【総点検・マレーシア経済】第557回:2027年予算案はかなり「堅実」

第557回:2027年予算案はかなり「堅実」

10月9日、マレーシアの2027年予算案が下院に上程されました。歳入は2026年見込みより4.7%増の3808億リンギとなる見通しです。経常支出は3.8%増に抑え、開発支出も830億リンギと前年の810億リンギから若干の積み増し、結果として財政赤字のGDP比は2026年の3.5%から3.3%に縮小する見込みです。

税収の伸びは、SST(9.5%増)、所得税(6.2%増)、法人税(4.8%増)の増収に支えられています。また、ペトロナスによる配当も前年の270億リンギ(改訂後)から320億リンギへと増加が見込まれています。歳入に占める石油・ガス関連の収入は16.1%で、2009年に40%を超えていたことからすると、健全な範囲に収まっています。

経常支出は3768億リンギと前年の3631億リンギから3.8%増に抑えられていますが、2026年実績は当初見込みから大幅に増加し、前年比で9.8%増となっていました。これは、原油価格高騰に伴って燃料補助金が膨らんだためです。2025年の補助金支出は改革によって前年比18%減の553億リンギに抑えていましたが、2026年には34.7%増の745億リンギにまで増加、2027年は2.3%減の727億リンギとなることが見込まれています。

開発支出は2.5%増と微増に留まります。前年比で大きく増えているのは住宅(15.4%増)で、予算演説でもいくつかのプロジェクトに触れられています。続いてエネルギー・水道分野の10.5%増、その他一般管理費が10.4%増で、政府のデジタル化などに使われるとみられます。

低・中所得層への給付金(STR)は、低所得層で用途が限定される電子配布(SARA)へと一部付け替えられましたが、STRとSARAの合計は、ほぼ横ばいです(月収2501〜5000リンギの世帯は変更なし)。ただし、2026年にあった全国民向けの100リンギの1回払いは、2027年はSTR非受給者だけが対象となるため、STR受給者の受取額はやや減額となる一方、STRとSARAを受給していない18歳以上にとっては、100リンギの特別配布が1回から2回になり、100リンギの増加となります。いずれにせよ、総額に大きな変更はありません。

2027年予算案は原油価格高騰で燃料補助金が膨らむ中、総じて堅実な予算であると言えます。2027年には総選挙が行われる可能性が高いことを考えれば、公務員や高齢者向けの給付を除けば「大盤振る舞い」とは言えないでしょう。

一方で、最低賃金は現在の月額1700リンギから2000リンギへと2027年6月より大幅に引き上げられます。準熟練職と大卒者に月2500リンギの「最低初任給」が設定され、GLC/GLICの職員については最低賃金目標が3100リンギから3400リンギに引き上げられます。

財政状況が厳しい中で予算を抑制する一方で、最低賃金を上げるので許して、というのが本音かもしれません。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【総点検・マレーシア経済】第556回:8月の台湾からの輸入が急増。要因は?

第556回:8月の台湾からの輸入が急増。要因は?

9月18日、統計局はマレーシアの8月の貿易統計を発表しました。輸出額は前年同月比45.5%増、特に米国向けの輸出は130.4%増の375億リンギに達し、AIブームは衰え知らずとなっています。

一方で、注目されるのは輸入です。8月のマレーシアの輸入額は41.1%増となり、中国からの輸入が61.3%増、シンガポールからの輸入は59.1%増となりましたが、特筆すべきは台湾からの輸入が68.9%増(図参照)となりシンガポールを抜いて国別で2位になったことです。

台湾からの輸入は、2010年代までは中国、シンガポール、日本、米国に次ぐ5位グループでしたが、2010年代後半から増加し、ここ数年で上位3カ国に入るようになりました。

表は2026年8月のマレーシアの台湾からの輸入をHSコード10桁でみたものです。急増しているのは1位のメモリIC、3位のGPUモジュール等で、いずれも前年同月比5倍以上になっています。AIブームの輸入側への影響がここに現れています。

 

同時に、6位のサーバー等も20倍以上に増加しています。これは、マレーシア国内でのデータセンター建設ブームに対応していると考えられます。

近年、インテルの米国での前工程の微細化が停滞したことで、TSMCへのコンピュートチップ前工程の生産委託が本格化しました。これにより、台湾=前工程、マレーシア=後工程という協業が深まっています。

インテルはペナンの新拠点で、EMIB(Embedded Multi-die Interconnect Bridge)と呼ばれる先端パッケージング技術を2026年下半期に導入する予定です。GoogleやAmazonなどがAIチップの前工程をTSMCに、後工程をインテルに委託することが報道されていますが、ペナンも先端後工程の一翼を担うと考えられ、2027年以降はこうした分業によっても、マレーシアの台湾からの半導体の輸入は増加する見込みです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第555回:ペトロナスが抱えたPRefChemというリスク

第555回:ペトロナスが抱えたPRefChemというリスク

8月28日、国有石油会社ペトロナスは2026年上半期の業績を発表しました。売上は前年同期から15%増加して1524億リンギ、税引き後利益は4%増加して272億リンギとなりました。売上の増加には、原油価格(ブレント)が前年同期の1バレル=71.9ドルから92.3ドルにまで高騰したことが貢献しました。

ホルムズ海峡危機の中で堅調な業績に見えますが、筆者には、ペトロナスは久々に大きなリスクを抱えてしまったように思われます。以下に説明します。

まず、原油価格が高騰し、売上がの見た割に利益が伸びていません。理由は、ジョホール州の 石化コンビナートRAPID内にあるプングラン製油社(PRC)とプングラン石油化学社(PPC、以下、両社総称PRefChem)への追加出資に伴い、これまで持分法会計で未認識だった累積損失RM148億を一括計上したためです。なお、合弁パートナーであったサウジアラムコからの両者の株式を全額買収する契約が2026年5月に締結されたましたが、6月末時点ではまだ完了していません。

RAPIDは巨大な石油コンビナートで、操業後にコロナ禍で需要が低迷したこと、製油施設が何度も停止し、稼働率が低下したことなどが重なり、損失が累積していました。今回は、増資に伴ってその累損が計上され、明らかになりました。一概には言えませんが、RM148億の損失はペトロナスの持ち分50%分で、サウジアラムコ分を合計すると、創業から6年半でRM250億〜300億RM、毎期平均してRM40〜50億程度の損失を計上していたことになります。

現在、ホルムズ海峡危機によって、アジア地域での石油化学製品の市況は好転しています。実際、ペトロナスの2026年上半期の川下事業は、PRefChemの累損を除けば税引き後利益で70億リンギの黒字と報告されています。

しかし、アジア地域では中国を始めとする各国の石油コンビナートの稼働が相次いでおり、供給は構造的に過剰気味です。PRefChemの累損の巨大さからみても、市況が崩れたり、施設が稼働を停止する事故があると、一気に損失は膨らみます。しかも、今後はペトロナス(およびペトロナス化学)の100%子会社となるので、損失は全て本体に計上されることになります。

ここのところ、ペトロナスの税引き前利益は700億リンギ程度有るので、PRefChemの業績が悪化しても吸収できないわけではありません。しかし、PRefChemが市況低迷時にはペトロナスの利益を押し下げる要因になる可能性は否定できません。

ペトロナスは、今回の買収による完全子会社化によって、バリューチェーン全体をコントロールし、マレーシアのエネルギー安全保障に貢献することを挙げています。実際に、そうした面での貢献は大きいですし、日本でも出光が製油所の閉鎖を撤回するなど、経済安全保障を理由に自国の製油能力を維持・拡大する動きが目立ちます。

ただ、商業面から見れば慢性的に過剰供給の業界で、稼働率が安定しない巨大石油コンビナートを100%子会社として持つことは、明らかにリスク要因となります。まずはPRefChemが安定的に創業できるか、そして、危機時には原油を安定的に調達できるか、平時には市況が崩れないか、常にリスクを見なければいけない厄介な存在を抱え込むことになります。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第554回:アンワル首相は「台湾武力統一」を容認したのか

第554回:アンワル首相は「台湾武力統一」を容認したのか

8月16日、カタールの放送局アルジャジーラがアンワル首相のロングインタビューを放送しました。タイトルは「偽善的な世界秩序における独立外交 (Independent Diplomacy in a Hypocritical World Order)」。この中で、アンワル首相が中国の武力による台湾統一を容認するかのような発言をしたことがニュースになっています。

タイトルの通り、インタビューのテーマは、マレーシアが米中対立の中でどのように中立的な外交姿勢を保っているか、という点です。この中で、インタビュアーが次のように問いかけました。「世界の多くの国は台湾を中国の一部と認めていますが、台湾の人々は北京による統治を望んでいません。これをどう考えますか」と。

アンワル首相は、そこには歴史的な経緯がある、と答えます。しかし、結論として「台湾は中国の一部と考えています。以上。(I see Taiwan as part of China, period.)」と述べています。

インタビュアーが食い下がります。「中国は、平和的な再統一がうまくいかない場合には武力行使の権利を留保するとしています。それを非難しますか」と。

アンワル首相は答えます。「マレーシアを例に答えましょう。1つの州が離脱を決めたと。我々は軍事力(force)を使うか?私は国の尊厳と統一を守ると思いますよ」

インタビュアーが確認します。

「つまり、あなたは軍事力を使うと?」

「はい。そうしなければ、国は分裂する……あなたは私に何を言わせたいのですか?」

これは日本人が一般的に考えるような「インタビュー」ではありません。かなり強い主張をインタビュアーがぶつけ、回答に反論し、矛盾を突き、相手を追い込むような世界標準のスタイルです。

その後、この件について、アンワル首相は8月20日に記者団に対し、「一つの中国政策は(国交を回復した)ラザク時代からだ。この政策は維持されており、われわれはそれを実践している。そして当然、平和的な道を探すべきだと考えている」と述べました。

マレーシア政府の台湾に対する立場は、政権によって揺れてきました。

2016年にナジブ首相が訪中した際の共同声明では一つの中国という政策を維持し「両岸関係の平和的発展と中国の平和的統一を支持する」と述べました。

2018年のマハティール首相の訪中では、一つの中国という政策を維持するとだけ述べ、統一については語りませんでした。

2024年のアンワル政権下での李強首相の訪馬では一つの中国という政策の維持に加えて「マレーシアは、中国が国家統一を実現するためには、台湾が中華人民共和国の不可侵の一部であることを認識しており、台湾の独立を求めるいかなる主張も支持しない」と踏み込みました。2025年の習近平国家主席訪馬の際の声明でも、ほぼ2024年の立場を繰り返しました。

つまり、「一つの中国」というマレーシアの立場自体は一貫しています。ただし、その先の表現は政権ごとに異なり、ナジブ期には「平和的統一の支持」が語られ、マハティール期には統一への言及が消え、アンワル期には「平和的」の語が落ちています。

今回のアンワル首相の発言は、2024年および2025年の共同声明と整合的です。中国の台湾武力統一に直接的に言及したのではなく、もしマレーシアならば、と語ったものです。それでも言い過ぎたと思ったのか、直後に「何を言わせたいのですか?」と言葉を濁しています。

では、なぜアンワル政権は2024年に中国に対して一歩譲歩したのでしょうか。2024年は台湾で頼清徳総統が就任、2025年にマレーシアと中国の国交樹立50周年を控えていました。。

アンワル首相は、台湾問題での立場変更を比較的コストの低いカードとみていた可能性があります。こうした大国への譲歩は、小国マレーシアのバランス外交において不可避な代償です。実際、2025年の米馬相互貿易協定(ART)でも、経済安全保障面で大幅な妥協を行っています。

以上のように、今回のアンワル発言は従来の立場から逸脱したものではなく、譲歩自体は2024年の時点で行われていました。中立外交は「孤高」に映りがちですが、実際には全方位に適切に「媚びる」技術こそが求められるのです。

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【総点検・マレーシア経済】第553回:マレーシアの輸出、どこまでAIバブル?

第553回:マレーシアの輸出、どこまでAIバブル?

7月20日、マレーシアの6月の輸出額が前年同月比で45.4%増と発表されました。国別では、米国が首位で前年同月比108.6%増、2位がシンガポールで47.6%増、3位が中国で36.1%増となりました。図1は上位3カ国の輸出額の変化を3カ月移動平均でみたものです。ここ数カ月で、米国向けの輸出がさらに一段増加していることが分かります。

表1は2026年上半期の米国向けの輸出をHSコード6桁レベルで示したものです。総額では54.8%増と大幅に増加しています。輸出額の首位は「集積回路の部分品」で前年同期比で約5倍になっています。これは実際には何なのかと考えると、ヒントは米国側の統計にあります。米国側で、この金額と見合うのは「PC等用プリント基板(8473.3011)」です。これは、連載521回でも登場していますが、その時は、マレーシア側で見合うのが「パソコン用処理装置(8471.50)」だったので、ノートPC用のプリント基板と推測しました。

今回は、マレーシア側の分類ではが「集積回路の部分品」なので、ノートPCの基板よりもさらにモジュール寄りであり、この金額の急増ぶりから考えると、「AI半導体関連のモジュール」であると推測されます。

輸出額の2位「プロセッサ・コントローラ」はインテルのCPUに代表されるプロセッサ半導体の完成品で、前年同期比約6割増となっています。3位の「半導体メモリー装置」はSSD、4位の「ICメモリー」はSSDになる前のNANDフラッシュメモリと考えられ、前者が3.4倍増、後者が4.5倍増となっています。

1位のPC等用プリント基板の数量を米国側の統計で見ると、前年同期比25%増にとどまっており、3位の半導体メモリー装置については30%減少しています。ということは、米国への輸出の大幅な伸張は、AIブームによる輸出単価の高騰によるところが大きいと結論できます。

ということは、今回のAIブームが終焉を迎えた際には、特に米国向け輸出額が一気に3割、5割というオーダーで減少する、ということが考えられます。現状は、あくまでも「AIブームによる特異な状況」と考えた方が良いでしょう。

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【総点検・マレーシア経済】第552回:マレーシアの2026年上半期の自動車市場

第552回:マレーシアの2026年上半期の自動車市場

2026年上半期のマレーシアの自動車産業の状況を見ると、プロトンの好調と電気自動車(BEV)とハイブリッド車(HEV)の伸張が目立ちました。図1は2025年と2026年の1〜6月の自動車登録台数を燃料別に比較したものです。全体ではほぼ前年並みで推移する中で、BEV+HEV=xEVの伸びが際立ちます。2025年上半期の販売に占めるxEV比率は6〜9%台でしたが、2026年上半期は10〜16%で推移し、右肩上がりになっていることが分かります。

表1はすべての自動車販売についてのモデル別の上位10車種を示したものです。プロドゥアのBezzaとプロトンのSagaが首位を争い、8位のホンダCityを除くとプロドゥアとプロトンが独占、10位にはBEVのe.MAS 5が入っています。上半期で比較すると、プロドゥアは15.8万台で前年の16.6万台から4.9%減です。販売に占めるBEV比率は僅か0.1%となっています。一方のプロトンは9.8万台で前年の7.0万台から40.5%増となっています。販売に占めるBEV比率は13.8%、HEVは4.2%、合計すると2割近くをxEVが占めています。

表2は2026年上半期のマレーシアのBEV/HEVの登録台数の上位10車種です。プロトンのe.MAS 5が首位、さらにe.MAS 7が2位と4位に入っています。xEV市場でのプロトンのシェアは約3割に達します。

中国国内でもベストセラーであるGeely「星愿」のマレーシア版であるe.MAS 5の好調ぶりが目立ちます。プロドゥアがBEV/HEV生産に遅れをとるなかで、対抗馬となるのはBYDのAtto 3です。ただ、ここで立ちはだかるのがマレーシア政府が7月1日から施行したBEVのCBU輸入はCIF価格RM200,000以上かつ出力180kW(245PS)以上に限るという新規制です。Atto 3はこの基準を満たせないため、今後輸入できなくなります。

BYDは2025年8月にマレーシア工場の建設を発表していますが、条件面で折り合いがつかず、現在、工事がストップしていると報じられています。そうなると、e.MAS 5/7の対抗はトヨタのカローラ・クロスとヴィオスのHEVとなります。これらはブキット・ラジャの工場で組み立て・生産されています。

強力なライバルになり得るのはプロドゥアのBEV/HEVですが、自社設計のBEVであるQV-Eは生産が難航しており、HEVもようやくAtiva Hybridについて、5月に日本の経産省のグローバルサウス補助金を使って現地生産することが決まったところです。来年とみられるMyviのフルモデルチェンジでも、HEV版がどうなるかはまだ明らかではありません。

以上のように、今後も拡大するxEV市場において引き続きプロトンが強さを見せるとみられ、その好調さはしばらく続きそうです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第551回:マレーシアの2026年第2四半期の経済成長率(推計値)は5.8%増

第551回:マレーシアの2026年第2四半期の経済成長率(推計値)は5.8%増

7月17日に発表されたマレーシアの2026年第2四半期の経済成長率(推計値)は前年同期比5.8%で、第1四半期の5.4%からさらに加速しました。これにより、2026年前半の経済成長率は5.6%となり、現在の政府予測である4.0%~5.0%の上限を超えています。予想以上に強い数字で、下半期にホルムズ海峡危機の影響が出てきたとしても、政府予測の達成はほぼ確実、上振れの可能性もあると言えるでしょう。

2026年第2四半期の部門別GDPでは製造業の伸びが7.5%となり、第1四半期の5.9%からさらに加速しています。サービス業についても5.4%(第1四半期:5.6%)で、好調と言える状況が続いています。

2026年第1四半期時点での見通しは、必ずしも明るくありませんでした。月次のGDP成長率は1月~3月に、6.8%、5.2%、4.1%と急速に低下していたからです。筆者は本連載第547回で「もし世界的にホルムズ海峡危機を主因とした原材料のサプライチェーンが大きく混乱した場合、マレーシアの2026年の経済成長率は3%台半ばまで下落することはありうる」と悲観的な見方を示しています。

しかし、その後の状況は予想と全く違う方向で推移しています。ホルムズ海峡危機は引き続き予断を許さないものの、実体経済への影響は最小限に留まっています。生産者物価指数は4月が5.4%上昇、5月は7.8%上昇と大きく上昇していますが、消費者物価の上昇は5月が2.0%、6月が1.9%と低く抑えられています。

2026年5月の輸出は前年同月比45.3%増と爆発的な伸びを見せ、特に米国向けの輸出は97.7%増とほとんど2倍になっています。シンガポール向けが40.4%増、中国向けが27.8%増と全面的に好調です。

バンクネガラは7月9日に金融政策決定会合を開き、政策金利を2.75%に据え置きました。ホルムズ海峡危機は依然としてリスク要因であるものの、堅調な内需と予想以上の輸出の伸びに支えられて経済は好調であるという認識を示しています。

ホルムズ海峡危機が下振れリスクとしては残るものの、2026年のマレーシア経済は未曾有のAIブームに乗って好調に推移していると言えるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【総点検・マレーシア経済】第550回:マレーシアの原油、代替調達状況は?

第550回:マレーシアの原油、代替調達状況は?

6月26日、アズリナ・オスマン首相府相はペトロナスのガソリンスタンドについて8月末までは安定供給の目処が立ったと発言しました。マレーシアは主にペトロナスのネットワークを使って中東産の原油調達の代替を進めています。

表1はマレーシアの2025年の月平均の国別原油輸入額です。1位〜3位までをサウジアラビア、UAE、オマーンという中東諸国が占めています。マレーシアの原油輸入の中東依存度は約7割でした。

表2はマレーシアの2026年4月・5月の月平均の国別原油輸入額です。原油価格が2025年と比較して約1.6倍になっていますので、それを補正した輸入量の増減を推計して示しています。全体では46%減となっています。

中東諸国で輸入が減少しているのは、UAE(58%減)、サウジアラビア(86%減)で、クウェートについては輸入が0になってランク外となっています。いずれも、ホルムズ海峡封鎖の影響を受ける国々です。一方で、ホルムズ海峡外にあるオマーンについては-16%で輸入量がやや減少した程度に留まっています。

その結果、マレーシアが現在最も原油を輸入しているのはスーダンとなっています。ペトロナスは1999年に現在の南スーダンに進出し、パイプラインでスーダン港から原油を輸出しています。ただ、南スーダンの独立以降は事業環境が悪化し、2024年8月に南スーダンからの撤退を発表しています。しかし、その後も輸入は継続しており、原油調達のルートは残っているようです。

価格調整後の推定輸入量が300%以上増加(4倍超)しているのがアンゴラですが、ペトロナスは同国に2014年に進出しています。南スーダンとは異なり、現在も投資を続けており、今回のホルムズ海峡危機に際して輸入を大幅に増やしたと考えられます。

一見、不思議なのはイラクです。ペトロナスは2009年にイラクのガラフ油田などの権益を取得し、事業を展開しています。ただ、イラクはホルムズ海峡の奥に位置しており、海峡封鎖時には輸出は困難です。2026年4 ・ 5月という時期を考えると、3月にイラン政府とマレーシア政府が交渉をしてホルムズ海峡を通過できた時期の積み出しと考えられます。4月12日には米軍がホルムズ海峡の逆封鎖を発表していますので、イラクからの輸入は今後一旦は止まる可能性があります。

その他、マレーシアはペトロナスが権益を持つブラジル(売却中)や、マドゥロ大統領拘束後に合法的な調達が可能になったベネズエラなど南米諸国、さらに近隣のインドネシアからの調達を増やしています。

もう1点、サウジアラビアからの輸入額は激減していますが、実は2025年の第4四半期には既に月平均輸入額は半減していました。これは、ジョホール州のペトロナスとサウジアラムコの合弁石油コンビナートからのアラムコの撤退が2026年5月25日に発表されたことと関連していると思われます。アラムコはこのコンビナート向けの原油の約70%を供給していたとされ、撤退に向けて前もって輸出量を減らしていたと考えられます。

以上のように、マレーシアは主にペトロナスのネットワークを通じて原油の代替調達を積極的に進めていることが分かります。価格調整後の輸入は46%減と推定されますが、サウジアラビアからの調達を計画的に減らしていたことを考慮すると、ホルムズ海峡危機による実質的な減少率は20%台ではないかと考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【総点検・マレーシア経済】第549回:日本・マレーシア共同声明を読んでみる

第549回:日本・マレーシア共同声明を読んでみる

6月10日、訪日したアンワル首相と高市首相の間で、日・マレーシア共同声明が発表されました。2023年には当時の岸田首相とアンワル首相の間で、両国関係を「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げする声明が発表されましたが、それ以来の共同声明となります。

今回の共同声明には、経済、安全保障、人的交流、国際情勢の認識共有など、多様なトピックが含まれています。しかし、日本にとって最も重要だったのは、経済安全保障関連のトピックであったと考えられます。

「アンワル首相は、LNG をはじめとする不可欠なエネルギー供給や、ナフサ、尿素及び医療用手袋などの石油・化学製品を含め、日本への開かれた安定的な貿易の流れを促進することについてマレーシアの最大限のコミットメントを表明した」

原油・LNGを産出し、巨大な石油コンビナートも保有しているマレーシアにとっては、サプライチェーンの各所で、ナフサ原料、ナフサ、ナフサ由来の化学製品を日本に融通できる余地があります。もちろん、連載543回で示したように、マレーシア自身も中東から原油を多く輸入しており、余裕があるわけではありません。声明の中でも「マレーシアの国内の優先順位及び利用可能な余剰能力に沿って日本のニーズを支援する方策の検討を含め」と一定の留保がなされています。

それでも、ナフサを中心に石油製品の供給が不安定化している日本にとって、マレーシアからの供給を取り付けることの意味は非常に大きいものです。

一方で、マレーシア側がこの声明で得たものはなんでしょうか。経済関係の協力、例えば原子力発電についての日本からの協力なども目につきました。しかし、筆者は「イラン及びパレスチナ情勢」についての認識をあらためて共有したことも成果であると考えます。

3月24日に行われたアンワル首相と高市首相の電話会談の際には、米国・イスラエルのイラン攻撃を巡る認識の違いがありました。マレーシア側はイラン寄りの姿勢、日本は明確に米国寄りの姿勢です。2日後の26日、アンワル首相はイランと米国の和平仲介役を務めるパキスタンのシャリフ首相と電話会談し、「私も世界各国の指導者たちと対話し、中東戦争の即時終結の必要性を強調している」と伝えました。この指導者に高市首相も含まれるのは明らかです。

今回の声明中の以下の文言は、完全に中立です。

「両首脳は、中東情勢、特にイラン及びパレスチナについて意見を交換し、地域情勢の悪化に深刻な懸念を表明した。両首脳は、事態の早期沈静化実現のため、外交努力の継続が極めて重要であることを再確認し、緊密な連携を継続する意向を確認した。ホルムズ海峡における自由で安全な航行が一刻も早く確保されるよう、引き続き連携して対応することで一致した」

アンワル首相は、国内的な政治的アピールとして3月に下院で米国・イスラエル非難決議を行っていますが、マレーシア外務省はイランに対する攻撃と、それに対する反撃の両方を非難する声明を出しています。アンワル首相がシャリフ首相と緊密に連絡をしていることからも、マレーシアは外交上は「中立」であると考えて良いでしょう。一方で、高市首相は外交の場でも一貫して米国を支持し、イランに対し、譲歩や自重を求める発言を行ってきました。

こうした背景からは、今回の声明で、日本は中東問題についての外交的な立ち位置を「中立」に戻したともいえます。マレーシア側としてはこれを「日本を説得した」と誇れるでしょうし、実は、日本の外務省も伝統的な中東政策のスタンスを確認できたことにほっとしているかもしれません。

いずれにせよ、今回の共同声明では、両国の多岐にわたる具体的な協力関係の促進に言及しており、両国関係は単なる友好国を越えて、「包括的・戦略的パートナーシップ」に相応しい緊密な関係に進みつつあると言えるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【総点検・マレーシア経済】第548回:プロドゥア、ハイブリッド車を現地組み立てへ

第548回:プロドゥア、ハイブリッド車を現地組み立てへ

マレーシアの自動車市場でEVの存在感が急速に増しています。2025年のバッテリーEV(BEV)車の販売台数は30,848台と前年から倍増しました。もっとも、自動車販売全体に占める比率は約4%で、タイの20%、インドネシアの15%と比較すると低い水準に留まっていました。

しかし、2026年に入ってその勢いはさらに増しています。4月のBEV販売(登録)台数は5,894台、前年同月比104%増と、文字通り倍々ゲームで伸びています。自動車販売全体に占めるシェアは7%台に達しました。

その立役者がプロトンです。コンパクトハッチバックEV のe.MAS 5の売れ行きが好調で、3月にはBEVとしてマレーシアの月間車種別販売ランキングで初の5位入りを果たし、4月も1,772台を販売して、1〜4月の販売で7位の座を維持しています(表1)。

これに対して、EV市場で苦戦しているのがプロドゥアです。2022年8月にAtiva Hybridの限定的なモニタリングを開始したものの、その後の動きは鈍く、EVに関する大きなアナウンスがあったのは2025年12月、純国産BEV「QV-E」の発売でした。QV-Eはバッテリーを月額RM300程度のサブスクリプションとすることで本体価格をRM80,000に抑えたのが特徴で、ダイハツではなくプロドゥア主導でオーストラリア企業と共同開発したものでした。

ところが問題が生じます。2026年第3四半期に月産3,000台を目指していましたが、実際には4月までの累計販売台数はわずか102台、月間では4月の52台が最高という惨状となりました。背景には生産上の問題があります。2月にザイナル・アビディンCEOが、主に中国の部品サプライヤーが品質基準を満たしていないことを原因として挙げています。

プロドゥアの自動車販売自体は現在も好調で、1〜4月の車種別販売のトップはBezzaの32,386台、3・4・5位にもそれぞれAxia/Myvi/Alzaとおなじみの車種が並んでいます。しかし、プロトンも2位にSaga、6位にSUVのX50、7位にe.MAS、8位にセダンのS70が入っています。ホルムズ海峡危機で燃料補助金の先行きが危ぶまれる中、EV市場での空白はプロドゥアにとって大きな問題になりつつありました。

2026年5月14日、四方敬之マレーシア大使がラワンの工場を訪問した際、ザイナル・アビディンCEOがAtiva Hybridのマレーシア市場への投入を認めました。日本の経済産業省のグローバルサウス補助金を活用して工場を改修し、マレーシアでの生産が行われます。

Ativa Hybridはダイハツ・ロッキーのハイブリッド版で、ガソリンエンジン版は1〜4月にも6,514台を売り上げて12位に入っています。Ativa Hybridはダイハツのシリーズ・ハイブリッド技術を採用しており、街乗り中心のBEVであるe.MAS 5に対して、街乗りでの低燃費と長距離巡航をバランスよくカバーできる点が強みです。

一方、ダイハツの5月14日付プレスリリースでは、Ativa Hybridの現地生産について、ダイハツ独自のハイブリッド技術の生産・販売・顧客ニーズに関する「実証事業」という表現にとどまっています。

いずれにせよ、Ativa Hybridがどのように受け入れられるかは、来年にも予想される「国民車」Myviのフルモデルチェンジの試金石となりそうです。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp