【総点検・マレーシア経済】第529回 ペトロナス、2025年前期の決算を発表。最近の状況は?

第529回 ペトロナス、2025年前期の決算を発表。最近の状況は?

8月29日、国有石油会社ペトロナスは2025年上半期の業績を発表しました。2025年上半期の売上高は1,326億リンギとなり、前年同期の1,736億リンギから大幅に減少しました。410億リンギ(24%)の売上減少のうち148億リンギは2024年5月に完了した南アフリカのエンゲングループ事業売却による影響ですが、それを除いても売上は16.5%減となっています。エンゲンの影響を除外した税引き前利益は378億リンギで、前年同期の488億リンギから23%の減少となっています。

図1はペトロナスの各事業部門の売上比率を横軸に、利益率を縦軸にとったものです。この図から分かるのは、ペトロナスの上流部門は高収益、ガス・海運部門のマージンも大きい一方で、下流部門が赤字を出している点です。一方で、ペトロナスの売上比率は上流、ガス・海運、下流がほぼ3分の1ずつを占めるバランスの取れたものになっていることが分かります。どこか一つの部門の好不調が全収益に大きな影響を与えることを防いでいると言えます。

下流部門が赤字に転落している理由としては、石油製品・化学製品のマージン悪化と販売量の減少が報告されています。マージンの悪化については、中国の過剰生産の影響が少なからずあります。図2はポリエチレン・ポリプロピレンの近年の輸出額をマレーシア、中国、日本について比較したものです。2021年以降、中国からの輸出が爆発的に増えていることが分かります。

以上のように、ペトロナスの収益基盤は安定していますが、下流部門については中国の過剰生産もあり、しばらくは苦しい状況が続きそうです。一方で、ペトロナスの財務状況は良好で、こうした状況下でも政府への配当を一定規模で続ける余裕はあります。6月にペトロナスのタウフィックCEOが従業員の10%をリストラすることを発表しましたが、間接部門の規模の適正化が主目的で、経営状況は引き続き健全であることが確認できます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第907回:中小企業の両利き経営(10)デジタル化と高度人材

第907回:中小企業の両利き経営(10)デジタル化と高度人材

前回は、ステークホルダーからの圧力や、環境意識の向上を求める消費者の需要の高まりに後押しされて、中小企業はグリーンイノベーションに取り組むことが多いこと、しかしながら、中小企業は、グリーンイノベーションに必要なデジタルプラットフォームの導入のために必要なリソース、スキル、コミットメントが不足するなど、特有の課題に直面していることを述べました。

そのため、デジタル技術に明るい高度人材の採用は、急進的なイノベーションを補完する可能性があります。高度人材は、高度な論理的思考力と意思決定能力を持つとともに、中小企業の短期的および中期的な業績よりも、長期的な発展に関心を持つ傾向があります。加えて、急速な変化に早く適応でき、デジタル化を通じて得られた外部知識を吸収し、社内のイノベーションプロセスに統合することができます。したがって、デジタル化の重要なポジションに彼らを配置することで、デジタル技術に関連する新しい知識を理解して統合し、新しい製品、プロセス、またはその他の形態のイノベーションを開発するための変革が可能になります。

ギリシャの製造業企業(主に中小企業)1,014社を対象とした調査では、人的資源を含む吸収能力がデジタル能力とイノベーションパフォーマンスを仲介することが示されました。さらに、デジタル化により社内外のコミュニケーションが改善され、より多くの教育を受けた従業員がイノベーションに必要な新しい知識やリソースにアクセスできるようになることで、効率と生産性が向上し、イノベーションにより多くの時間を割くことができるようになることが示されました。デジタル化により日常業務の負担が軽減されることで、高度人材はより多くの非日常業務を引き受けながら、新しいアイデアの生成が刺激され、発散的な思考を増やし、イノベーションに貢献する可能性があります。

 

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a Sustainable Society: A Narrative Review Considering Digitalization, Open Innovation and Green Innovation. Preprints. https://www.preprints.org/manuscript/202504.0009/v2

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【イスラム金融の基礎知識】第575回 ASEANでイスラム金融普及進むも国ごとに進捗差

第575回 ASEANでイスラム金融普及進むも国ごとに進捗差

Q: ASEANでのイスラム金融の普及状況は?

A: イスラム金融のASEAN市場は、世界全体の4分の1の規模を占めるものの、国ごとに温度差がある。国際的な金融格付会社のフィッチ・レーティングスは8月に発表したレポートでこのように報告した。

レポートによると、2025年上半期のASEAN市場は約9,500億米ドル(世界全体では3.5兆米ドル)で、2026年後半には1兆米ドルの大台に達すると予想している。国別の状況をみてみると、マレーシアのイスラム銀行市場は3,000億米ドルを上回っている。他方、インドネシアのイスラム銀行市場は560億米ドル、ブルネイは100億米ドルだが、ブルネイについては国内銀行市場での比率はASEANでもっとも高く6割を占める。

ASEANのハイレベル会合でもイスラム金融の重要性の認識は共有されている。4月に開催された財務相・中央銀行総裁会議では、持続可能な資金調達とインフラ整備ではイスラム金融が重要であると強調された。また、5月に開催されたASEAN・GCC首脳会議においても、この分野で地域を超えた連携が必要であり、とりわけASEANで発行されたスクークの主要な購入者は、湾岸諸国のイスラム銀行であると示された。

しかしながら、ASEAN加盟国ごとにイスラム金融の普及には差があるしている。フィッチによれば、普及が進んでいる国はマレーシア、インドネシア、ブルネイ。限定的なのがフィリピン、シンガポール、タイ。そしてそれ以外のベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーは、市場ルールも未整備で未発達の状況だと区分した。これらの違いは、おおむねムスリム人口や人口比率に準じているとみなせる。

フィッチは、マクロ経済の混乱が生じず、また湾岸諸国との関係が良好であれば、市場の持続的な成長が可能であると予想している。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第528回 マレーシアの2025年第2四半期の経済成長率は4.4%。意外に粘っている?

第528回 マレーシアの2025年第2四半期の経済成長率は4.4%。意外に粘っている?

8月15日、バンクネガラはマレーシアの2025年第2四半期の実質経済成長率を前年同期比4.4%と発表しました。これは先月発表された事前推計値の4.5%とほぼ一致しています。第1四半期の4.4%からは横ばいで、予想外の底堅さを見せたと言えます。マレーシアの四半期GDP成長率は2024年第2四半期の前年同期比5.9%をピークに、以降、5.4%、4.9%、4.4%ときれいに0.5ポイントずつ減速してきましたが、その低下トレンドに一旦歯止めが掛かったことになります。

バンクネガラが発表している月次の経済成長率(前年同月比)の推移を見ると、4月が4.4%、5月が3.3%と低下していたのが、6月には5.5%と大きく上昇しています(図1)。同様に、第1四半期も3月に6.6%と大きく上昇しましたが、これは、トランプ関税の駆け込み需要によって3月の対米輸出が前年同月比で50.8%と大幅に上昇したことに対応しています。一方で、6月の対米輸出は4.7%増となっており、6月にGDPが急伸した理由は米国向けの駆け込み輸出ではないことが分かります。

 

第2四半期の部門別GDP成長率を見ると、サービス業が5.1%増(第1四半期:5.0%増)、製造業が3.7%増(同4.1%増)と大きく伸びてはいません。好調なのは建設部門で12.1%増(同14.2% 増)です。需要項目別に見ると、民間消費が5.3%増(同5.0%増)なのに対し、民間投資が11.8%増(同9.2%増)、公共投資が13.6%増(同11.6%増)と投資が経済を主導していることが分かります。

 

バンクネガラは第2四半期の経済状況の説明の中で「投資の成長は継続的な構造物投資と機械・設備への投資増加によって牽引された。これは主にデータセンターおよびIT関連設備向けの投資と、公営企業による設備投資の拡大によるものである」と述べています。これは、マイクロソフトがマレーシアで2025年第2四半期に3つの大規模データセンターを稼働させる、と報じられていたこととも一致します。マレーシアのデータセンターブームはGDPを左右する規模になっているということになります。

 

これに先立つ7月28日、バンクネガラは2025年の経済成長率の予想を従来の4.5%〜5.5%から4.0%〜4.8%に下方修正しました。筆者は1月の時点(本連載512回)で「2025年のマレーシアの経済成長率は政府予測の下限(4.5%)か、それを少し下回るのではないか」と書きました。トランプ関税の状況などを考えると、下半期は良くても上半期と同じ4.4%、下振れする可能性もあると考えています。なんとかデータセンター需要で踏みとどまっていますが、マレーシア経済は基本的には徐々に減速を続けている、と見ています。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第906回:中小企業の両利き経営(9)デジタル化、 グリーンイノベーションと持続可能性

第906回:中小企業の両利き経営(9)デジタル化、 グリーンイノベーションと持続可能性

前回は、デジタル化が、時間、資金、人材といったリソースが少ない中小企業が外部知識を獲得し、知識基盤を強化するのに役立つというお話でした。経営者と従業員がデジタル化に向けた意思統一をすることが、その後の両利き経営やデジタル能力の向上、さらにはイノベーションのために不可欠といえます。

さらに、デジタル技術の活用は企業の持続可能性を向上させる可能性があります。中小企業は世界の産業汚染の60~70%を占めているにもかかわらず、大企業に比べて環境意識が低く、環境技術や法律に関する知識が不足しているとされています。しかしながら、ステークホルダーからの圧力や、環境意識の向上を求める消費者の需要の高まりに後押しされて、中小企業はグリーンイノベーションに取り組むことが多いようです。この時、企業は、デジタルツールを使用することで、資源の使用状況をリアルタイムで監視し、プロセスを最適化し、廃棄物を削減し、環境効率を向上させることができます。例えば、ブロックチェーンはリサイクル原材料が使用されていることを証明するために使用されています。したがって、デジタル化は、資源利用の最適化、循環型経済および持続可能なビジネスモデルの実装を促進することで、環境パフォーマンスを向上させることができます。

しかし、中小企業はデジタルプラットフォームの導入において、必要なリソース、スキル、コミットメントが不足しているなど、特有の課題に直面しています。そのため、人的ネットワークは重要なリソース源となり、中小企業が貴重な機会を発見するのに役立ちます。例えば、使用済み、リサイクル、回収された材料からなる生産投入物を取り扱い、それを顧客価値に変換するプロセスを設計するには、材料の継続的な循環と廃棄物の削減・排除という観点から、材料の利点と限界を理解しているパートナー、専門家、顧客の関与が必要です。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第905回:中小企業の両利き経営(8)両利きとデジタル化

第905回:中小企業の両利き経営(8)両利きとデジタル化

前回は、グリーンイノベーションについてでした。両利きは持続可能性にプラスの影響を与え、それが新製品の成功とグリーンイノベーションにプラスの影響を与える可能性があります。しかし、グリーンイノベーションの導入には、オープンイノベーションと同様にコストがかかります。

コスト削減戦略の最も重要な方法の一つがデジタル化です。デジタル化は、時間、資金、人材といったリソースが少ない中小企業が外部知識を獲得し、知識基盤を強化するのに役立ちます。漸進的イノベーションと比較して、より高度なイノベーション型である急進的イノベーションは、より多くの暗黙知と外部の異種リソースを必要とし、企業の既存の知識基盤をはるかに超える可能性があります。この場合、デジタル化は中小企業に、市場で入手可能な情報を選別し、業界の最先端を見極める貴重な機会を提供します。これにより、中小企業はより積極的に急進的イノベーションを実施できるようになります。さらに、パートナーと動的な情報や知識を共有することで、新たなアイデアやコンテンツが生まれ、企業のイノベーション・パフォーマンスの向上につながります。

さらに、限られたリソースしか持たない中小企業はリスク許容度が低く、漸進的イノベーションに比べて不確実性とリスクが大きい急進的イノベーションを避けるインセンティブが生じます。デジタル化は、企業が不確実性を発見、特定、回避し、リスクの程度を軽減するのに役立ちます。その結果、中小企業が急進的イノベーションを実行することが促進されます。

ドイツの様々な業種の中小企業1,474社を対象とした研究とフィンランドの中小企業204社を対象とした研究の結果は、組織の両利き性がデジタル志向と成長戦略の関係を媒介することを示しました。これらは、両利き性はデジタル化を伴う場合、より高いパフォーマンスにつながる可能性が高いことを示唆しています。しかし、デジタル化と両利き性の順序は逆になることもあります。イスタンブールの中小企業366社を対象とした研究では、デジタル変革が中小企業の両利き性と競争優位性の関係を部分的に媒介していることが示されました。同様に、2019年の世界銀行ビジネスサーベイと、2020年と2021年に21か国の8,928社を対象に実施された追跡調査を使用した研究では、組織の両利き性がデジタル能力を通じて間接的にイノベーションに影響を与えることが示されています。これらの調査結果は、組織の両利き性がデジタル能力を強化することで、企業の競争優位性を高めることができることを示唆しています。以上の一連の研究は、デジタル「志向」(すなわち、デジタル化へのコミットメント)が両利きを予測する可能性があり、両利きがデジタル「変革」とデジタル「能力」を予測する可能性があることが示されています。

これらの研究は、両利きの組織がいつ、どのようにデジタル化を導入すべきかについて重要な示唆を与えてくれます。すなわち、経営者と従業員がデジタル化に向けた意思統一をすることが、その後の両利き経営やデジタル能力の向上、さらにはイノベーションのために不可欠といえます。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第574回 バングラデシュのイスラム銀行、合併に向けた動き

第574回 バングラデシュのイスラム銀行、合併に向けた動き

Q: バングラデシュでは、イスラム銀行の再編が行われるそうですが?

A: バングラデシュ中央銀行は6月、5行のイスラム銀行を対象とする合併を提案、8月には各銀行の幹部と中央銀行とで会合が行われた。合併の背景には、昨年8月に崩壊したハシナ前政権と強い関係をもち、その後経営悪化が発覚した銀行の救済があるとみられる。

バングラデシュにはイスラム銀行は10行あり、その総資産は同国の銀行資産の21.45%を占めている(2025年1月現在)。しかしながら、複数のイスラム銀行の経営母体であるSアラム・グループが、ハシナ前政権との結び付きが強いとされてきた。昨年の政変でハシナ政権の崩壊を受けて、今年に入りアジア開発銀行の支援を受けた著名な監査法人が各行の経営実態の調査を行った。その結果、複数のイスラム銀行で、不良債権比率が各行が公表していた20%程度ではなく、実際には90%を超えていたことが判明した。

そこで6月、中央銀行のアフサン・H・マンスール総裁は、国内金融部門の健全化のため経営不振のイスラム銀行の合併を提案した。対象は、ファースト・セキュリティー・イスラミ銀行、ソーシャル・イスラミ銀行、グローバル・イスラミ銀行、ユニオン銀行、バングラデシュ輸出入銀行の5行である。当初はもう1行加える予定であったが、外国人・企業の持株比率が高く交渉の難航が予想されるため、合併案から外れた。

合併案に対しては、各行とも素直に受け入れているわけではなく、ある銀行は「他の4行よりも経営が健全だ」と主張、8月の中銀との会合に頭取は参加しなかった。もしもこの5行が合併した場合、総資産の合計は約2兆1,960億タカ(約2兆6,600億円)、支店数は1,145となり、現在最大のソナリ銀行を超えて同国第1位の規模の銀行となる見通しである。合併作業は、政権や選挙の動向、各行の抵抗などから時間がかかるだろうと見られている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第527回 トランプ関税、マレーシアの税率は19%に。その評価は?

第527回 トランプ関税、マレーシアの税率は19%に。その評価は?

7月31日、トランプ関税の税率が発表され、マレーシアの税率は19%と判明しました。ASEAN10カ国のうち、7月31日の大統領令に記載の無いシンガポールは10%、それを除くとマレーシアの19%はインドネシア、フィリピン、カンボジア、タイと並んで低い方に入ります。少なくとも、ASEANの中で他国に対して不利になることはありませんでした。

その後、マレーシア側が約束したとされる米国への譲歩が、各種報道により明らかになってきました。まず、マレーシア側の関税率については、11,444品目のうち、11,260品目(98%)について、関税の引き下げか撤廃を約束したことが分かりました。一見、大幅な譲歩に見えますが、これには裏があります。まず、関税の撤廃を約束したのは6,911品目(61%)で、残りの品目については関税の引き下げとなります。引き下げ幅は明らかになっていません。さらに、関税を撤廃する6,911品目のうち実に6,567品目はもともと無税であり、実際に関税を撤廃するのはわずか344品目だというのです。

その他、マレーシアが米国側に約束したものとしては、マレーシアに立地する多国籍企業が今後5年間で最大1,500億ドル規模の米国製装置・機器の購入、今後5年間で700億ドルの対米投資、ペトロナスが米国産LNGを年34億ドル相当購入、テナガ・ナショナルが年間4260万ドル相当の石炭を購入、テレコム・マレーシアによる約2億ドルの通信機器の購入、ボーイング機30機(95億米ドル相当)を追加購入などがあります。

この中で気になるのは「今後5年間で最大1,500億ドル規模の米国製装置・機器の購入」の項目です。半導体・航空宇宙・データセンター向けとありますが、2024年のマレーシアのアメリカからの総輸入額は約280億ドルで、これを5倍すると「最大1500億ドル規模」とほぼ一致します。一方、半導体・航空宇宙・データセンター向けに限ると年間輸入額は約130億ドルなので、最大1500億ドル規模を実現するためには、現在の輸入額を倍増させなければなりません。さらに、その主体はマレーシアに立地する多国籍企業とされているので、購入額は更に限定されます。

つまり、1500億ドルが「半導体・航空宇宙・データセンター向けを含む全輸入」であれば、今後、米国からの輸入を年間数%ずつ増やせば達成されることになります。一方、半導体・航空宇宙・データセンター向けの財のみ、しかも多国籍企業の購入分に限定される、という条件での達成はほとんど不可能に思われます。その真相は不明ですが、「最大(up to)」の表現が気になります。

さらに8月6日、トランプ大統領は米国に輸入される半導体のほぼすべてに100%の関税を掛けると発表しました。マレーシアから米国への輸出のうち半導体(HS8542)が占める比率は約20%、関連品目を含めると約30%に達します。トランプ大統領は、米国内に工場を持つ企業の輸入については関税を免除するとしており、インテルなどは関税を免除されることになりますから、その分の影響は小さくなります。

こちらも、詳細が分からないうちは、マレーシア経済への影響はなんとも言えません。しかし、トランプ大統領によって次々と関税政策が打ち出され、詳細が分からず、また頻繁に変更されるという状況は、マレーシア経済にとってマイナス材料なのは間違いありません。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第573回 ターキッシュ・エアラインズ、イスラム銀行経由でエアバス機を調達

【イスラム金融の基礎知識】第573回 ターキッシュ・エアラインズ、イスラム銀行経由でエアバス機を調達

Q: ターキッシュ・エアラインズがエアバス社の新機体を調達するようですが?

A: トルコのターキッシュ・エアラインズ(TK)とドバイ・イスラム銀行(DIB)は7月28日に記者会見を行い、TKがエアバス社よりA350を調達、その際DIBからリース契約を結ぶことを明らかにした。TKがイスラム銀行を利用することと、DIBがトルコで航空機のリースをてがけることは、いずれも今回が初めてとなる。

航空業界においては、単価の高い航空機の購入やリースをめぐり、中東や東南アジアの航空会社がイスラム銀行を活用する事例がしばしばみられる。中でも、航空会社がエアバス社やボーイング社から機体を購入する際、イスラム銀行から融資を受ける事例が多い。また、航空会社がスクークを起債して資金を調達し、機体購入を行った例もある。他方、コロナ禍で冷え込んだ業界に応えて、2021年にシンガポール航空(SQ)が機体を航空機リース会社に売却、さらにそれをSQがリースバックする一連の手続きをDIBがてがけた例もある(本連載396回参照)。

報道によると、TKとDIBは「リース契約を結んだ」としているので、おそらく活用されるのはイジャーラ契約であろう。融資は米ドル、ユーロ、トルコ・リラのいずれでもなくスイス・フラン建てで行われる。資金調達手段とともに用いる通貨も多様化させることも、今回の融資の目的となっている。なお、今回の契約では何機分の機体が契約の対象かは明らかになっていない。ただTKは2023年12月にエアバスA350を70機発注する計画を明らかにしており、おそらく今回はその一環であると考えられる。

記者会見でDIBのアドナン・チルワンCEOは、「世界でもっとも多くの国に路線を持つことでギネス・ワールド・レコードを有するTKがイスラム銀行を利用するのは、トルコの航空業界にとって大きな節目だ」と意義を強調した。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第526回  マレーシアの2025年第2四半期GDP成長率の事前推計値は4.5%と底堅いが…

第526回  マレーシアの2025年第2四半期GDP成長率の事前推計値は4.5%と底堅いが…

7月18日、マレーシア統計局は2025年第2四半期GDP成長率の事前推計値を4.5%と発表しました。これは、第1四半期の4.4%成長を上回っており、予想外の底堅さを見せたと言えます。マレーシアの四半期GDP成長率は2024年第2四半期の前年同期比5.9%をピークに、以降、5.4%、4.9%、4.4%ときれいに0.5ポイントずつ減速してきました。その低下トレンドが止まったことになります。

部門別に見ると、前四半期より減速しているのは製造業(4.1%→3.8%)、鉱業(-2.7%→-7.4%)、建設業(14.2%→11.0%)、加速しているのはサービス業(5.0%→5.3%)、農業(0.6%→2.0%)となります。全体としては減速気味なのは間違いなく、経済に占めるシェアが大きいサービス業が底堅いために踏みとどまっている状況に見えます。

 

同日に公表されたマレーシアの6月の輸出は前年同月比3.5%減で、5月の1.3%減に続いて2カ月連続で減少しました(図1)。このところ大幅に増加していた米国向け輸出についても、2025年3月の50.8%増をピークに6月には4.7%増にまで減速しています(図2)。

これらの状況を総合すると、2025年第2四半期のGDP成長率の意外な底堅さは、トランプ関税への対応による輸出前倒し効果が4月にはまだ残っていたことによるもので、実際には経済は減速トレンドにあるように見えます。

 

傍証としては、7月9日、バンクネガラは政策金利(OPR)を3.0%から2.75%に引き下げました。バンクネガラの金利変更は、2023年5月に2.75%から3.0%に利上げを行って以来2年2カ月ぶりで、利下げの理由については不確実性の中での「予防的(pre-emptive)」なものと述べられています。RON95の改革についても具体的な発表は9月末で多くの国民にとって価格は「下がる」と報じられ、アンワル首相は7月23日に成人への100リンギの給付を発表しています。

 

7月末には第13次マレーシア計画が上程され、8月1日までにマレーシアと米国の関税率の交渉がまとまるかもマレーシアの経済成長率に影響を及ぼす可能性があります。ここ1週間の動きは要注目です。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp