【イスラム金融の基礎知識】第593回 東南アジアのイスラム金融市場、1兆米ドル超え

第593回 東南アジアのイスラム金融市場、1兆米ドル超え

Q: 東南アジアの2026年第1四半期のイスラム金融市場の状況は?

A: 世界的な金融格付機関であるフィッチ・レーティングスが5月に発表したレポートによると、東南アジアのイスラム金融市場は26年第1四半期に1兆米ドルを超えた。

フィッチ・レーティングスが明らかにしたところによると、東南アジアのイスラム金融市場はマレーシア、インドネシア、ブルネイの3カ国が牽引している。これらの国々は、①ムスリム人口が多い、②政府が積極的にイスラム金融産業を振興している、③ハラル食品やムスリム向け観光などハラル経済が成長している、④デジタル化が進んでいる、などの理由で市場の成長に繋がっているとしている。

市場の構成のうち、イスラム銀行の総資産が過半数を占める一方、スクークが41%でこれに続く。他にはイスラム式で運用されているファンドが8%、タカフル保険会社の資産が2%などとなっている。スクークに着目すると、世界全体のスクークのほぼ半数が、東南アジアで起債された。国別にみるとマレーシアが世界1位、インドネシアが3位であり、両国とも現地通貨建てで起債されている。これらは、過去4年間で債務不履行が発生した例はないとしている。ただ4月以降、ヒッチ・レーティングスはインドネシア自体の評価を下げたため、これに応じて評価を下げたスクークもあるとしている。

他の東南アジア諸国の動向をみてみると、国によって発展の段階が不均衡な状況にあるとみなしている。シンガポールは、米ドル建てスクークの上場先としては世界で6番目に大きい市場になっている。フィリピンは、25年末時点でイスラム銀行資産は4,400万米ドルにとどまっているが、23年に10億米ドルのスクーク発行の経験があり、またタカフル保険事業者が5社存在するなど、着実に成長しているとみている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第547回:マレーシアの2026年第1四半期のGDP成長率、5.4%は順調か

第547回:マレーシアの2026年第1四半期のGDP成長率、5.4%は順調か

5月15日、マレーシアの2026年第1四半期のGDP成長率が前年同月比5.4%と発表されました。2025年第4四半期の6.2%からは減速しましたが、政府予測が通年で4.0%〜5.0%であることを考えれば、それを上回る順調なスタートに見えます。

ただ、需要項目別の伸び率をみると、減速傾向がはっきりと見られます。伸び率を前四半期と比較すると、民間消費(5.6%→4.7%)、民間投資(9.2%→7.8%)、政府投資(9.5%→5.3%)、政府消費(6.6%→4.1%)とすべての項目が鈍化傾向にあります。

唯一改善したのが純輸出(輸出−輸入)の項目で、前四半期の32.9%減から13.5%増へと大きく改善しています。ただし、これは景気の減速局面でよく見られるパターンで、輸出の伸びというよりも輸入の減少によって純輸出が改善します。さらに、2月、3月と原油の輸入が前年同月比で60%以上減少していることも関係していると考えられます。

月次のGDP成長率を見ると、減速傾向がよりはっきりします。2025年のマレーシアの月次の成長率はトランプ関税に影響されました。2025年3月の高い伸びはトランプ関税前の駆け込み輸出の影響とみられます。2025年後半はAIブームもあってマレーシア経済は好調で、2025年12月にはそれに半導体関連の関税導入前の駆け込み輸出が重なり、7.1%という高い成長率を記録しました。

しかし、ここをピークとして、2026年は1月(6.8%)、2月(5.2%)、3月(4.1%)と急減速していることが分かります。3月については、2025年の高い伸び率の3月の水準がベースとなるため、その影響でやや下振れしている可能性があります。それにしても、1月→3月で2.7%ポイントも減速しており、これからホルムズ海峡危機の影響が顕在化し始めることを考えると、四半期ベースの5.4%成長という数字ほど楽観できる状況ではないことが分かります。

5月8日、バンク・ネガラのアブドゥル・ラシード総裁は2026年の4.0-5.0%の成長率予測には、「西アジアの紛争によるエネルギー価格高騰やサプライチェーンの混乱などが考慮されている」と述べています。ただ、どこまでの混乱が想定されているかは不明です。

筆者は、もし世界的にホルムズ海峡危機を主因とした原材料のサプライチェーンが大きく混乱した場合、マレーシアの2026年の経済成長率は3%台半ばまで下落することはありうると考えています。一方で、AI関連の半導体の輸出は絶好調で、どちらの影響が大きくなるかによって、マレーシアの2026年の経済は左右されることになります。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第924回:パンデミックに強い社会をつくる条件――教育だけでは足りない「電力インフラ」の役割

第924回:パンデミックに強い社会をつくる条件――教育だけでは足りない「電力インフラ」の役割

前回は、電力が人間の発展に直接寄与している可能性についてでした。今回は、電力とパンデミックの関係についてです。

コロナ禍では、国によって死亡率に大きな違いが生じました。その差は、ロックダウンなどの短期的な政策だけでは十分に説明できません。では、危機に強い社会をつくる条件とは何でしょうか。拙稿では、世界142カ国のデータを用いて、コロナ前の「電力アクセス」と「人的資本」、すなわち教育水準が、2020~2021年のCOVID-19死亡率とどのように関係していたのかを分析しました。

分析で注目したのは、教育とインフラが単純に足し算で効くのではなく、互いに補い合う関係にあるのではないか、という点です。教育水準が高ければ、人々は公衆衛生情報を理解し、行動を変えやすくなります。しかし、それを実際の感染対策に結びつけるには、病院、ワクチン保管、通信、遠隔勤務などを支える電力インフラが必要です。

結果として、一つの境界線が見つかりました。電力アクセスが約96%に達していない国では、教育水準の高さは必ずしも死亡率の低下につながっていませんでした。むしろ、教育によって経済活動や移動、人との接触が増える一方で、医療や情報伝達の基盤が十分でないため、脆弱性が高まる可能性が示されました。

一方、インフラが十分整った国では、「教育を受けた人が適切に行動できる環境」がすでに社会の中にできています。そのため、教育そのものより、社会全体の仕組みとして感染症に対応できていた可能性があります。

この結果が示すのは、危機への強さは「教育かインフラか」ではなく、「教育を活かせるインフラがあるか」に左右されるということです。人材育成だけを進めても、基礎インフラが未整備であれば、その力は十分に発揮されません。パンデミック対策は、感染症が広がってから始まるものではありません。平時から、電力、医療、通信、教育を一体として整えることが、次の危機への備えになるのです。

これは海外拠点の経営にも共通します。優秀な人材を採用・育成するだけでは十分ではなく、停電や通信障害を含めたインフラリスクへの備え、デジタル化、緊急時の意思決定体制が整っていて初めて、人材の力が危機対応力へと変わります。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K., Ino, Y., & Ishimura, K. (2026). Electrification, Human Capital, and Pandemic Mortality: Evidence from a Global Threshold Analysis. Pandemics, 1(1), 2.
https://doi.org/10.3390/pandemics1010002

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第592回 イスラム銀行利用における宗教と立地

第592回 イスラム銀行利用における宗教と立地

Q: イスラム銀行利用者にとって宗教と立地は重要ですか?

A: われわれがどの銀行を利用するか選ぶ際は、様々な要因を考慮する。家や職場に近いか、金利が高いか安いか、サービスが良いか悪いか。人により何を重視するか違いはあるにせよ、各要因が銀行選択を左右する。ムスリムが銀行を選ぶ際には、これらの要因以外にも、自身の信仰の熱心さやイスラム銀行が宗教的な点をどのように強調しているかも、選択に影響を与える可能性がある。こうした各要因のうち、宗教と立地がどの程度重視されるかを調査した論文が発表されている。

西ジャカルタ市のメルク・ブアナ大学のユディ・ヘルリアンシャ博士らの研究グループが2020年に発表した論文「中小企業の起業家がイスラム銀行の利用者になる決定要因:宗教・信仰・立地」では、同市の中小企業家125名に対するアンケート調査が行われた。質問項目としては、中小企業がイスラム銀行を利用するにあたって、①起業家自身の宗教性、②イスラム銀行の宗教性、③イスラム銀行の立地、の3点がどの程度重要かを尋ねた。回答に統計処理をほどこし明らかになったことは、自身の宗教性とイスラム銀行の宗教性が銀行選択において有意に影響を与える一方で、立地は有意な影響がみられなかった。すなわち、自身がムスリムであり宗教性を強調するイスラム銀行が存在するならば、職場・店舗から距離があっても取引で積極的に利用するという行動が見て取れたとしている。

もちろんこの調査は、西ジャカルタ市という都市部の人口密集地域で起業した者が対象であり、同国の地方部や他国でも同じ結果が得られるとは限らないだろう。他方で研究チームは、イスラム銀行がムスリムの多い地域のモスクなどでプロモーションを行いつつ、ATM網を拡大したりデジタル銀行をオンライン上で展開すれば、さらなる顧客獲得が望めると研究結果が示唆している、と強調した。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第546回:マレーシアが日本の経済安全保障にとって重要な理由

第546回:マレーシアが日本の経済安全保障にとって重要な理由

アンワル首相が6月に訪日する方向で調整されていることが報じられています。脱炭素やエネルギー分野について議論されるとされていますが、さらに踏み込んで、重要物資の調達について包括的なパートナーシップを結ぶことが出来ればよいと考えています。

表は2025年の日本のマレーシアからの輸入(HS六桁レベル)のうち、世界シェア1割以上の品目を金額順に並べたものです。最大の輸入品目は液化天然ガス(LNG)で、金額は53億ドル(約8000億円)、世界シェアは約15%と豪州に次ぐ2位であり、日本にとって重要な調達先です。

LNGは日本の火力発電の柱であり、都市ガスや産業用の熱源としても利用されています。原油と異なり、ホルムズ海峡を経由しない調達がほとんどで、日本のエネルギー安全保障の大きな柱となっています。

2位はパーム油で、輸入シェアは87%に達します。2大輸出国のうちインドネシアは中国・インドなど大口先を重視する一方、マレーシアは日本との取引実績が長く、RSPO・MSPOなど環境基準への準拠率も高いことから、日本企業にとって第1の調達先です。

パーム油は即席麺、スナック菓子、チョコレート、マーガリン、冷凍食品などに広く使われており、家庭用洗剤、シャンプー、石鹸、化粧品の多くにパーム油由来の界面活性剤や脂肪酸が使われています。経済安全保障の文脈で話題になることは少ないですが、実は日常生活を支える大きな柱になっているのです。

3位はアルミニウム合金でシェアは11.7%です。輸入先1位は意外にもUAEで、中東危機の影響が懸念されます。アルミ製錬は電力大量消費型の産業で、マレーシアではサラワク州の水力発電を活用しており、国内製錬がない日本にとって今後一層重要な調達先となります。

4位は合板(熱帯木材)で、シェアは43%に達します。建設業の型枠・構造材に広く使われます。特に、コンクリート型枠用合板(コンパネ)については、輸入財が9割です。コンパネはマンション・橋梁・ダム・道路など、あらゆるRC(鉄筋コンクリート)構造物の建設に不可欠です。つまり、合板は建設業の中核を担っており、安定供給は極めて重要です。

5位はココア脂・油・ワックスで、シェアは68%に達します。カカオの産地といえばガーナ等の印象がありますが、加工品ではマレーシアが輸出の拠点となっています。供給が止まればチョコレート、製菓、化粧品、医薬品などに影響が及び、経済安全保障上の優先順位は低いものの、国民生活の豊かさに直結します。

このように、マレーシアからの上位輸入品目は従来の経済安全保障の枠に収まらないものの、代替が難しくシェアが大きい生活密着型の資材です。レアアース・レアメタルが注目されがちですが、国民生活を守るという意味ではLNG、パーム油、アルミ合金、合板こそが中核です。4月末から5月初頭に鈴木農相がマレーシアを訪問し、尿素(肥料原料、シェア約6割)やナフサ・原油を供給するペトロナス社と安定供給を協議しています。

つまり、マレーシアは日本の経済安全保障にとって、非常に重要な国なのです。しかし、過去を蒸し返すと、2014年1月、当時野党指導者だったアンワル首相が私的に来日した際、成田空港で「犯罪歴がある」として入国を認めなかった失態があります。

今回の来日でマレーシアとの関係を強化することは、日本の経済安全保障を強化する上で非常に重要になります。アンワル首相が「ロック」な人ではなく「右手にコーラン左手にシェークスピア」の人であることを踏まえたうえで、最大限の敬意を持って歓待して欲しいものです。イラン情勢での連携などを考えれば、古代ペルシアからシルクロードで伝わった正倉院宝物「白瑠璃碗」を酒(ノンアル)の肴にすれば、2時間ぐらい会話が弾むはずですが、果たして…

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第591回 ウズベキスタンでイスラム銀行制度を導入

第591回 ウズベキスタンでイスラム銀行制度を導入

Q: ウズベキスタンでイスラム銀行に関する法律が施行されましたが、狙いは?

A: さる3月、ウズベキスタンのミルジヨエフ大統領はイスラム銀行に関する法案に署名した。これにより、年内にも一部の従来型銀行でイスラム窓口が開設される見通しだ。同国がイスラム銀行制度・市場を導入する狙いはどこにあるのか。

中央アジアのウズベキスタンは、マレーシアとほぼ同様の人口規模であるが、GDPは20%程度である。国民のムスリム人口比率は90%以上を誇っているが、これまでイスラム銀行は認められていなかった。そこでイスラム銀行のための法律が施行されたのである。

ウズベキスタンがイスラム銀行を導入する理由として、現地メディアは四点あげている。一つ目は国内資本の動員で、従来型銀行の利子を避けるため銀行口座を持たないムスリム個人が保有する資金をイスラム銀行が引き受けることで、経済の循環に位置づけられるようになる。同じく二つ目も宗教上の理由で融資を避けてきた中小企業がイスラム銀行からの融資を受け入れやすくなり、中小企業の振興に役立つ。三つ目は湾岸諸国からの投資の誘致強化で、制度の整備は投資に直結すると考えられる。そして四つ目は競争力の強化である。中央アジア諸国のうち、カザフスタンとキルギスはすでにイスラム銀行が操業、ロシアでも実験的な取り組みを行っている。地域競争で後れを取らないためにも、早い制度確立が必要だ。

イスラム銀行法の施行に合わせて税制も改正される。利益分配型預金の配当(従来型銀行の預金金利に相当)への課税免除や、売買取引を介在させる融資にかかわる付加価値税の二重課税防止が定められた。また、中央銀行に5名の専門家によるイスラム金融評議会の設置も決定した。イスラム銀行に関する法律の導入は、単なる象徴的なセレモニーではなく、実際に市場を形成・運用するための実務的なものであると、地元メディアは紹介している。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【総点検・マレーシア経済】第545回:マレーシアの対米輸出が増え続ける理由

第545回:マレーシアの対米輸出が増え続ける理由

4月20日、統計局はマレーシアの3月の貿易統計を発表しました。輸出額は前年同月比8.3%増の1488億リンギで、国別では米国向け輸出が18.3%増加して268億リンギとなり、2位のシンガポール(190億リンギ)、3位の中国(173億リンギ)を引き離して首位となりました。

図1はマレーシアの輸出先上位3カ国への月別の輸出額の推移を示したものです。2024年半ばから対米輸出が増加し始め、2025年には一貫して中国を上回るようになりました。2026年に入ると、シンガポール、中国向け輸出が伸び悩む中で、米国向けだけが突出して伸び、他の2カ国に大きな差を付けて首位に立っています。

2025年12月、マレーシアの米国向けの輸出額は前年同月比48.8%増と急増しましたが、これは、2026年1月にAI用の高性能GPUに対する関税が課されることを見越した駆け込み輸出であったとみられます。ただ、2026年に入っても米国向け輸出は増加傾向が続き、輸出増加が一過性のものではなかったことが分かります。

図2はマレーシアの対米輸出の上位5品目(HS6桁)の推移を示したものです。3月時点ではCPU/GPU等がトップで、半導体用の部品がほぼ同額で続きます。この2品目は2025年の秋口から大幅に輸出を増やしています。3位はDRAM等でここ数ヶ月で急増、4位はルーター等で安定して輸出を増やしています。5位はSSD等でこれも2025年の秋口から増加傾向が続いています。

これらの品目を見て分かるのは、全て半導体・データセンター関連であるということです。米国でのAIブームが影響しているものと考えられます。Amazon、Microsoft、Google、MetaのAI関連投資は、2024年の約2500億ドルから2025年には3880億ドルに達し、2026年には6000億ドルを超えるものと予想されています。

さらに、インテルの動きも重要です。次世代プロセッサPanther Lake(Core Ultra シリーズ3)では、TSMCに委託していた「コンピュート・タイル」を自社工場に回帰させたことで、後工程を担うペナン工場の役割が拡大しています。2026年後半には、ペナン工場の大規模拡張が完了し3Dパッケージング技術Foverosが導入されるため、インテル・マレーシアから米国への半導体の輸出額はさらに増加すると見込まれます。

これらの要素を勘案すると、マレーシアから米国への輸出額は2026年後半にはさらに一段増加し、シンガポールや中国を引き離して輸出先首位の地位を不動のものとする可能性が高いと言えます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第923回:インフラは「人」を変える

第923回:インフラは「人」を変える

前回は、イノベーションは単なる「技術導入」ではなく、「仕組み」によって決まる可能性があることを紹介しました。今回は視点をさらに広げ、「インフラ」が人の成長にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。

日本企業が多く進出しているマレーシアでは、1990年代以降、電力インフラの整備が急速に進みました。都市部だけでなく、地方にも電気が行き渡ることで、生活環境は大きく変化しています。夜間の照明が当たり前になり、学校教育の機会が広がり、医療サービスも安定して提供されるようになりました。

こうした変化は、単なる「便利さ」の問題ではありません。人々の生活の質そのものを底上げし、社会全体の発展につながっています。

今回紹介する研究では、この点をグローバルデータで検証しています。分析の結果、電気へのアクセスは、人間開発(HDI)を有意に押し上げることが確認されました。HDIとは、健康(寿命)や教育水準を含めて人間の発展を測る指標です。しかも重要なのは、この効果が所得とは独立して存在していた点です。

つまり、経済的に豊かになったから人間が発展するのではなく、電化そのものが人間の発展に直接寄与している可能性が示されたのです。

電気は単なるエネルギーではありません。夜間の学習を可能にし、医療機器を動かし、通信を支えます。言い換えれば、「時間」「健康」「情報」といった、人間の基盤的な能力を広げる役割を持っています。

これは、マレーシアのように発展を遂げてきた国の歩みとも重なります。インフラが整備されることで、初めて教育や医療といった基盤が機能し始め、その後の成長が加速していきます。ここから見えてくるのは、インフラの本質的な役割です。インフラは、単に経済活動を支えるものではなく、人の能力や可能性そのものを引き出す基盤だということです。

企業の現場でも、似たような場面に直面することがあります。設備やシステムが整っていない環境では、人の能力は十分に発揮されません。一方で、基盤が整うことで、同じ人でも成果の出方は大きく変わります。

職場でも国家でも共通しているのは、「人の成長は、環境によって引き出される」という点です。インフラを考えるとき、それを単なるコストや設備としてではなく、「人の可能性を広げる土台」として捉える視点が大事です。


論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Beyond the Grid: The Independent Impact of Electricity Access on Human Development. Sustainable Development, Early View. https://doi.org/10.1002/sd.71119

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第922回:イノベーションは「技術」ではなく「仕組み」で決まる

第922回:イノベーションは「技術」ではなく「仕組み」で決まる

前回は、職場の強さは上司ではなく「同僚同士の支え合い」によって生まれる可能性があることを紹介しました。今回は視点を少し広げて、「国レベル」のイノベーションについて考えてみたいと思います。

企業においても国家においても、「デジタル化」が重要だという議論はすでに広く共有されています。しかし、単にITを導入すればイノベーションが生まれるのかというと、実際はそう単純ではありません。

今回紹介する研究では、各国のデジタル化と環境イノベーション(エコ・イノベーション)の関係を分析しました。データとしては、各国のデジタル政府の発展度(E-Government Development Index. EGDI)と、環境関連特許の数を用いています。EGDIとは、行政サービスのオンライン化や通信インフラ、人材水準などをもとに、政府のデジタル化の進み具合を総合的に評価した国連の指標です。

分析の結果、いくつか興味深い点が明らかになりました。

第一に、デジタル化が進んでいる国ほど、エコ・イノベーションも多いという「正の関係」が確認されました。これは直感的にも理解しやすい結果です。情報が共有されやすくなり、調整コストが下がることで、新しい技術が生まれやすくなると考えられます。

しかし重要なのは、ここから先です。

第二に、この関係は「直線的」ではありませんでした。つまり、デジタル化が少し進んだ程度では、大きな効果は見られません。ある程度の水準に達したときに、はじめてイノベーションとの結びつきが強くなるという「非線形」の関係が確認されました。

言い換えれば、デジタル化は単体では機能せず、制度や組織との組み合わせによって初めて効果を発揮するということです。

第三に、この効果はすべての国で同じではありませんでした。特に、中程度のイノベーション水準にある国で、デジタル化の効果が最も強く現れていました。

これは、すでに高度に発展した国では追加効果が限定的であり、逆に発展段階が低い国では制度や人材が不足しているため、デジタル化を活かしきれない可能性を示唆しています。

こうした結果から見えてくるのは、「デジタル化=技術導入」ではないという点です。

むしろ重要なのは、
・情報が共有される仕組み
・組織間の連携を可能にする制度
・標準化されたルール

といった「見えにくい基盤」です。

この点は、前回の職場の話とも重なります。上司の指示よりも、同僚同士の関係性が重要だったように、国家レベルでも単なる技術より「関係性や仕組み」がイノベーションを左右している可能性があります。

現場に当てはめると示唆は明確です。

新しいシステムを導入すること自体が目的化してしまうと、期待した成果は得られません。それよりも、
「そのシステムが人と人をどうつなぐのか」
「組織の中でどのように使われるのか」
を設計することのほうがはるかに重要です。

また、小さな改善を積み重ねるだけでは不十分で、一定の水準まで一気に整備する必要がある可能性も示唆されます。これは投資判断や戦略のあり方にも関わる重要なポイントです。

職場でも国家でも、共通しているのは、
「成果は個別の要素ではなく、組み合わせから生まれる」
という点です。

デジタル化を考えるとき、単なる技術導入ではなく、「仕組みづくり」という視点を持つことが、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。


論文情報は以下。2026413日まで、末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Digitalisation, Digital Governance, and Eco-Innovation: Evidence from Cross-Country Data in 2022. Information17(3), 306. https://doi.org/10.3390/info17030306

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第544回:変わるアジアの半導体GVC

第544回:変わるアジアの半導体GVC

ここ数年、マレーシアの台湾からの輸入が急増しています。最近は、マレーシアからアメリカへの輸出急増が注目されていますが、輸入側の構造も静かに変わりつつあります。2025年、台湾はマレーシアの輸入先として米国を上回り、中国、シンガポールに続く3位になりました。特に、直近2年で台湾からの輸入は84%も増加しています。

マレーシアの台湾からの輸入の約6割は半導体関連です。半導体関連製品は貿易統計で詳細な品目を判別するのが難しいのですが、台湾側のHSコード11桁のデータを分析することで、実態が見えてきました。

台湾がマレーシアに輸出している半導体の品目は主に3つ。HSコードでは8542.3900.120/219/228で、それぞれ、以下のような品目を指しています。

ICウェハー(.120)は半導体が形成されたウェハーです。光沢のある褐色の円盤に半導体がびっしりと形成されているものです。これを切断すると、半導体チップの中核部分が取り出せます。それがICチップ(.219)です。さらに、切り出した半導体チップを複数組み合わせて基板に実装したものがIC中間アセンブリ(.228)となります。

<図1>

近年、台湾からマレーシアへの輸出が急増しているのはICチップとIC中間アセンブリですが、より大幅に増加しているのはIC中間アセンブリです。

<図2>

これは、台湾とマレーシアの後工程の分業関係の変化を示しています。従来は、ICウエハーを台湾で生産し、それをマレーシアに送ってダイシングやパッケージングの後工程で処理していました。それが、ダイシングやモジュールへの組み立てという後工程の一部まで台湾内で行われるようになっています。

こうした分業関係の変化は、主に台湾のTSMCとマレーシアのインテルの協業関係の深まりによるものです。インテルは当初、自社製半導体のコアをすべて自社の前工程で生産していました。しかし、微細化の競争でTSMCに後れを取ったため、GPU/SoCタイルを2023年頃から、CPUタイルを2024年頃からTSMCに外注するようになっています。

マレーシアの台湾からの半導体半製品の輸入が急増する一方で、どこまでをどちらの国の工程で行うかについては、水面下での綱引きがあります。これまで前工程の誘致こそが半導体産業の高度化への道とされていましたが、いつの間にか主戦場は、先進後工程となっているのです。

これは、半導体の実装技術が高度化し、後工程がもはや労働集約的なローテク工程ではなくなっているためです。TSMCはCoWoS(Chip on Wafer on Substrate)という先進パッケージング技術を持っています。一方で、インテルは後工程で2.5Dパッケージング技術EMIB(Embedded Multi-die Interconnect Bridge)と3Dパッケージング技術Foverosを持っており、ペナン工場に投入しています。

インテルは前工程ではTSMCに対して劣勢が続いていますが、後工程の実装技術ではアドバンテージを持っています。50年前、労働集約的な半導体の組み立て検査から始まったマレーシアのインテルは、今やインテルの屋台骨を支える存在になりつつあるのです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp