【イスラム金融の基礎知識】第591回 ウズベキスタンでイスラム銀行制度を導入

第591回 ウズベキスタンでイスラム銀行制度を導入

Q: ウズベキスタンでイスラム銀行に関する法律が施行されましたが、狙いは?

A: さる3月、ウズベキスタンのミルジヨエフ大統領はイスラム銀行に関する法案に署名した。これにより、年内にも一部の従来型銀行でイスラム窓口が開設される見通しだ。同国がイスラム銀行制度・市場を導入する狙いはどこにあるのか。

中央アジアのウズベキスタンは、マレーシアとほぼ同様の人口規模であるが、GDPは20%程度である。国民のムスリム人口比率は90%以上を誇っているが、これまでイスラム銀行は認められていなかった。そこでイスラム銀行のための法律が施行されたのである。

ウズベキスタンがイスラム銀行を導入する理由として、現地メディアは四点あげている。一つ目は国内資本の動員で、従来型銀行の利子を避けるため銀行口座を持たないムスリム個人が保有する資金をイスラム銀行が引き受けることで、経済の循環に位置づけられるようになる。同じく二つ目も宗教上の理由で融資を避けてきた中小企業がイスラム銀行からの融資を受け入れやすくなり、中小企業の振興に役立つ。三つ目は湾岸諸国からの投資の誘致強化で、制度の整備は投資に直結すると考えられる。そして四つ目は競争力の強化である。中央アジア諸国のうち、カザフスタンとキルギスはすでにイスラム銀行が操業、ロシアでも実験的な取り組みを行っている。地域競争で後れを取らないためにも、早い制度確立が必要だ。

イスラム銀行法の施行に合わせて税制も改正される。利益分配型預金の配当(従来型銀行の預金金利に相当)への課税免除や、売買取引を介在させる融資にかかわる付加価値税の二重課税防止が定められた。また、中央銀行に5名の専門家によるイスラム金融評議会の設置も決定した。イスラム銀行に関する法律の導入は、単なる象徴的なセレモニーではなく、実際に市場を形成・運用するための実務的なものであると、地元メディアは紹介している。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【総点検・マレーシア経済】第545回:マレーシアの対米輸出が増え続ける理由

第545回:マレーシアの対米輸出が増え続ける理由

4月20日、統計局はマレーシアの3月の貿易統計を発表しました。輸出額は前年同月比8.3%増の1488億リンギで、国別では米国向け輸出が18.3%増加して268億リンギとなり、2位のシンガポール(190億リンギ)、3位の中国(173億リンギ)を引き離して首位となりました。

図1はマレーシアの輸出先上位3カ国への月別の輸出額の推移を示したものです。2024年半ばから対米輸出が増加し始め、2025年には一貫して中国を上回るようになりました。2026年に入ると、シンガポール、中国向け輸出が伸び悩む中で、米国向けだけが突出して伸び、他の2カ国に大きな差を付けて首位に立っています。

2025年12月、マレーシアの米国向けの輸出額は前年同月比48.8%増と急増しましたが、これは、2026年1月にAI用の高性能GPUに対する関税が課されることを見越した駆け込み輸出であったとみられます。ただ、2026年に入っても米国向け輸出は増加傾向が続き、輸出増加が一過性のものではなかったことが分かります。

図2はマレーシアの対米輸出の上位5品目(HS6桁)の推移を示したものです。3月時点ではCPU/GPU等がトップで、半導体用の部品がほぼ同額で続きます。この2品目は2025年の秋口から大幅に輸出を増やしています。3位はDRAM等でここ数ヶ月で急増、4位はルーター等で安定して輸出を増やしています。5位はSSD等でこれも2025年の秋口から増加傾向が続いています。

これらの品目を見て分かるのは、全て半導体・データセンター関連であるということです。米国でのAIブームが影響しているものと考えられます。Amazon、Microsoft、Google、MetaのAI関連投資は、2024年の約2500億ドルから2025年には3880億ドルに達し、2026年には6000億ドルを超えるものと予想されています。

さらに、インテルの動きも重要です。次世代プロセッサPanther Lake(Core Ultra シリーズ3)では、TSMCに委託していた「コンピュート・タイル」を自社工場に回帰させたことで、後工程を担うペナン工場の役割が拡大しています。2026年後半には、ペナン工場の大規模拡張が完了し3Dパッケージング技術Foverosが導入されるため、インテル・マレーシアから米国への半導体の輸出額はさらに増加すると見込まれます。

これらの要素を勘案すると、マレーシアから米国への輸出額は2026年後半にはさらに一段増加し、シンガポールや中国を引き離して輸出先首位の地位を不動のものとする可能性が高いと言えます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第923回:インフラは「人」を変える

第923回:インフラは「人」を変える

前回は、イノベーションは単なる「技術導入」ではなく、「仕組み」によって決まる可能性があることを紹介しました。今回は視点をさらに広げ、「インフラ」が人の成長にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。

日本企業が多く進出しているマレーシアでは、1990年代以降、電力インフラの整備が急速に進みました。都市部だけでなく、地方にも電気が行き渡ることで、生活環境は大きく変化しています。夜間の照明が当たり前になり、学校教育の機会が広がり、医療サービスも安定して提供されるようになりました。

こうした変化は、単なる「便利さ」の問題ではありません。人々の生活の質そのものを底上げし、社会全体の発展につながっています。

今回紹介する研究では、この点をグローバルデータで検証しています。分析の結果、電気へのアクセスは、人間開発(HDI)を有意に押し上げることが確認されました。HDIとは、健康(寿命)や教育水準を含めて人間の発展を測る指標です。しかも重要なのは、この効果が所得とは独立して存在していた点です。

つまり、経済的に豊かになったから人間が発展するのではなく、電化そのものが人間の発展に直接寄与している可能性が示されたのです。

電気は単なるエネルギーではありません。夜間の学習を可能にし、医療機器を動かし、通信を支えます。言い換えれば、「時間」「健康」「情報」といった、人間の基盤的な能力を広げる役割を持っています。

これは、マレーシアのように発展を遂げてきた国の歩みとも重なります。インフラが整備されることで、初めて教育や医療といった基盤が機能し始め、その後の成長が加速していきます。ここから見えてくるのは、インフラの本質的な役割です。インフラは、単に経済活動を支えるものではなく、人の能力や可能性そのものを引き出す基盤だということです。

企業の現場でも、似たような場面に直面することがあります。設備やシステムが整っていない環境では、人の能力は十分に発揮されません。一方で、基盤が整うことで、同じ人でも成果の出方は大きく変わります。

職場でも国家でも共通しているのは、「人の成長は、環境によって引き出される」という点です。インフラを考えるとき、それを単なるコストや設備としてではなく、「人の可能性を広げる土台」として捉える視点が大事です。


論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Beyond the Grid: The Independent Impact of Electricity Access on Human Development. Sustainable Development, Early View. https://doi.org/10.1002/sd.71119

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第922回:イノベーションは「技術」ではなく「仕組み」で決まる

第922回:イノベーションは「技術」ではなく「仕組み」で決まる

前回は、職場の強さは上司ではなく「同僚同士の支え合い」によって生まれる可能性があることを紹介しました。今回は視点を少し広げて、「国レベル」のイノベーションについて考えてみたいと思います。

企業においても国家においても、「デジタル化」が重要だという議論はすでに広く共有されています。しかし、単にITを導入すればイノベーションが生まれるのかというと、実際はそう単純ではありません。

今回紹介する研究では、各国のデジタル化と環境イノベーション(エコ・イノベーション)の関係を分析しました。データとしては、各国のデジタル政府の発展度(E-Government Development Index. EGDI)と、環境関連特許の数を用いています。EGDIとは、行政サービスのオンライン化や通信インフラ、人材水準などをもとに、政府のデジタル化の進み具合を総合的に評価した国連の指標です。

分析の結果、いくつか興味深い点が明らかになりました。

第一に、デジタル化が進んでいる国ほど、エコ・イノベーションも多いという「正の関係」が確認されました。これは直感的にも理解しやすい結果です。情報が共有されやすくなり、調整コストが下がることで、新しい技術が生まれやすくなると考えられます。

しかし重要なのは、ここから先です。

第二に、この関係は「直線的」ではありませんでした。つまり、デジタル化が少し進んだ程度では、大きな効果は見られません。ある程度の水準に達したときに、はじめてイノベーションとの結びつきが強くなるという「非線形」の関係が確認されました。

言い換えれば、デジタル化は単体では機能せず、制度や組織との組み合わせによって初めて効果を発揮するということです。

第三に、この効果はすべての国で同じではありませんでした。特に、中程度のイノベーション水準にある国で、デジタル化の効果が最も強く現れていました。

これは、すでに高度に発展した国では追加効果が限定的であり、逆に発展段階が低い国では制度や人材が不足しているため、デジタル化を活かしきれない可能性を示唆しています。

こうした結果から見えてくるのは、「デジタル化=技術導入」ではないという点です。

むしろ重要なのは、
・情報が共有される仕組み
・組織間の連携を可能にする制度
・標準化されたルール

といった「見えにくい基盤」です。

この点は、前回の職場の話とも重なります。上司の指示よりも、同僚同士の関係性が重要だったように、国家レベルでも単なる技術より「関係性や仕組み」がイノベーションを左右している可能性があります。

現場に当てはめると示唆は明確です。

新しいシステムを導入すること自体が目的化してしまうと、期待した成果は得られません。それよりも、
「そのシステムが人と人をどうつなぐのか」
「組織の中でどのように使われるのか」
を設計することのほうがはるかに重要です。

また、小さな改善を積み重ねるだけでは不十分で、一定の水準まで一気に整備する必要がある可能性も示唆されます。これは投資判断や戦略のあり方にも関わる重要なポイントです。

職場でも国家でも、共通しているのは、
「成果は個別の要素ではなく、組み合わせから生まれる」
という点です。

デジタル化を考えるとき、単なる技術導入ではなく、「仕組みづくり」という視点を持つことが、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。


論文情報は以下。2026413日まで、末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Digitalisation, Digital Governance, and Eco-Innovation: Evidence from Cross-Country Data in 2022. Information17(3), 306. https://doi.org/10.3390/info17030306

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第544回:変わるアジアの半導体GVC

第544回:変わるアジアの半導体GVC

ここ数年、マレーシアの台湾からの輸入が急増しています。最近は、マレーシアからアメリカへの輸出急増が注目されていますが、輸入側の構造も静かに変わりつつあります。2025年、台湾はマレーシアの輸入先として米国を上回り、中国、シンガポールに続く3位になりました。特に、直近2年で台湾からの輸入は84%も増加しています。

マレーシアの台湾からの輸入の約6割は半導体関連です。半導体関連製品は貿易統計で詳細な品目を判別するのが難しいのですが、台湾側のHSコード11桁のデータを分析することで、実態が見えてきました。

台湾がマレーシアに輸出している半導体の品目は主に3つ。HSコードでは8542.3900.120/219/228で、それぞれ、以下のような品目を指しています。

ICウェハー(.120)は半導体が形成されたウェハーです。光沢のある褐色の円盤に半導体がびっしりと形成されているものです。これを切断すると、半導体チップの中核部分が取り出せます。それがICチップ(.219)です。さらに、切り出した半導体チップを複数組み合わせて基板に実装したものがIC中間アセンブリ(.228)となります。

<図1>

近年、台湾からマレーシアへの輸出が急増しているのはICチップとIC中間アセンブリですが、より大幅に増加しているのはIC中間アセンブリです。

<図2>

これは、台湾とマレーシアの後工程の分業関係の変化を示しています。従来は、ICウエハーを台湾で生産し、それをマレーシアに送ってダイシングやパッケージングの後工程で処理していました。それが、ダイシングやモジュールへの組み立てという後工程の一部まで台湾内で行われるようになっています。

こうした分業関係の変化は、主に台湾のTSMCとマレーシアのインテルの協業関係の深まりによるものです。インテルは当初、自社製半導体のコアをすべて自社の前工程で生産していました。しかし、微細化の競争でTSMCに後れを取ったため、GPU/SoCタイルを2023年頃から、CPUタイルを2024年頃からTSMCに外注するようになっています。

マレーシアの台湾からの半導体半製品の輸入が急増する一方で、どこまでをどちらの国の工程で行うかについては、水面下での綱引きがあります。これまで前工程の誘致こそが半導体産業の高度化への道とされていましたが、いつの間にか主戦場は、先進後工程となっているのです。

これは、半導体の実装技術が高度化し、後工程がもはや労働集約的なローテク工程ではなくなっているためです。TSMCはCoWoS(Chip on Wafer on Substrate)という先進パッケージング技術を持っています。一方で、インテルは後工程で2.5Dパッケージング技術EMIB(Embedded Multi-die Interconnect Bridge)と3Dパッケージング技術Foverosを持っており、ペナン工場に投入しています。

インテルは前工程ではTSMCに対して劣勢が続いていますが、後工程の実装技術ではアドバンテージを持っています。50年前、労働集約的な半導体の組み立て検査から始まったマレーシアのインテルは、今やインテルの屋台骨を支える存在になりつつあるのです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第590回 パキスタンの湾岸資本のイスラム銀行の現状

第590回 パキスタンの湾岸資本のイスラム銀行の現状

Q: パキスタンのアル・バラカ銀行の現状は?

A: 湾岸諸国に本社があるパキスタンのイスラム銀行のトップが、パキスタンでの現状について地元メディアに語った。

インタビューに応じたのは、パキスタン・アル・バラカ銀行のムハンマド・アティフ・ハニーフCEOだ。アル・バラカ銀行は、バハレーンに本社を構えるグローバルなイスラム銀行グループで、パキスタンには1991年に進出し、現在は国内に200近い支店を構えている。2022年にCEOに就任したムハンマド氏は、まずは社内改革として従業員の福利厚生に力を入れた。中でも、従業員の家族がタカフル保険に加入できるようにした結果、従業員のやる気が高まり、このことが顧客や株主との良好な関係構築に繋がったとしている。

同銀行は、国と国民が置かれている経済状況に基づいてビジネスを展開している。例えば輸出業者に対し、オンライン・セミナーを実施するなどして関心をもらうことで、貿易の拡大に繋げようとしている。また、パキスタン初となるハラール産業会議を主催したり、ロンドンで開催されたハラール産業イベントでは国内輸出業者の支援を行うなど、この分野の発展と貿易金融の業務拡大を目指している。

個人向けについても、ハッジの民間事業者向けのプラットフォームを構築したことで、市場のシェアを2年間で18%から60%に拡大した。またUAEへの出稼ぎ・移住者が増加している状況を踏まえて、デジタル・バンキングや海外送金に力を入れている。

世界銀行の2024年の統計によれば、パキスタンの人口およそ2.5億人のうち、成人の銀行口座保有率は27%にとどまっており、国内にはおよそ1億人の非保有者がいることになる。CEOによれば、これは潜在的な市場拡大の余地であるとしており、この層にどう届くかが今後の発展のカギとなりそうだ。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【イスラム金融の基礎知識】第589回 損益共有型融資が成長のカギ

第589回 損益共有型融資が成長のカギ

Q: マレーシアのイスラム銀行で用いられている融資形態は?

A: マレーシアのイスラム銀行は債務型融資が中心であるため、損益共有型融資の拡大がカギとなる。バンク・ムアーマラート・マレーシアのチーフ・エコノミストは、メディアのインタビューでこう指摘した。

マレーシアのイスラム銀行でもっとも用いられている融資形態はタワッルク融資で、2025年12月時点で融資残高1兆0,207億リンギのうち64.8%を占めた。これは、イスラム銀行と借り手との間で物品を売買し分割払いを行う、いわば債務型融資である。他方、イスラム銀行と借り手の間の共同ビジネスの体裁で利益や損失を分配する損益共有型融資もある。このうちムシャーラカ融資の割合は8.3%、同型のムダーラバ融資に至ってはわずか2,028万リンギに過ぎない。融資額プラス利子で固定された金額の返済ではなく、ビジネスの利益や損失を借り手とイスラム銀行が分配しあうムダーラバ融資とムシャーラカ融資は、より大きなビジネスを目指す起業家精神を涵養する。

マレーシアで損益共有型融資が普及しない理由として、モハマド氏は3点を指摘している。一つ目は、イスラム銀行から融資の原資は預金であり、元本保証など安定的な運用を望む預金者は、借り手とイスラム銀行がリスクを共有する手法を好まない。二つ目は、借り手がビジネスを適切に行い、利益を正しくイスラム銀行に報告しているか、記録管理やガバナンスに対してイスラム銀行に膨大な負担がかかる。そして三つ目は、イスラム銀行のスタッフはそのような情報管理を得意としておらず、適切に行える人材が慢性的に不足している。

そのためマレーシアのイスラム銀行市場が拡大するための伸び代は、この損益共有型融資が拡大することであり、イスラム銀行側にスキルアップが必要だとモハマド氏は指摘した。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【総点検・マレーシア経済】第543回:イラン攻撃、マレーシアへの影響は

第543回:イラン攻撃、マレーシアへの影響は

2026年2月28日、米国・イスラエルがイランへの攻撃を開始しました。イランはホルムズ海峡を事実上封鎖し、原油価格(Brent)は70ドル台から一時は126ドルにまで急騰しました。今回は、マレーシアへの影響を、石油関連3品目(HS2709原油、HS2710石油製品、HS2711 LNG等)の2025年の貿易データから分析します。

まず原油(HS2709)です。マレーシアは産油国のイメージがありますが、実態は大幅な輸入超過です。輸出55億米ドルに対し輸入は126億米ドル、差引き約71億米ドルの輸入超過となっています。輸入元の上位はサウジアラビア(33%)、UAE(21%)、オマーン(9%)と中東に集中しており、ホルムズ海峡の閉鎖は直接的な供給途絶リスクとなります。では国内産原油を国内向けに振り向ければよいのではないでしょうか。残念ながら話はそう単純ではありません。マレーシア産のタピス・ブレンドは軽質低硫黄のプレミアム原油で、国内製油所の多くは中東産の重質高硫黄原油を処理する設計になっています。品質のミスマッチにより、単純な代替は困難なのです。ただ、それでも処理は不可能ではありませんし、マレーシア産の原油の20%程度はスポット市場で取引されていると言われており、その分を国内市場にまわせば多少は輸入分を補うことが可能です。

もうひとつ、マレーシアが原油の大幅輸入超過になったのは、2022年以降です。コロナ禍からの回復もありますが、ジョホール州の巨大石油コンビナートRAPIDがフル稼働したのと同時期です。つまり、マレーシアの原油の大幅な輸入超過は、純粋な国内需要というよりも巨大石油コンビナートの原料として大量に輸入しているのです。

<表1>

次に石油製品(HS2710)です。輸出222億米ドル、輸入214億米ドルとほぼ拮抗しています。シンガポールを中心とした域内での双方向貿易が主体であり、原料となる原油の供給途絶リスクは残るものの、価格面では輸出入が相殺し合うため、ヘッジが効いている構造と言えます。

<表2>

そしてLNG等(HS2711)です。ここがマレーシアの強みです。輸出134億米ドルに対し輸入はわずか18億米ドルです。大幅な輸出超過となっています。LNGは長期契約(4〜25年)が取引の6割超を占め、原油のJCC価格に連動して価格が決まるため、スポット価格の急騰が輸出収入に反映されるまで3〜6ヶ月のラグがあります。ただ、イランの攻撃によりカタールのLNG生産の一部が停止しており、アジア向け代替供給先としての需要が高まっており、スポット分も含め輸出金額の増加は確実です。

<表3>

3品目を合計すると、輸出410億米ドルに対し輸入359億米ドルとなります。マレーシアはエネルギー全体では輸出超過であり、原油価格上昇に対するヘッジは他のASEAN諸国と比べると格段に効いています。ただし中東産原油の供給途絶リスクは残るため、備蓄の状況が重要になります。マレーシアは日本や韓国のような国家戦略備蓄制度は持っていません。ペトロナスは国内に安定して十分な燃料を供給することを優先すると語っています。アンワル首相も石油製品の供給は少なくとも5月までは目処が立っていると発言しています。

最後に財政面です。ここは明確にマイナスです。アンワル首相は RON95とディーゼル補助金が月間RM7億からRM32億と4倍超に膨張したと明かしています。The Starによると、原油100米ドル前提で追加歳入はRM105億ですが、追加補助金はRM198億と大幅に上回ると試算されています。4月1日からRON95について補助金枠での給油上限が月間300Lから200Lに引き下げられましたが、状況によっては価格の見直しも十分にありうると考えられます。

総合すると、マレーシア経済は周辺国と比較して、格段に原油価格高騰への耐性があります。一方で、中東産原油の供給途絶に対しては国内産原油の活用や代替調達先の確保など、本格的な対策をしなければ厳しい状況です。ただ、マレーシアはイランの中国への原油の輸出が「マレーシア産」とされていることについて、事実上黙認するなどイランに対して「貸し」があるはずで、現在もタンカーのホルムズ海峡通過の交渉を行っているとみられ、そのあたりの進展にも注目する必要があるでしょう。

と書いているうちに、3月26日、マレーシアのタンカーはホルムズ海峡の通過を許可されたことが発表されました。通常と比べて何%の原油を輸送できるのかは不明ですが、原油不足への懸念はやや和らいだことになります。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第921回:強い職場は「上司」ではなく「同僚」で決まる

第921回:強い職場は「上司」ではなく「同僚」で決まる

前回は、企業の環境対応の話から、現実(深化)と理想(探索)の両利きの大切さを述べました。今回は、同僚間の助け合いについてです

海外子会社の経営において、従業員の組織コミットメントをどう高めるかは長年の課題です。一般には、上司のリーダーシップや待遇への満足度が重視されがちです。しかし実際の現場では、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なものがあります。それが「同僚同士の支え合い」です。

今回紹介する研究では、中国にある日系製造業子会社20社を対象に、従業員4,439人の組織コミットメントの要因を分析しました。さらに、このデータを328の部門単位に集約し、「個人レベル」と「職場レベル」の両方から検討しました。

分析結果は興味深いものでした。個人レベルでは、上司支援、同僚支援、自律性、研修機会、待遇満足など、多くの要因が組織コミットメントと関連していました。これは従来の研究とも整合的です。

しかし、部門単位で集計した「職場レベル」の分析では、結果が変わりました。統計的に特に強く残ったのは、「同僚支援」と「自律性」の二つだったのです。つまり、個人の意識としては上司の支援も重要ですが、職場全体としての組織コミットメントを左右していたのは、同僚同士が助け合う雰囲気と、仕事の進め方に一定の裁量がある環境でした。

さらに分析を進めると、自律性の高い職場ほど同僚支援も高く、その同僚支援が組織コミットメントを高めるという関係が見られました。言い換えれば、「任せること」が「助け合い」を生み、その助け合いが職場の一体感を強めていた可能性があります。

この結果は、海外子会社のマネジメントにいくつかの示唆を与えます。従業員の意欲を高めようとするとき、上司が個別に動機づけを行うことはもちろん重要ですが、それだけでは十分とは言えません。むしろ、職場の中で自然に相談し合い、互いに支え合える関係をどう育てるかが、組織全体の強さにつながります。また、細かく管理するよりも、一定の裁量を与えたほうが現場の協力関係が生まれやすい可能性もあります。

海外子会社経営を考えるとき、「上司がどう指示するか」だけでなく、「同僚同士がどう支え合えるか」。その視点が、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。

調査にご協力くださった方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
論文情報は以下。2026年4月13日まで、末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K., Ino, Y., & Ishimura, K. (2026). Coworker Support and Organizational Commitment in Overseas Subsidiaries: Analyses at the Individual and Workplace Levels. Strategic Business Research, 2(1), 100086.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S3051064326000385?dgcid=author

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第542回:1月のマレーシアの製造業指数は7.3%増と好調を維持

第542回:1月のマレーシアの製造業指数は7.3%増と好調を維持

3月11日、統計局はマレーシアの1月の製造業生産指数が前年同月比7.3%増だったと発表しました。12月の6.7%増からさらに上昇し、好調が続いています。内訳を見ると、内需向けは12月の5.2%増から6.4%増に、外需向けも7.5%増から7.8%増へとそれぞれ伸びました。とりわけ電子・電機製品は15.2%増と、12月の12.8%増から一段と加速しています。

図は2024年以降のマレーシアにおける内需向け・外需向け製造業生産指数の推移(前年同月比)を示しています。内需向け(青)は2024年前半の高い伸びから減速し、2025年1月にはほぼ横ばいまで低下しました。その後は年末にかけて持ち直し、2026年1月には6%台の高い伸び率を記録しています。一方、外需向けは2024年初の低迷から夏場にかけて回復し、2025年前半はトランプ関税の影響下でも堅調に推移しました。しかし5〜8月は伸びが鈍化しており、4月2日以降の関税政策をめぐる不確実性の高まりが背景にあるとみられます。8月以降は状況が落ち着きを取り戻すとともに成長が再加速し、12月には7%台に達しました。

このように、2025年後半からマレーシアの製造業は内外需共に好調で、これが2025年通年のGDPが5.2%となり、トランプ関税によって下方修正された政府の予測である4.0%〜4.8%を大きく上回った要因です。

外需については、AIブームの恩恵を受けていることは間違いありません。特に米国向けの輸出が好調で、2025年12月には前年同月比でほぼ50%増という驚くような伸び率を記録しています。内需も堅調で、マレーシアの2025年の自動車販売は過去最高を記録しました。

3月12日に発表された卸売・小売指数も数量指数で5.8%増、売上高で7.3%増と引き続き好調です。米国とイスラエルのイランへの攻撃が、鉱業部門を中心にどのような影響を与えるかは不透明ですが、この調子で推移すると、2026年第1四半期のマレーシアのGDP成長率は6%台に乗る可能性もあります。

昨年来のかなり急激なリンギ高の中でも、マレーシア経済に通貨高の悪影響が出ているようには見えません。高い経済成長率と相まって、マレーシア経済は「高所得国入り」へのラストスパートの段階に入っているように見えます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp