【従業員の勤労意欲を高めるために】第927回:効率化は本当に正しいのか――農業から学ぶ「短期最適化」の落とし穴

第927回:効率化は本当に正しいのか――農業から学ぶ「短期最適化」の落とし穴

前回は、仕事への熱意(ワーク・エンゲージメント)が職種によって異なる意味を持つ可能性について紹介しました。今回は少し視点を変え、農業と食料安全保障のお話です。

近年、世界では「効率化」が重視されています。農業でも同じです。限られた作物に生産を集中させれば、大規模化によって生産効率が上がり、コストも下がります。市場で競争力を持ちやすくなり、食料も安定して供給できるようになります。

では、作物を絞って効率化を進めることは、長期的にも良いことなのでしょうか。この疑問を調べるため、拙稿ではFAO(国連食糧農業機関)の世界の農業データを用い、1961年から2022年までの170か国以上の農業生産構造を分析しました。そして、その国でどれだけ特定の作物に生産が集中しているかを示す指標を作成し、食料不足との関係を調べました。

分析すると、一見すると意外な結果が得られました。作物への集中が進んでいる国ほど、その時点では食料不足が少ない傾向があったのです。効率化によって生産性が高まり、人々が十分な食料を得やすくなっていると考えられます。

ところが、時間の経過を考慮すると話が変わります。現在の農業構造ではなく、3年前の農業構造が現在の食料不足とどう関係するかを調べると、今度は逆の傾向が見えてきました。作物への集中が続いた国ほど、食料不足が増える可能性が示されたのです。統計的には境界的な結果であり慎重な解釈が必要ですが、「短期のメリット」と「長期のリスク」が異なる可能性を示しています。

なぜでしょうか。特定の作物に依存すると、その作物が干ばつや病害虫、価格変動などの影響を受けたとき、農業全体が大きな打撃を受けます。効率は高くても、変化には弱くなるのです。

実は、この考え方は企業経営にもよく似ています。短期的な成果だけを追い求めると、人材や事業を一つの方向へ集中させた方が効率は高まります。しかし、市場環境が変化したとき、新しい技術が現れたとき、その組織は柔軟に対応できるでしょうか。

経営学では、「活用(Exploitation)」と「探索(Exploration)」のバランスが重要だと言われています。現在の強みを徹底的に伸ばすことも必要ですが、将来に備えて新しい可能性を育てることも同じくらい重要です。

効率化そのものが悪いわけではありません。しかし、短期的な効率だけを追い求めると、長期的な強さを失うことがあります。これは農業だけではなく、企業経営や組織づくりにも共通する教訓なのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Agricultural Production Structure and Food Insecurity: Evidence From Global Crop Data. Sustainable Development, Early View. https://doi.org/10.1002/sd.71452

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第596回 マレーシアと比較したトルコのイスラム銀行の特徴

第596回 マレーシアと比較したトルコのイスラム銀行の特徴

Q: マレーシアと比較した場合のトルコのイスラム銀行の特徴は?

A: 1983年にイスラム銀行制度が始まったマレーシアとトルコだが、現在の普及の程度は大きく異なる。この違いはどこから生じたのか、トルコ側から分析を試みた論文が2025年に発表された。トルコ・セルジューク大学経済学部のスクル博士とアフメッド博士の共同論文「マレーシアとトルコのイスラム銀行の比較」で、トルコの合わせ鏡としてのマレーシアの姿をみてみたい。

論文では、2006年から2023年までの両国のイスラム銀行の主要データの比較を行っている。中でも2003年の支店数と従業員数は、マレーシアの方がトルコよりも1.5倍多い。総人口やムスリム人口比率ではトルコが高いにもかかわらず、両数値はマレーシアが高い数値を示していることから、筆者たちは注目すべき点だと強調している。またこれらは堅調に増加している一方、2016年にはともに減少した。ただし理由は異なるとしており、トルコでは業務停止したイスラム銀行があったのに対して、マレーシアではオンラインの普及や合理化で店舗統合が進んだ結果だとしており、金融機関の発展段階にも差があるとみている。

マレーシアの普及はシェア率の高さにも表れている。両国ともイスラム銀行と従来型銀行が併存しているため、銀行部門に占めるイスラム銀行のシェア率で普及の度合いを測れる。論文によれば、2023年の総資産・融資残高・預金残高それぞれに占めるイスラム銀行の割合は、マレーシアでは36~45%だが、トルコでは7~10%にとどまっている。トルコがマレーシアほどのシェア率に至っていない理由として筆者たちは、トルコ経済の不安定化や政府・中央銀行による金融引き締め政策の実施などを挙げている。ただ、両国のイスラム銀行ともコロナ禍からの影響は少なかったとしており、イスラム銀行の経済危機への底堅さがあるとしている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第550回:マレーシアの原油、代替調達状況は?

第550回:マレーシアの原油、代替調達状況は?

6月26日、アズリナ・オスマン首相府相はペトロナスのガソリンスタンドについて8月末までは安定供給の目処が立ったと発言しました。マレーシアは主にペトロナスのネットワークを使って中東産の原油調達の代替を進めています。

表1はマレーシアの2025年の月平均の国別原油輸入額です。1位〜3位までをサウジアラビア、UAE、オマーンという中東諸国が占めています。マレーシアの原油輸入の中東依存度は約7割でした。

表2はマレーシアの2026年4月・5月の月平均の国別原油輸入額です。原油価格が2025年と比較して約1.6倍になっていますので、それを補正した輸入量の増減を推計して示しています。全体では46%減となっています。

中東諸国で輸入が減少しているのは、UAE(58%減)、サウジアラビア(86%減)で、クウェートについては輸入が0になってランク外となっています。いずれも、ホルムズ海峡封鎖の影響を受ける国々です。一方で、ホルムズ海峡外にあるオマーンについては-16%で輸入量がやや減少した程度に留まっています。

その結果、マレーシアが現在最も原油を輸入しているのはスーダンとなっています。ペトロナスは1999年に現在の南スーダンに進出し、パイプラインでスーダン港から原油を輸出しています。ただ、南スーダンの独立以降は事業環境が悪化し、2024年8月に南スーダンからの撤退を発表しています。しかし、その後も輸入は継続しており、原油調達のルートは残っているようです。

価格調整後の推定輸入量が300%以上増加(4倍超)しているのがアンゴラですが、ペトロナスは同国に2014年に進出しています。南スーダンとは異なり、現在も投資を続けており、今回のホルムズ海峡危機に際して輸入を大幅に増やしたと考えられます。

一見、不思議なのはイラクです。ペトロナスは2009年にイラクのガラフ油田などの権益を取得し、事業を展開しています。ただ、イラクはホルムズ海峡の奥に位置しており、海峡封鎖時には輸出は困難です。2026年4 ・ 5月という時期を考えると、3月にイラン政府とマレーシア政府が交渉をしてホルムズ海峡を通過できた時期の積み出しと考えられます。4月12日には米軍がホルムズ海峡の逆封鎖を発表していますので、イラクからの輸入は今後一旦は止まる可能性があります。

その他、マレーシアはペトロナスが権益を持つブラジル(売却中)や、マドゥロ大統領拘束後に合法的な調達が可能になったベネズエラなど南米諸国、さらに近隣のインドネシアからの調達を増やしています。

もう1点、サウジアラビアからの輸入額は激減していますが、実は2025年の第4四半期には既に月平均輸入額は半減していました。これは、ジョホール州のペトロナスとサウジアラムコの合弁石油コンビナートからのアラムコの撤退が2026年5月25日に発表されたことと関連していると思われます。アラムコはこのコンビナート向けの原油の約70%を供給していたとされ、撤退に向けて前もって輸出量を減らしていたと考えられます。

以上のように、マレーシアは主にペトロナスのネットワークを通じて原油の代替調達を積極的に進めていることが分かります。価格調整後の輸入は46%減と推定されますが、サウジアラビアからの調達を計画的に減らしていたことを考慮すると、ホルムズ海峡危機による実質的な減少率は20%台ではないかと考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【イスラム金融の基礎知識】第595回 イスラム銀行利用のカギは周囲からの影響と宗教性

第595回 イスラム銀行利用のカギは周囲からの影響と宗教性

Q: イスラム銀行を利用するようになった要因は?

A: なぜイスラム銀行を利用するようになったのか。利用者のきっかけをめぐり、これまで多くの研究が行われており、本連載でも度々取り上げてきた。今回はパレスチナ・アハリア大学のアムジャド博士らの研究チームが2024年に発表した論文「顧客のイスラム銀行への動機付けに影響を与える社会的要因」の議論を取り上げてみたい。

パレスチナのイスラム銀行の歴史は30年ほどで、利用率は2020年現在で17.6%にとどまっている。そこで調査研究チームは、220名を対象としたアンケート調査を行った。分析の結果、利用のきっかけとして大きな要因には、友人・親戚・同僚など周囲の人びとからの影響(ピア効果)と宗教的動機の二つがあると指摘している。周囲からの影響とは、周りがイスラム銀行に好印象をもって利用していると、本人もその影響を受け利用するに至ることを指す。パレスチナ社会には、社会的関係の中で暮らすうちに集団主義的な意志決定を個人が行う傾向が強いとも指摘しており、この傾向が他国で生じるとは限らないとしている。

他方、宗教的動機とは、銀行のサービス内容などの点でイスラムに対しての印象のことで、銀行の利用者は従来型銀行とイスラム銀行の違いを理解した上で、その宗教的特徴を重んじてイスラム銀行を選択しているとしている。また逆に、これらの違いを理解していない消費者ほど、「イスラム銀行が本当にイスラムに準拠しているのか信じられない」として、イスラム銀行の選択は消極的であるとしている。

研究チームによれば、この研究結果のうち特に周囲からの影響の強さは、パレスチナ社会の特徴であり、とりわけ特定のイスラム団体や政党の言説の影響を受けてイスラム銀行を利用する人が増えている一方、それゆえにこうした勢力への反発の結果として利用率が17%にとどまっていると分析している。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第549回:日本・マレーシア共同声明を読んでみる

第549回:日本・マレーシア共同声明を読んでみる

6月10日、訪日したアンワル首相と高市首相の間で、日・マレーシア共同声明が発表されました。2023年には当時の岸田首相とアンワル首相の間で、両国関係を「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げする声明が発表されましたが、それ以来の共同声明となります。

今回の共同声明には、経済、安全保障、人的交流、国際情勢の認識共有など、多様なトピックが含まれています。しかし、日本にとって最も重要だったのは、経済安全保障関連のトピックであったと考えられます。

「アンワル首相は、LNG をはじめとする不可欠なエネルギー供給や、ナフサ、尿素及び医療用手袋などの石油・化学製品を含め、日本への開かれた安定的な貿易の流れを促進することについてマレーシアの最大限のコミットメントを表明した」

原油・LNGを産出し、巨大な石油コンビナートも保有しているマレーシアにとっては、サプライチェーンの各所で、ナフサ原料、ナフサ、ナフサ由来の化学製品を日本に融通できる余地があります。もちろん、連載543回で示したように、マレーシア自身も中東から原油を多く輸入しており、余裕があるわけではありません。声明の中でも「マレーシアの国内の優先順位及び利用可能な余剰能力に沿って日本のニーズを支援する方策の検討を含め」と一定の留保がなされています。

それでも、ナフサを中心に石油製品の供給が不安定化している日本にとって、マレーシアからの供給を取り付けることの意味は非常に大きいものです。

一方で、マレーシア側がこの声明で得たものはなんでしょうか。経済関係の協力、例えば原子力発電についての日本からの協力なども目につきました。しかし、筆者は「イラン及びパレスチナ情勢」についての認識をあらためて共有したことも成果であると考えます。

3月24日に行われたアンワル首相と高市首相の電話会談の際には、米国・イスラエルのイラン攻撃を巡る認識の違いがありました。マレーシア側はイラン寄りの姿勢、日本は明確に米国寄りの姿勢です。2日後の26日、アンワル首相はイランと米国の和平仲介役を務めるパキスタンのシャリフ首相と電話会談し、「私も世界各国の指導者たちと対話し、中東戦争の即時終結の必要性を強調している」と伝えました。この指導者に高市首相も含まれるのは明らかです。

今回の声明中の以下の文言は、完全に中立です。

「両首脳は、中東情勢、特にイラン及びパレスチナについて意見を交換し、地域情勢の悪化に深刻な懸念を表明した。両首脳は、事態の早期沈静化実現のため、外交努力の継続が極めて重要であることを再確認し、緊密な連携を継続する意向を確認した。ホルムズ海峡における自由で安全な航行が一刻も早く確保されるよう、引き続き連携して対応することで一致した」

アンワル首相は、国内的な政治的アピールとして3月に下院で米国・イスラエル非難決議を行っていますが、マレーシア外務省はイランに対する攻撃と、それに対する反撃の両方を非難する声明を出しています。アンワル首相がシャリフ首相と緊密に連絡をしていることからも、マレーシアは外交上は「中立」であると考えて良いでしょう。一方で、高市首相は外交の場でも一貫して米国を支持し、イランに対し、譲歩や自重を求める発言を行ってきました。

こうした背景からは、今回の声明で、日本は中東問題についての外交的な立ち位置を「中立」に戻したともいえます。マレーシア側としてはこれを「日本を説得した」と誇れるでしょうし、実は、日本の外務省も伝統的な中東政策のスタンスを確認できたことにほっとしているかもしれません。

いずれにせよ、今回の共同声明では、両国の多岐にわたる具体的な協力関係の促進に言及しており、両国関係は単なる友好国を越えて、「包括的・戦略的パートナーシップ」に相応しい緊密な関係に進みつつあると言えるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第926回:やる気が脳を擦り減らす?――仕事への熱意に潜む職種差

第926回:やる気が脳を擦り減らす?――仕事への熱意に潜む職種差

前回は、災害後の急回復と真のレジリエンスの違いについて考えました。今回は、仕事への熱意(ワーク・エンゲージメント)と脳の健康との関係についてです。

一般に、仕事への熱意が高い社員は良い社員だと考えられています。

実際、ワーク・エンゲージメントは、生産性や業績、健康状態などと関連することが多くの研究で報告されています。しかし近年、「熱意が高ければ高いほど良いとは限らないのではないか」という議論も出てきています。過度な仕事への没頭は、疲労やストレス、ワークライフバランスの悪化につながる可能性があるからです。

そこで拙稿では、MRIを用いて脳の灰白質容積(GMV)を測定し、仕事への熱意との関係が職種によって異なるのかを調べました。対象は東京で募集した362名の社会人で、管理職・専門職を「知識労働者」、それ以外を「その他の労働者」として比較しました。

分析の結果、興味深い違いが見られました。

知識労働者では、仕事への熱意が高い人ほど脳の灰白質容積が大きい傾向がありました。特に、意欲や感情に関係する大脳辺縁系との関連が確認されました。

一方で、その他の労働者では逆の結果でした。仕事への熱意が高い人ほど、全脳や前頭葉、大脳辺縁系などの灰白質容積が小さい傾向が見られたのです。

もちろん、この結果だけで「熱心に働くと脳が縮む」とは言えません。今回の研究は横断調査であり、因果関係は分からないからです。

しかし一つの解釈は可能です。

知識労働者の仕事への熱意は、自律性や裁量の大きさに支えられた「やりたいからやる」という形で表れている可能性があります。これに対して、その他の労働者では、「やらなければならない」「期待に応えなければならない」という圧力と結びついた熱意になっている可能性があります。論文では、「情熱の二元論」に従って、前者を調和的情熱、後者を強迫的情熱として説明しています。

企業経営に置き換えると、これは非常に重要な示唆を持っています。

多くの企業は、「社員のエンゲージメントを高めよう」と考えます。しかし、本当に重要なのはエンゲージメントの高さそのものではなく、そのエンゲージメントがどこから生まれているかです。

社員が主体的に仕事へ取り組んでいるのか。それとも、評価への不安や同調圧力によって無理をして頑張っているのか。

表面的には同じ「熱心な社員」に見えても、その内実は大きく異なるかもしれません。

近年、人材マネジメントではエンゲージメントスコアの向上が重視されています。しかし今回の結果は、「エンゲージメントを高めること」よりも、「健全な形でエンゲージメントが生まれる環境を整えること」の方が重要である可能性を示しています。

やる気の高さだけを追い求めるのではなく、そのやる気が自由意志から生まれているのか、それとも圧力から生まれているのか。これからの組織づくりでは、その違いに目を向ける必要があるのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K., Nemoto, K., & Yamakawa, Y. (2026). Occupational Differences in the Association Between Work Engagement and Brain Gray Matter Volume. Current Psychology, 45, 931.

https://doi.org/10.1007/s12144-026-09489-5

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第594回 エルドアン大統領「利子があるところに恩恵なし」

第594回 エルドアン大統領「利子があるところに恩恵なし」

Q: トルコのエルドアン大統領はイスラム銀行をどのようにみていますか?

A: 6月3日から6日にかけて、トルコのイスタンブールでアル・バラカ・グループ主催の「第3回世界イスラム経済サミット」が開催された。マレーシア中銀のアブドル・ラシード総裁をはじめ、各国のイスラム金融関係者が参加する大規模なサミットだが、この中でエルドアン大統領がスピーチを行った。大統領は「利子があるところに恩恵なし」として、イスラムが経済と社会に貢献することを強調した。

イスラム政策を進めるエルドアン大統領であるが、彼の考え方はこのスピーチによく表れている。スピーチによれば、経済や国際関係は、欧米発祥の単一のシステムに縛られるものではないとしている。イスラム金融は正義、倫理、リスク分担、持続可能性、社会福祉といった価値観に基づいて運営されており、欧米社会の価値観とは異なるもう一つの選択肢となる。また、イスラム金融はムスリムだけのものでなく、全世界にとってより 公平で安全なモデルであるとしている。

ただ、現在トルコの金融市場に占めるイスラム銀行の割合は9.5%にとどまっている。長らくトルコの銀行市場を従来型金融が占めていることに対して、大統領は長年の不満を込めて「利子があるところに恩恵はない」と批判した。続けて大統領は、政府系イスラム銀行4行のうちジラート・カトゥルム銀行、ヴァルフ・カトゥルム銀行、ハルク・カトゥルム銀行の合併、および残る一つのエムラク・カトゥルム銀行のIPOを実施することを明らかにした。具体的な時期や方法については言及しなかったものの、これらの動きが重大な相乗効果を生むと強調した。

トルコでは、イスラム式の銀行は「参加銀行」(カティリム・バンカシ)と呼ばれる。イスラム銀行を推進するエルドアン政権下にあっても、「イスラム」の名称を冠することがない独自の政治と宗教のバランスがあるのがトルコの現状を表しているといえよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第925回:災害が経済成長を促すこともある?――復興とレジリエンスの違い

925回:災害が経済成長を促すこともある?――復興とレジリエンスの違い

前回は、パンデミックに強い社会をつくるためには、教育だけでなく電力インフラが重要であるという話でした。今回は、自然災害と経済成長の関係についてです。

地震、洪水、台風などの自然災害は経済に悪影響を与えると考えられています。しかし、実は研究によっては「災害後に経済成長率が高まる」という結果も報告されてきました。一見すると矛盾しているように見えますが、どちらが正しいのでしょうか。

拙稿では、1996年から2022年までの108カ国のデータを用いて、自然災害が経済成長に与える影響が、国のインフラ整備状況によって変わるのかを分析しました。特に注目したのは、電力アクセス率です。

分析の結果、電力インフラが極めて未整備な国では、災害の発生後に経済成長率が高まる傾向が見られました。しかし、これは災害が良い影響を与えているという意味ではありません。家屋や道路が破壊された後、それらを再建するために公共投資や援助資金が投入され、一時的にGDPが押し上げられている可能性があります。

一方で、一定以上の電力インフラが整備された国では、災害と経済成長との間に有意な関係は見られませんでした。災害が起きても経済全体への影響が限定的になり、「復興による成長」に依存しなくなるのです。

これは重要な違いです。

災害後にGDPが伸びたとしても、それは必ずしも社会が強くなったことを意味しません。むしろ、被害を受けたものを元に戻すための活動が統計上の成長として観測されているだけかもしれません。本当の意味でのレジリエンス(回復力)とは、災害が起きても経済活動や生活が大きく損なわれない状態を指します。

企業経営にも同じことが当てはまります。

トラブルや危機が発生した後、社員が懸命に働いて業績を回復させることがあります。しかし、それを成功体験として評価し過ぎると、「問題が起きてから頑張る組織」を強化してしまう危険があります。本当に重要なのは、そもそも大きな混乱が起きにくい仕組みを整えることです。

情報システムの冗長化、事業継続計画(BCP)、サプライチェーンの分散、人材育成などへの投資は、平時には目立たないかもしれません。しかし、危機が起きたときに企業の損失を最小限に抑えます。

災害後の急回復は目を引きます。しかし、より望ましいのは、回復を必要としないほど強靭な状態をつくることです。国でも企業でも、真の成長は「復興力」ではなく「レジリエンス」の上に成り立っているのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Natural Disasters and Development Thresholds: Infrastructure, Nonlinearity, and Economic Resilience. Systems, 14(3), 243.
https://doi.org/10.3390/systems14030243

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第548回:プロドゥア、ハイブリッド車を現地組み立てへ

第548回:プロドゥア、ハイブリッド車を現地組み立てへ

マレーシアの自動車市場でEVの存在感が急速に増しています。2025年のバッテリーEV(BEV)車の販売台数は30,848台と前年から倍増しました。もっとも、自動車販売全体に占める比率は約4%で、タイの20%、インドネシアの15%と比較すると低い水準に留まっていました。

しかし、2026年に入ってその勢いはさらに増しています。4月のBEV販売(登録)台数は5,894台、前年同月比104%増と、文字通り倍々ゲームで伸びています。自動車販売全体に占めるシェアは7%台に達しました。

その立役者がプロトンです。コンパクトハッチバックEV のe.MAS 5の売れ行きが好調で、3月にはBEVとしてマレーシアの月間車種別販売ランキングで初の5位入りを果たし、4月も1,772台を販売して、1〜4月の販売で7位の座を維持しています(表1)。

これに対して、EV市場で苦戦しているのがプロドゥアです。2022年8月にAtiva Hybridの限定的なモニタリングを開始したものの、その後の動きは鈍く、EVに関する大きなアナウンスがあったのは2025年12月、純国産BEV「QV-E」の発売でした。QV-Eはバッテリーを月額RM300程度のサブスクリプションとすることで本体価格をRM80,000に抑えたのが特徴で、ダイハツではなくプロドゥア主導でオーストラリア企業と共同開発したものでした。

ところが問題が生じます。2026年第3四半期に月産3,000台を目指していましたが、実際には4月までの累計販売台数はわずか102台、月間では4月の52台が最高という惨状となりました。背景には生産上の問題があります。2月にザイナル・アビディンCEOが、主に中国の部品サプライヤーが品質基準を満たしていないことを原因として挙げています。

プロドゥアの自動車販売自体は現在も好調で、1〜4月の車種別販売のトップはBezzaの32,386台、3・4・5位にもそれぞれAxia/Myvi/Alzaとおなじみの車種が並んでいます。しかし、プロトンも2位にSaga、6位にSUVのX50、7位にe.MAS、8位にセダンのS70が入っています。ホルムズ海峡危機で燃料補助金の先行きが危ぶまれる中、EV市場での空白はプロドゥアにとって大きな問題になりつつありました。

2026年5月14日、四方敬之マレーシア大使がラワンの工場を訪問した際、ザイナル・アビディンCEOがAtiva Hybridのマレーシア市場への投入を認めました。日本の経済産業省のグローバルサウス補助金を活用して工場を改修し、マレーシアでの生産が行われます。

Ativa Hybridはダイハツ・ロッキーのハイブリッド版で、ガソリンエンジン版は1〜4月にも6,514台を売り上げて12位に入っています。Ativa Hybridはダイハツのシリーズ・ハイブリッド技術を採用しており、街乗り中心のBEVであるe.MAS 5に対して、街乗りでの低燃費と長距離巡航をバランスよくカバーできる点が強みです。

一方、ダイハツの5月14日付プレスリリースでは、Ativa Hybridの現地生産について、ダイハツ独自のハイブリッド技術の生産・販売・顧客ニーズに関する「実証事業」という表現にとどまっています。

いずれにせよ、Ativa Hybridがどのように受け入れられるかは、来年にも予想される「国民車」Myviのフルモデルチェンジの試金石となりそうです。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第593回 東南アジアのイスラム金融市場、1兆米ドル超え

第593回 東南アジアのイスラム金融市場、1兆米ドル超え

Q: 東南アジアの2026年第1四半期のイスラム金融市場の状況は?

A: 世界的な金融格付機関であるフィッチ・レーティングスが5月に発表したレポートによると、東南アジアのイスラム金融市場は26年第1四半期に1兆米ドルを超えた。

フィッチ・レーティングスが明らかにしたところによると、東南アジアのイスラム金融市場はマレーシア、インドネシア、ブルネイの3カ国が牽引している。これらの国々は、①ムスリム人口が多い、②政府が積極的にイスラム金融産業を振興している、③ハラル食品やムスリム向け観光などハラル経済が成長している、④デジタル化が進んでいる、などの理由で市場の成長に繋がっているとしている。

市場の構成のうち、イスラム銀行の総資産が過半数を占める一方、スクークが41%でこれに続く。他にはイスラム式で運用されているファンドが8%、タカフル保険会社の資産が2%などとなっている。スクークに着目すると、世界全体のスクークのほぼ半数が、東南アジアで起債された。国別にみるとマレーシアが世界1位、インドネシアが3位であり、両国とも現地通貨建てで起債されている。これらは、過去4年間で債務不履行が発生した例はないとしている。ただ4月以降、ヒッチ・レーティングスはインドネシア自体の評価を下げたため、これに応じて評価を下げたスクークもあるとしている。

他の東南アジア諸国の動向をみてみると、国によって発展の段階が不均衡な状況にあるとみなしている。シンガポールは、米ドル建てスクークの上場先としては世界で6番目に大きい市場になっている。フィリピンは、25年末時点でイスラム銀行資産は4,400万米ドルにとどまっているが、23年に10億米ドルのスクーク発行の経験があり、またタカフル保険事業者が5社存在するなど、着実に成長しているとみている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。