【従業員の勤労意欲を高めるために】第913回:どのEQがどのCQを伸ばす? 日本人駐在員184名で判明した“感情的知性 → 文化的知性”の関係(後編)

第913回:どのEQがどのCQを伸ばす? 日本人駐在員184名で判明した“感情的知性 → 文化的知性”の関係(後編)

前回からの続きです。分析の結果、次のことが明らかになりました。

  1. 他人の感情を読み取る力(他者情動評価)が、異文化に関わろうとする意欲(動機づけCQ) と文化に合わせたふるまい(行動CQ) を高める

→ 他人の気持ちに敏感な人ほど、異文化の人とも積極的に関わり、 柔軟に行動を変えられるということです。

  1. 自分の感情に気づく力(自己情動評価)が、メタ認知CQ(状況を振り返って理解を深める力) を高める

→ 自分の状態に気づける人は、 異文化での経験を振り返りながら改善できるという結果です。

  1. 感情を前向きに使う力(情動活用)と、感情を整える力(情動調整)が、

動機づけCQ(異文化に向き合う意欲) を高める

→ 落ち込んでも気持ちを立て直せたり、感情を整えたりできる人ほど、 異文化への挑戦を続けられることが示されています。

  1. EQの力は、性別や海外経験よりも強い予測力を持つ。性別、年齢、海外経験の長さ、 語学力など13項目を統制したうえでも、 EQの側面はCQの側面を有意に説明していました。

→ つまり「異文化で強くなる人」は、 必ずしも海外経験が長い人ではなく、「感情を理解し扱える人」 である可能性が示唆されます。

これらの結果から、赴任前研修で「他者の感情理解」「自己理解」「 感情の調整方法」などを鍛えることが、赴任後の異文化適応(意欲や行動の柔軟性)を高める可能性が高いことが分かります。どのEQを伸ばせば、 どのCQが伸びるのかが初めて明らかになったため、 人材育成や選抜をより効果的に行えるようになると期待されます。

本研究は、 EQの4つの力がCQの4つの力にどのようにつながるのかを初めて統計的に示した研究です。特に「他者の感情理解」「 感情の活用と調整」が、 異文化への意欲と行動に強く影響することが分かりました。 今後は研修や教育の中でEQを効果的に育てることで、 CQを高める新しいアプローチが可能になると考えられます。

 

Kokubun, K., Nemoto, K., & Yamakawa, Y. (2025).
What kind of emotional intelligence enhances what kind of cultural intelligence: Analysis using emotional and cultural intelligence facets of expatriates. International Journal of Intercultural Relations, Volume 110, 102332.
2026年1月16日まで、 以下のURLで全文をご覧いただけます。https://authors.elsevier.com/a/1mApwXTj0QRRa

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第912回:どのEQがどのCQを伸ばす? 日本人駐在員184名で判明した“感情的知性 → 文化的知性”の関係(前編)

第912回:どのEQがどのCQを伸ばす? 日本人駐在員184名で判明した“感情的知性 → 文化的知性”の関係(前編)

前回までは、中小企業の両利きやグリーンイノベーションについてお話しました。中小企業は、持続可能性のための理想の追求と、自社の能力に合わせた現実の追求との間で、両手利きを活用して慎重にバランスを取る必要があります。

さて、今回からは、筆者が発表する論文の内容を順番に紹介したいと思います。今回は、駐在員の「文化的知性(CQ)」 と「感情的知性(EQ)」についてです。

現代の企業では海外赴任や国際的な仕事が増えており、 異文化の中でも上手く働くために必要なCQ と、人の感情を理解してうまく扱うEQ が注目されています。しかし、「どのようなEQの力が、 どのCQの力を高めるのか」 という具体的な関係はこれまでほとんど分かっていません。そこで、 米国およびカや東アジアで働く日本人駐在員184名を対象に調査を行 い、EQとCQのそれぞれの“側面”に着目して、 両者がどのようにつながっているのかを詳しく分析しました。

EQには、主に次の4つの力があります。

  • 自分の感情に気づく力(自己情動評価)
  • 他人の感情を読み取る力(他者情動評価)
  • 感情を前向きに活かす力(情動活用)
  • 感情をうまくコントロールする力(情動調整)

一方、CQにも4つの力があります。

  • 状況を振り返って気づきを得る力(メタ認知CQ)
  • 異文化に関する知識(認知CQ)
  • 異文化で学びたい・関わりたいという意欲(動機づけCQ)
  • 文化に合わせて行動を変える力(行動CQ)

次回に続きます。

 

☆調査概要

WEBアンケートが2023年10月24日から2024年3月2 5日にかけて行われました。東西8カ国・地域(中国、インドネシア、マレーシア、 シンガポール、台湾、タイ、アメリカ、ベトナム)に駐在する23歳から76歳までの女性12 人、男性172人の計184人が参加し、全員のデータが有効回答とされました。調査にご協力くださった方々にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

 

Kokubun, K., Nemoto, K., & Yamakawa, Y. (2025).
What kind of emotional intelligence enhances what kind of cultural intelligence: Analysis using emotional and cultural intelligence facets of expatriates. International Journal of Intercultural Relations, Volume 110, 102332.
2026年1月16日まで、 以下のURLで全文をご覧いただけます。https://authors.elsevier.com/a/1mApwXTj0QRRa

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第535回 米マレーシア貿易協定解説(2)

第535回:米マレーシア貿易協定解説(2)

10月26日、ASEAN首脳会議に合わせてマレーシアを訪問したトランプ大統領とアンワル首相の間で「米国・マレーシア相互貿易協定(Agreement between the United States of America and Malaysia on Reciprocal Trade)」が締結されました。

この協定についてマレーシア国内で批判の声が上がっています。最大のポイントは「米国の経済安全保障政策にマレーシアが強制的に組み込まれる」という懸念です。実際に、米馬貿易協定の5.1条には経済安全保障に関連するかなり拘束力が強い項目が含まれています。

まず、第1項では米国が貿易関連の経済安全保障措置を発動し、それをマレーシアに通知した場合、マレーシア側は「米国が採った措置と同等の制限効果をもつ措置を採用・維持するか、または両国にとって受け入れ可能な実施スケジュールに合意するものとする」とされています。

これは、例えば米国が中国に対して特定の半導体の輸出規制を導入し、マレーシアに同様の措置をとるように通知した場合、マレーシア側はほぼ同様の措置をとる義務があることを意味し、これまで米中対立に中立的であったマレーシアの貿易政策の自律性が大きく低下します。

これについて、ザフルル大臣は、マレーシアが米国の安全保障措置に同調する義務を負うのは、「『共有された』経済・国家安全に対する懸念(”shared” economic or national security concern)」に対応する場合に限られると条文に記載されていると反論しています。

確かに条文にはそうした文言があり、マレーシア側は「共有された(shared)」という単語を「経済・国家安全に対する懸念」の前に挿入することを交渉によって認めさせたと筆者は推測します。条文通りに読めば、例えばマレーシアがイランの核開発については米国の懸念を共有していないと主張すれば、米国のイランへの貿易制裁に同調する必要はなくなります。

ただ、これはあくまで条文上の話であり、米国市場への低関税アクセス権を米国側に握られているという力関係を考えれば、実際にこうした議論を展開することは難しいでしょう。実際、この米馬貿易協定には「いずれの当事国も、他方当事国宛に書面による通知をもってこの協定を解除できる。解除は通知の日から180日後に効力を生ずる」とする解除条項が付されています。

マレーシア政府はこの条項を「嫌ならばマレーシア側はいつでも抜けられる」として批判に反論していますが、その場合、条文で約束されたパーム油などへの関税免除の権利が無効になるため、実際にマレーシア側からこの協定を破棄することはコストが高すぎるため考えられません。

マレーシア側は交渉の過程で、条文に「共有された」懸念という限定的な単語を認めさせたものの、実際の力関係、あるいはトランプ政権の外交姿勢を考慮すると、こうした外交文書上の巧妙な工夫が意味を持つ可能性は低いと考えられます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第581回 バンク・イスラム、大学生の人気就職先に選出

第581回 バンク・イスラム、大学生の人気就職先に選出

Q: バンク・イスラムが大学生の就職先として人気のようですが?

A: マレーシアの大学生の間で、バンク・イスラム(BIMB)が就職先として人気が非常に高いことが明らかとなった。自分が成長できることや良い給料が期待できること、雇用が安定していることなどが、大学生などから評価されたようだ。

GTIメディア・マレーシアが、2025年1~9月に公私大の大学生・卒業生5.1万人余りを対象として、就職希望の企業や就活で重視する事柄に関するアンケートを行った。この結果BIMBは、石油産業のペトロナス社、会計法人のアーンスト・アンド・ヤング、商社のDKSHホールディングス、アライアンス銀行や保険会社、何より9年トップだったメイバンクを抜いての1位となった。

アンケートを行った同社の担当者によれば、マレーシアの大学生・卒業生が就職先を選ぶにあたり重視するポイントは、強力なリーダーシップがあること、給与が良いこと、ワークライフバランスが取れること、自分自身の成長の機会があること、雇用が安定していること、などであった。そのためアンケートの上位を占めた企業は、キャリア展望が開けており、そのことを就活で学生にアピールしたことが功を奏した分析している。

今回のアンケートでは新しい傾向がみられた。キャリアアップのためには海外でも就職活動を行うこと、メンタルヘルスサポートが充実していることを挙げた回答者が半数以上であり、特に82%は倫理的な慣行を重視し、76%は社会的に意義のあるキャリアを求めている。また、66%がAIの導入によって自身への影響があるのでは、との懸念を抱いる。マレーシアの担当者は、AIが普及する今だからこそ、批判的思考能力、共感する力、適応能力、好奇心といった対人関係を中心とするスキルを磨き、AIには真似できないことを身につけるべきだと、学生にアドバイスを送っている。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

ミスターDIYとワトソンズ、世界的なブランディング賞を受賞

【クアラルンプール】 ブランド力に優れた企業を称える「第20回ワールド・ブランディング・アワーズ」の表彰式が17日、大阪市立美術館で開催され、マレーシアからはミスターDIYとワトソンズがリージョナル部門で受賞した。

アワーズの主催はロンドンに本拠を置く非営利組織ワールド・ブランディング・フォーラム(WBF)。ロンドン以外で初の授賞式開催となった今年は、66カ国から1092以上のブランドが「ブランド・オブ・ザ・イヤー」にノミネートされた。

リージョナル部門は、3つ以上の地域市場かつ4カ国以上で影響力があるブランドに贈られるもので、ミスターDIYとワトソンズは、ほかの世界的な18企業とともに選出された。

また、ナショナル部門で、政府系電力会社のテナガ・ナショナル(TNB)、ZUSコーヒー、スナック菓子の「マンチーズ」が受賞。乳製品部門のブランド・オブ・ザ・イヤーでは「ファームフレッシュ」が2022年に続き3度目の受賞となった。
(ザ・スター、11月18日、ベルナマ通信、11月19日、WBF発表資料)

【総点検・マレーシア経済】第534回 米マレーシア貿易協定解説(1)

第534回:米マレーシア貿易協定解説(1)

 

10月26日、ASEAN首脳会議に合わせてマレーシアを訪問したトランプ大統領とアンワル首相の間で「米国・マレーシア相互貿易協定(Agreement between the United States of America and Malaysia on Reciprocal Trade)」が締結されました。この協定には、マレーシア側が米国に対して行った関税・非関税障壁に関する譲歩だけでなく、マレーシア側が米国から得た関税面での譲歩も含まれているため、形式的にはFTAとみなせるものです。

 

実質的にはマレーシア側の片務的な譲歩という性格が強いにもかかわらず、この貿易協定はなぜ「相互(Reciprocal)」を称し、FTAの形式を取っているのでしょうか。筆者は、もしマレーシアが米国に対して行った譲歩がFTAによるものでない場合、WTOの最恵国待遇(MFN)原則により、他のすべてのWTO加盟国に米国と同じ好待遇を与えなければならなくなるためであると見ています。

 

FTAはWTOのMFN原則の例外とされるため、FTA内で行った譲歩をFTA相手国に限ることが許されます。したがって、今回の米国に対するマレーシア側の譲歩について他国はWTOのMFN原則を唱えて同様の待遇を求めることができません。米国はマレーシア側が行った譲歩を独占できることになります。

 

この協定においてマレーシアは米国に対して多くの譲歩を行っています。化学製品、機械・電気機器、金属、乗用車、乳製品、園芸製品、鶏肉、豚肉、米、燃料エタノールなど広範な品目で関税の引き下げ・撤廃を行っています。即時撤廃品目のほか、5年・9年かけて段階的に撤廃される品目もあります。また、豚肉、牛乳・クリーム、鶏肉などに対して無税輸入枠が設定されています。

 

あまりニュースになっていませんが、注目されるのは米国製自動車について排気量に関わらず物品税(excise duty)の最低税率を適用することになっている点です。例えば、Jeep Grand Cherokeeをマレーシアに輸入した場合の物品税は通常125%となりますが、この協定により同カテゴリー内の最低税率である80%が適用されることになります。さらに通常はAPによって制限されている輸入車の台数上限からも米国車は除外されること、米国の安全基準・排出基準を満たした自動車をマレーシアがそのまま受け入れることになっています。

 

米国の自動車メーカーでマレーシアにおいて2024年に最も売れたのはフォードの6232台(シェア0.8%)であり、マレーシアの自動車市場に大きな影響を及ぼすとは考えにくいものの(あるいは考えにくいため)、自動車分野においてマレーシアはほとんど全面的に米国へ譲歩したと言えます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第580回 馬企業の沖縄リゾート開発にイスラム金融活用

第580回 馬企業の沖縄リゾート開発にイスラム金融活用

Q: 日本でのリゾート開発にイスラム金融の資金が活用されるそうですが?

A: マレーシアの政府系金融機関であるマレーシア輸出入銀行が11月に明らかにしたところによると、マレーシア大手不動産開発業者のブルジャヤ・グループが手がける沖縄県のリゾート開発に対して、イスラム式を含めた融資を行うことになった。

マレーシア側の報道や当事者のメディア発表等によると、ブルジャヤ・グループは沖縄県恩納村にフォーシーズンズ・リゾート・アンド・プライベート・レジデンス沖縄(フォーシーズンズ沖縄)を総工費約1,000億円かけて2027年に開業することを、2024年に発表した。ブルジャヤ・グループは、これまでにも京都でフォーシーズンズ・ホテルを手掛けた実績がある。今回明らかになったのは、総工費のうち7,000万米ドル分が、輸出入銀行からの融資となるというものである。輸出入銀行には、連邦政府の2026年予算で輸出振興を目的としたファンド(スキム・エクスポート・ロンジャカン)が創設され、この一部を活用する融資となった。同ファンドをめぐっては、中国やオーストラリアの金融機関との提携も発表されており、同様の貿易保険スキームとも連携してマレーシア企業の輸出を促進していく。

今回の融資のもう一つ特徴的な点として、イスラム式であることである。ムダーラバやムラーバハなどの具体的な契約手法と、融資対象案件にどの程度イスラム法が適用されるかは、発表や報道内容からは不明である。一般的にイスラの金融の分野では、リゾートホテル・ビジネスはエンターテインメント要素が強くイスラム法に抵触する恐れがあるのではと、注意が払われている業種である。

フォーシーズンズ・ホテルは世界的に著名な高級ホテル・ブランドで、沖縄県には初めての進出となる。開業は2027年7月の予定である。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第911回:中小企業の両利き経営(14)中小企業へのアドバイス

第911回:中小企業の両利き経営(14)中小企業へのアドバイス

前回は、中小企業におけるデジタル化の導入意義とその時期についてでした。デジタル化は企業間や大学などとの連携を強化し、オープン・イノベーションの成果を高める可能性があります。

さて、これまで見たように、中小企業は、財政的制約に直面しながらも、既存の技術を活用し続けることで短期的な業績を維持すると同時に、限られた資源が許す範囲で、世界的な課題であるグリーンイノベーションに向けた探求力を強化することが求められています。そのために、中小企業はデジタル化、オープン・イノベーション、人材を組み合わせた戦略を採用する必要があります。

例えば、デジタル技術の導入に伴うコスト増加によるマイナス効果は、高度なスキルを持つ人材が日常業務から解放され、専門知識を必要とする業務により多くの時間を割くことができるようになるというプラスの効果によって相殺される可能性があります。同様に、オープン・イノベーションの実施に伴うオーケストレーションコストの上昇による悪影響は、グリーンサプライチェーンの整備による潜在的なビジネスパートナーの拡大によるプラスの効果によって相殺される可能性があります。さらに、AI テクノロジーの進化と普及は、社内外のネットワークとコラボレーションを再構築することで、組み合わせ戦略を根本的に変革する可能性があります。各戦略の有効性を個別に評価するのではなく、戦略の複合的な有効性を評価することで、費用対効果の閾値が低くなり、中小企業は深化戦略への過度の依存から、動的なエコシステムを活用した探索戦略により積極的に移行できるようになります。

多くの中小企業は、ビジネスパートナーや消費者を含むステークホルダーの期待に応えるために、グリーンイノベーションを受動的に導入する傾向があります。しかし、これが探索モードへの転換を誘発し、同時に高い企業業績につながるかどうかは、まだ実証研究がほとんど確認されていません。したがって、グリーンイノベーションを性急に導入すると、探索戦略に過度に焦点を合わせて過剰投資が発生し、失敗の罠につながる可能性があります。したがって、中小企業は、グリーンイノベーションによる持続可能性の理想的な追求と、既存のテクノロジーを自社の能力に合わせた方法で活用する段階的なイノベーションの現実的な追求との間で、両手利きを活用して慎重にバランスを取る必要があります。

 

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a sustainable society. A narrative review considering digitalization, open innovation, human resources and green innovation. Next Research, 100839. https://kwnsfk27.r.eu-west-1.awstrack.me/L0/https:%2F%2Fauthors.elsevier.com%2Fa%2F1lqFZArcH5v%257EhR/1/010201997bdd92dc-2f55d85f-3f6a-4e09-a50f-d2029cba34fb-000000/-j2abMH3tXcKZD4AoMaphgExEJk=445

 

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第533回 マレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値は5.2%、予想を大幅に上回る。なぜ?

第533回 マレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値は5.2%、予想を大幅に上回る。なぜ?

 

10月17日、統計局はマレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値を5.2%と発表しました。これは、第2四半期の4.4%から大幅な上昇で、ブルームバーグは「最も強気な予想よりも良かった」と伝えました。筆者も第3四半期のGDPは意外に底堅く、4.6%程度までは持ち直す可能性があると考えていましたが、5%を超えるような成長は予想外でした。

筆者が持ち直しを予想していたのは、卸売・小売数量指数が底堅く推移していたのと製造業生産指数も横ばいのなかで、8月の鉱業生産指数が大幅に上昇したために、これによる上振れがあると考えていたためです。ところが、蓋を開けてみると予想していたよりもずっと大幅な上昇になりました。なぜでしょうか。

図はマレーシアの2025年第2四半期と第3四半期の経済成長率を産業別の寄与度に分解したものです。両期間とも、サービス業が3%程度、製造業が1%程度、建設業が0.5%程度の成長を担っています。それに農業を足してみると、第2四半期は4.7%成長、第3四半期は4.6%成長という数字が出てきます。

問題は鉱業で、実は鉱業はマレーシアのGDPのうち今でも5〜6%を占めています。第2四半期は鉱業が5.2%減となったため、GDP全体を0.3%押し下げていました。これが、第3四半期は鉱業が10.9%の上昇に転じたため、計算するとGDP全体を0.6%も押し上げていたのです。つまり、鉱業がマレーシアのGDP全体に与える影響をきちんと計算していれば、今回の5%を超える成長率も予想できたことになります。

それでは、なぜ鉱業のGDPが第2四半期は5.2%減、第3四半期は10.9%増と極端に振れたのでしょうか。バンクネガラの第2四半期のGDPについてのコメントを見ると、鉱業の落ち込みは「計画されたメンテナンス(planned maintenance)」のため、とされています。

調べてみると、ビンツルのLNGプラントが4月30日から5月29日まで計画的なメンテナンスのための操業停止を行っています。実際、これを反映するかたちで5月の鉱業生産指数は前年同月比で10.2%減となっています。第3四半期については、このメンテナンスが終了したため、バックオーダーを解消するために増産を行ったと推測され、その影響でGDPが大幅増になったものと推測します。

ということで、5%台のGDP成長率は(まだ仮ですが)よく調べれば分かったことで、これを誰も予想できなかったということは、自分も含めていかにきちんと数字を見ていないか、ということで反省が必要です。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第579回 イスラム式クラウドファンディングの可能性

第579回 イスラム式クラウドファンディングの可能性

Q: マレーシアでイスラム式クラウドファンディングが普及するためには?

A: 企業や個人が資金調達を行う手段であるクラウドファンディングの普及が進んでいるが、中にはイスラム式を謳うプラットフォームも存在する。イスラム式とは、「モスクの建設費用を集める」など目的がイスラムに適うとともに、調達した資金をイジャーラ(リース)方式で運用して出資者に分配するなど手段がイスラムに則ったものを指す。このようなイスラム式クラウドファンディングは、マレーシアではどのように発展していくかについて、2024年に研究論文が発表された。

トレンガヌ州のスルタン・ザイナル・アビディン大学のムハンマド・シャフルル・イフワート・イシャク准教授らの研究チームは、クラウドファンディングやイスラム銀行等で働く7名の実務家・専門家に対して聞き取り調査を行い、マレーシアにおけるイスラム銀行とクラウドファンドの発展を探った。調査結果から明らかになったことは、調査対象者がイスラム式クラウドファンディングを通じて多くの資金がイスラム金融市場に流入していると認識している、という点だ。また、両者は競合関係になるとはみておらず、むしろ補完関係だとみなしている。

根拠としては、クラウドファンディングを利用するスタートアップ企業や中小企業の中は、イスラム銀行から融資を受けられなかった事例が多いため、クラウドファンディングとイスラム銀行が借り手を奪い合ってはいないとしている。また、クラウドファンディング自体がイスラム銀行を利用していることから、足りないものを互いに補いあっているといえる。

クラウドファンディングの課題は、銀行融資ならば必須の企業へのモニタリングや、イスラム法によるガバナンスが徹底されていない恐れがあるため、この点をどう強化するかが、クラウドファンディングへの信頼に繋がると、専門家らは見ている。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。