【イスラム金融の基礎知識】第567回 アブドラ・バダウィ元首相死去

第567回 アブドラ・バダウィ元首相死去

Q: アブドラ元首相がハラル産業に対して果たした功績は?

A: マレーシアの報道によると、マレーシア第5代首相のアブドラ・アフマド・バダウィ氏は4月14日、クアラルンプールの病院で死去した。85歳であった。

アブドラ元首相は1939年バヤン・レパス生まれで、父はイスラム指導者兼政治家、祖父はマレーシアの独立は1957年8月31日に行うべきと提案した著名なイスラム法学者・天文家であった。1998年マハティール政権下で失脚したアンワル・イブラヒム氏の後任として副首相に任命されたのち、2003年から2009年まで5代目の首相を務めた。

アブドラ元首相の6年間の首相在任時の業績の一つは、イスラム・ハダーリー(文明的イスラム)という概念の提唱とこれに基づく社会経済の構築であった。マレー過激派と揶揄され、急進的なイスラム化政策を進めたマハティール元首相に対し、アブドラ元首相は穏健な形での推進を図った。具体的には、ハラル産業の振興を目指すハラル産業開発公社(HDC)の設立(2006年)、マレーシア国民大学でのイスラム・ハダーリー研究所の設立(2007年)などである。イスラム金融については、2006年に中央銀行主導でイスラム金融教育国際センターを設立するなど、人材育成に力を入れた。

他方、長期経済計画である第9次マレーシア計画を2006年に発表、イスカンダル・マレーシアなど五つの地域を指定して十数年にわたる地域開発を実行した。このうち、HDCが各地にハラールパークを認定し、地域振興の柱の一つにハラル産業を位置づけた。こうした取り組みが奏功し、現在マレーシアはイスラム金融を含めたハラル産業の中心となるグローバル・ハラル・ハブの地位を確立した。

アブドラ元首相の葬儀は国葬として行われ、遺体はクアラルンプールの国立モスクのマカム・パラワン(英雄廟)に埋葬された。ご冥福をお祈りいたします。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第520回 マレーシアの2025年の経済成長率はどうなるのか

第520回:マレーシアの2025年の経済成長率はどうなるのか

4月24日、IMFは世界経済見通しの中で、マレーシアの2025年の経済成長率の予測を4.7%から4.1%に下方修正しました。4月25日、世界銀行もマレーシアの2025年の経済成長率予測を4.5%から3.9%に下方修正しています。マレーシア政府は現時点で2025年の経済成長率を4.5%〜5.5%としていますが、こうした発表を受けて、バンク・ネガラのアブドゥル・ラシード総裁は見通しを下方修正する可能性に言及しています。

これに先立つ4月18日、統計局はマレーシアの2025年第1四半期の経済成長率の事前予測値を前年同期比4.4%と発表しました。これは、前四半期の5.0%から大きく減速しています。セクター別に見ると、2024年は通年で17.5%と高い伸びを見せた建設業が前四半期の20.7%から14.5%にまで減速し、製造業は4.4%から4.2%に、サービス業は5.5%から5.2%に、鉱業は-0.9%から-4.9%にまで落ち込んでいます。

図1はマレーシアの四半期別GDPの推移を過去2年間についてみたものです。マレーシアの四半期GDPには強い季節性があり、例年、年末に向けてGDPが伸びていく傾向があります。つまり、マレーシアの経済成長率が通年で前年並みを達成するには、下半期にかけて経済が順調に拡大することが前提となります。

しかし、現在の世界情勢は先を見通せない状況です。特に、トランプ政権の関税政策が不透明で世界貿易に大きな影響を与えています。図2はマレーシアの主米国向けの輸出額の推移を月次で見たものです。昨年末からトランプ政権の関税政策を見越した前倒し輸出により、輸出が大きく伸びましたが、2025年3月は前年同期比50.8%増とそれが極限に達しています。どこかの時点で大きな反動が来ることが予想され、それに対応して製造業のGDPの伸び率が低下することが見込まれます。

原油価格の低下も懸念材料です。年初は1バレル=80ドル近辺だった原油価格(ブレント)は、直近で60ドルを割り込みました。鉱業部門のGDPが落ち込むことが懸念されると共に、ペトロナスからの分配金の減少により、政府支出にも影響がでることが考えられます。

こうした状況を踏まえると、現状ではマレーシアのGDP成長率が政府予測の4.5%〜5.5%に収まる可能性は低いと言えます。すべてはトランプ政権の関税政策次第とも言えますが、政府の経済成長率の下方修正は避けられないと筆者は考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第899回:中小企業の両利き経営(2)両利きは状況次第

第899回:中小企業の両利き経営(2)両利きは状況次第

両利きについて書いています。前回は、資源と能力が限られている中小企業は、深化か探索のいずれかに特化することで業績が向上する可能性があるという説を紹介しました。大企業と比較すると、中小企業は人的資本や財務資本などの適切な調整メカニズムやリソースを欠いていることが多いといえます。したがって、潜在的リスクを考慮すると、中小企業は漸進的イノベーションと急進的イノベーションのどちらかを選択しなければならないことが少なくありません。深化は、一般的に企業の生産性と効率性を向上させます。しかし、深化の成功は企業が管理できる能力、資産、またはリソースの利用可能性に依存するため、一つの企業が利用可能な技術力と市場力を全て用いても深化の成功には限界があります。一方、探索は、急速に変化するビジネス環境において、企業が長期的な視点で変化に適応するのに役立ちます。これは、新しい市場と技術力を継続的に発見することにつながる探索が、企業が独自の知識ベースの再編成、新製品の開発、およびニッチでの競争優位性の獲得に効果的であるためです。

他の研究者は、探索と深化という相反する要求を統合することで中小企業が両利きを実現できるという証拠を示しています。ドイツの中小企業5社を対象とした調査結果に基づく研究は、深化のための「伝統的な」両利きと、探索のための「俊敏な」両利きが実現可能であることを発見し、状況に応じた両利きを推奨しています。他の研究は、危機の際に、探索は企業のパフォーマンスを向上させるが信頼性を低下させ、深化は企業のパフォーマンスを低下させるが信頼性を高めることを示し、状況に応じて両利きを使い分ける必要があることを主張しました。

こうした両利きが状況依存的であるという主張は、皮肉にも、あらゆる企業に通用する万能な方法が存在しないという事実を証明しています。少なくとも、先行研究において両利きとパフォーマンスの関係に一貫性がないという事実は、両利きを推奨することの説得力を弱めています。現在までに蓄積された研究から、いつでもどのような状況でも両利きが最適な戦略であると主張することはもはや不可能です。

では、中小企業は両利きに取り組むべきでしょうか。もしそうであれば、何が両利きを可能にし、それに取り組むことの利点は何でしょうか。この問題は、まだ十分に議論されていません。次回、もう少し踏み込みます。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

22年の女性企業数は21.9万社で、国内経済の3.6%を生産

【クアラルンプール=アジアインフォネット】 統計局の4月30日の発表によると、2022年において女性が所有する企業は国内の総事業所数の20.1%にあたる21万9,015社で、総生産額は1,369億リンギとなり国内経済の3.6%を占めた。

「2023年経済センサス」に基づき、事業、不動産、その他の資産に対し、全額または一部を女性が所有する事業所を抽出した。前回の2015年の調査に比べ、女性企業事業所数の年間成長率は2.3%、総生産額では7.0%増となった。また、総生産額の増加に伴い、女性企業の総付加価値としては、年間6.5%の成長率で、614億リンギに達した。

部門別では93.6%がサービス部門で、総生産額の60.7%にあたる830億リンギを生み出した。製造業は女性企業数の割合では3.9%だったが、総生産額では前回から13.8%増と最も高い伸びを示した。

州別の女性企業数では、セランゴール州(15.9%)が最も多く、サバ州(10.4%)、クランタン州(8.9%)が続いた。付加価値でみると、セランゴール州が182億リンギ(29.6%)、次いでクアラルンプール市107億リンギ(17.4%)、ジョホール州74億リンギ(12.1%)となり、上位3つで全体の6割近くを占めた。

外国人納税者支部のサービスカウンター、5月2日より業務開始

【クアラルンプール】 内国歳入庁(IRB)は、外国人納税者支部(CPCA)サービスカウンターが5月2日から業務を開始すると発表した。CPCAは、クアラルンプールのジャラン・トゥアンク・アブドル・ハリムにある政府総合庁舎10号棟9階に開設される。

CPCAサービスカウンターの営業時間は、相談カウンターが月―金曜の午前8時から午後5時まで。e-予約サービスは月―金曜の午前8時から午後4時40分まで(予約枠の空き状況による)となっている。

CPCAは外国人納税者、非居住者、源泉徴収税に関する税務問題に重点的に取り組む組織として2025年1月1日に活動を開始した。IRBはサービスセンター設立がサービス効率を向上させ、外国納税者が税務関連サービスをより利用しやすくするための取り組みの一環だとした上で、外国税務問題への対応を合理化かつ専門化したアプローチにすることで、顧客満足度を大幅に向上できると述べた。
(ビジネス・トゥデー、ベルナマ通信、4月30日)

卵の補助金を段階的に減額、8月の撤廃に向け=農業食糧安全省

【クアラルンプール】 農業食糧安全省は4月30日、現在の卵1個あたり0.1リンギの補助金を、5月1日から0.05リンギに減額し、8月1日からは完全に撤廃すると発表した。

卵をめぐっては、新型コロナウイルスの流行やロシア・ウクライナ戦争などの影響で生産コストが上昇したため、2022年2月から補助金による価格統制が行われてきた。しかし、今年のハリラヤ(断食月明け大祭)期間中の卵の流通状況などをもとに、鶏卵生産産業の安定性とコストの安定化について検討した結果、補助金の廃止を決めたという。2024年12月までで、25億リンギが投入された。
(ニュー・ストレーツ・タイムズ、ビジネス・トゥデー、ベルナマ通信、4月30日)

医療機関・薬局に薬品価格の表示義務付け、5月1日から

【クアラルンプール】 薬品を販売、提供、投与するすべての民間医療機関および薬局は5月1日から、薬品の価格表示を義務付けられる。価格の透明性を確保し、消費者に価格比較の余地を与えるのが狙い。

価格表示の対象は、処方薬、店頭販売薬、伝統薬品、サプリ、調合薬などヒト向けの薬剤で、価格統制・不当利得防止命令に基づく措置。

保健省と国内取引物価省の共同声明によると、購入者の目に入るところに陳列されている薬品には値札を貼付しなければならず、購入者から見えないところにある薬品は価格表(カタログやデジタルディスプレーなど)で示さなければならない。違反の場合の罰金は、個人(医師、薬剤師ら医療提供者)が最高5万リンギで、法人が同10万リンギ。

施行から3カ月間は移行・啓発期間とし、執行官は順守を薬品提供・販売者に求める。薬品提供者の負担が増すとの懸念が医学会などから表明されているが、保健省は、保険金請求の際の薬品価格水増しの予防になるとの認識だ。
(エッジ、5月1日、マレーシアン・リザーブ、4月30日)

三菱モーターズ、カジャンに3Sセンターを開設

【クアラルンプール】 三菱モーターズ・マレーシア(MMM)はこのほど、セランゴール州カジャンに3S(販売、サービス、部品交換)センターを開設した。首都圏クランバレーにおける三菱自動車のネットワークは19拠点になった。

新センターは、敷地面積1万5,800平方フィート(1,500平方メートル)で延べ床面積は9,600平方フィート(930平方メートル)。正規販売店のミレニアム・オートハウスが運営する。ミレニアム・オートハウスにとって、2021年9月に開設したコタ・ダマンサラ店に続く、2番目の拠点となる。クロスオーバーMPV(多目的車)「エクスパンダー」や、ピックアップトラック「トライトン」などの人気車種を展示し、販売とアフターサービスの両方を提供する。

MMMの池田真也 最高経営責任者(CEO)は「センター開設はミレニアム・オートハウスとのパートナーシップを強化し、クランバレー全域における三菱自動車のプレゼンス拡大という両社の共通のコミットメントを反映している」としている。
(カーシフ、ポールタン、4月28日)

昨年のインフレ率は1.8%、ナシレマは13年間で81%高騰

【クアラルンプール=アジアインフォネット】 統計局は29日、2024年通年の消費者物価指数(CPI=2010年を100として算出)の分析報告書を発表。CPIは全体で132.8となり、前年の130.4に対するインフレ率は1.8%となった。前年のインフレ率の2.5%からは鈍化した。

13の調査対象項目のうち、衣料・履物が0.3%、通信費が1.5%の下落で、それ以外の11項目では上昇した。そのうち、外食・宿泊(3.1%)、食品・飲料(2.0%)、保健(1.8%)、教育(1.5%)、交通費(1.0%)、家具・家庭用品等(0.7%)の6項目で前年の上昇率を下回り、インフレ率の鈍化につながった。一方、家賃・光熱費(3.0%)、雑品・サービス(同)、娯楽・文化(1.8%)、酒類・たばこ(0.7%)、保険・金融(0.3%)は前年を上回った。

州ごとにみると、1.8%を上回ったのは、ペナン州の3.0%を筆頭に、パハン州、サラワク州、セランゴール州の4州だった。東南アジア諸国連合(ASEAN)9カ国で比較すると、マレーシアのインフレ率を上回ったのは、ラオスの23.1%を最高に、ベトナム、フィリピン、シンガポール、インドネシアの5カ国だった。

さらに、マレーシアの定番食品11品目について2011年と比較。国民食ナシレマは11年の2.03リンギから24年には3.68リンギに、チキンサテーは11年の1本0.51リンギから24年に1.09リンギとなり、それぞれ81.3%、113.7%のアップとなった。

武藤経産相が来馬、ザフルル通産相と会談

【クアラルンプール】 米政権の関税措置を受け武藤容治経済産業相は27日から30日にかけ、マレーシアとタイを訪問し、閣僚と会談した。クアラルンプールでは28日、テンク・ザフルル投資貿易産業相と会談、2国間および日本・東南アジア諸国連合(ASEAN)における産業協力について意見を交換した。

ザフルル氏のXへの投稿によると、世界的な先行き不透明の中、両国は人工知能(AI)と次世代自動車の分野で2国間連携を深めることを確認した。現在の国際経済環境への対応についても意見を交換。「マレーシアおよび日本は公正で実効性のある解決策を探るため、一致団結しなければならない」とした。

アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)について連携していくことも確認したという。AZECとはほとんどのASEAN加盟国と日本、豪州の11カ国が参加する、域内のカーボンニュートラルを目指す協力の枠組み。

タイで会見を開いた武藤氏は米政権による関税措置について、ASEAN諸国と連携を取りながら、ルールに基づく多角的な貿易体制を守っていきたいと述べた。
(エッジ、マレー・メイル、報道資料、4月29日)