【従業員の勤労意欲を高めるために】第884回:高齢化社会との向き合い方(11)教え合いと自己効力感

第884回:高齢化社会との向き合い方(11)教え合いと自己効力感

前回は、マンツーマンで時間をかけて丁寧に指導を行うことで、高齢者のICTスキルの向上が期待できるというお話でした。

しかし、社会実装を視野に入れれば、当然、費用対効果の点で実現可能なものでなくてはいけません。そこで注目したいのが、高齢者の自己効力感です。これまでに多くの研究で、他人を助けることが自己効力感の向上につながることが確認されています。例えば、Barlow & Hainsworth(2001)は、22人の高齢ボランティアがリーダーになるためのトレーニングを受けたときの動機を探るためにインタビューを行いました。その結果、ボランティア活動は、①退職によって残された人生の空白を埋めること、②他人を助けることで社会の役に立つこと、そして③仲間を見つけることという3つの主要なニーズによって動機づけられていることが明らかになりました。この結果は、高齢者のボランティア活動が、退職や健康の低下に伴う損失を相殺するのに役立つことを示唆しています。

そこで、私の最近の論文(Kokubun, 2024)では、高齢者へのICTの普及に向けて、図に示すように、習得した知識を他人に教えることによる自己効力感を活用することを提案しています。

まず、高齢者は好きなICTの機能を学び始めます(興味のあることから始める)。これにより、ICTが楽しくて便利であることを、より早く、簡単に実感することができます(楽しさや実用性を実感)。ICTが楽しいほど、早く学ぶことができます(早い習得)。そして、彼らは、自分たちが学んだICTを他の高齢者に教えます(人に教える)。他人に教えるという行為は、自分の能力に対する自信を高めます(自己効力感)。自分の能力に対する自信が高まると、ICTに対する抵抗感が減り、他の機能を学ぶモチベーションが高まります(興味のあることから始める)。

このように、高齢者の自己効力感を活用した、高齢者が高齢者を教えるという循環の確立は、高齢化社会におけるICT等の新技術の普及のために有効な手段の一つとなる可能性があります。

 

Barlow, J., & Hainsworth, J. (2001). Volunteerism among older people with arthritis. Ageing & Society, 21(2), 203-217. https://doi.org/10.1017/S0144686X01008145

Kokubun, K. (2024). How to Popularize Smartphones among Older Adults: A Narrative Review and a New Perspective with Self-Efficacy, Social Capital, and Individualized Instruction as Key Drivers. Psychology International, 6(3), 769-778. https://doi.org/10.3390/psycholint6030048

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第883回:高齢化社会との向き合い方(10)個別指導でICTスキルを高める

第883回:高齢化社会との向き合い方(10)個別指導でICTスキルを高める

前回は、加齢による身体の衰えに加えて、自己効力感やソーシャルキャピタルの欠如が、高齢者のICT利用を阻む原因になっていることを述べました。そのため、孤立している高齢者ほどICTを利用しない・できないというジレンマがあります。この問題にどのように取り組めばいいでしょうか。

スキルとデジタルリテラシーを促進するうえでグループベースのICTトレーニングが有効であることを示す証拠があります。Zhao et al. (2020) の研究では、無作為化比較試験(RCT)により、344人の高齢の参加者が介入群または待機リスト対照群のいずれかに割り当てられました。20週間にわたって週に1回、スマートフォンのトレーニングプログラムを受けた介入群では、スマートフォンのコンピテンシーと生活の質が高まりました。しかし、こうした画一的なトレーニングが一部の高齢者にとって有効であったとしても、他の高齢者にとって同様に有効であった可能性は低いと考えられます。そのことは、この研究に示された一部の指標の効果量の低さにも表れています。

そのため、近年の研究は、画一的なアプローチから、教育と学習への個別化されたアプローチへの脱却を主張しています(Arthanat et al., 2021; Fields et al., 2021)。このうち、Arthanat et al. (2021) の研究では、2年間のRCTにより、83人の高齢者が介入群と対象群に分けられた後、6か月間隔で、デジタルリソースへのアクセスと活用を促進するための、コーチと参加者の1対1のICTトレーニングが実施されました。その結果、介入群の高齢者は、対照群の高齢者よりも、様々な余暇や健康管理、日常的な活動に多く従事するようになりました。また、テクノロジーの受容性が大幅に向上し、自立感が維持されました。この結果は、マンツーマンで時間をかけて丁寧に指導を行うことで、ICTスキルの向上が期待できることを示しています。

しかし、社会実装を視野に入れれば、当然、費用対効果、或いは、時間帯効果の観点で実現可能なものでなくてはいけません。個別のニーズに応えようとするあまり費用や時間のかかるトレーニングを設計すれば、それだけ事業継続が困難になります。この問題を、既存の研究は真剣に取り組んでいないように思います。次回に続きます。

Kokubun, K. (2024). How to Popularize Smartphones among Older Adults: A Narrative Review and a New Perspective with Self-Efficacy, Social Capital, and Individualized Instruction as Key Drivers. Psychology International, 6(3), 769-778. https://doi.org/10.3390/psycholint6030048

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第882回:高齢化社会との向き合い方(9)孤立している高齢者ほどICTを利用しないというジレンマ

第882回:高齢化社会との向き合い方(9)孤立している高齢者ほどICTを利用しないというジレンマ

前回は、ICTの普及により高齢者が犯罪に巻き込まれるリスクが高まるというお話でした。ICTの健全な普及のためには、高齢者への適切な教育や、家族や職場の上司などの周りの人間との信頼関係の構築が必要です。

このようなリスクが伴うものの、前々回に述べたように、ICTには高齢者の孤立を防ぐという良い面があります。しかし、高齢者はしばしばICTの利用を避けます。高齢者がICTを避ける理由についての代表的な議論は、彼らの身体の衰えに関するものです。年齢による身体の変化は、テクノロジーに対する理解や使用を困難にします。例えば、認知機能の低下は、日常活動のパフォーマンスの低下と関連しているため、高齢者による新技術の受け入れに悪影響を与える可能性があります。また、高齢者に多く見られるうつ病は、否定的な感情を高め、新技術への適応を阻害する可能性があります。こうした条件が重なれば、高齢者は、ICTをうまく使えず、そのことに恥ずかしさを感じ、自信が低下し、不安が増大することで、ますます、ICTの使用を避けるようになります。

しかし、加齢による身体の衰えだけが高齢者のICT利用にとっての障壁ではないようです。むしろ、先行研究は、ICT利用に悪影響を与える主な要因が、自己効力感やソーシャルキャピタルの欠如であることを主張しています。すなわち、ICT利用をサポートしてあげられる子や孫などが同居していなかいことで、或いは、ICTを上手く使えているという実感や、ICTの利用により生活が改善されているという実感が得られないことで、高齢者はICT利用に対する意欲を簡単に失います。一方、既存のソーシャルサポートがある高齢者は、ICTのメンテナンスやトラブルシューティングの支援を受け易く、そのため、ICTを多く使用する傾向にあります。
すなわち、現代社会には、孤立している高齢者ほど、孤立を防ぐ可能性のあるICTを利用しないというジレンマがあります。この状況を乗り越えるための方法について、次回考えてみましょう。

Kokubun, K. (2024). How to Popularize Smartphones among Older Adults: A Narrative Review and New Perspectives, Preprints, 2024081157. https://doi.org/10.20944/preprints202408.1157.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第881回:高齢化社会との向き合い方(8)ICTの普及はリスクを伴う

第881回:高齢化社会との向き合い方(8)ICTの普及はリスクを伴う

前回は、ICTの普及が高齢者の孤立を防ぐ可能性があるというお話でした。しかし、良い話ばかりではないようです。Parti(2023)が米国で行ったアンケート調査に基づく研究の結果は、ICTの普及により、高齢者が犯罪に巻き込まれるリスクが高まる可能性があることを示しています。具体的には、ICTの使用時間が長く、ICTのスキルに自信のある高齢者ほど、オンライン詐欺に巻き込まれるリスクが高いことが示されました。詐欺に遭うくらいなので、この「自信」は、技術に裏づけられたものではなく、「過信」に過ぎないものです。そのため、既に退職した高齢者よりも、ICTを使用する機会の多い、現役で仕事をしている高齢者のほうが詐欺に遭い易い傾向がありました。また、被害に遭った経験のある高齢者は、被害の後もクレジットカードの凍結などの対策を講じない傾向にありました。

さらに、被害があったことを親しい家族などに報告しない人も少なくありませんでした。被害にあったことを周囲に打ち明けない理由についてアンケート調査の結果は明らかにしていませんが、論文の著者は、不注意を責められることを恐れて打ち明けられない高齢者が少なくない可能性を論じています。被害を打ち明けられないことは、それだけ周囲が気づいてあげられないことを意味し、将来のより大きな被害を招く原因にもなります。

このように、高齢者へのICTの普及は、便利さや幸福感をもたらすという良い側面がある一方、被害に巻き込まれ易くなるという悪い側面があります。従って、高齢者がICTを習得する際には、彼らが誤った利用をしないように適切な指導を行ったり、利用において生じる悩みを気軽に打ち明けたりできるように、家族や職場の上司などの周りの人間と信頼関係を構築することが必要です。

Parti, K. (2023). What is a capable guardian to older fraud victims? Comparison of younger and older victims’ characteristics of online fraud utilizing routine activity theory. Frontiers in Psychology, 14, 1118741. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2023.1118741

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第880回:高齢化社会との向き合い方(7)ICTの普及が高齢者の孤立を防ぐ可能性について

第880回:高齢化社会との向き合い方(7)ICTの普及が高齢者の孤立を防ぐ可能性について

前回は、エイジズム、すなわち年齢を理由とした差別が、今後、高齢化速度の低下に引きずられるようにして年を経るごとに弱まる可能性が高いことを述べました。そういえば、一頃に比べると「老害」という言葉を耳にすることが少なくなったように思いませんか?これも、渡る世間が高齢者ばかりになったことで、高齢者を敵に回すことのリスクが高まったためかも知れません。

しかし、高齢者が差別されない世の中が、常に高齢者にとって生き易い世の中を意味するのでは無いようです。今日、多くの高齢者にとって「社会的孤立」が問題となっています。社会的孤立は、退職や、パートナー・友人の死亡などにより生じ(Savikko et al., 2005)、時には、認知機能の低下や、精神的および身体的健康の低下(Cacioppo & Cacioppo, 2014)、深刻な場合には自殺などの死亡リスク(Holt-Lunstad et al., 2013; Steptoe et al., 2013)をもたらすことがあります。このうち、精神的および身体的健康の低下には、「うつ」が含まれます。今日、うつは、ニュータウン在住の高齢者の3分の1に認められたことを示す研究があるなど、広く見られる病気です(安野、2024)。

この問題を解決する可能性がある技術の一つが、情報通信技術(ICT)です。先行研究では、インターネットの使用が高齢者の認知機能にプラスの影響を与えることや(Kamin & Lang, 2020)、うつ病のリスクを減少させることが示されました(Cotton et al., 2014)。また、スマートフォンの使用レベルが高い高齢者の抑うつ症状が少ないことを示す研究もあります(Ji et al., 2023; Keane et al., 2013; Chang & Im, 2014)。考えられる理由は、インターネットやスマートフォンが、家族や友人との定期的な連絡を可能にしたり、医療サービスや娯楽、学習機会等のリソースへのアクセスの機会を増やしたりするのに役立つことが挙げられます。

しかし、ICTの普及は、高齢者が犯罪に巻き込まれるリスクを高めるなど、負の側面もあります。ICTをどのように高齢者に教えればいいのか、或いは、どのようにICTから高齢者を守ればいいのかは、近年の研究の蓄積が進みつつある領域です。次回に続きます。

 

安野史彦(2024).高齢者「うつ」の原因は?国立研究開発法人国立長寿医療研究センター.https://www.ncgg.go.jp/hospital/navi/15.html (アクセス日:2024年8月2日)

Cacioppo, J. T., & Cacioppo, S. (2014). Social relationships and health: The toxic effects of perceived social isolation. Social and Personality Psychology Compass, 8(2), 58-72. https://doi.org/10.1111/spc3.12087

Cotten, S. R., Ford, G., Ford, S., & Hale, T. M. (2014). Internet use and depression among retired older adults in the United States: A longitudinal analysis. Journals of Gerontology Series B: Psychological Sciences and Social Sciences, 69(5), 763-771. https://doi.org/10.1093/geronb/gbu018

Holt-Lunstad, J., Smith, T. B., & Layton, J. B. (2010). Social relationships and mortality risk: a meta-analytic review. PLoS Medicine, 7(7), e1000316. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1000316

Ji, R., Chen, W. C., & Ding, M. J. (2023). The contribution of the smartphone use to reducing depressive symptoms of Chinese older adults: The mediating effect of social participation. Frontiers in Aging Neuroscience, 15, 1132871. https://doi.org/10.3389/fnagi.2023.1132871

Kamin, S. T., & Lang, F. R. (2020). Internet use and cognitive functioning in late adulthood: Longitudinal findings from the Survey of Health, Ageing and Retirement in Europe (SHARE). The Journals of Gerontology: Series B, 75(3), 534-539. https://doi.org/10.1093/geronb/gby123

Savikko, N., Routasalo, P., Tilvis, R. S., Strandberg, T. E., & Pitkälä, K. H. (2005). Predictors and subjective causes of loneliness in an aged population. Archives of Gerontology and Geriatrics, 41(3), 223-233. https://doi.org/10.1016/j.archger.2005.03.002

Steptoe, A., Shankar, A., Demakakos, P., & Wardle, J. (2013). Social isolation, loneliness, and all-cause mortality in older men and women. Proceedings of the National Academy of Sciences, 110(15), 5797-5801. https://doi.org/10.1073/pnas.1219686110

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第879回:高齢化社会との向き合い方(6)高齢者が差別されない未来

第879回:高齢化社会との向き合い方(6)高齢者が差別されない未来

前回は、日本は高齢化の速度も高齢者の割合も世界最高水準であり、そのためエイジズムは強くも弱くもなり難いというお話でした。

前回の話を踏まえれば、日本のエイジズムの将来を予測することも不可能ではありません。まず、内閣府(2024)によれば、高齢化率(65歳以上の全人口に占める比率)は今後も上昇し、2020年の28.6%から2070年の38.7%へと上昇すると予想されています。一方、高齢化速度(直近10年間の高齢化率の変化)は、実は既に2010年代でピークアウトしていて、今後は大きく低下することが予想されています。そのため、図に示すように、エイジズムは、今後、高齢化速度の低下に引きずられるようにして年を経るごとに弱まるはずです。ただし、団塊ジュニア世代が高齢者入りをする2040年代に高齢化速度が一時的に高まるので、お荷物感がぶり返し、昨今、一部の識者によって発せられ物議を醸したように、高齢者への攻撃的論調が一部で復活する可能性があります。

※高齢化率と高齢化速度の単位は%で、内閣府(2024)のデータから算出。エイジズムの2010年の値はInglehartら(2014)に収録の「Older people are a burden on society(お年寄りは社会のお荷物である)」の回答を1~4点に換算して算出。他の年のエイジズムは、United Nations(2024)および World Bank(2024)に収録の59ヵ国分の高齢化率および高齢化速度データを用いてエイジズムを予測する回帰式を導出することで推計。エイジズムの推計には、回答者の当事者意識を極力排除するために60歳未満の回答データを用いた。

内閣府(2024)令和5年版高齢社会白書(全体版)、内閣府。
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2023/zenbun/05pdf_index.html

Inglehart, R., Haerpfer, C., Moreno, A., Welzel, C., Kizilova, K., Diez-Medrano, J., Lagos, M., Norris, P., Ponarin, E., & Puranen, B. et al. (eds.). (2014). World Values Survey: Round Six – Country-Pooled Datafile Version, Madrid: JD Systems Institute.
https://www.worldvaluessurvey.org/WVSDocumentationWV6.jsp

United Nations (2024). World Population Prospects 2022, United Nations.
https://population.un.org/wpp/

World Bank (2024). World Development Indicators, World Bank.
https://datatopics.worldbank.org/world-development-indicators/

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第878回:高齢化社会との向き合い方(5)高齢化した社会では高齢者が差別され難い?

第878回:高齢化社会との向き合い方(5)高齢化した社会では高齢者が差別され難い?

前回は、年齢の近い者同士の集まりが、異なる年齢層に対するステレオタイプの温床になり易いというお話でした。今回は、高齢化とエイジズム(年齢を理由とした差別)の関係についてです。

これまでに人口統計学的な手法で行われた研究が明らかにしたことは大別して2つあります。一つは、高齢化の「速度」が速いほどエイジズムが強まるというもので、もう一つは、高齢者の「割合」が高まるほどエイジズムが弱まるというものです(Hövermann and Messner, 2023)。これら一見すると相矛盾する結果は、負担感が急激に高まると高齢者への不満が大きくなるが、皆が高齢者ばかりの社会では怒りの矛先の向かうあてがなく、かえって不満が高まり難いことを意味します。日本は高齢化の速度も高齢者の割合も世界最高水準なので、両者が綱引きをすることでエイジズムは強くも弱くもなり難いのです。そのため、世界価値観調査(Inglehart et al., 2014)に収録された「Older people are a burden on society(お年寄りは社会のお荷物である。強く反対~強く賛成の4択から回答)」で測られる日本のエイジズムの大きさは、図に示すとおり55ヵ国中31位で、ちょうど真ん中あたりです。※調査の行われた2010~2014年当時の数字を元に筆者算出・作成。高齢化率(65歳以上の全人口に占める比率)および高齢化速度(直近10年間の高齢化率の変化)の算出には、国連および世銀のデータベースを用いた。

Hövermann, A., & Messner, S. F. (2023). Explaining when older persons are perceived as a burden: A cross-national analysis of ageism. International Journal of Comparative Sociology, 64(1), 3-21. https://doi.org/10.1177/00207152221102841

Inglehart, R., Haerpfer, C., Moreno, A., Welzel, C., Kizilova, K., Diez-Medrano, J., Lagos, M., Norris, P., Ponarin, E., & Puranen, B. et al. (eds.). (2014). World Values Survey: Round Six – Country-Pooled Datafile Version, Madrid: JD Systems Institute. https://www.worldvaluessurvey.org/WVSDocumentationWV6.jsp

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第877回:高齢化社会との向き合い方(4)友達とつるむと差別が強まるかも知れない?

第877回:高齢化社会との向き合い方(4)友達とつるむと差別が強まるかも知れない?

前回は、人生を楽しむ充足的な社会が、高齢者にとって生き易い社会というお話でした。これに関連して、今回は、家族や友人などの人間関係とエイジズムの関係についてです。

まず、家族との関係は、年齢を超えたつながりの場を提供するという点で、知人や友人などの他のネットワークとは質的に異なっています。過去の実証研究は、家族との関係が他の年齢層についての知識獲得や好意的な評価を促すことで(Newman et al., 1997)、年齢による差別の抑止に役立つことを主張しています(McPherson et al., 2001)。一方、別の研究は、知人や友人などの家族外の人間関係における年齢の均質性の高さが、年齢を超えた交流を妨げ、世代の異なる他者への理解を妨げることを示しています(Hagestad & Uhlenberg, 2005)。関連して、最近の研究は、高齢者に対するポジティブな評価が、家族やパートナーシップ、宗教やスピリチュアリティ、仕事などの文脈で生じる一方、高齢者に対するネガティブな評価が、友人や知人との関りや、余暇活動、社会的活動などの文脈で生じることを示しています(Swift et al., 2017)。

つまり、年齢の近い者同士の集まりは、異なる年齢層に対するステレオタイプの温床になり易いのです。こうした集団の年齢構成の違いが高齢者に対する理解と差別に与える影響は、人的なネットワークの構築が社会のあらゆる問題の解決に寄与することを想定する「ソーシャル・キャピタル」に関する研究が見落としていたことです(Hagestad & Uhlenberg, 2005)。しかし、文化的或いは人種的に近い者同士の団結がよそ者に対する排斥を促すことを指摘した研究や(Portes, 2009)、個人主義よりも集団主義の文化でエイジズムが強いことを示した研究に照らせば(North & Fiske, 2015)、年齢の均質性とエイジズムの関係もまた解釈の難しいものでは無いでしょう。裏を返せば、人々が交わる場を設ければ高齢者差別が無くなるという風に安易に構えるのではなく、もっと慎重に、年齢構成の違いなどを考慮して、人々の交わり方を考える必要があるといえます。

Hagestad, G. O., & Uhlenberg, P. (2005). The social separation of old and young: A root of ageism. Journal of Social Issues, 61(2), 343-360. https://doi.org/10.1111/j.1540-4560.2005.00409.x

McPherson, M., Smith-Lovin, L., & Cook, J. M. (2001). Birds of a feather: Homophily in social networks. Annual Review of Sociology, 27(1), 415-444. https://doi.org/10.1146/annurev.soc.27.1.415

Newman, S., Faux, R., & Larimer, B. (1997). Children’s views on aging: Their attitudes and values. The Gerontologist, 37(3), 412-417. https://doi.org/10.1093/geront/37.3.412

North, M. S., & Fiske, S. T. (2015). Modern attitudes toward older adults in the aging world: a cross-cultural meta-analysis. Psychological Bulletin, 141(5), 993. https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/a0039469

Portes, A. (2009). Social capital: Its origins and applications in modern sociology. Knowledge and Social Capital, 43-67, Routledge.

Swift, H. J., Abrams, D., Lamont, R. A., & Drury, L. (2017). The risks of ageism model: How ageism and negative attitudes toward age can be a barrier to active aging. Social Issues and Policy Review, 11(1), 195-231. https://doi.org/10.1111/sipr.12031

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第876回:高齢化社会との向き合い方(3)日本の高齢者の元気が無い理由

第876回:高齢化社会との向き合い方(3)日本の高齢者の元気が無い理由

前回は、国民文化としての「男性らしさ」が高齢者差別に関係するというお話でした。

ホフステードの文化軸には「男性らしさ」を加えて全部で6つあり、そのうちの1つに「人生の楽しみ方」があります。この尺度によれば、世界は、充足的な社会と抑制的な社会に分けられます。充足的な社会は、人生を味わい、楽しむことに関わる人間の欲求を自由に満たそうとする社会です。一方、抑制的な社会は、厳しい社会規範によって欲求の充足を抑え、制限すべきだという考え方を持つ社会です。マレーシアは、97ヵ国の中で30番目に充足的な社会(68番目に抑制的な社会)であり、比較的、充足的な社会です。一方、日本は、53番目に充足的な社会(45番目に抑制的な社会)であり、比較的、抑制的な社会であるといえます(Hofstede et al., 2010)。先行研究は、充足的な社会ほど死亡率が低く(Hofstede et al., 2010)、平均寿命が長い傾向にあることを示しています(Gamlath, 2017)。この原因については、充足的な社会では、通常、主観的な幸福感が高く、また幸福であることを肯定的に捉えるため、心血管疾患などのストレス関連疾患による死亡が抑制されるためであると考えられています(ただし、充足的な社会には、ファーストフードやソフトドリンクをより多く消費する傾向があるため、肥満になる可能性が高いという負の側面があります)。

つまり、人生を楽しむ充足的な社会は、高齢者にとって生き易い社会といえます。高齢者がイキイキとした社会であれば、年齢を理由とした差別や偏見も起こり難いと考えられます。日本は健康的な食生活や高い医療技術のお陰で長寿を維持していますが、抑制的な文化がマイナスに働くことで、高齢者は、生き長らえながらも、イキイキとしていないのかも知れません。耐え忍ぶことを良しとする社会から、人生を楽しむことを良しとする社会に変わることで、高齢者が元気になり、差別を受け難くなると考えられます。

 

Gamlath, S. (2017). Human development and national culture: A multivariate exploration. Social Indicators Research, 133, 907-930. https://doi.org/10.1007/s11205-016-1396-0

Hofstede, G., Hofstede, G. J., and Minkov, M. (2010). Cultures and Organizations: Software of the Mind. Revised and expanded 3rd edition, New York: McGraw-Hill.

 

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第875回:高齢化社会との向き合い方(2)男性らしさを求める社会でエイジズムが見られる理由

第875回:高齢化社会との向き合い方(2)男性らしさを求める社会でエイジズムが見られる理由

前回は、ハングリー精神を強く持つ人ほど、高齢者を社会のお荷物と感じる度合いが大きいというお話でした。これは、お金や成功に執着する人ほど、高齢者を支えるための社会的負担の増加による分け前の低下に敏感なためです。今回も、これに関連した「男性らしさ」のお話です。

Ng & Lim-Soh(2021)は、英語圏にある20か国を対象にした研究により、80億語のデータベースを使用して評価された国ごとのエイジズム(年齢を理由とした差別)が、Hofstede(1980)の文化尺度であり、業績や成功、地位への執着の強さを表す「男性らしさ」と相関することを示しています。男性らしさがエイジズムに関係するのは、競争を重んじ、強者や成功者を高く評価する社会が、その対極にある年長者を弱者と決めつけ易いためです(Ng & Lim-Soh, 2021)。先行研究では、例えば、男性の筋肉労働が経済を支えるイングランドの重工業地帯の社交クラブで、高齢男性が働き盛りの若年男性から疎外される様子が描写されています(Pain et al., 2000)。

ちなみに、日本は78ヵ国の中で男性らしさが2番目に高い国です。そのため、エイジズムが高まり易い文化を持つ国といえます。一方、マレーシアは36番目で、日本に比べると、競争よりも生活の質を重視する「女性らしさ」の強い国です(Hofstede et al., 2010)。従って、マレーシアは、成功への執着心が低い分、高齢者には優しい社会と考えられます。現役を退いた後の少なくない日本人がマレーシアを移住先に選ぶのも、こうした文化に起因する居心地の良さが理由かも知れません。

Hofstede, G., Hofstede, G. J., and Minkov, M. (2010). Cultures and Organizations: Software of the Mind. Revised and expanded 3rd edition, New York: McGraw-Hill.

Ng, R., & Lim-Soh, J. W. (2021). Ageism linked to culture, not demographics: Evidence from an 8-billion-word corpus across 20 countries. The Journals of Gerontology: Series B, 76(9), 1791-1798. https://doi.org/10.1093/geronb/gbaa181

Pain, R., Mowl, G., & Talbot, C. (2000). Difference and the negotiation of ‘old age’. Environment and Planning D: Society and Space, 18(3), 377-393. https://doi.org/10.1068/d31j

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、国際経済労働研究所理事、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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