【総点検・マレーシア経済】第554回:アンワル首相は「台湾武力統一」を容認したのか

第554回:アンワル首相は「台湾武力統一」を容認したのか

8月16日、カタールの放送局アルジャジーラがアンワル首相のロングインタビューを放送しました。タイトルは「偽善的な世界秩序における独立外交 (Independent Diplomacy in a Hypocritical World Order)」。この中で、アンワル首相が中国の武力による台湾統一を容認するかのような発言をしたことがニュースになっています。

タイトルの通り、インタビューのテーマは、マレーシアが米中対立の中でどのように中立的な外交姿勢を保っているか、という点です。この中で、インタビュアーが次のように問いかけました。「世界の多くの国は台湾を中国の一部と認めていますが、台湾の人々は北京による統治を望んでいません。これをどう考えますか」と。

アンワル首相は、そこには歴史的な経緯がある、と答えます。しかし、結論として「台湾は中国の一部と考えています。以上。(I see Taiwan as part of China, period.)」と述べています。

インタビュアーが食い下がります。「中国は、平和的な再統一がうまくいかない場合には武力行使の権利を留保するとしています。それを非難しますか」と。

アンワル首相は答えます。「マレーシアを例に答えましょう。1つの州が離脱を決めたと。我々は軍事力(force)を使うか?私は国の尊厳と統一を守ると思いますよ」

インタビュアーが確認します。

「つまり、あなたは軍事力を使うと?」

「はい。そうしなければ、国は分裂する……あなたは私に何を言わせたいのですか?」

これは日本人が一般的に考えるような「インタビュー」ではありません。かなり強い主張をインタビュアーがぶつけ、回答に反論し、矛盾を突き、相手を追い込むような世界標準のスタイルです。

その後、この件について、アンワル首相は8月20日に記者団に対し、「一つの中国政策は(国交を回復した)ラザク時代からだ。この政策は維持されており、われわれはそれを実践している。そして当然、平和的な道を探すべきだと考えている」と述べました。

マレーシア政府の台湾に対する立場は、政権によって揺れてきました。

2016年にナジブ首相が訪中した際の共同声明では一つの中国という政策を維持し「両岸関係の平和的発展と中国の平和的統一を支持する」と述べました。

2018年のマハティール首相の訪中では、一つの中国という政策を維持するとだけ述べ、統一については語りませんでした。

2024年のアンワル政権下での李強首相の訪馬では一つの中国という政策の維持に加えて「マレーシアは、中国が国家統一を実現するためには、台湾が中華人民共和国の不可侵の一部であることを認識しており、台湾の独立を求めるいかなる主張も支持しない」と踏み込みました。2025年の習近平国家主席訪馬の際の声明でも、ほぼ2024年の立場を繰り返しました。

つまり、「一つの中国」というマレーシアの立場自体は一貫しています。ただし、その先の表現は政権ごとに異なり、ナジブ期には「平和的統一の支持」が語られ、マハティール期には統一への言及が消え、アンワル期には「平和的」の語が落ちています。

今回のアンワル首相の発言は、2024年および2025年の共同声明と整合的です。中国の台湾武力統一に直接的に言及したのではなく、もしマレーシアならば、と語ったものです。それでも言い過ぎたと思ったのか、直後に「何を言わせたいのですか?」と言葉を濁しています。

では、なぜアンワル政権は2024年に中国に対して一歩譲歩したのでしょうか。2024年は台湾で頼清徳総統が就任、2025年にマレーシアと中国の国交樹立50周年を控えていました。。

アンワル首相は、台湾問題での立場変更を比較的コストの低いカードとみていた可能性があります。こうした大国への譲歩は、小国マレーシアのバランス外交において不可避な代償です。実際、2025年の米馬相互貿易協定(ART)でも、経済安全保障面で大幅な妥協を行っています。

以上のように、今回のアンワル発言は従来の立場から逸脱したものではなく、譲歩自体は2024年の時点で行われていました。中立外交は「孤高」に映りがちですが、実際には全方位に適切に「媚びる」技術こそが求められるのです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第599回 バンク・イスラムの会長が交代

第599回 バンク・イスラムの会長が交代

Q: バンク・イスラムの新会長に就任した人物は?

A: マレーシアのバンク・イスラムが証券取引所に提出した書類によると、6年間会長を務めた元財務省・運輸省事務次官のイスマイル・バカール氏が8月22日に退任し、新たにワン・モハマド・ファズミ氏が27日付で独立非執行会長(independent non-executive chairman)に着任した。

ファズミ氏は60歳のマレーシア人で、オーストラリアのRMIT大学で経済学の学士号を取得、その後は米ペンシルベニア大学やオックスフォード大学では経営学を学んだ。その後、30年以上にわたりマレーシアの金融業界に携わってきた。主要な経歴としては、民間ではメイ・バンクやRHB銀行の上級管理職、チューリッヒ・タカフル・マレーシアやチューリッヒ・ゼネラル・タカフル・マレーシアなどの取締役、日系銀行のマレーシア現地法人の会長などを歴任した。政府系金融機関ではアグロバンクの社長兼CEO、マレーシア開発銀行の独立非執行取締役、さらにラブアン金融サービス庁の会長の経験もある。

長年のキャリアの中でもイスラム金融への関わりが深く、イスラム金融専門家公認協会のイスラム金融公認専門家の資格を有する。また、アグロバンク在籍中の2016年には、グローバル・イスラム金融アワードの最優秀CEO賞を受賞した。このときは、アグロバンクも農業分野におけるイスラム式のマイクロファイナンスを推進した功績で最優秀イスラム金融事例賞を授与されている。

独立非執行会長とは日本ではあまり聞きなじみのない役職だが、取締役会の議長であるが会社や株主から独立しており、会社の日常的な業務を行わない非常勤的な立場である。バンク・イスラムのウェブサイトでは、すでに同氏について経営陣の紹介ページにて最初に取り上げている。同職が最高職であることを示すものである。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。