会社20社を対象に、従業員4,439人の組織コミットメントの要因を分析しました。さらに、このデータを328の部門単位に集約し、「個人レベル」と「職場レベル」の両方から検討しました。

分析結果は興味深いものでした。個人レベルでは、上司支援、同僚支援、自律性、研修機会、待遇満足など、多くの要因が組織コミットメントと関連していました。これは従来の研究とも整合的です。

しかし、部門単位で集計した「職場レベル」の分析では、結果が変わりました。統計的に特に強く残ったのは、「同僚支援」と「自律性」の二つだったのです。つまり、個人の意識としては上司の支援も重要ですが、職場全体としての組織コミットメントを左右していたのは、同僚同士が助け合う雰囲気と、仕事の進め方に一定の裁量がある環境でした。

さらに分析を進めると、自律性の高い職場ほど同僚支援も高く、その同僚支援が組織コミットメントを高めるという関係が見られました。言い換えれば、「任せること」が「助け合い」を生み、その助け合いが職場の一体感を強めていた可能性があります。

この結果は、海外子会社のマネジメントにいくつかの示唆を与えます。従業員の意欲を高めようとするとき、上司が個別に動機づけを行うことはもちろん重要ですが、それだけでは十分とは言えません。むしろ、職場の中で自然に相談し合い、互いに支え合える関係をどう育てるかが、組織全体の強さにつながります。また、細かく管理するよりも、一定の裁量を与えたほうが現場の協力関係が生まれやすい可能性もあります。

海外子会社経営を考えるとき、「上司がどう指示するか」だけでなく、「同僚同士がどう支え合えるか」。その視点が、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。

調査にご協力くださった方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
論文情報は以下。2026年4月13日まで、末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K., Ino, Y., & Ishimura, K. (2026). Coworker Support and Organizational Commitment in Overseas Subsidiaries: Analyses at the Individual and Workplace Levels. Strategic Business Research, 2(1), 100086.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S3051064326000385?dgcid=author

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第542回:1月のマレーシアの製造業指数は7.3%増と好調を維持

第542回:1月のマレーシアの製造業指数は7.3%増と好調を維持

3月11日、統計局はマレーシアの1月の製造業生産指数が前年同月比7.3%増だったと発表しました。12月の6.7%増からさらに上昇し、好調が続いています。内訳を見ると、内需向けは12月の5.2%増から6.4%増に、外需向けも7.5%増から7.8%増へとそれぞれ伸びました。とりわけ電子・電機製品は15.2%増と、12月の12.8%増から一段と加速しています。

図は2024年以降のマレーシアにおける内需向け・外需向け製造業生産指数の推移(前年同月比)を示しています。内需向け(青)は2024年前半の高い伸びから減速し、2025年1月にはほぼ横ばいまで低下しました。その後は年末にかけて持ち直し、2026年1月には6%台の高い伸び率を記録しています。一方、外需向けは2024年初の低迷から夏場にかけて回復し、2025年前半はトランプ関税の影響下でも堅調に推移しました。しかし5〜8月は伸びが鈍化しており、4月2日以降の関税政策をめぐる不確実性の高まりが背景にあるとみられます。8月以降は状況が落ち着きを取り戻すとともに成長が再加速し、12月には7%台に達しました。

このように、2025年後半からマレーシアの製造業は内外需共に好調で、これが2025年通年のGDPが5.2%となり、トランプ関税によって下方修正された政府の予測である4.0%〜4.8%を大きく上回った要因です。

外需については、AIブームの恩恵を受けていることは間違いありません。特に米国向けの輸出が好調で、2025年12月には前年同月比でほぼ50%増という驚くような伸び率を記録しています。内需も堅調で、マレーシアの2025年の自動車販売は過去最高を記録しました。

3月12日に発表された卸売・小売指数も数量指数で5.8%増、売上高で7.3%増と引き続き好調です。米国とイスラエルのイランへの攻撃が、鉱業部門を中心にどのような影響を与えるかは不透明ですが、この調子で推移すると、2026年第1四半期のマレーシアのGDP成長率は6%台に乗る可能性もあります。

昨年来のかなり急激なリンギ高の中でも、マレーシア経済に通貨高の悪影響が出ているようには見えません。高い経済成長率と相まって、マレーシア経済は「高所得国入り」へのラストスパートの段階に入っているように見えます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第588回 イスラム銀行で発生するイスラム法に反する事項(後編)

第588回 イスラム銀行で発生するイスラム法に反する事項(後編)

Q: イスラム銀行ではイスラム法に反する事項は発生しますか?

A: イスラム法(シャリア)に基づいてビジネスを行うイスラム銀行であっても、従来型金融が併存する多民族・多宗教社会のマレーシアにおいては、イスラム法に反する事項が発生することがある。この場合、各イスラム銀行はシャリア・ボードの指導に基づき事案を年次報告書に報告する義務がある。この点に関する研究論文が2023年に発表されたので、その内容を見てみたい。

論文によれば、2015-2020年の6年間に16のイスラム銀行で、合計159件のイスラム法違反が報告された。中でもバンク・イスラム、メイバンク・イスラミック、スタンダード・チャータード・サアデクの3行が20件を超えており、全体の44%を占めた。発生した事項の詳細だが、前回紹介した分類に基づきさらに14種に分類した結果、「取引の不履行」「イスラム法に準拠しない活動を含む契約」「裏付けとなる資産の不在」「アカド(契約が成立するための条件)が満たされていない」が特に多かった。また、融資に関して契約形態別のトラブルを見てみると、タワッルク融資にまつわるものが29件中12件と突出していた。複雑な売買契約の組み合わせで成り立つ融資手法ゆえ、トラブルも多いとみられる。

さらに、イスラム法に反する事項で生じたイスラム銀行の損失は、各行とも年間10件程度であり損失は50万リンギ以内に収まっているが、100万リンギ以上に及んだ事例もあり、トラブルが多発するほど損失もまた大きくなった。

もっとも論文によれば、中央銀行の義務規定の履行が徹底されておらず、報告されるトラブルの内容や報告の仕方が銀行ごとに異なっている。したがってトラブルの発生件数の違いが、そのまま銀行の能力や危機意識の違いを表しているわけではないと指摘している。公正な比較のためには、適切なルール運用が必要と言えよう。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第920回:環境対応は企業を強くするのか ―短期利益と地球の未来を両立する「両利き経営」―

第920回:環境対応は企業を強くするのか ―短期利益と地球の未来を両立する「両利き経営」―

前回はボランティア体験の話から、日本企業が抱える経営の問題に話を膨らませました。今回は、企業の環境対応についてです。

「環境対応は大事だとは思う。でも、それで本当に会社は儲かるのだろうか。」

ある中小企業の経営者が、そんな疑問を口にしたことがあります。脱炭素やSDGsが叫ばれる時代、企業にとって環境対応は避けて通れない課題になりました。しかし現場の経営者の本音は、もっと現実的です。環境対策はコストではないのか、利益に結びつくのか――。そうした疑問は決して珍しいものではありません。

近年、「エコ・イノベーション」という言葉が注目されています。これは、省エネルギー技術の導入や資源の再利用、環境負荷の少ない製品設計など、環境に配慮した技術や経営の革新を指します。環境と経済の両立を目指す取り組みとして、世界中で関心が高まっています。

そこで、日本の製造業の中小企業123社を対象とした調査を行ったところ、興味深い結果が見えてきました。エコ・イノベーションに取り組む企業ほど、新しい技術や市場に挑戦する「探索型」のイノベーションを進めていることが分かったのです。つまり、環境対応は企業に新しい挑戦を促す契機になっている可能性があります。

ところが一方で、企業の現在の業績と強く関係していたのは「探索」ではなく、既存技術を改善する「深化」でした。

この結果は、日本の中小企業の構造を考えると理解できます。多くの企業は大企業のサプライチェーンの中で、既存技術を改良しながら品質やコスト競争力を高めることで成長してきました。そのため、短期的な利益は既存技術の改善から生まれやすいのです。

しかし、ここで重要なのは視点の違いです。企業の短期的な利益という視点では、既存技術の改良が合理的かもしれません。けれども長期的に見れば、そして地球全体の視点から見れば、環境問題への対応は避けて通れません。

エコ・イノベーションは、必ずしもすぐに利益を生むとは限りません。しかしそれは、企業の新しい技術やビジネス機会を広げ、持続可能な社会に向けた変化を生み出す可能性を持っています。

では、企業は短期的な利益と長期的な環境対応を、どのように両立させればよいのでしょうか。

既存の強みを磨いて成果を出す「深化」と、新しい可能性を切り開く「探索」。
そして、その探索を支えるエコ・イノベーションを、短期の利益ではなく長期的・地球的視点で考えること。

そうした、いわば現実(深化)と理想(探索)の両利きこそが、これからの時代の経営を読み解く一つの鍵になるのかもしれません。

調査にご協力くださった方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Eco‐Innovation as a Predictor of Ambidexterity and Performance in Small‐and Medium‐Sized Enterprises: An Empirical Study and a New Global Perspective. Business Strategy and the Environment, 35(1), 1112–1127.
https://doi.org/10.1002/bse.70227

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第541回 マレーシアの自動車市場に波乱の予感

第541回 マレーシアの自動車市場に波乱の予感

マレーシアの自動車市場は、長く第2国民車メーカーのプロドゥアが絶対王者として君臨してきました。2006年にプロトンを追い抜いて以来、実に20年連続(2006〜2025年)でブランド別販売台数トップの座を守り続けています。その快進撃を支えたのが、2005年に登場した大ヒットハッチバック「Myvi」でした。近年はセダンの「Bezza」が看板車種に成長し、「Axia」「Myvi」と合わせたプロドゥア3車種が車種別ランキングの上位を独占する構図が定着していました。

しかし、2026年1月の車種別販売台数データは、この「プロドゥア1強体制」の揺らぎを明確に示すものとなりました。メーカー別の1位はプロドゥア(26,130台)、2位がプロトン(19,833台)となり、その差が縮まっています。

車種別で首位に立ったのはプロトン・サガです。サガは1985年に誕生したマレーシア初の国民車であり、プロドゥアの台頭以前は販売ランキングの常連トップでした。2005年にMyviに王座を明け渡して以来、約20年ぶりの月間首位返り咲きとなります。

2位〜4位にはプロドゥアの主力車種が続きます。注目すべきは5位です。5位に入ったのは、プロトンのEVハッチバック「e.MAS 5」です。エンジン車が圧倒的に強いマレーシアの自動車市場において、EVが月間セールス上位5位に食い込んだのは史上初です。

プロトンは、2000年代から2010年代にかけて長い低迷期を経験しましたが、2017年に中国・吉利汽車(Geely)が49.9%の株式を取得して以降、明確に反転攻勢に転じました。特にEV分野での動きは素早く、2024年末に「e.MAS 7」を投入したのを皮切りに、2025年10月には小型EV「e.MAS 5」を発売しています。さらに2026年2月にはe.MAS 7のPHEVモデルも発売しました。いずれもGeelyのEVプラットフォームを活用しており、中国で培われたEV技術をマレーシア市場へ迅速に展開できるのが強みです。

一方のプロドゥアは、EVで完全に出遅れました。親会社のダイハツにはEVプラットフォームの提供能力がなく、オーストリアのマグナ・シュタイアと共同でゼロから独自開発した「QV-E」を2025年12月1日に発売しました。バッテリーをリース方式にした革新的なモデルですが、中国製部品の品質問題で生産が遅延しています。2026年2月初旬時点での予約台数はわずか205台に留まり、1月の登録台数はゼロでした。

マレーシア市場は、タイやインドネシアと比べてEVの普及率が低い状況です。これは、政府がEVの輸入に一定の規制をかけてきたためです。MITIのフランチャイズAP政策によりRM10万未満のEV完成車の輸入を事実上禁止し、2026年からはさらに新規ブランドのEV完成車輸入条件をRM25万以上に引き上げました。この保護政策もあり、BEVが市場全体に占める比率は2025年は約3.8%に留まりました。ただし2026年1月には、e.MAS 5の好調もあってEVシェアが9.2%へと急伸しており、流れは確実に変わりつつあります。

もしプロトンがタンジュンマリムの新EV工場を稼働させ、国内生産体制を本格的に整えれば、状況はさらに大きく動く可能性があります。プロトンは2026年の販売目標を20万台に設定し、市場シェア30%超を目指すと宣言しました。1月の勢いを見る限り、それは決して夢物語ではありません。マレーシアの自動車市場は、静かに、しかし確実に地殻変動を起こしつつあります。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第587回 イスラム銀行で発生するイスラム法に反する事項(前編)

第587回 イスラム銀行で発生するイスラム法に反する事項(前編)

Q: イスラム銀行ではイスラム法に反する事項は発生しますか?

A: イスラム銀行はイスラム法(シャリア)に基づいて銀行業を営むビジネス主体である。ただ、マレーシアのような従来型金融システムが併存する多民族・多宗教社会では、思わぬ形でイスラム法に違反してしまうことがある。

イスラム銀行にとってイスラム法に違反する事項は、大きく三つに分類される。すなわち、①広告やチラシに人為的ミスで「利子」の文言やブタのイラストが挿入されるような案件で、ビジネス契約や個別の融資案件には影響を及ぼさない事項。②イスラム銀行が他の金融機関との取引を通じて利子を受け取ってしまうような案件で、契約に影響を及ぼす可能性がある事項。③融資の対象が酒造業や養豚業であるような案件で、契約そのものが無効となる事項の3種類である。イスラム銀行は、自らのビジネスが適切であるかをイスラムの観点から確認する監査機構であるシャリア・ボードを設置しており、このような事項が発生しないか監視するとともに、発生した場合は年次報告書でその旨を報告する義務を負うと、中央銀行によって定められている。

イスラム銀行ではイスラム法に反する事項がどの程度認識・発生されているかを分析した興味深い研究論文が、2023年に発表された。ヌグリスンビラン州のイスラム科学大学経済学部のマリーナ・モハメド氏とヌルハズリナ・イブラヒム氏による「マレーシアのイスラム銀行によるシャリアを遵守しない出来事の情報開示」と題する論文で、16のイスラム銀行による2015年から2020年まで6年分の年次報告書の分析を行った。これによると、6年間で合計159件のイスラム法違反事例が発生・認識されていた。イスラム銀行ごとに年間数件から20件ほど問題が発生したが、場合によっては100万リンギ以上の損失が生じていたことが明らかになった。【後編に続く】

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。