【従業員の勤労意欲を高めるために】第927回:効率化は本当に正しいのか――農業から学ぶ「短期最適化」の落とし穴

第927回:効率化は本当に正しいのか――農業から学ぶ「短期最適化」の落とし穴

前回は、仕事への熱意(ワーク・エンゲージメント)が職種によって異なる意味を持つ可能性について紹介しました。今回は少し視点を変え、農業と食料安全保障のお話です。

近年、世界では「効率化」が重視されています。農業でも同じです。限られた作物に生産を集中させれば、大規模化によって生産効率が上がり、コストも下がります。市場で競争力を持ちやすくなり、食料も安定して供給できるようになります。

では、作物を絞って効率化を進めることは、長期的にも良いことなのでしょうか。この疑問を調べるため、拙稿ではFAO(国連食糧農業機関)の世界の農業データを用い、1961年から2022年までの170か国以上の農業生産構造を分析しました。そして、その国でどれだけ特定の作物に生産が集中しているかを示す指標を作成し、食料不足との関係を調べました。

分析すると、一見すると意外な結果が得られました。作物への集中が進んでいる国ほど、その時点では食料不足が少ない傾向があったのです。効率化によって生産性が高まり、人々が十分な食料を得やすくなっていると考えられます。

ところが、時間の経過を考慮すると話が変わります。現在の農業構造ではなく、3年前の農業構造が現在の食料不足とどう関係するかを調べると、今度は逆の傾向が見えてきました。作物への集中が続いた国ほど、食料不足が増える可能性が示されたのです。統計的には境界的な結果であり慎重な解釈が必要ですが、「短期のメリット」と「長期のリスク」が異なる可能性を示しています。

なぜでしょうか。特定の作物に依存すると、その作物が干ばつや病害虫、価格変動などの影響を受けたとき、農業全体が大きな打撃を受けます。効率は高くても、変化には弱くなるのです。

実は、この考え方は企業経営にもよく似ています。短期的な成果だけを追い求めると、人材や事業を一つの方向へ集中させた方が効率は高まります。しかし、市場環境が変化したとき、新しい技術が現れたとき、その組織は柔軟に対応できるでしょうか。

経営学では、「活用(Exploitation)」と「探索(Exploration)」のバランスが重要だと言われています。現在の強みを徹底的に伸ばすことも必要ですが、将来に備えて新しい可能性を育てることも同じくらい重要です。

効率化そのものが悪いわけではありません。しかし、短期的な効率だけを追い求めると、長期的な強さを失うことがあります。これは農業だけではなく、企業経営や組織づくりにも共通する教訓なのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Agricultural Production Structure and Food Insecurity: Evidence From Global Crop Data. Sustainable Development, Early View. https://doi.org/10.1002/sd.71452

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第926回:やる気が脳を擦り減らす?――仕事への熱意に潜む職種差

第926回:やる気が脳を擦り減らす?――仕事への熱意に潜む職種差

前回は、災害後の急回復と真のレジリエンスの違いについて考えました。今回は、仕事への熱意(ワーク・エンゲージメント)と脳の健康との関係についてです。

一般に、仕事への熱意が高い社員は良い社員だと考えられています。

実際、ワーク・エンゲージメントは、生産性や業績、健康状態などと関連することが多くの研究で報告されています。しかし近年、「熱意が高ければ高いほど良いとは限らないのではないか」という議論も出てきています。過度な仕事への没頭は、疲労やストレス、ワークライフバランスの悪化につながる可能性があるからです。

そこで拙稿では、MRIを用いて脳の灰白質容積(GMV)を測定し、仕事への熱意との関係が職種によって異なるのかを調べました。対象は東京で募集した362名の社会人で、管理職・専門職を「知識労働者」、それ以外を「その他の労働者」として比較しました。

分析の結果、興味深い違いが見られました。

知識労働者では、仕事への熱意が高い人ほど脳の灰白質容積が大きい傾向がありました。特に、意欲や感情に関係する大脳辺縁系との関連が確認されました。

一方で、その他の労働者では逆の結果でした。仕事への熱意が高い人ほど、全脳や前頭葉、大脳辺縁系などの灰白質容積が小さい傾向が見られたのです。

もちろん、この結果だけで「熱心に働くと脳が縮む」とは言えません。今回の研究は横断調査であり、因果関係は分からないからです。

しかし一つの解釈は可能です。

知識労働者の仕事への熱意は、自律性や裁量の大きさに支えられた「やりたいからやる」という形で表れている可能性があります。これに対して、その他の労働者では、「やらなければならない」「期待に応えなければならない」という圧力と結びついた熱意になっている可能性があります。論文では、「情熱の二元論」に従って、前者を調和的情熱、後者を強迫的情熱として説明しています。

企業経営に置き換えると、これは非常に重要な示唆を持っています。

多くの企業は、「社員のエンゲージメントを高めよう」と考えます。しかし、本当に重要なのはエンゲージメントの高さそのものではなく、そのエンゲージメントがどこから生まれているかです。

社員が主体的に仕事へ取り組んでいるのか。それとも、評価への不安や同調圧力によって無理をして頑張っているのか。

表面的には同じ「熱心な社員」に見えても、その内実は大きく異なるかもしれません。

近年、人材マネジメントではエンゲージメントスコアの向上が重視されています。しかし今回の結果は、「エンゲージメントを高めること」よりも、「健全な形でエンゲージメントが生まれる環境を整えること」の方が重要である可能性を示しています。

やる気の高さだけを追い求めるのではなく、そのやる気が自由意志から生まれているのか、それとも圧力から生まれているのか。これからの組織づくりでは、その違いに目を向ける必要があるのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K., Nemoto, K., & Yamakawa, Y. (2026). Occupational Differences in the Association Between Work Engagement and Brain Gray Matter Volume. Current Psychology, 45, 931.

https://doi.org/10.1007/s12144-026-09489-5

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第925回:災害が経済成長を促すこともある?――復興とレジリエンスの違い

925回:災害が経済成長を促すこともある?――復興とレジリエンスの違い

前回は、パンデミックに強い社会をつくるためには、教育だけでなく電力インフラが重要であるという話でした。今回は、自然災害と経済成長の関係についてです。

地震、洪水、台風などの自然災害は経済に悪影響を与えると考えられています。しかし、実は研究によっては「災害後に経済成長率が高まる」という結果も報告されてきました。一見すると矛盾しているように見えますが、どちらが正しいのでしょうか。

拙稿では、1996年から2022年までの108カ国のデータを用いて、自然災害が経済成長に与える影響が、国のインフラ整備状況によって変わるのかを分析しました。特に注目したのは、電力アクセス率です。

分析の結果、電力インフラが極めて未整備な国では、災害の発生後に経済成長率が高まる傾向が見られました。しかし、これは災害が良い影響を与えているという意味ではありません。家屋や道路が破壊された後、それらを再建するために公共投資や援助資金が投入され、一時的にGDPが押し上げられている可能性があります。

一方で、一定以上の電力インフラが整備された国では、災害と経済成長との間に有意な関係は見られませんでした。災害が起きても経済全体への影響が限定的になり、「復興による成長」に依存しなくなるのです。

これは重要な違いです。

災害後にGDPが伸びたとしても、それは必ずしも社会が強くなったことを意味しません。むしろ、被害を受けたものを元に戻すための活動が統計上の成長として観測されているだけかもしれません。本当の意味でのレジリエンス(回復力)とは、災害が起きても経済活動や生活が大きく損なわれない状態を指します。

企業経営にも同じことが当てはまります。

トラブルや危機が発生した後、社員が懸命に働いて業績を回復させることがあります。しかし、それを成功体験として評価し過ぎると、「問題が起きてから頑張る組織」を強化してしまう危険があります。本当に重要なのは、そもそも大きな混乱が起きにくい仕組みを整えることです。

情報システムの冗長化、事業継続計画(BCP)、サプライチェーンの分散、人材育成などへの投資は、平時には目立たないかもしれません。しかし、危機が起きたときに企業の損失を最小限に抑えます。

災害後の急回復は目を引きます。しかし、より望ましいのは、回復を必要としないほど強靭な状態をつくることです。国でも企業でも、真の成長は「復興力」ではなく「レジリエンス」の上に成り立っているのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Natural Disasters and Development Thresholds: Infrastructure, Nonlinearity, and Economic Resilience. Systems, 14(3), 243.
https://doi.org/10.3390/systems14030243

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第924回:パンデミックに強い社会をつくる条件――教育だけでは足りない「電力インフラ」の役割

第924回:パンデミックに強い社会をつくる条件――教育だけでは足りない「電力インフラ」の役割

前回は、電力が人間の発展に直接寄与している可能性についてでした。今回は、電力とパンデミックの関係についてです。

コロナ禍では、国によって死亡率に大きな違いが生じました。その差は、ロックダウンなどの短期的な政策だけでは十分に説明できません。では、危機に強い社会をつくる条件とは何でしょうか。拙稿では、世界142カ国のデータを用いて、コロナ前の「電力アクセス」と「人的資本」、すなわち教育水準が、2020~2021年のCOVID-19死亡率とどのように関係していたのかを分析しました。

分析で注目したのは、教育とインフラが単純に足し算で効くのではなく、互いに補い合う関係にあるのではないか、という点です。教育水準が高ければ、人々は公衆衛生情報を理解し、行動を変えやすくなります。しかし、それを実際の感染対策に結びつけるには、病院、ワクチン保管、通信、遠隔勤務などを支える電力インフラが必要です。

結果として、一つの境界線が見つかりました。電力アクセスが約96%に達していない国では、教育水準の高さは必ずしも死亡率の低下につながっていませんでした。むしろ、教育によって経済活動や移動、人との接触が増える一方で、医療や情報伝達の基盤が十分でないため、脆弱性が高まる可能性が示されました。

一方、インフラが十分整った国では、「教育を受けた人が適切に行動できる環境」がすでに社会の中にできています。そのため、教育そのものより、社会全体の仕組みとして感染症に対応できていた可能性があります。

この結果が示すのは、危機への強さは「教育かインフラか」ではなく、「教育を活かせるインフラがあるか」に左右されるということです。人材育成だけを進めても、基礎インフラが未整備であれば、その力は十分に発揮されません。パンデミック対策は、感染症が広がってから始まるものではありません。平時から、電力、医療、通信、教育を一体として整えることが、次の危機への備えになるのです。

これは海外拠点の経営にも共通します。優秀な人材を採用・育成するだけでは十分ではなく、停電や通信障害を含めたインフラリスクへの備え、デジタル化、緊急時の意思決定体制が整っていて初めて、人材の力が危機対応力へと変わります。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K., Ino, Y., & Ishimura, K. (2026). Electrification, Human Capital, and Pandemic Mortality: Evidence from a Global Threshold Analysis. Pandemics, 1(1), 2.
https://doi.org/10.3390/pandemics1010002

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第923回:インフラは「人」を変える

第923回:インフラは「人」を変える

前回は、イノベーションは単なる「技術導入」ではなく、「仕組み」によって決まる可能性があることを紹介しました。今回は視点をさらに広げ、「インフラ」が人の成長にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。

日本企業が多く進出しているマレーシアでは、1990年代以降、電力インフラの整備が急速に進みました。都市部だけでなく、地方にも電気が行き渡ることで、生活環境は大きく変化しています。夜間の照明が当たり前になり、学校教育の機会が広がり、医療サービスも安定して提供されるようになりました。

こうした変化は、単なる「便利さ」の問題ではありません。人々の生活の質そのものを底上げし、社会全体の発展につながっています。

今回紹介する研究では、この点をグローバルデータで検証しています。分析の結果、電気へのアクセスは、人間開発(HDI)を有意に押し上げることが確認されました。HDIとは、健康(寿命)や教育水準を含めて人間の発展を測る指標です。しかも重要なのは、この効果が所得とは独立して存在していた点です。

つまり、経済的に豊かになったから人間が発展するのではなく、電化そのものが人間の発展に直接寄与している可能性が示されたのです。

電気は単なるエネルギーではありません。夜間の学習を可能にし、医療機器を動かし、通信を支えます。言い換えれば、「時間」「健康」「情報」といった、人間の基盤的な能力を広げる役割を持っています。

これは、マレーシアのように発展を遂げてきた国の歩みとも重なります。インフラが整備されることで、初めて教育や医療といった基盤が機能し始め、その後の成長が加速していきます。ここから見えてくるのは、インフラの本質的な役割です。インフラは、単に経済活動を支えるものではなく、人の能力や可能性そのものを引き出す基盤だということです。

企業の現場でも、似たような場面に直面することがあります。設備やシステムが整っていない環境では、人の能力は十分に発揮されません。一方で、基盤が整うことで、同じ人でも成果の出方は大きく変わります。

職場でも国家でも共通しているのは、「人の成長は、環境によって引き出される」という点です。インフラを考えるとき、それを単なるコストや設備としてではなく、「人の可能性を広げる土台」として捉える視点が大事です。


論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Beyond the Grid: The Independent Impact of Electricity Access on Human Development. Sustainable Development, Early View. https://doi.org/10.1002/sd.71119

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第922回:イノベーションは「技術」ではなく「仕組み」で決まる

第922回:イノベーションは「技術」ではなく「仕組み」で決まる

前回は、職場の強さは上司ではなく「同僚同士の支え合い」によって生まれる可能性があることを紹介しました。今回は視点を少し広げて、「国レベル」のイノベーションについて考えてみたいと思います。

企業においても国家においても、「デジタル化」が重要だという議論はすでに広く共有されています。しかし、単にITを導入すればイノベーションが生まれるのかというと、実際はそう単純ではありません。

今回紹介する研究では、各国のデジタル化と環境イノベーション(エコ・イノベーション)の関係を分析しました。データとしては、各国のデジタル政府の発展度(E-Government Development Index. EGDI)と、環境関連特許の数を用いています。EGDIとは、行政サービスのオンライン化や通信インフラ、人材水準などをもとに、政府のデジタル化の進み具合を総合的に評価した国連の指標です。

分析の結果、いくつか興味深い点が明らかになりました。

第一に、デジタル化が進んでいる国ほど、エコ・イノベーションも多いという「正の関係」が確認されました。これは直感的にも理解しやすい結果です。情報が共有されやすくなり、調整コストが下がることで、新しい技術が生まれやすくなると考えられます。

しかし重要なのは、ここから先です。

第二に、この関係は「直線的」ではありませんでした。つまり、デジタル化が少し進んだ程度では、大きな効果は見られません。ある程度の水準に達したときに、はじめてイノベーションとの結びつきが強くなるという「非線形」の関係が確認されました。

言い換えれば、デジタル化は単体では機能せず、制度や組織との組み合わせによって初めて効果を発揮するということです。

第三に、この効果はすべての国で同じではありませんでした。特に、中程度のイノベーション水準にある国で、デジタル化の効果が最も強く現れていました。

これは、すでに高度に発展した国では追加効果が限定的であり、逆に発展段階が低い国では制度や人材が不足しているため、デジタル化を活かしきれない可能性を示唆しています。

こうした結果から見えてくるのは、「デジタル化=技術導入」ではないという点です。

むしろ重要なのは、
・情報が共有される仕組み
・組織間の連携を可能にする制度
・標準化されたルール

といった「見えにくい基盤」です。

この点は、前回の職場の話とも重なります。上司の指示よりも、同僚同士の関係性が重要だったように、国家レベルでも単なる技術より「関係性や仕組み」がイノベーションを左右している可能性があります。

現場に当てはめると示唆は明確です。

新しいシステムを導入すること自体が目的化してしまうと、期待した成果は得られません。それよりも、
「そのシステムが人と人をどうつなぐのか」
「組織の中でどのように使われるのか」
を設計することのほうがはるかに重要です。

また、小さな改善を積み重ねるだけでは不十分で、一定の水準まで一気に整備する必要がある可能性も示唆されます。これは投資判断や戦略のあり方にも関わる重要なポイントです。

職場でも国家でも、共通しているのは、
「成果は個別の要素ではなく、組み合わせから生まれる」
という点です。

デジタル化を考えるとき、単なる技術導入ではなく、「仕組みづくり」という視点を持つことが、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。


論文情報は以下。2026413日まで、末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Digitalisation, Digital Governance, and Eco-Innovation: Evidence from Cross-Country Data in 2022. Information17(3), 306. https://doi.org/10.3390/info17030306

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第921回:強い職場は「上司」ではなく「同僚」で決まる

第921回:強い職場は「上司」ではなく「同僚」で決まる

前回は、企業の環境対応の話から、現実(深化)と理想(探索)の両利きの大切さを述べました。今回は、同僚間の助け合いについてです

海外子会社の経営において、従業員の組織コミットメントをどう高めるかは長年の課題です。一般には、上司のリーダーシップや待遇への満足度が重視されがちです。しかし実際の現場では、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なものがあります。それが「同僚同士の支え合い」です。

今回紹介する研究では、中国にある日系製造業子会社20社を対象に、従業員4,439人の組織コミットメントの要因を分析しました。さらに、このデータを328の部門単位に集約し、「個人レベル」と「職場レベル」の両方から検討しました。

分析結果は興味深いものでした。個人レベルでは、上司支援、同僚支援、自律性、研修機会、待遇満足など、多くの要因が組織コミットメントと関連していました。これは従来の研究とも整合的です。

しかし、部門単位で集計した「職場レベル」の分析では、結果が変わりました。統計的に特に強く残ったのは、「同僚支援」と「自律性」の二つだったのです。つまり、個人の意識としては上司の支援も重要ですが、職場全体としての組織コミットメントを左右していたのは、同僚同士が助け合う雰囲気と、仕事の進め方に一定の裁量がある環境でした。

さらに分析を進めると、自律性の高い職場ほど同僚支援も高く、その同僚支援が組織コミットメントを高めるという関係が見られました。言い換えれば、「任せること」が「助け合い」を生み、その助け合いが職場の一体感を強めていた可能性があります。

この結果は、海外子会社のマネジメントにいくつかの示唆を与えます。従業員の意欲を高めようとするとき、上司が個別に動機づけを行うことはもちろん重要ですが、それだけでは十分とは言えません。むしろ、職場の中で自然に相談し合い、互いに支え合える関係をどう育てるかが、組織全体の強さにつながります。また、細かく管理するよりも、一定の裁量を与えたほうが現場の協力関係が生まれやすい可能性もあります。

海外子会社経営を考えるとき、「上司がどう指示するか」だけでなく、「同僚同士がどう支え合えるか」。その視点が、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。

調査にご協力くださった方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
論文情報は以下。2026年4月13日まで、末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K., Ino, Y., & Ishimura, K. (2026). Coworker Support and Organizational Commitment in Overseas Subsidiaries: Analyses at the Individual and Workplace Levels. Strategic Business Research, 2(1), 100086.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S3051064326000385?dgcid=author

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第920回:環境対応は企業を強くするのか ―短期利益と地球の未来を両立する「両利き経営」―

第920回:環境対応は企業を強くするのか ―短期利益と地球の未来を両立する「両利き経営」―

前回はボランティア体験の話から、日本企業が抱える経営の問題に話を膨らませました。今回は、企業の環境対応についてです。

「環境対応は大事だとは思う。でも、それで本当に会社は儲かるのだろうか。」

ある中小企業の経営者が、そんな疑問を口にしたことがあります。脱炭素やSDGsが叫ばれる時代、企業にとって環境対応は避けて通れない課題になりました。しかし現場の経営者の本音は、もっと現実的です。環境対策はコストではないのか、利益に結びつくのか――。そうした疑問は決して珍しいものではありません。

近年、「エコ・イノベーション」という言葉が注目されています。これは、省エネルギー技術の導入や資源の再利用、環境負荷の少ない製品設計など、環境に配慮した技術や経営の革新を指します。環境と経済の両立を目指す取り組みとして、世界中で関心が高まっています。

そこで、日本の製造業の中小企業123社を対象とした調査を行ったところ、興味深い結果が見えてきました。エコ・イノベーションに取り組む企業ほど、新しい技術や市場に挑戦する「探索型」のイノベーションを進めていることが分かったのです。つまり、環境対応は企業に新しい挑戦を促す契機になっている可能性があります。

ところが一方で、企業の現在の業績と強く関係していたのは「探索」ではなく、既存技術を改善する「深化」でした。

この結果は、日本の中小企業の構造を考えると理解できます。多くの企業は大企業のサプライチェーンの中で、既存技術を改良しながら品質やコスト競争力を高めることで成長してきました。そのため、短期的な利益は既存技術の改善から生まれやすいのです。

しかし、ここで重要なのは視点の違いです。企業の短期的な利益という視点では、既存技術の改良が合理的かもしれません。けれども長期的に見れば、そして地球全体の視点から見れば、環境問題への対応は避けて通れません。

エコ・イノベーションは、必ずしもすぐに利益を生むとは限りません。しかしそれは、企業の新しい技術やビジネス機会を広げ、持続可能な社会に向けた変化を生み出す可能性を持っています。

では、企業は短期的な利益と長期的な環境対応を、どのように両立させればよいのでしょうか。

既存の強みを磨いて成果を出す「深化」と、新しい可能性を切り開く「探索」。
そして、その探索を支えるエコ・イノベーションを、短期の利益ではなく長期的・地球的視点で考えること。

そうした、いわば現実(深化)と理想(探索)の両利きこそが、これからの時代の経営を読み解く一つの鍵になるのかもしれません。

調査にご協力くださった方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Eco‐Innovation as a Predictor of Ambidexterity and Performance in Small‐and Medium‐Sized Enterprises: An Empirical Study and a New Global Perspective. Business Strategy and the Environment, 35(1), 1112–1127.
https://doi.org/10.1002/bse.70227

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第919回:善意を活かせない組織で、優秀な人ほど静かに去っていく ―あるボランティア経験者の体験談から考える、人の意欲を活かすマネジメント―

第919回:善意を活かせない組織で、優秀な人ほど静かに去っていく ―あるボランティア経験者の体験談から考える、人の意欲を活かすマネジメント―

前回は、コロナ禍での若者のキャリア意識の変化についてでした。今回は、あるボランティア活動の体験談から、組織のあり方を考えてみます。

ある自治体の市民マラソン大会で、救護ボランティアに参加した方から印象的な話を聞きました。

事前に説明会があり、それぞれの役割も決まっていました。当日は自分の役割をしっかり果たそうと準備して臨んだそうです。しかし、現場ではボランティアを束ねるスタッフが、事前に決められていた役割を十分に尊重せず、その場の判断で次々と指示を変えていきました。

結果として、自分が本来担当するはずだった仕事はほとんどできず、何となくその場にいるだけで終わってしまったそうです。

「役に立ちたいと思って参加したのに、何もできなかったのが残念だった」

その方は、仕事や家事で忙しい中、時間を縫ってこのボランティアに参加していました。そして帰宅後、「自分を大切にできなくてごめんね」と、自分自身に言いたくなったそうです。

このような出来事は、ボランティアの現場で決して珍しいものではありません。そして、ボランティアの輪が、一部の熱意ある人を超えて広がらない一因になっている可能性があります。

同時に、この話は海外の日系企業の現場でよく聞かれる声とも重なります。

日系企業は一般に、組織への貢献意欲が強い人材が多いと言われます。しかし一方で、「役割が曖昧である」「その場の判断で指示が変わる」「誰が何を決めているのか分からない」といった状況が生じることがあります。

そのような環境では、問題意識を持ち、自分の役割を果たそうとする人ほど違和感を抱きます。そして、声に出して不満を言うのではなく、静かに組織を離れていきます。

重要なのは、人材の意欲そのものではなく、それを活かすための運営です。

役割が明確で、その役割が尊重されているとき、人は自律的に動き、期待以上の力を発揮します。逆に、役割が軽視されると、意欲の高い人ほど「ここでは自分の力は必要とされていない」と感じてしまいます。

人材が定着しない理由は、必ずしも待遇や能力の問題ではありません。善意や意欲を活かせるかどうかは、現場のマネジメントのあり方に大きく左右されます。

海外拠点において人材の力を最大限に引き出すために求められているのは、「優秀な人を採用すること」だけではなく、「その人が役割を果たせる環境を整えること」なのかもしれません。

そして、良い仕事をしたいという気持ちに共感し、それを汲み取るためには、マネジメントの側が外的な評価や金銭的対価ばかりに目を向けるのではなく、「良い仕事をしたい」という内側の動機そのものに向き合い、共感する姿勢が求められます。

ボランティアと企業組織。一見すると別の世界の話ですが、人の意欲を活かすという点では、驚くほど共通しているのです。

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第918回:不安な時代、人はまず何を求めるのか? ――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(後編)――

第918回:不安な時代、人はまず何を求めるのか?
――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(後編)――

前回は、コロナ禍で若者のキャリア意識が変化し、その方向性が都市と地方で異なっていたことをご紹介しました。今回は、その変化がどのように行動や意欲につながっていたのかを見ていきます。

分析の結果、地方大学の学生では、「働く条件」を重視する意識が、「職場の人間関係を大切にしたい」という意識と結びつき、それが地元で働きたいという志向を後押ししていました。

つまり、安心できる条件があり、信頼できる人間関係が想像できるとき、人はその場所にとどまり、関わろうとするということです。

ただし、ここで一つ重要な点があります。人間関係を重視する意識は、それだけでは自己成長や挑戦意欲には直結していませんでした。鍵となっていたのは、「社会からどう評価される仕事か」「誰の役に立つのか」という社会的意義の感覚です。

データが示していたのは、
働く条件人間関係社会的意義自己成長
という順序でした。

この結果は、企業の人材マネジメントにも示唆を与えます。不安定な環境下で、いきなり「挑戦しろ」「成長せよ」と求めても、人は動きません。

まず必要なのは、

・安心して働ける条件
・孤立しない人間関係
・自分の仕事が誰の役に立つのかという意味づけ

です。その土台があって初めて、内発的な意欲や挑戦が立ち上がります。

これは若手社員に限った話ではありません。変化の激しい時代において、勤労意欲を高める鍵は、能力や根性ではなく、順序にあるのかもしれません。

安心のあとに、意欲は生まれる。
その順序を無視しないことが、これからのマネジメントには求められているように思います。

 

調査にご協力くださった方々にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2025). During the COVID-19 Pandemic, the Gap in Career Awareness Between Urban and Rural Students Widened. Psychology International, 7(4), 103.
https://doi.org/10.3390/psycholint7040103

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)