第527回 トランプ関税、マレーシアの税率は19%に。その評価は?
7月31日、トランプ関税の税率が発表され、マレーシアの税率は19%と判明しました。ASEAN10カ国のうち、7月31日の大統領令に記載の無いシンガポールは10%、それを除くとマレーシアの19%はインドネシア、フィリピン、カンボジア、タイと並んで低い方に入ります。少なくとも、ASEANの中で他国に対して不利になることはありませんでした。
その後、マレーシア側が約束したとされる米国への譲歩が、各種報道により明らかになってきました。まず、マレーシア側の関税率については、11,444品目のうち、11,260品目(98%)について、関税の引き下げか撤廃を約束したことが分かりました。一見、大幅な譲歩に見えますが、これには裏があります。まず、関税の撤廃を約束したのは6,911品目(61%)で、残りの品目については関税の引き下げとなります。引き下げ幅は明らかになっていません。さらに、関税を撤廃する6,911品目のうち実に6,567品目はもともと無税であり、実際に関税を撤廃するのはわずか344品目だというのです。
その他、マレーシアが米国側に約束したものとしては、マレーシアに立地する多国籍企業が今後5年間で最大1,500億ドル規模の米国製装置・機器の購入、今後5年間で700億ドルの対米投資、ペトロナスが米国産LNGを年34億ドル相当購入、テナガ・ナショナルが年間4260万ドル相当の石炭を購入、テレコム・マレーシアによる約2億ドルの通信機器の購入、ボーイング機30機(95億米ドル相当)を追加購入などがあります。
この中で気になるのは「今後5年間で最大1,500億ドル規模の米国製装置・機器の購入」の項目です。半導体・航空宇宙・データセンター向けとありますが、2024年のマレーシアのアメリカからの総輸入額は約280億ドルで、これを5倍すると「最大1500億ドル規模」とほぼ一致します。一方、半導体・航空宇宙・データセンター向けに限ると年間輸入額は約130億ドルなので、最大1500億ドル規模を実現するためには、現在の輸入額を倍増させなければなりません。さらに、その主体はマレーシアに立地する多国籍企業とされているので、購入額は更に限定されます。
つまり、1500億ドルが「半導体・航空宇宙・データセンター向けを含む全輸入」であれば、今後、米国からの輸入を年間数%ずつ増やせば達成されることになります。一方、半導体・航空宇宙・データセンター向けの財のみ、しかも多国籍企業の購入分に限定される、という条件での達成はほとんど不可能に思われます。その真相は不明ですが、「最大(up to)」の表現が気になります。
さらに8月6日、トランプ大統領は米国に輸入される半導体のほぼすべてに100%の関税を掛けると発表しました。マレーシアから米国への輸出のうち半導体(HS8542)が占める比率は約20%、関連品目を含めると約30%に達します。トランプ大統領は、米国内に工場を持つ企業の輸入については関税を免除するとしており、インテルなどは関税を免除されることになりますから、その分の影響は小さくなります。
こちらも、詳細が分からないうちは、マレーシア経済への影響はなんとも言えません。しかし、トランプ大統領によって次々と関税政策が打ち出され、詳細が分からず、また頻繁に変更されるという状況は、マレーシア経済にとってマイナス材料なのは間違いありません。
熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp |