【総点検・マレーシア経済】第553回:マレーシアの輸出、どこまでAIバブル?

第553回:マレーシアの輸出、どこまでAIバブル?

7月20日、マレーシアの6月の輸出額が前年同月比で45.4%増と発表されました。国別では、米国が首位で前年同月比108.6%増、2位がシンガポールで47.6%増、3位が中国で36.1%増となりました。図1は上位3カ国の輸出額の変化を3カ月移動平均でみたものです。ここ数カ月で、米国向けの輸出がさらに一段増加していることが分かります。

表1は2026年上半期の米国向けの輸出をHSコード6桁レベルで示したものです。総額では54.8%増と大幅に増加しています。輸出額の首位は「集積回路の部分品」で前年同期比で約5倍になっています。これは実際には何なのかと考えると、ヒントは米国側の統計にあります。米国側で、この金額と見合うのは「PC等用プリント基板(8473.3011)」です。これは、連載521回でも登場していますが、その時は、マレーシア側で見合うのが「パソコン用処理装置(8471.50)」だったので、ノートPC用のプリント基板と推測しました。

今回は、マレーシア側の分類ではが「集積回路の部分品」なので、ノートPCの基板よりもさらにモジュール寄りであり、この金額の急増ぶりから考えると、「AI半導体関連のモジュール」であると推測されます。

輸出額の2位「プロセッサ・コントローラ」はインテルのCPUに代表されるプロセッサ半導体の完成品で、前年同期比約6割増となっています。3位の「半導体メモリー装置」はSSD、4位の「ICメモリー」はSSDになる前のNANDフラッシュメモリと考えられ、前者が3.4倍増、後者が4.5倍増となっています。

1位のPC等用プリント基板の数量を米国側の統計で見ると、前年同期比25%増にとどまっており、3位の半導体メモリー装置については30%減少しています。ということは、米国への輸出の大幅な伸張は、AIブームによる輸出単価の高騰によるところが大きいと結論できます。

ということは、今回のAIブームが終焉を迎えた際には、特に米国向け輸出額が一気に3割、5割というオーダーで減少する、ということが考えられます。現状は、あくまでも「AIブームによる特異な状況」と考えた方が良いでしょう。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第598回 パキスタン、女性従業員の服装をめぐる議論

第598回 パキスタン、女性従業員の服装をめぐる議論

Q: パキスタンのイスラム銀行の女性従業員の服装をめぐる議論があるようですが?

A: パキスタンの上院委員会において、イスラム銀行の女性従業員の服装とその規定をめぐる議論が行われた。ムスリム女性のファッションのあり方は、国によって異なっており、その一端を表す事例とみることができる。

議論は7月29日の上院財政歳入常任委員会で行われた。ザルカ・スハルワルディ・タイムール上院議員によれば、イスラム銀行では「女性従業員は(生地が厚く透けないアラブ風の)アバヤの着用を強制されているが、男性従業員は服装を自由に選ぶことができる」と指摘した。シェリー・レーマン上院議員も、「いかなる従業員も特定の服装を強制されるべきではない」と主張した。また同議員は、故ベンナジール・ブット元首相も愛用したシャルワール・カミーズという薄手の布で紙の露出をある程度許容する伝統的民族スタイルで十分だとしており、アバヤの着用義務規定に異議を唱えた。これに対してパキスタン中央銀行のジャミール・アハメド総裁は、中央銀行は市中銀行に対して特定の服装を強制したことはなく、控えめな服装(モデスト・ファッション)の順守だけを求めた既存のガイドラインを周知徹底すると答えた。

働くムスリム女性のファッションをめぐっては、法律や世論、イスラム法の解釈などを背景として、イスラム諸国の間でも隔たりがある。特に企業における接客担当のスタッフの制服の場合は、マレーシアでもかつて外資系のホテルや百貨店でのトゥドゥンの着用が論争の的になったことがある。とりわけ髪をすべて隠すベールの着用は、本人の信仰が優先されるか、あるいは企業や国が強制できるのか、また、最近のマレーシアでのユニクロの商品をめぐる議論のように、イスラムの観点からみた正しいファッションとは何かという点での見解の違いもあるので、論争は複雑化する傾向にある。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【総点検・マレーシア経済】第552回:マレーシアの2026年上半期の自動車市場

第552回:マレーシアの2026年上半期の自動車市場

2026年上半期のマレーシアの自動車産業の状況を見ると、プロトンの好調と電気自動車(BEV)とハイブリッド車(HEV)の伸張が目立ちました。図1は2025年と2026年の1〜6月の自動車登録台数を燃料別に比較したものです。全体ではほぼ前年並みで推移する中で、BEV+HEV=xEVの伸びが際立ちます。2025年上半期の販売に占めるxEV比率は6〜9%台でしたが、2026年上半期は10〜16%で推移し、右肩上がりになっていることが分かります。

表1はすべての自動車販売についてのモデル別の上位10車種を示したものです。プロドゥアのBezzaとプロトンのSagaが首位を争い、8位のホンダCityを除くとプロドゥアとプロトンが独占、10位にはBEVのe.MAS 5が入っています。上半期で比較すると、プロドゥアは15.8万台で前年の16.6万台から4.9%減です。販売に占めるBEV比率は僅か0.1%となっています。一方のプロトンは9.8万台で前年の7.0万台から40.5%増となっています。販売に占めるBEV比率は13.8%、HEVは4.2%、合計すると2割近くをxEVが占めています。

表2は2026年上半期のマレーシアのBEV/HEVの登録台数の上位10車種です。プロトンのe.MAS 5が首位、さらにe.MAS 7が2位と4位に入っています。xEV市場でのプロトンのシェアは約3割に達します。

中国国内でもベストセラーであるGeely「星愿」のマレーシア版であるe.MAS 5の好調ぶりが目立ちます。プロドゥアがBEV/HEV生産に遅れをとるなかで、対抗馬となるのはBYDのAtto 3です。ただ、ここで立ちはだかるのがマレーシア政府が7月1日から施行したBEVのCBU輸入はCIF価格RM200,000以上かつ出力180kW(245PS)以上に限るという新規制です。Atto 3はこの基準を満たせないため、今後輸入できなくなります。

BYDは2025年8月にマレーシア工場の建設を発表していますが、条件面で折り合いがつかず、現在、工事がストップしていると報じられています。そうなると、e.MAS 5/7の対抗はトヨタのカローラ・クロスとヴィオスのHEVとなります。これらはブキット・ラジャの工場で組み立て・生産されています。

強力なライバルになり得るのはプロドゥアのBEV/HEVですが、自社設計のBEVであるQV-Eは生産が難航しており、HEVもようやくAtiva Hybridについて、5月に日本の経産省のグローバルサウス補助金を使って現地生産することが決まったところです。来年とみられるMyviのフルモデルチェンジでも、HEV版がどうなるかはまだ明らかではありません。

以上のように、今後も拡大するxEV市場において引き続きプロトンが強さを見せるとみられ、その好調さはしばらく続きそうです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第597回 フィリピンの政府系イスラム銀行、会長兼CEOに元予算管理相が就任

第597回 フィリピンの政府系イスラム銀行、会長兼CEOに元予算管理相が就任

Q: フィリピンの政府系イスラム銀行の会長兼CEOに就任した人物は?

A: フィリピン唯一の政府系イスラム銀行であるアル・アマナ・イスラム投資銀行では、7月に新しい会長兼CEOが就任した。中銀副頭取や経済閣僚を経験したムスリムである彼女の就任を歓迎する声がある一方、前職を不明瞭な形で辞任したことに対して疑義が呈されている。

同銀行の会長兼CEOに就任したアメナ・パンガンダマン氏は、ミンダナオ島南ラナオ州出身の48歳のムスリムで、マラナオ族の王族の血筋をひく。2021年にフィリピン中央銀行の副頭取に就任、2022年からはマルコス政権の予算管理相に転身しておよそ3年半務めた。就任に際して彼女はインタビューで「取り残されてきた人びと(同国南部を中心に暮らすフィリピノ・ムスリムたち)に機会を提供する、より強力な組織の構築に貢献する」と抱負を語った。

彼女の会長兼CEO就任に対しては、国内ムスリム・コミュニティから歓迎する声が上がっている。例えば、スールー州知事のアブドゥサクル・タン知事は、インタビューに対して、彼女のキャリアを通じて「イスラム金融セクターを導くために必要な、的確な財政感覚と金融に関する洞察力」が培われているだろうと期待を示している。

一方で、彼女の就任に対する疑問の声も上がっている。予算管理相時代において、洪水対策予算を一部の企業に集中させたことが問題視され、2025年11月には同職を辞した。この件について訴追等を受けることがなく疑惑が晴れていない中、わずか8ヶ月後の今回、再び政府系ポストに復帰したことで、一部で批判を集めている。これに対して大統領府は、「問題なし」との声明を発表した。

イスラム金融市場を民間に開放して間もないフィリピンにとって、政府系イスラム銀行の強化は市場拡大に重要な点であるが、新しい経営者の手腕に期待にかかることは確かであろう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第551回:マレーシアの2026年第2四半期の経済成長率(推計値)は5.8%増

第551回:マレーシアの2026年第2四半期の経済成長率(推計値)は5.8%増

7月17日に発表されたマレーシアの2026年第2四半期の経済成長率(推計値)は前年同期比5.8%で、第1四半期の5.4%からさらに加速しました。これにより、2026年前半の経済成長率は5.6%となり、現在の政府予測である4.0%~5.0%の上限を超えています。予想以上に強い数字で、下半期にホルムズ海峡危機の影響が出てきたとしても、政府予測の達成はほぼ確実、上振れの可能性もあると言えるでしょう。

2026年第2四半期の部門別GDPでは製造業の伸びが7.5%となり、第1四半期の5.9%からさらに加速しています。サービス業についても5.4%(第1四半期:5.6%)で、好調と言える状況が続いています。

2026年第1四半期時点での見通しは、必ずしも明るくありませんでした。月次のGDP成長率は1月~3月に、6.8%、5.2%、4.1%と急速に低下していたからです。筆者は本連載第547回で「もし世界的にホルムズ海峡危機を主因とした原材料のサプライチェーンが大きく混乱した場合、マレーシアの2026年の経済成長率は3%台半ばまで下落することはありうる」と悲観的な見方を示しています。

しかし、その後の状況は予想と全く違う方向で推移しています。ホルムズ海峡危機は引き続き予断を許さないものの、実体経済への影響は最小限に留まっています。生産者物価指数は4月が5.4%上昇、5月は7.8%上昇と大きく上昇していますが、消費者物価の上昇は5月が2.0%、6月が1.9%と低く抑えられています。

2026年5月の輸出は前年同月比45.3%増と爆発的な伸びを見せ、特に米国向けの輸出は97.7%増とほとんど2倍になっています。シンガポール向けが40.4%増、中国向けが27.8%増と全面的に好調です。

バンクネガラは7月9日に金融政策決定会合を開き、政策金利を2.75%に据え置きました。ホルムズ海峡危機は依然としてリスク要因であるものの、堅調な内需と予想以上の輸出の伸びに支えられて経済は好調であるという認識を示しています。

ホルムズ海峡危機が下振れリスクとしては残るものの、2026年のマレーシア経済は未曾有のAIブームに乗って好調に推移していると言えるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第927回:効率化は本当に正しいのか――農業から学ぶ「短期最適化」の落とし穴

第927回:効率化は本当に正しいのか――農業から学ぶ「短期最適化」の落とし穴

前回は、仕事への熱意(ワーク・エンゲージメント)が職種によって異なる意味を持つ可能性について紹介しました。今回は少し視点を変え、農業と食料安全保障のお話です。

近年、世界では「効率化」が重視されています。農業でも同じです。限られた作物に生産を集中させれば、大規模化によって生産効率が上がり、コストも下がります。市場で競争力を持ちやすくなり、食料も安定して供給できるようになります。

では、作物を絞って効率化を進めることは、長期的にも良いことなのでしょうか。この疑問を調べるため、拙稿ではFAO(国連食糧農業機関)の世界の農業データを用い、1961年から2022年までの170か国以上の農業生産構造を分析しました。そして、その国でどれだけ特定の作物に生産が集中しているかを示す指標を作成し、食料不足との関係を調べました。

分析すると、一見すると意外な結果が得られました。作物への集中が進んでいる国ほど、その時点では食料不足が少ない傾向があったのです。効率化によって生産性が高まり、人々が十分な食料を得やすくなっていると考えられます。

ところが、時間の経過を考慮すると話が変わります。現在の農業構造ではなく、3年前の農業構造が現在の食料不足とどう関係するかを調べると、今度は逆の傾向が見えてきました。作物への集中が続いた国ほど、食料不足が増える可能性が示されたのです。統計的には境界的な結果であり慎重な解釈が必要ですが、「短期のメリット」と「長期のリスク」が異なる可能性を示しています。

なぜでしょうか。特定の作物に依存すると、その作物が干ばつや病害虫、価格変動などの影響を受けたとき、農業全体が大きな打撃を受けます。効率は高くても、変化には弱くなるのです。

実は、この考え方は企業経営にもよく似ています。短期的な成果だけを追い求めると、人材や事業を一つの方向へ集中させた方が効率は高まります。しかし、市場環境が変化したとき、新しい技術が現れたとき、その組織は柔軟に対応できるでしょうか。

経営学では、「活用(Exploitation)」と「探索(Exploration)」のバランスが重要だと言われています。現在の強みを徹底的に伸ばすことも必要ですが、将来に備えて新しい可能性を育てることも同じくらい重要です。

効率化そのものが悪いわけではありません。しかし、短期的な効率だけを追い求めると、長期的な強さを失うことがあります。これは農業だけではなく、企業経営や組織づくりにも共通する教訓なのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Agricultural Production Structure and Food Insecurity: Evidence From Global Crop Data. Sustainable Development, Early View. https://doi.org/10.1002/sd.71452

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第596回 マレーシアと比較したトルコのイスラム銀行の特徴

第596回 マレーシアと比較したトルコのイスラム銀行の特徴

Q: マレーシアと比較した場合のトルコのイスラム銀行の特徴は?

A: 1983年にイスラム銀行制度が始まったマレーシアとトルコだが、現在の普及の程度は大きく異なる。この違いはどこから生じたのか、トルコ側から分析を試みた論文が2025年に発表された。トルコ・セルジューク大学経済学部のスクル博士とアフメッド博士の共同論文「マレーシアとトルコのイスラム銀行の比較」で、トルコの合わせ鏡としてのマレーシアの姿をみてみたい。

論文では、2006年から2023年までの両国のイスラム銀行の主要データの比較を行っている。中でも2003年の支店数と従業員数は、マレーシアの方がトルコよりも1.5倍多い。総人口やムスリム人口比率ではトルコが高いにもかかわらず、両数値はマレーシアが高い数値を示していることから、筆者たちは注目すべき点だと強調している。またこれらは堅調に増加している一方、2016年にはともに減少した。ただし理由は異なるとしており、トルコでは業務停止したイスラム銀行があったのに対して、マレーシアではオンラインの普及や合理化で店舗統合が進んだ結果だとしており、金融機関の発展段階にも差があるとみている。

マレーシアの普及はシェア率の高さにも表れている。両国ともイスラム銀行と従来型銀行が併存しているため、銀行部門に占めるイスラム銀行のシェア率で普及の度合いを測れる。論文によれば、2023年の総資産・融資残高・預金残高それぞれに占めるイスラム銀行の割合は、マレーシアでは36~45%だが、トルコでは7~10%にとどまっている。トルコがマレーシアほどのシェア率に至っていない理由として筆者たちは、トルコ経済の不安定化や政府・中央銀行による金融引き締め政策の実施などを挙げている。ただ、両国のイスラム銀行ともコロナ禍からの影響は少なかったとしており、イスラム銀行の経済危機への底堅さがあるとしている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第550回:マレーシアの原油、代替調達状況は?

第550回:マレーシアの原油、代替調達状況は?

6月26日、アズリナ・オスマン首相府相はペトロナスのガソリンスタンドについて8月末までは安定供給の目処が立ったと発言しました。マレーシアは主にペトロナスのネットワークを使って中東産の原油調達の代替を進めています。

表1はマレーシアの2025年の月平均の国別原油輸入額です。1位〜3位までをサウジアラビア、UAE、オマーンという中東諸国が占めています。マレーシアの原油輸入の中東依存度は約7割でした。

表2はマレーシアの2026年4月・5月の月平均の国別原油輸入額です。原油価格が2025年と比較して約1.6倍になっていますので、それを補正した輸入量の増減を推計して示しています。全体では46%減となっています。

中東諸国で輸入が減少しているのは、UAE(58%減)、サウジアラビア(86%減)で、クウェートについては輸入が0になってランク外となっています。いずれも、ホルムズ海峡封鎖の影響を受ける国々です。一方で、ホルムズ海峡外にあるオマーンについては-16%で輸入量がやや減少した程度に留まっています。

その結果、マレーシアが現在最も原油を輸入しているのはスーダンとなっています。ペトロナスは1999年に現在の南スーダンに進出し、パイプラインでスーダン港から原油を輸出しています。ただ、南スーダンの独立以降は事業環境が悪化し、2024年8月に南スーダンからの撤退を発表しています。しかし、その後も輸入は継続しており、原油調達のルートは残っているようです。

価格調整後の推定輸入量が300%以上増加(4倍超)しているのがアンゴラですが、ペトロナスは同国に2014年に進出しています。南スーダンとは異なり、現在も投資を続けており、今回のホルムズ海峡危機に際して輸入を大幅に増やしたと考えられます。

一見、不思議なのはイラクです。ペトロナスは2009年にイラクのガラフ油田などの権益を取得し、事業を展開しています。ただ、イラクはホルムズ海峡の奥に位置しており、海峡封鎖時には輸出は困難です。2026年4 ・ 5月という時期を考えると、3月にイラン政府とマレーシア政府が交渉をしてホルムズ海峡を通過できた時期の積み出しと考えられます。4月12日には米軍がホルムズ海峡の逆封鎖を発表していますので、イラクからの輸入は今後一旦は止まる可能性があります。

その他、マレーシアはペトロナスが権益を持つブラジル(売却中)や、マドゥロ大統領拘束後に合法的な調達が可能になったベネズエラなど南米諸国、さらに近隣のインドネシアからの調達を増やしています。

もう1点、サウジアラビアからの輸入額は激減していますが、実は2025年の第4四半期には既に月平均輸入額は半減していました。これは、ジョホール州のペトロナスとサウジアラムコの合弁石油コンビナートからのアラムコの撤退が2026年5月25日に発表されたことと関連していると思われます。アラムコはこのコンビナート向けの原油の約70%を供給していたとされ、撤退に向けて前もって輸出量を減らしていたと考えられます。

以上のように、マレーシアは主にペトロナスのネットワークを通じて原油の代替調達を積極的に進めていることが分かります。価格調整後の輸入は46%減と推定されますが、サウジアラビアからの調達を計画的に減らしていたことを考慮すると、ホルムズ海峡危機による実質的な減少率は20%台ではないかと考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【イスラム金融の基礎知識】第595回 イスラム銀行利用のカギは周囲からの影響と宗教性

第595回 イスラム銀行利用のカギは周囲からの影響と宗教性

Q: イスラム銀行を利用するようになった要因は?

A: なぜイスラム銀行を利用するようになったのか。利用者のきっかけをめぐり、これまで多くの研究が行われており、本連載でも度々取り上げてきた。今回はパレスチナ・アハリア大学のアムジャド博士らの研究チームが2024年に発表した論文「顧客のイスラム銀行への動機付けに影響を与える社会的要因」の議論を取り上げてみたい。

パレスチナのイスラム銀行の歴史は30年ほどで、利用率は2020年現在で17.6%にとどまっている。そこで調査研究チームは、220名を対象としたアンケート調査を行った。分析の結果、利用のきっかけとして大きな要因には、友人・親戚・同僚など周囲の人びとからの影響(ピア効果)と宗教的動機の二つがあると指摘している。周囲からの影響とは、周りがイスラム銀行に好印象をもって利用していると、本人もその影響を受け利用するに至ることを指す。パレスチナ社会には、社会的関係の中で暮らすうちに集団主義的な意志決定を個人が行う傾向が強いとも指摘しており、この傾向が他国で生じるとは限らないとしている。

他方、宗教的動機とは、銀行のサービス内容などの点でイスラムに対しての印象のことで、銀行の利用者は従来型銀行とイスラム銀行の違いを理解した上で、その宗教的特徴を重んじてイスラム銀行を選択しているとしている。また逆に、これらの違いを理解していない消費者ほど、「イスラム銀行が本当にイスラムに準拠しているのか信じられない」として、イスラム銀行の選択は消極的であるとしている。

研究チームによれば、この研究結果のうち特に周囲からの影響の強さは、パレスチナ社会の特徴であり、とりわけ特定のイスラム団体や政党の言説の影響を受けてイスラム銀行を利用する人が増えている一方、それゆえにこうした勢力への反発の結果として利用率が17%にとどまっていると分析している。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第549回:日本・マレーシア共同声明を読んでみる

第549回:日本・マレーシア共同声明を読んでみる

6月10日、訪日したアンワル首相と高市首相の間で、日・マレーシア共同声明が発表されました。2023年には当時の岸田首相とアンワル首相の間で、両国関係を「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げする声明が発表されましたが、それ以来の共同声明となります。

今回の共同声明には、経済、安全保障、人的交流、国際情勢の認識共有など、多様なトピックが含まれています。しかし、日本にとって最も重要だったのは、経済安全保障関連のトピックであったと考えられます。

「アンワル首相は、LNG をはじめとする不可欠なエネルギー供給や、ナフサ、尿素及び医療用手袋などの石油・化学製品を含め、日本への開かれた安定的な貿易の流れを促進することについてマレーシアの最大限のコミットメントを表明した」

原油・LNGを産出し、巨大な石油コンビナートも保有しているマレーシアにとっては、サプライチェーンの各所で、ナフサ原料、ナフサ、ナフサ由来の化学製品を日本に融通できる余地があります。もちろん、連載543回で示したように、マレーシア自身も中東から原油を多く輸入しており、余裕があるわけではありません。声明の中でも「マレーシアの国内の優先順位及び利用可能な余剰能力に沿って日本のニーズを支援する方策の検討を含め」と一定の留保がなされています。

それでも、ナフサを中心に石油製品の供給が不安定化している日本にとって、マレーシアからの供給を取り付けることの意味は非常に大きいものです。

一方で、マレーシア側がこの声明で得たものはなんでしょうか。経済関係の協力、例えば原子力発電についての日本からの協力なども目につきました。しかし、筆者は「イラン及びパレスチナ情勢」についての認識をあらためて共有したことも成果であると考えます。

3月24日に行われたアンワル首相と高市首相の電話会談の際には、米国・イスラエルのイラン攻撃を巡る認識の違いがありました。マレーシア側はイラン寄りの姿勢、日本は明確に米国寄りの姿勢です。2日後の26日、アンワル首相はイランと米国の和平仲介役を務めるパキスタンのシャリフ首相と電話会談し、「私も世界各国の指導者たちと対話し、中東戦争の即時終結の必要性を強調している」と伝えました。この指導者に高市首相も含まれるのは明らかです。

今回の声明中の以下の文言は、完全に中立です。

「両首脳は、中東情勢、特にイラン及びパレスチナについて意見を交換し、地域情勢の悪化に深刻な懸念を表明した。両首脳は、事態の早期沈静化実現のため、外交努力の継続が極めて重要であることを再確認し、緊密な連携を継続する意向を確認した。ホルムズ海峡における自由で安全な航行が一刻も早く確保されるよう、引き続き連携して対応することで一致した」

アンワル首相は、国内的な政治的アピールとして3月に下院で米国・イスラエル非難決議を行っていますが、マレーシア外務省はイランに対する攻撃と、それに対する反撃の両方を非難する声明を出しています。アンワル首相がシャリフ首相と緊密に連絡をしていることからも、マレーシアは外交上は「中立」であると考えて良いでしょう。一方で、高市首相は外交の場でも一貫して米国を支持し、イランに対し、譲歩や自重を求める発言を行ってきました。

こうした背景からは、今回の声明で、日本は中東問題についての外交的な立ち位置を「中立」に戻したともいえます。マレーシア側としてはこれを「日本を説得した」と誇れるでしょうし、実は、日本の外務省も伝統的な中東政策のスタンスを確認できたことにほっとしているかもしれません。

いずれにせよ、今回の共同声明では、両国の多岐にわたる具体的な協力関係の促進に言及しており、両国関係は単なる友好国を越えて、「包括的・戦略的パートナーシップ」に相応しい緊密な関係に進みつつあると言えるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp