【総点検・マレーシア経済】第533回 マレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値は5.2%、予想を大幅に上回る。なぜ?

第533回 マレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値は5.2%、予想を大幅に上回る。なぜ?

 

10月17日、統計局はマレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値を5.2%と発表しました。これは、第2四半期の4.4%から大幅な上昇で、ブルームバーグは「最も強気な予想よりも良かった」と伝えました。筆者も第3四半期のGDPは意外に底堅く、4.6%程度までは持ち直す可能性があると考えていましたが、5%を超えるような成長は予想外でした。

筆者が持ち直しを予想していたのは、卸売・小売数量指数が底堅く推移していたのと製造業生産指数も横ばいのなかで、8月の鉱業生産指数が大幅に上昇したために、これによる上振れがあると考えていたためです。ところが、蓋を開けてみると予想していたよりもずっと大幅な上昇になりました。なぜでしょうか。

図はマレーシアの2025年第2四半期と第3四半期の経済成長率を産業別の寄与度に分解したものです。両期間とも、サービス業が3%程度、製造業が1%程度、建設業が0.5%程度の成長を担っています。それに農業を足してみると、第2四半期は4.7%成長、第3四半期は4.6%成長という数字が出てきます。

問題は鉱業で、実は鉱業はマレーシアのGDPのうち今でも5〜6%を占めています。第2四半期は鉱業が5.2%減となったため、GDP全体を0.3%押し下げていました。これが、第3四半期は鉱業が10.9%の上昇に転じたため、計算するとGDP全体を0.6%も押し上げていたのです。つまり、鉱業がマレーシアのGDP全体に与える影響をきちんと計算していれば、今回の5%を超える成長率も予想できたことになります。

それでは、なぜ鉱業のGDPが第2四半期は5.2%減、第3四半期は10.9%増と極端に振れたのでしょうか。バンクネガラの第2四半期のGDPについてのコメントを見ると、鉱業の落ち込みは「計画されたメンテナンス(planned maintenance)」のため、とされています。

調べてみると、ビンツルのLNGプラントが4月30日から5月29日まで計画的なメンテナンスのための操業停止を行っています。実際、これを反映するかたちで5月の鉱業生産指数は前年同月比で10.2%減となっています。第3四半期については、このメンテナンスが終了したため、バックオーダーを解消するために増産を行ったと推測され、その影響でGDPが大幅増になったものと推測します。

ということで、5%台のGDP成長率は(まだ仮ですが)よく調べれば分かったことで、これを誰も予想できなかったということは、自分も含めていかにきちんと数字を見ていないか、ということで反省が必要です。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第579回 イスラム式クラウドファンディングの可能性

第579回 イスラム式クラウドファンディングの可能性

Q: マレーシアでイスラム式クラウドファンディングが普及するためには?

A: 企業や個人が資金調達を行う手段であるクラウドファンディングの普及が進んでいるが、中にはイスラム式を謳うプラットフォームも存在する。イスラム式とは、「モスクの建設費用を集める」など目的がイスラムに適うとともに、調達した資金をイジャーラ(リース)方式で運用して出資者に分配するなど手段がイスラムに則ったものを指す。このようなイスラム式クラウドファンディングは、マレーシアではどのように発展していくかについて、2024年に研究論文が発表された。

トレンガヌ州のスルタン・ザイナル・アビディン大学のムハンマド・シャフルル・イフワート・イシャク准教授らの研究チームは、クラウドファンディングやイスラム銀行等で働く7名の実務家・専門家に対して聞き取り調査を行い、マレーシアにおけるイスラム銀行とクラウドファンドの発展を探った。調査結果から明らかになったことは、調査対象者がイスラム式クラウドファンディングを通じて多くの資金がイスラム金融市場に流入していると認識している、という点だ。また、両者は競合関係になるとはみておらず、むしろ補完関係だとみなしている。

根拠としては、クラウドファンディングを利用するスタートアップ企業や中小企業の中は、イスラム銀行から融資を受けられなかった事例が多いため、クラウドファンディングとイスラム銀行が借り手を奪い合ってはいないとしている。また、クラウドファンディング自体がイスラム銀行を利用していることから、足りないものを互いに補いあっているといえる。

クラウドファンディングの課題は、銀行融資ならば必須の企業へのモニタリングや、イスラム法によるガバナンスが徹底されていない恐れがあるため、この点をどう強化するかが、クラウドファンディングへの信頼に繋がると、専門家らは見ている。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第910回:中小企業の両利き経営(13)デジタル化はいつ導入すべきか?

第910回:中小企業の両利き経営(13)デジタル化はいつ導入すべきか?

前回は、グリーン・イノベーションとオープン・イノベーションの関係についてでした。両者が相互に強化し合う正のフィードバック・ループを形成することで、企業の両利き能力や持続可能性が高まることが期待できます。

今回は、中小企業におけるデジタル化の導入意義とその時期についてです。両利き経営は、中小企業の環境負荷低減を目的としたグリーン・イノベーションやサステナビリティへの取り組みと関連し、特に長期的視点からその重要性が高まります。資源に制約のある中小企業は、オープン・イノベーションを通じて両利き経営を実現できますが、コストが高いため、デジタル化によって低コスト化を図る必要があります。また、そのためには人材や資金ネットワークの支援が欠かせません。

中小企業は依然としてデジタル技術の導入に慎重であり、投資不足や不確実性が障壁となっています。しかし、デジタル・プラットフォームの能力を高めることで、成長を促す可能性があります。特にデジタル化とオープン・イノベーションを統合し、両利き経営を促進できれば、グリーン・イノベーションと企業業績の向上を同時に実現でき可能性があります。日本では多くの中小企業が脱炭素化に取り組んでいますが、人材や知見の不足、排出量の可視化の困難さなどが障害となっています。デジタル化はこれらの課題を解決し、内部資源の効率化や外部資源の活用を通じてグリーン・イノベーションを推進する有効な手段になり得ます。

また、デジタル化は企業間や大学などとの連携を強化し、オープン・イノベーションの成果を高める可能性があります。そのためにはAIなどのデジタル技術に精通した人材の確保が必要であり、政策的支援も重要です。両利き経営はすべての企業に適するわけではありませんが、将来志向的な戦略として有効であり、国家や社会全体の持続可能性に貢献する可能性があります。

 

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a sustainable society. A narrative review considering digitalization, open innovation, human resources and green innovation. Next Research, 100839. https://kwnsfk27.r.eu-west-1.awstrack.me/L0/https:%2F%2Fauthors.elsevier.com%2Fa%2F1lqFZArcH5v%257EhR/1/010201997bdd92dc-2f55d85f-3f6a-4e09-a50f-d2029cba34fb-000000/-j2abMH3tXcKZD4AoMaphgExEJk=445

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第532回 2026年予算発表、その特徴は

第532回 2026年予算発表、その特徴は

10月10日、マレーシアの2026年予算が下院に上程されました。税収は2025年見込みより2.7%増の3431億リンギの見込みとなっています。経常支出は1.8%増に抑え、開発支出も810億リンギと前年の800億リンギからほぼ横ばい、結果として財政赤字のGDP比は2025年の3.8%から3.5%に減少する見込みです。

税収の伸びは、SST(11.6%増)、所得税(9.4%増)、法人税(6.5%増)の増収に支えられています。一方で、ペトロナスによる配当は前年の320億リンギから200億リンギへと大きく減少し、政府の投資収入全体でも504億リンギから367億リンギへと137億リンギの大幅減となる見込みです。それでも、税収全体としては経済成長や細々とした増税、優遇政策の廃止などの積み重ねで2.7%増を確保しています。

 

経常支出は3382億リンギと前年の3322億リンギから1.8%増に抑えられていますが、それに貢献したのが補助金の改革です。9月末のRON95の改革で一巡した補助金改革によって、補助金・社会扶助は前年の571億リンギから490億リンギと14.1%減となっています。2024年は674億リンギだったので、2年間で184億リンギを削減したことになります。一方で、公務員給与や退職金の支払い、債務の支払いなどはジワジワ増加しています。

 

開発支出はほぼ横ばいですが、金額として大きく増えているのは交通分野で、これはインフラ開発関連が増加するためです。一方で、大幅に減少しているのは農業分野で、前年の29.4億リンギから5.5億リンギに81.3%も減少しています。ただ、これは灌漑・排水事業が環境分野に、農業融資が金融分野の支出として再分類されたことが原因で、実質的な減少ではありません。

 

財政赤字を抑えるための、細かいやりくりに加えて、財政再建に貢献していると思われるのは治安(Security)部門への支出が117.4億リンギと前年の118.6億リンギから1%減少していることです。国防関連に絞っても78億リンギから80億リンギへの微増に留まっています。地政学的な変化にともなって世界中で防衛費が大幅に増加している中で、それがほとんど横ばいですんでいることは財政への負担を軽くしています。ASEAN諸国との友好関係、また、ASEAN自体の中立性が大きく貢献していると言えます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第578回 FINDEX2025にみる東南アジアの銀行利用(2)

第578回 FINDEX2025にみる東南アジアの銀行利用(2)

Q: マレーシアの銀行利用の状況は?

A: 世界銀行グループが7月に公表したFINDEX2025によれば、マレーシアは他の主要国と同様2011・14・17・21・24年の調査結果が公表されている。このうち、2014年と2024年を比較してみたい。年平均5%の経済成長から一転、コロナ禍とそこからの回復をみた期間を通じての、個人の銀行口座保有率の変化である。

2014年の従来型銀行・イスラム銀行を問わず銀行口座保有率(15歳以上)は81%だった。2024年の同比率は89%なので、10年間で8ポイント増加したことになる。ただ、同比率は2021年には88%であったため、2010年代後半に銀行保有者が増え、ここ3年は頭打ちの状態のようだ。

2024年の属性別の保有率をみてみると、全体の89%より高い90%を超える属性は、都市居住者(90%)、有職者(92%)、所得階層上位60%の層(93%)、中等教育卒かそれ以上の学歴保有者(92%)である。「都市に住む高学歴で平均以上の所得がある有職者」ほど、銀行口座を保有する傾向にあると言える。

他方、10年間で8ポイント以上増加した属性は、初等教育卒かそれ以下の学歴保有者(16ポイント増)、15~24歳(11ポイント増)、女性(10ポイント増)であった。「低学歴で若年の女性」の銀行口座の保有が10年で顕著に進んだと言えそうだ。この間、男性の保有率は6ポイントの増加であった。この結果、2024年の保有率は男性89%・女性88%となり、性別間の格差はほぼなくなった。なお、2024年にもっとも保有率が低い属性が、初等教育卒かそれ以下の学歴層(74%)である。今後マレーシア全体において、さらなる銀行口座保有率増加を目指すのであれば、この層に対していかに銀行がリーチしていくかが課題といえよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第531回 緊密化するマレーシアと台湾の貿易関係

第531回 緊密化するマレーシアと台湾の貿易関係

ここ数年の貿易統計を見ると、マレーシアと台湾の貿易関係が緊密化していることが分かります。マレーシアの台湾からの輸入は2020年の461億リンギから2024年にはほぼ2倍の903億リンギに増加し、国別で見ると中国、シンガポール、アメリカに続く第4位となっています。一方、マレーシアから台湾への輸出は2020年の205億リンギから2024年には2.3倍の471億リンギに増加し、国別ではシンガポール、アメリカ、中国、香港、日本に続く6位となっています。

図1はマレーシアと台湾の貿易における半導体(HS8542)の輸出入額と全輸出入に占める比率を示したものです。マレーシアの台湾からの半導体輸入はここ5年で1.6倍に、輸出は2.4倍に増加しています。全輸出に占める半導体の比率は約80%で安定していますが、輸入に占める比率は2020年の80%から2024年には66%に低下し、台湾からの輸入はやや多角化する傾向が見られます。ただし、品目を詳しく見ると、半導体にノートPCやサーバーなど(HS8571)とPC関連の部品(HS8573)を加えると台湾からの輸入の約90%となり、IT関連製品で占められていることは変わりはません。

 

さらにマレーシアと台湾の半導体貿易を詳しく見ると、マレーシアの台湾からの輸入はプロセッサ・コントローラ(45.6%)、IC部品(28.6%)、その他IC(19.2%)と比較的分散しているのに対し、マレーシアの台湾への輸出ではプロセッサ・コントローラが68.4%を占めています。台湾から半導体部品・コンポーネントを輸入し、マレーシアで半導体完成品に組み立てている構造を示唆しています。

 

これは、台湾にTSMCに代表される先端半導体の前工程が集中している一方、マレーシアでは米インテルの後工程や半導体組み立て・テスト(OSAT)の世界最大手である台湾ASE社が進出し、後工程の集積地となっていることとも整合的です。企業レベルでは、例えばインテルはノートPC向けプロセッサのCore Ultra(Meteor Lake)において、GPUやインターフェイス部分の「タイル」の生産をTSMCに委託しています。

 

インテルは近年、前工程の微細化が停滞し、経営不振に陥っています。しかし、9月18日にAI半導体最大手のNVIDIAがインテルに50億ドルを出資することが発表され、AIデータセンター向けのNVIDIA製品にインテルのCPUが統合される方針が示されました。NVIDIAは台湾TSMCの主要顧客でもあることから、前工程を担う台湾と後工程を担うマレーシアの協業関係は今後さらに深まることが予想されます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第577回 FINDEX2025にみる東南アジアの銀行利用

第577回 FINDEX2025にみる東南アジアの銀行利用

Q: 世界銀行がFINDEX2025を公表しましたが、内容は?

A: 世界銀行はFINDEX2025を7月に公表した。これは世界中の人々を対象として、銀行の利用状況をアンケート調査したものである。これまで2011年・14年・17年・21年・24年とコロナ禍の2020年を除き3年おきに調査を実施しており、今回のFINDEX2025は2024年の調査結果の公表である。

東南アジアでは毎回、ブルネイと東ティモールを除く9カ国が調査対象である。なおミャンマーは、今回調査は行われなかった。

「銀行や金融機関に口座を保有しているか?」という基本的な質問に始まり、有無の理由やサービスの種類・利用状況などを、年齢・性別・居住地・学歴・職の有無といった属性ごとにデータを集計・公開している。また今回新たに、スマートフォンに紐付いた電子マネーの利用状況についても、詳しく質問している。他方、以前には問われた「宗教上の理由で口座を持たない」といった宗教関連の項目が、今回はなくなった。

データによると、2024年の世界の銀行口座保有率は78.7%で、前回2021年の調査に比べて4.9ポイント増加した。東南アジア諸国でこの割合を上回っている国は、シンガポール(98.0%)、タイ(91.8%)、マレーシア(88.7%)の3カ国であった。他方、平均値は下回ってはいるものの過半数が保有している国はベトナム(70.6%)、インドネシア(56.3%)、フィリピン(50.2%)で、ラオスとカンボジアは40%以下であった(ミャンマーはデータなし)。

2021年と比較すると、3年間で世界平均と同等以上に割合が高まった国はインドネシア、ベトナム、カンボジアの3カ国のみで、他の国は前回と大きな変化はなかった。コロナ禍以前より高止まっていた国、コロナ禍でも保有者が増えた国など、傾向に差が表れる結果となった。(次回に続く)

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第909回:中小企業の両利き経営(12)グリーン・イノベーションとオープン・イノベーション

第909回:中小企業の両利き経営(12)グリーン・イノベーションとオープン・イノベーション

前回は、財務資源を確保することで、企業は競争優位を構築するために必要なイノベーションに戦略的に投資することが可能になるというお話でした。今回は、グリーン・イノベーション(地球に優しい技術に関するイノベーション)とオープン・イノベーション(様々な主体との協力によるイノベーション)の関係についてです。

グリーン・イノベーションは、オープン・イノベーションを促進する可能性があります。なぜなら、環境に配慮したビジネス戦略を追求するには、中小企業がそうした活動に関心と知識を持つステークホルダーと連携する必要があるからです。例えば、エクアドルの中小企業543社を対象とした調査では、自然、気候変動、汚染、生物多様性、原材料・水・エネルギーの無駄の削減といった環境保護への取り組みは、外部の情報源(顧客、研究機関、ネットワーク、大学など)からの知識獲得、従業員の研究開発への参加、特許やロイヤリティの活用、競合他社との相乗効果やパートナーシップの形成といったオープン・イノベーション活動を促進し、イノベーションのパフォーマンスを高めることがわかりました。

一方、インドネシアの中小企業を対象とした調査では、オープン・イノベーションは多様なステークホルダーとの連携を促進することで、グリーン・イノベーションにプラスの影響を与える可能性があることが示されました。関連して、マレーシアの中小企業345社を対象とした調査の結果は、中小企業がオーケストレーションを通じて持続可能性と競争力のトレードオフに対処できる可能性を示唆しています。さらに、290人の中国企業幹部を対象とした調査に基づく研究では、社内の情報共有と社外との連携を強化することが環境イノベーションの促進に不可欠であると結論付けられています。

グリーン・イノベーションとオープン・イノベーションが相互に強化し合う正のフィードバック・ループを形成することで、企業の両利き能力や持続可能性が高まることが期待できます。

本連載記事に関係する論文が、以下のURLから全文無料でアクセス可能です(2025 年 11 月 13 日まで)。

https://kwnsfk27.r.eu-west-1.awstrack.me/L0/https:%2F%2Fauthors.elsevier.com%2Fa%2F1lqFZArcH5v%257EhR/1/010201997bdd92dc-2f55d85f-3f6a-4e09-a50f-d2029cba34fb-000000/-j2abMH3tXcKZD4AoMaphgExEJk=445

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a sustainable society. A narrative review considering digitalization, open innovation, human resources and green innovation. Next Research, 100839. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S3050475925007067

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第530回 8月の輸出は前年同期比1.9%増、駆け込み輸出終了か

第530回:8月の輸出は前年同期比1.9%増、駆け込み輸出終了か

9月19日、統計局はマレーシアの8月の輸出を前年同期比1.9%増の1316億リンギと発表しました。2024年後半から、マレーシアの輸出にはトランプ関税導入前の駆け込み輸出的な動きが現れ始めましたが、2025年7月31日にマレーシアについて19%の相互関税率が発表されたことで、駆け込み輸出は終了したものとみられます。

図1はマレーシアの輸出先上位3カ国であるシンガポール、米国、中国について月次の輸出額の推移をみたものです。第2次トランプ政権が現実味を帯びてきた2024年半ばから、マレーシアの米国向け輸出は大幅に増加してきました。2024年通年の米国向け輸出額は2008年以来16年ぶりに中国を上回り、2025年4月2日の相互関税率発表を控えた3月には前年同月比50.8%増と大規模な駆け込み輸出が見られました。

 

相互関税は基本税率である10%を除いて一旦延期され、8月から再び新たな相互関税が課されることになっていましたが、それを控えた7月には、米国向け輸出は3.8%増とそれほど増加しなかったのに対し、シンガポール向けの輸出が22.2%増と大幅に増加しました。

 

マレーシアの8月の輸出額を国別に見ると、シンガポール向けが1位で2.7%増、中国向けが2位で10.4%増であったのに対し、米国向けは16.7%減となり、2024年9月以来11カ月ぶりに輸出額が中国を下回りました。

 

マレーシアにとって気がかりなのは、半導体に対する高率の関税をトランプ大統領が繰り返しほのめかしていることです。最近では8月6日に、米国に輸入される半導体のほぼすべてに100%の関税を課すと発言し、8月15日には半導体関税を200%または300%にすると述べています。米国に工場を建設することをコミットした企業について関税を免除すると述べており、マレーシアから米国への半導体輸出の3分の2程度は関税免除になるものと思われますが、当然影響はゼロではありません。

図2は半導体を含む電子・電機製品の輸出額の推移を過去3年間についてみたものです。2024年12月頃から輸出の増加が見られ始め、2025年3〜4月、さらに7月には駆け込み輸出とみられる大幅な増加がありました。しかし、8月には一旦落ち着いています。

 

今後も、半導体に対する高率の関税、さらに40%の関税が課されることになっている積み替え輸出(Transshipment)に関する米国の規制次第では、再び大規模な駆け込み輸出が発生する可能性は残っています。ただし、7月31日に相互関税率が正式に発表されたことで、駆け込み輸出は一旦は収まったものと考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第908回:中小企業の両利き経営(11)財政的制約と経営の専門知識

第908回:中小企業の両利き経営(11)財政的制約と経営の専門知識

前回は、デジタル化により高度人材の日常業務の負担が軽減されることで、新しいアイデアの生成やイノベーションが刺激される可能性があることを述べました。

関連して、302社のオンライン小売業者を対象とした研究では、人工知能(AI)によるデジタル従業員の導入が、探索的および深化的なグリーン・イノベーションの双方にプラスの影響を与え、その結果として将来の持続可能なイノベーション・パフォーマンスを高めることが示されました。AI技術の急速な進歩に伴い、関連技術に精通したデジタル従業員は、イノベーション・プロセスの変革や、組織内外でのネットワーク構築において、ますます重要な役割を果たすようになると考えられます。

このように、デジタルインフラのような多用途で費用対効果の高いリソースを活用する能力は、一般的に資源制約に直面している中小企業にとって特に重要です。しかし、中小企業はしばしば財務的制約に直面しており、そのような障害は革新的な活動への投資に深刻な課題をもたらします。特に、限られた資金調達はデジタル化の実施における主要な障壁のひとつです。このことは、中小企業において資金調達の責任を担う人材の必要性を浮き彫りにしています。

財務資源を確保することで、企業は競争優位を構築するために必要なイノベーションに戦略的に投資することが可能になります。具体的には、財務の専門知識を持つ経営トップチームメンバーの任命、ソーシャルネットワークを通じた金融機関との関係構築、これにより資金アクセスを拡大し財務的制約を緩和する、といった戦略が不可欠です。中国の上場製造業中小企業1,303社を対象とした調査では、デジタル化は漸進的イノベーションよりも急進的イノベーションを強く促進し、さらに高度な教育を受けた従業員の存在や経営トップチームメンバーの財務的専門知識がこの関係を強化することが示されました。

 

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a sustainable society. A narrative review considering digitalization, open innovation, human resources and green innovation. Next Research, 100839. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S3050475925007067

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)