【従業員の勤労意欲を高めるために】第873回:ライフスタイルとモチベーション(12)読書が異文化理解を高める?

第873回:ライフスタイルとモチベーション(13)留学は無意味?

前回は、読書が、他者への共感や認知能力を高めるというお話でした。引き続き、最近駐在員の方々に対して行ったアンケート調査の結果を考察しましょう。今回は、過去の海外経験が駐在員のパフォーマンスに与える影響についてです。

調査の結果、海外経験については、仕事か、学びかで対照的な結果になりました。すなわち、過去に仕事で海外に住んだ期間の長さがパフォーマンスの一部と相関するのに対して、留学期間の長さにはそのような傾向がありませんでした。これは、一般的に、留学という行為が様々な形態を含んでいるためかも知れません。以前のシステマティックレビューは、現在駐在している国と文化的に近い国での海外経験は容易に異文化適応に活用できるが、文化的に遠い国での海外経験の活用は難しいことを主張しています(Takeuchi et al., 2012)。或いは、たとえ駐在国と文化的に近い国への留学経験であっても、外国人と触れあう機会が多くあったか、それとも、日本人ばかりと過ごしていたかでは、培われるスキルが大きく異なることを指摘する議論もあります(Takeuchi & Chen, 2013)。

そもそも、現地の人たちに面倒を見てもらうことを前提とした留学と、現地の人たちを管理して成果を生まなくてはいけない駐在とでは、発生し得る責任や軋轢の大きさが異なるので、しばしば前者の経験が活用できないのは当然といえます。一方、駐在員としての仕事の経験であれば、国や文化が異なっても、技術的な問題を解決したり、現地の人材や後任の駐在員を指導したり、本社と連絡を取ったりするなどの共通するタスクが多いことで、こうした経験をある種のパフォーマンスに対して活用し易かったと考えられます。

今回のアンケート調査の結果は、駐在員がパフォーマンスを発揮するうえで留学に意味が無いことを示しているわけではありません。むしろ、留学の内容にまで目を向けずに、「この人は留学経験があるから駐在員の仕事も務まるだろう」と安直に考える姿勢が間違っていることを示しています。一方、今回の調査結果は、駐在員としての仕事の経験がある人に駐在員を任せるのであれば、ある種のパフォーマンスを発揮してくれると期待してもおおよそ間違いが無いことを示しています(本社の人間はそのことを経験的に理解しているので、駐在国を横滑りしながらなかなか日本に帰してもらえない駐在員が少なくないのでしょう)。

Takeuchi, R., & Chen, J. (2013). The impact of international experiences for expatriates’ cross-cultural adjustment: A theoretical review and a critique. Organizational Psychology Review, 3(3), 248-290. https://doi.org/10.1177/2041386613492167 

Takeuchi, R., Tesluk, P. E., Yun, S., & Lepak, D. P. (2005). An integrative view of international experience. Academy of management Journal, 48(1), 85-100. https://doi.org/10.5465/amj.2005.15993143 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、国際経済労働研究所理事、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第872回:ライフスタイルとモチベーション(12)読書が異文化理解を高める?

前回は、最近駐在員の方々に対して行ったアンケート調査の結果から、睡眠と食事が、文化的知性や心の知性を高めるうえで効果があることを紹介しました。今回も、このアンケート調査の結果の一部を紹介します。

8か国184人の日本人駐在員が参加したアンケート調査から得られたデータを分析したところ、睡眠や食事と同様に、趣味や学習を行う習慣が、文化的知性と相関することが示されました。この趣味・学習については、その実践により、幸福感の向上や健康の維持などの多面的な効果が期待できることが最近のシステマティックレビューで確認されています(Fancourt et al., 2021)。中には、読書が、他者への共感や認知能力を高めることを示す研究もあります。Kidd & Castano(2013)が行った、18歳から75歳までが参加した5つの介入研究では、小説などのフィクションを読むと、ノンフィクションや、大衆小説、或いは、まったく読まない群と比較して、感情的・認知的テストの成績が向上することが示されました。テストには、例えば、参加者に人の目の白黒写真を見せて、その人の感情を読み取るように求めるものがあります。この研究の結果は、非現実的な要素を含む文学や芸術に触れることで、他人の感情や信念を理解する能力が向上する可能性を示唆しています。

慣習によってステレオタイプ化された我々の社会的経験とは異なり、フィクションの多くは私たちの期待を混乱させます。そのため、読者は、登場人物の感情や考えを推測するために、より柔軟な解釈を行う必要があります。こうした負荷が、感情的・認知的効果の原因の一部にあると論文の著者らは考察しています。従って、こうした趣味を持つ駐在員が、現地の人々の顔の表情などから感情を読み取ることに長けていて、そのことで、異文化に対する学習意欲や知識が高まり易い状態にあったとしても不思議ではありません。皆さんも、何か趣味を持つようにすることで、従業員の気持ちが理解し易くなり、現地での経営もより行い易くなるかも知れません。


Fancourt, D., Aughterson, H., Finn, S., Walker, E., & Steptoe, A. (2021). How leisure activities affect health: a narrative review and multi-level theoretical framework of mechanisms of action. The Lancet Psychiatry, 8(4), 329-339. https://doi.org/10.1016/S2215-0366(20)30384-9
Kidd, D. C., & Castano, E. (2013). Reading literary fiction improves theory of mind. Science, 342(6156), 377-380.https://www.science.org/doi/10.1126/science.1239918 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、国際経済労働研究所理事、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第871回:ライフスタイルとモチベーション(11)駐在員にとって大事な睡眠と食事

871回:ライフスタイルとモチベーション(11)駐在員にとって大事な睡眠と食事

前回は、良いライフスタイルを維持することで、健康が維持されるというお話でした。今回は、1月にマレーシアBIZナビ・ウィークリーの読者の皆さんに協力いただいたアンケート調査の結果の一部をご紹介します。

今回の研究では、ライフスタイルに関する7つの変数を盛り込みました。このうち、睡眠と食事が、文化的知性や心の知性を高めるうえで特に効果的であることが示されました。睡眠の質は、報酬の期待値と関連しています。そのため、睡眠不足の人は、そうしないことで得られる報酬を正しく評価できないことで、簡単に仕事を休んだり、予定や会議をキャンセルしたり、社会活動をサボったりしてしまいます(Palmer & Alfano, 2017)。こうした経験を繰り返す駐在員であれば、感情を利用したり、ストレスに耐えるような能力の不足を自覚したりしていても不思議ではありません。

また、食事のバランスは、認知やエピソード記憶と関連しています(Guasch‐Ferre & Willett, 2021)。エピソード記憶とは、時間や場所、そのときの感情を含むイベントの記憶のことです。そのため、食生活の不健康な人が、異文化体験やその時の感情の具体的な記憶が曖昧になり易く、そのことで、異文化についての知識や興味が下がり、また交流の際に適切な行動を取ることを苦手と感じていても不思議ではありません。

一方、運動は、今回の研究では文化的知性や心の知性との相関が見られませんでした。運動は、自制心や向社会的行動、対人コミュニケーションなどにポジティブな効果があること、また、個人で行うよりもチームで行うほうが効果が大きいことなどが、システマティックレビューで確かめられています(Teixeira et al., 2012)。しかし、しばしば差別を受けた少数民族が民族的な誇りを取り戻すためにスポーツチームに参加するように(Thorpe et al., 2014)、現地に馴染めない駐在員が日本人駐在員主催のスポーツコミュニティに参加し、そのことで、チーム内の団結心の向上と引き換えに、現地の文化への興味や、文化を相対的に見るためのメタ認知の発達を遅らせている可能性も考えられます。こうしたメリットとデメリットが打ち消し合うことで、サンプル全体としては文化的知性や心の知性との相関が確認できなかったのかも知れません。

現地との交流の妨げにならない限り、健康なライフスタイルは脳の働きを高め、現地経営に良い影響を与えます。皆さんも心がけてみてはいかがでしょうか。

Guasch‐Ferre, M., & Willett, W. C. (2021). The Mediterranean diet and health: A comprehensive overview. Journal of internal medicine, 290(3), 549-566. https://doi.org/10.1111/joim.13333
Palmer, C. A., & Alfano, C. A. (2017). Sleep and emotion regulation: An organizing, integrative review. Sleep medicine reviews, 31, 6-16. https://doi.org/10.1016/j.smrv.2015.12.006
Teixeira, P. J., Carraca, E. V., Markland, D., Silva, M. N., & Ryan, R. M. (2012). Exercise, physical activity, and self-determination theory: a systematic review. International journal of behavioral nutrition and physical activity, 9, 1-30. https://doi.org/10.1186/s13643-023-02264-8
Thorpe, A., Anders, W., & Rowley, K. (2014). The community network: an Aboriginal community football club bringing people together. Australian journal of primary health, 20(4), 356-364. https://doi.org/10.1071/PY14051

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、国際経済労働研究所理事、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために 】第870回:ライフスタイルとモチベーション(10)良いライフスタイルが良い健康、良い経営の基本

870回:ライフスタイルとモチベーション(10)良いライフスタイルが良い健康、良い経営の基本 

前回(注:Web上には未掲載、メールマガジンにのみ掲載)は、趣味を持つことで、気分がリフレッシュされ、また頭の働きが良くなるというお話でした。今回は、運動や食事とメンタルヘルスの関係についてです。

スペインの小学生567人を対象にした調査では、週に3時間以上の身体活動を行う参加者は、この基準を満たさない参加者よりも心の知性(自分や相手の気持ちを理解したり評価・制御したりする能力)のスコアが高いことが示されました(Melguizo-Ibanez et al., 2022)。また、システマティックレビューは、大学生の健康的な食事が、うつ病、不安、ストレスなどのメンタルヘルスの問題を軽減することを示しました(Solomou et al., 2023)。このように、健康的なライフスタイルは、心を良い状態に保つうえで大事といえます。

しばしば、駐在員の現地への適応が主要なテーマになります。しかし、現地のライフスタイルに適応していることと、健康的なライフスタイルを実践していることとでは、意味が全く異なります。例えば、先行研究では、糖尿病は、日本人や米国人よりも日系アメリカ人ではるかに多いことが示されています(Fujimoto, 2016)。このことは、現地のライフスタイルに適応することで、かえって健康を害する可能性があることを意味します。

駐在員のパフォーマンスを最大化させるには、ライフスタイルに着目する必要があります。良いライフスタイルを維持することで、良い経営の実践に活かしていきましょう。


Fujimoto, W. Y. (2016). 2015 Yutaka Seino distinguished leadership award lecture: the Japanese American community diabetes study and the ‘canary in the coal mine’. Journal of Diabetes Investigation, 7(5), 664-673. https://doi.org/10.1111/jdi.12539
Melguizo-Ibanez, E., Gonzalez-Valero, G., Badicu, G., Filipa-Silva, A., Clemente, F. M., Sarmento, H., … & Ubago-Jimenez, J. L. (2022). Mediterranean diet adherence, body mass index and emotional intelligence in primary education students?an explanatory model as a function of weekly physical activity. Children, 9(6), 872. https://doi.org/10.3390/children9060872
Solomou, S., Logue, J., Reilly, S., & Perez-Algorta, G. (2023). A systematic review of the association of diet quality with the mental health of university students: implications in health education practice. Health Education Research, 38(1), 28-68. https://doi.org/10.1093/her/cyac035

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、国際経済労働研究所理事、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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