【従業員の勤労意欲を高めるために】第918回:不安な時代、人はまず何を求めるのか? ――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(後編)――

第918回:不安な時代、人はまず何を求めるのか?
――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(後編)――

前回は、コロナ禍で若者のキャリア意識が変化し、その方向性が都市と地方で異なっていたことをご紹介しました。今回は、その変化がどのように行動や意欲につながっていたのかを見ていきます。

分析の結果、地方大学の学生では、「働く条件」を重視する意識が、「職場の人間関係を大切にしたい」という意識と結びつき、それが地元で働きたいという志向を後押ししていました。

つまり、安心できる条件があり、信頼できる人間関係が想像できるとき、人はその場所にとどまり、関わろうとするということです。

ただし、ここで一つ重要な点があります。人間関係を重視する意識は、それだけでは自己成長や挑戦意欲には直結していませんでした。鍵となっていたのは、「社会からどう評価される仕事か」「誰の役に立つのか」という社会的意義の感覚です。

データが示していたのは、
働く条件人間関係社会的意義自己成長
という順序でした。

この結果は、企業の人材マネジメントにも示唆を与えます。不安定な環境下で、いきなり「挑戦しろ」「成長せよ」と求めても、人は動きません。

まず必要なのは、

・安心して働ける条件
・孤立しない人間関係
・自分の仕事が誰の役に立つのかという意味づけ

です。その土台があって初めて、内発的な意欲や挑戦が立ち上がります。

これは若手社員に限った話ではありません。変化の激しい時代において、勤労意欲を高める鍵は、能力や根性ではなく、順序にあるのかもしれません。

安心のあとに、意欲は生まれる。
その順序を無視しないことが、これからのマネジメントには求められているように思います。

 

調査にご協力くださった方々にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2025). During the COVID-19 Pandemic, the Gap in Career Awareness Between Urban and Rural Students Widened. Psychology International, 7(4), 103.
https://doi.org/10.3390/psycholint7040103

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第917回:不安な時代、人はまず何を求めるのか? ――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(前編)――

第917回:不安な時代、人はまず何を求めるのか? ――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(前編)――

前回は、海外駐在員の適応とパフォーマンスにおける「順序」についてお話ししました。今回は視点を変え、コロナ禍が若者のキャリア意識にどのような変化をもたらしたのかを取り上げます。

拙稿(Kokubun, 2025)では、2020年末から2021年初頭にかけて、日本の大学生516名を対象に、パンデミック前後で「仕事に何を重視するようになったのか」を分析しました。

まず確認されたのは、学生全体が「安定」や「人とのつながり」を、以前よりも重視するようになったという点です。ただし興味深いことに、その現れ方には都市と地方で明確な違いがありました。

地方の大学に通う学生ほど、安定した収入、福利厚生、無理のない働き方、勤務地といった「働く条件」への関心を強めていました。一方、都市部の大学に通う学生では、自己成長ややりがい、自分らしさといった「自己価値(セルフワース)」への関心がより強まっていたのです。

つまり、同じ不安定な環境に直面しながらも、地方の学生は「まず安心できる環境」を、都市の学生は「自分は何者として働くのか」を、それぞれ強く問い直していたといえます。

重要なのは、どちらが正しいかではありません。危機の中で、人はまず自分にとって欠けているものから意識を向けるという点です。

この違いは、企業の中でもしばしば見られます。不確実性が高い局面では、若手社員の中にも「まず安心できる環境」を求める層と、「それでも成長や自己実現を求める層」が同時に生まれ、同じ施策でも響き方が大きく分かれるのです。

では、こうした違いは、働く意欲や行動にどのようにつながっていくのでしょうか。
次回は、人間関係・地元志向・内発的動機づけの関係から、企業や管理職への示唆を考えます。

次回に続きます。

調査にご協力くださった方々にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2025). During the COVID-19 Pandemic, the Gap in Career Awareness Between Urban and Rural Students Widened. Psychology International, 7(4), 103.
https://doi.org/10.3390/psycholint7040103

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第539回 マレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は5.7%

第539回 マレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は5.7%

1月16日に発表されたマレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は前年同期比5.7%で、第3四半期の5.2%からさらに加速しました。その結果、2025年通年の経済成長率は4.9%程度になると見込まれ、その結果、2025年通年の経済成長率は4.9%程度になる見込みです。これは現在の政府予測である4.0〜4.8%の上限を上回り、昨年7月に下方修正される前の政府予測4.5〜5.5%に近い水準です。これは、トランプ関税の悪影響を受けると懸念されていたマレーシアが、実際にはその影響を免れたことを示しています。

 

2025年第4四半期の経済が好調だった理由は、製造業が6.0%増(第3四半期は4.1%増)、サービス業が5.4%増(同5.0%増)と、ともに伸びたためです。年前半は振るわなかった自動車販売も年後半に伸び、82万752台と過去最高を更新しました。これによりインドネシアを上回り、ASEAN最大の自動車販売台数を記録したと報じられています。

図は2024〜25年のマレーシアの四半期GDP成長率の推移です。 2024年第2四半期にピークを付けた後、減速傾向にあったマレーシア経済が、2025年後半に持ち直したことが分かります。

 

本連載の第512回、2025年初の時点で、筆者はマレーシアの2025年の経済成長率は当時の政府予測の下限(4.5%)を下回るのではないかと書いていました。実際、年前半はそのような推移でした。しかし、年後半になった経済は予想外に大きく持ち直しました。さまざまな要因がありますが、筆者は国内外でのAI・データセンター特需が影響しているとみています。事実、半導体が経済の中心を担っている台湾の2025年の経済成長率は8.63%と過去15年で最高を記録しました。

 

 

同時に、外国為替市場では対ドルでリンギ高が進んでいます。2025年1月には1ドル=4.5リンギ前後であったものが、2025年を通じてリンギ高が進み、2026年1月23日には遂に1ドル4.0リンギの壁を突破しました。

 

経済が好調で為替レートが上昇しているということは、ドル建ての一人当たり国民所得(GNI)を基準とする世界銀行の定義による「高所得国入り」にマレーシアが近づいたことを意味します。筆者の概算によれば、1ドル=4.0リンギで計算した場合、マレーシアの2025年のドル建て一人当たりGNIは14,500ドル前後になります。これは、2024年の世銀の基準における高所得国の下限である13,937ドルを上回ります。ただし、2025年の平均為替レートは1ドル=4.28リンギ程度であり、このレートで計算すると一人当たりGNIは13,500ドル程度にとどまります。

 

また、世界銀行が高所得国入りの判断に使う為替レートは3年移動平均であり、2023年と2024年は1ドル=4.5リンギを超える水準で推移していました。さらに、高所得国入りの基準は毎年変動しており、例年数%ずつ上昇しています。したがって、現在のリンギ高が反映され、世銀の基準で公式にマレーシアが高所得国入りしたと発表されるのは、2028年頃になると予想されます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第585回 MBSBのCEOがAIBIMの新会長に就任

【イスラム金融の基礎知識】第585回 MBSBのCEOがAIBIMの新会長に就任

Q: AIBIMの会長が交代したそうですが、新会長はどのような人物ですか?

A: マレーシアでイスラム銀行業をてがける銀行が加盟する業界団体であるマレーシア・イスラム銀行金融機関協会(AIBIM)の発表によると、昨年12月に退任したモハメド・ムアッザム・モハメド前会長の後任として、MBSB銀行のラフェ・ハニーフ社長が、1月に新会長に就任した。任期は2026-2028年の3年間。

ウェブサイトの情報によると、新会長はマレーシア国際イスラム大学で世俗法とイスラム法を学んだ後、ハーバード大学の大学院で法学修士を取得した。1999年にロンドンのHSBCに就職してUAEなど中東を担当し、同銀行のイスラム銀行業部門であるHSBCアマーナのCEOを務めた。マレーシアに戻ると、2019年から23年までCIMBの幹部職を歴任、2023年からは独立系イスラム銀行であるMBSB銀行の社長を務めている。

他方、昨年いっぱいで退任したモハメド氏は、同じく独立系イスラム銀行のバンク・イスラムのCEOを務めた人物で、同銀行のCEOを辞すと同時に会長職からも身を引いた恰好となる。なお今回のAIBIMの役員人事について、異動は会長職のみで、他の幹部職(副会長・事務局長・会計)には変更がない。

AIBIMは新会長について、金融のガバナンス、イノベーション、サステイナブルの各分野で優れた実績を有することと、幅広いリーダーシップや深い業界専門知識を持っていると指摘したまた、同協会の2025-27年の3カ年計画において、協会がマレーシアのイスラム金融産業においてリーダーシップを強化すること、業界の仲介を積極的に行うこと、そしてマレーシアが世界的なイスラム金融のハブになることを目指しており、新会長はこの取り組みを進めていくとしている。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。