【総点検・マレーシア経済】第501回 ついに動き出した燃料補助金改革、10年来の課題決着へ(2)

第501回 ついに動き出した燃料補助金改革、10年来の課題決着へ(2)

2022年11月に発足したアンワル政権ですが、首相は就任直後に国家行動委員会・生活費特別会議を主催し、物価対策を最優先課題とすると発言しました。しかし同時に、財政健全化を目標として掲げ「対象を絞った補助金(targeted subsidy)」という言葉を繰り返しました。今回のディーゼル補助金改革は、財政健全化にむけた「対象を絞った補助金」導入の試金石となります。

今回のディーゼル燃料補助金改革は、2024年予算演説で触れられていた3つの補助金の見直し、1)鶏肉と卵、2)電気料金、3)ディーゼル燃料、のうち最後の1つとなります。政府は、2019年以降、ディーゼル燃料を利用する自動車等の数は3%しか増加していない一方で、ディーゼル油の消費量は40%も増加しているというデータを示し、ディーゼル燃料の多くが密輸されている可能性を示唆していました。マレーシアのディーゼル燃料の価格はASEAN諸国ではブルネイに次いで2番目に安く、シンガポールの半値以下、タイやインドネシアと比べても3分の2程度でした。

図は今回のディーゼル補助金制度の改革をチャートにしたものです。まず、補助金を廃止してディーゼル油を2.15リンギから3.35リンギに値上げした上で、業務に利用するディーゼル油については、SKDS1.0(スクールバス、長距離バスなど)、SKDS2.0(物流車両)、漁民についてフリート・カードを発行して割引価格でディーゼル油を購入できるようにしています。一方で、ディーゼル車を保有する一般国民や小規模農家に対してはBUDI Madaniというプログラムに登録することで、月額200リンギを補助金として受け取ることができます。

補助金で対象品の価格を下げるのではなく、対象品を安価に入手できる主体を限定したり、家計に補助金を配ることで対象品の値上がりを補償したり、という手法は、これからも補助金改革で用いられるテンプレートになると考えられます。本来は、こうした複雑な補助金制度を一元的に管理するために、政府は1月にPADUと呼ばれるデータベースを稼働させたのですが、今回のディーゼル補助金制度には利用されていないようです。アンワル政権の補助金改革は、まだ始まったばかりといえるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所海外調査員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【総点検・マレーシア経済】第500回 ついに動き出した燃料補助金改革、10年来の課題決着へ(1)

第500回 ついに動き出した燃料補助金改革、10年来の課題決着へ(1)

6月10日、ディーゼル油に対する補助金が廃止され、1リットルあたりの価格は2.15リンギから3.35リンギに56%上昇しました。一方で、ガソリン(RON95)に対する補助金について、アンワル首相は、合理化計画はまだ決まっていないと6月29日に述べています

ちょうど10年前、燃料補助金の改革がナジブ政権下で行われました。段階的な削減の後、2014年12月1日からRON95とディーゼル油の補助金が廃止され、市場価格に基づく管理フロート制に移行しました(RON97は2010年7月から管理フロート制)。

しかし、2018年の総選挙で希望連盟(PH)が公約としてGST廃止と並んで燃料補助金の部分的な復活を掲げ政権交代を果たしました。PH政権下ではまず、RON95の価格が1リットル=2.20リンギに固定され、どのようにして燃料補助金を「選択的」に給付するかについての議論が続けられました。

2019年予算では一旦、RON95を変動価格制に戻す一方で、1)月収4000リンギ以下の家計に対し、2)1500cc以下の自動車と125cc以下のバイクについて、4)それぞれ月間100リットル、40リットルを上限として、5)リッターあたり30センを補助することが決定されました。ところが、2018年末になって、適格者のみに補助金を支払うしくみが確立できなかったため延期となり、RON95の価格は2.20リンギ(2019年3月より2.08リンギ)を上限とする変動制となりました。

2020年予算でも再度、選択的な燃料補助金についての仕組みが発表されました。RON95の価格を完全な変動制にすると同時に、自動車保有者の家計に月額30リンギ、二輪車保有者には月額12リンギを支給するというものです。しかし、これも2020年2月の政権交代によって頓挫し、その後のコロナ禍によって改革は再び先送りとなります。結果、経済活動の再開に伴って原油価格が高騰するとRON95の価格は上限(2021年2月からは2.05リンギ)にはりついたままとなり、差額を埋めるために厖大な補助金の支払いが発生することになりました。

図は2017年3月30日からの直近までのRON95/97の価格の変動(青/橙線)と、価格固定以前のRON97/95の価格差(約13%)から推定されるリッター当たりのRON95の補助金額(黒棒)の推移を示したものです。

2018年の政権交代後〜コロナ禍前までは原油価格が落ち着いていたため、RON95の価格を固定しても補助金額はそれほど大きくなりませんでした。しかし、コロナ禍後に原油価格の急騰とリンギ安によってガソリン価格が高騰すると補助金額が急騰し、一時はリッター当たり2リンギを超える水準にまで上昇しました。現在も補助金額はリッター当たり1リンギ前後で推移し、政府の財政を圧迫していることが分かります(続)。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所海外調査員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【総点検・マレーシア経済】第499回 マレーシアの5月の輸出額、米国向けが中国向けを上回る

第499回 マレーシアの5月の輸出額、米国向けが中国向けを上回る

6月20日、統計局は2024年5月の貿易統計を発表しました。輸出は前年同月比7.3%増、輸入は前年同月比13.8%増となりました。輸出額は1282.2億リンギとなり、5月としては過去最高を記録しました。

図1はマレーシアの過去3年間の月別輸出額の推移を示したものです。2024年(橙線)は2,3月は2023年(青線)とほぼ同水準でしたが、4,5月と2ヶ月連続で2023年を大きく上回りました。5月については通年で過去最高の輸出額を記録した2022年(灰線)も上回っています。2023年4月頃から続いてきた輸出の不振はようやく底を打ったように見えます。

5月の輸出における注目すべき動向としては、米国向けの輸出額が中国向け輸出を上回った点があげられます。図2はマレーシアの米中向けの月別輸出額の推移を2008年1月から2024年5月まで示したものです。米国向けの輸出額が中国向けを上回るのは、2009年2月以来、実に15年3ヶ月ぶりとなります。

2009年は世界金融危機の影響で米国向けの輸出が落ち込んだため中国向け輸出がそれを上回り、以降、長く中国向け輸出が米国向け輸出を上回り続けていました。ナジブ政権下の2013年12月には中国向け輸出は米国向け輸出の2.2倍に達していましたが、2022年以降、両国向けの輸出額が接近しはじめ、2024年5月に遂に逆転したことになります。

6月19日、中国の李強首相と会談したアンワル首相はBRICSに加盟する意向を表明しました。また、翌20日にはマレーシアと中国が南シナ海の領海問題について2国間協議を開始することが報じられました。ナジブ政権下で蜜月状態であった両国は、2018年の政権交代でやや距離を置きましたが、再び接近しつつあるように見えます。

一方で、経済面では米国向け輸出が今回、中国向けを15年ぶりに上回っており、マレーシアはアンワル首相の言葉通り、米中両国に対して中立という立場を実際に実現していると言えます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所海外調査員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【総点検・マレーシア経済】第498回 マレーシアの人口、これからどうなる?

第498回 マレーシアの人口、これからどうなる?

5月14日、マレーシア統計局は、マレーシアの2024年第1四半期の推計人口が前年同期比2.3%増加して3400万人になったことを発表しました。うち3060万人がマレーシア国民、340万人が外国人となっています。国連人口部の最新の中位推計によれば、マレーシアの人口は2060年代に4200万人台でピークとなり、2100年には3950万人前後となることが予想されています。マレーシアの人口は、これから40年前後は増勢が続くことになります。

一方で隣国のタイですが、2023年末の人口が前年比0.06%減の6605万人となったことが発表されました。ただ、これは住民登録データに基づくもので、国連人口部の中位推計では2023年の人口は7180万人、2029年の7209万人をピークに人口減少が始まり、2100年には4457万人とマレーシアの水準に近づくことが予想されています。

図は縦軸に労働力人口に対する高齢者人口の比率を、横軸に一人当たり所得(名目米ドル)をとったものです。橙線は単回帰による世界標準の関係を示しています。橙線より上の国は所得水準に対して高齢者/労働力比率が高く、高齢者ケアの現役世代への負担が大きくなることが予想されます。

マレーシア(MYS)は一人当たり所得が10,960米ドル、高齢者/労働力比率が9.7%となっており、橙線よりもずいぶん下です。所得水準がほぼ同じの中国(CHN)の高齢者/労働力比率は17.6%とマレーシアの倍に近い水準で、世界標準を上回ります。タイ(THA)についても一人当たり所得が7080米ドル、高齢者/労働力比率が18.7%でマレーシアの7割程度の所得水準で高齢者/労働力比率は中国を越えています。

このようにアジアの同程度の所得水準の国と比較して、マレーシアの高齢者ケアの現役世代への負担は、所得・人口動態からは軽くなることが予想されます。これが、マレーシアの民間消費がこのところ好調な大きな要因となっていると考えられます。

ちなみに、一人当たり所得が5万ドル付近に高齢者/労働力比率が49.9%と世界でも突出して高い国があります。日本(JPN)です。これは既に手がつけられない水準で、1000万人単位の外国人労働者を導入するか画期的な技術革新がないかぎり、日本の高齢者ケアは非常な困難状況に直面する可能性が高いと考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所海外調査員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第497回 マレーシアの第1四半期のGDP成長率は4.2%、景気は上向きか

第497回 マレーシアの第1四半期のGDP成長率は4.2%、景気は上向きか

5月17日、統計局はマレーシアの2024年第1四半期のGDP成長率を4.2%(前年同期比)と発表しました。これは、先月発表された事前予測値の3.9%からさらに上振れしています。また、2023年は第1四半期のGDP成長率が高く(5.6%)その後低調だったので、その高い前年同期を比較対象としての4.2%という成長率は、予想外に高いものであると言えます。

4.2%成長を部門別にみると、サービス業が4.7%増(事前予測値は4.3%増)、製造業が1.9%増(同1.9%増)、鉱業が5.7%増(同4.9%増)、農業が1.6%増(同3.8%増)、建設業が11.9%増(同9.8%増)と農業と製造業以外は事前予測値を上回っています。

懸念点としては、統計局発表の月別のGDP成長率では1月(4.8%)、2月(5.0%)に対して3月は2.9%と減速している点があります。これにはサービス業の成長率が1月(5.0%)、2月(6.2%)に対して3月は3.0%と減速していることが影響しています。これには自動車販売額が3月は2.8%減となっていることが影響しているとみられます。2023年3月末が自動車販売に掛かる売上税(SST)の免除期限であったため自動車販売が急増しており、その反動であると考えられます。

3月の月別GDP成長率が3.0%となったのをみて、統計局が第1四半期のGDP成長率を事前予測値の3.9%から4.2%に「上方」修正したことからみても、3月の減速は予想外のものではなく、予想されていたよりもやや良かった、という類のものと推測できます。

5月20日に発表されたマレーシアの4月の輸出額は前年同月比9.1%増(2月0.8%減、3月0.8%減)となり、1月の8.7%以来のプラス成長となりました。ただ、1月の増加は旧正月時期のズレが関係している可能性があり、その前のプラス成長は2023年2月まで溯るので、実に1年2ヶ月ぶりのプラス成長ということもできます。不調の電子・電機産業も0.6%増と昨年8月以来9ヶ月ぶりに増加に転じ、ようやく輸出に底打ち感がでてきました。

日本経済新聞は5月20日付けで「タイGDP1.5%増に鈍化、1〜3月 東南ア景気は踊り場へ」と題した記事を掲載し、ASEAN諸国の景気が中国向け輸出の不調とインフレ圧力で踊り場にさしかかっている、と論じました。確かに、タイについては景気が減速気味ですが、少なくともマレーシアについては、不調だった2023年のトレンドから脱し、景気が上向きになってきたことが各種データから読み取れます。

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【総点検・マレーシア経済】第496回 「もしトラ」のマレーシアへの影響は?

第496回 「もしトラ」のマレーシアへの影響は?

最近、「もしトラ」のワードがメディアで報じられることが多くなってきました。「もしトラ」とは、今年11月に行われるアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領が再選されるケースをさしています。

現実味を増す第2次トランプ政権の政策の中でも注目を集めているのは、米国の貿易赤字を減らし雇用を増やすために、中国からのすべての輸入品の60%の関税を課し、さらには他のすべての国からの輸入にも一律10%の関税を課すという関税引き上げ政策です。これは、2018年7月に開始された「米中貿易戦争」で米中が交互に多くの品目について25%の関税を課す事態のエスカレート版と言えます。

マレーシアはベトナムと並んで、米中貿易戦争から「漁夫の利」を得た国と考えられています。これは、主にこれまで中国から米国に輸出されていた製品が、マレーシアやベトナムからの輸出によって代替されるために生じる利益です。実際、マレーシアの輸出は2021年、22年と2年連続で約25%増という大幅な増加を記録しました。

「もしトラ」のマレーシアへのどうなるでしょうか。アジ研ポリシーブリーフNo.189として、筆者のチームが試算した「もしトラ」の各国の影響が公開されています。それによると、全世界に対する関税が引き上げられた場合の影響は、米国のGDPが1.9%減、中国が0.9%減、日本が0.0%、ASEAN10が0.3%増などとなっています。

図は「もしとら」のマレーシアに対する影響を産業別にみたものです。中国に60%の関税が課された場合(青棒)、マレーシアのGDPに対する影響は0.5%増、特に電子・電機産業に1.2%増と大きなプラスの影響が出ています。一方で、マレーシアを含むすべての国に対しても10%の関税が課された場合(赤棒)、GDPに対する影響は0.2%増にまで減少、電子・電機産業への影響は0.1%減とマイナスに転じます。一方、農林水産業・食品加工業・その他製造業ではどちらのケースでもプラスの影響を確保しています。

このように、「もしトラ」が現実になった場合にもマレーシア経済に大きなマイナスの影響はなく、「漁夫の利」が得られるという予測が出ています。ただ、マレーシアへの10%の関税が「漁夫の利」を大きく減らすことからも分かるように、中国への制裁を対岸の火事とみていると、マレーシアを含むASEANが次の標的となる可能性は十分にあり、楽観ばかりはできないということになります。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所海外調査員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第495回 マレーシアの第1四半期のGDP成長率(予測値)は3.9%、予想を上回る

第495回  マレーシアの第1四半期のGDP成長率(予測値)は3.9%、予想を上回る

4月19日、統計局はマレーシアの2024年第1四半期のGDP成長率の事前予測値を前年同期比3.9%と公表しました。23年の四半期別GDP成長率は第1四半期から、5.6%、2.9%、3.3%、3.0%と推移していましたので、3.9%という成長率は1年ぶりの高い数字となります。

3.9%という成長率には、見た目以上のインパクトがあります。図は2022年〜24年のマレーシアの四半期別GDPを金額で示したものです。23年第1四半期のGDPは第1四半期としては高い水準となっています。今回の3.9%成長は、この高いベースと比較しての成長率なので価値が高いと言えます。

筆者は本連載第481回で、24年通年のGDP成長率を4.5%と仮定した場合の四半期別GDPの図を示しました。その図では、24年第1四半期のGDP成長率を3.0%、その後の3四半期は4%台の成長が続くと想定していました。また、「24年の第1四半期の経済成長率が3.0%を超えるようだと通年での成長率は4%台後半、下回るようだと4%台前半になる可能性が強くなる」と述べています。この想定からすると、24年第1四半期の成長率が3.9%ならば、通年の成長率は5%を超えても不思議はないことになります。

3.9%成長の中身を詳しく見ると、サービス業が4.4%増(23年第4四半期は4.2%増)、製造業が1.9%増(同0.3%減)、鉱業が4.9%増(同3.8%増)、農業が3.8%増(同1.9%増)、建設業が9.8%増(同3.6%増)となっています。サービス業が引き続き堅調なのに加えて、製造業もマイナスからプラスに転換しました。建設業が大幅に伸びているのも目を引きます。

同日発表されたマレーシアの24年3月の輸出は前年同月比0.8%減でしたが、ようやく下げ止まりの傾向が見えはじめています。23年は内需が堅調な中で、輸出の不振がGDPを下振れさせていましたが、輸出が底打ちすれば、24年のGDPは予想よりも高くなる可能性があります。あくまでも3.9%の事前予測値が正しいことが前提ですが、筆者は24年通年でのGDP成長率が5%を超える可能性も出てきたと考えます。

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【総点検・マレーシア経済】第494回 2月の製造業生産指数、底打ちの兆し


第494回 2月の製造業生産指数、底打ちの兆し

4月8日、マレーシア統計局は2月の製造業生産指数を前年同月比1.7%増と発表しました。これで、1月の3.4%増に続いて、2ヶ月連続で前年同月を上回りました。先月より上げ幅が縮小していることから、景気の先行きは予断を許さないように見えますが、旧正月の時期のズレを考慮すると、数字よりも状況は良いことが分かります。

2024年の旧正月は2月10日、対して2023年の旧正月は1月22日でした。例年、旧正月の期間には製造業の生産は低下します。したがって、1月は2024年のほうが高い数値が出る傾向があり、2月は2023年のほうが高い数値が出る傾向にあることが分かります。

図1は2022年〜24年の内需向け製造業の生産指数の推移を見たものです。2024年1月は前年同月比8.0%増でしたが、2月は3.8%増にとどまっています。ただし、上記の傾向を踏まえると、2月の数字は実態より下振れしていると考えられ、内需向け製造業は引き続き好調であると言えます。

図2は2022年〜24年の輸出向け製造業の生産指数の推移を見たものです。2024年1月の1.6%増から2月は0.1%減となりました。ただ、これも2月の数字は本来はより高いはずで、旧正月期間にもかかわらず0.1%減にとどまったのは実質的にはプラス相当と評価できます。

図3は2022年〜24年の電子・電機産業の生産指数の推移を見たものです。2024年1月は0.9%増、2月は0.3%増となりました。これも、旧正月の時期を考慮すると、1月よりも2月のほうが状況が改善している可能性があり、電子・電機産業についても底打ちの傾向が見え始めたと言えます。

このところ、マレーシアの景気は内需が牽引し、輸出関連産業が弱い状況が続いていましたが、底打ちの兆しが見えてきました。4月19日に発表される3月の貿易統計が注目されます。

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【総点検・マレーシア経済】第493回 マレーシアの2月の輸出は0.8%減、回復は確信できず

第493回 マレーシアの2月の輸出は0.8%減、回復は確信できず

3月18日、統計局はマレーシアの2024年2月の輸出を前年同月比0.8%減と発表しました。1月の輸出は8.7%増と11カ月ぶりのプラスに転じましたが、2月には再び前年同月を割り込みました。製造業の輸出は2.4%減、最大の輸出品目である電気・電子産業の輸出は前月の6.5%減から9.8%減へと下げ幅を拡大し、増加に転じる気配がありません。

図1〜3はそれぞれ中国、米国、シンガポール向けのマレーシアの2022〜24年2月の月別輸出の絶対額の推移を示したものです。2024年(青線)の中国向けの輸出は、1月、2月共に2022年(灰線)、2023年(黄線)を下回っており、ここ3年で最も低調な状況です。一方で、2024年米国向けの輸出は、1月、2月共に過去2年を上回って推移しており、堅調さを維持しています。シンガポール向けの輸出は1月は前年並みでしたが、2月は前年同月比15.2%減となりました。ただ、これには旧正月の時期(2024年は2月10日、2023年は1月22日)が関係している可能性があり、本当に悪いかは3月の数字を待つ必要があります。

こうした推移により、マレーシアの輸出先上位3カ国向けの輸出額はかつてないほど拮抗してきています。2022年2月には中国向け輸出を100とするとシンガポールが95、米国が68でした。2023年2月にはシンガポールを100とすると、中国向けが78、米国向けは67となっていました。2024年2月にはシンガポールを100とすると、中国向けが91、米国向けが87となっています。このところ非常に好調だったシンガポール向けが減少する一方で、米中が接近しています。2022年2月には中国向け輸出は米国向けの約1.5倍あったことを考えると、マレーシアの輸出先としての米中のバランスは大きく変化してきており、逆転も考えられる状況です。

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【総点検・マレーシア経済】第492回 中銀のコロナ禍への対応、マレーシアとタイの比較(2)

492回 中銀のコロナ禍への対応、マレーシアとタイの比較(2

前回に引き続き、バンク・ネガラとタイ中央銀行のコロナ禍への対応を比較していきます。図はタイの政策金利(青線)と消費者物価上昇率(CPI、橙線)、政策金利からCPIを差し引いた「実質金利」(灰棒)の3つについて、2020年1月から2024年1月までの状況を示したものです。

2020年、タイ中銀はコロナ禍がはじまるとともに政策金利を1.25%から0.5%まですみやかに引き下げます。2022年にはいるとCPIは4%を超える水準に上昇し、2022年8月のピーク時には7.66%に達しました。これに対して、タイ中銀が利上げを開始したのは2022年8月で、まさに物価がピークをつけた時点でした。
その後、タイ中銀は2023年9月まで1年1カ月にわたって2%ポイントの利上げを続けます。この時点でCPIは0.3%にまで低下しており、その後、タイのCPIはマイナスの領域に落ち込んでいきます。タイ中銀の利上げは開始が遅く、終了も遅かったように見えます。

結果として、現在は政策金利が2.5%と比較的低いにもかかわらず、CPIがマイナスなため、実質金利は3%台後半にまで上昇しています。これは、CPIが2%の状況を仮定すると5%台の政策金利に相当し、タイ政府が利下げを求めて苦言を呈するのも理解できます。実際、タイの2024年の経済成長率は2.8%と見込まれており、経済成長率は低い状況になっています。

このようにみると、タイの中銀のコロナ禍への対応は、当初は迅速だったものの、物価上昇への対応は遅く、利上げの停止も遅れ、現在は利下げへの要求が高まっており、景気や物価の推移からやや遅れたものになっているように見えます。

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