【従業員の勤労意欲を高めるために】第919回:善意を活かせない組織で、優秀な人ほど静かに去っていく ―あるボランティア経験者の体験談から考える、人の意欲を活かすマネジメント―

第919回:善意を活かせない組織で、優秀な人ほど静かに去っていく ―あるボランティア経験者の体験談から考える、人の意欲を活かすマネジメント―

前回は、コロナ禍での若者のキャリア意識の変化についてでした。今回は、あるボランティア活動の体験談から、組織のあり方を考えてみます。

ある自治体の市民マラソン大会で、救護ボランティアに参加した方から印象的な話を聞きました。

事前に説明会があり、それぞれの役割も決まっていました。当日は自分の役割をしっかり果たそうと準備して臨んだそうです。しかし、現場ではボランティアを束ねるスタッフが、事前に決められていた役割を十分に尊重せず、その場の判断で次々と指示を変えていきました。

結果として、自分が本来担当するはずだった仕事はほとんどできず、何となくその場にいるだけで終わってしまったそうです。

「役に立ちたいと思って参加したのに、何もできなかったのが残念だった」

その方は、仕事や家事で忙しい中、時間を縫ってこのボランティアに参加していました。そして帰宅後、「自分を大切にできなくてごめんね」と、自分自身に言いたくなったそうです。

このような出来事は、ボランティアの現場で決して珍しいものではありません。そして、ボランティアの輪が、一部の熱意ある人を超えて広がらない一因になっている可能性があります。

同時に、この話は海外の日系企業の現場でよく聞かれる声とも重なります。

日系企業は一般に、組織への貢献意欲が強い人材が多いと言われます。しかし一方で、「役割が曖昧である」「その場の判断で指示が変わる」「誰が何を決めているのか分からない」といった状況が生じることがあります。

そのような環境では、問題意識を持ち、自分の役割を果たそうとする人ほど違和感を抱きます。そして、声に出して不満を言うのではなく、静かに組織を離れていきます。

重要なのは、人材の意欲そのものではなく、それを活かすための運営です。

役割が明確で、その役割が尊重されているとき、人は自律的に動き、期待以上の力を発揮します。逆に、役割が軽視されると、意欲の高い人ほど「ここでは自分の力は必要とされていない」と感じてしまいます。

人材が定着しない理由は、必ずしも待遇や能力の問題ではありません。善意や意欲を活かせるかどうかは、現場のマネジメントのあり方に大きく左右されます。

海外拠点において人材の力を最大限に引き出すために求められているのは、「優秀な人を採用すること」だけではなく、「その人が役割を果たせる環境を整えること」なのかもしれません。

そして、良い仕事をしたいという気持ちに共感し、それを汲み取るためには、マネジメントの側が外的な評価や金銭的対価ばかりに目を向けるのではなく、「良い仕事をしたい」という内側の動機そのものに向き合い、共感する姿勢が求められます。

ボランティアと企業組織。一見すると別の世界の話ですが、人の意欲を活かすという点では、驚くほど共通しているのです。

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第540回 2025年12月の米国向け輸出激増の要因を探る

第540回 2025年12月の米国向け輸出激増の要因を探る

2025年12月のマレーシアの米国向けの輸出額は、前年同月比48.8%増の282億リンギとなりました。これは2024年11月の203億リンギを上回り、単月としての過去最高を大幅に更新しました。

この米国向けの輸出額の急増は何が要因になっているのでしょうか。表は2025年12月のマレーシアの米国向けの輸出について、輸出額上位10品目を示したものです。マレーシアの米国向け輸出で首位の常連であるIC(プロセッサ)を抑えて、HSコード847180「GPUカード」が首位に立っています。前年同月からの変化率はなんと59倍で、この品目だけで12月のマレーシアの米国向け輸出増加分の4割以上を占めています。その他も、上位品目は軒並み半導体・PC関連で、大きく輸出額が増加しています。

これはAIブームの一環であると言えますが、同時に米国の半導体についての通商拡大法232条の問題が関係しています。米国商務省は2025年4月から、半導体が米国の安全保障に与える影響について調査しており、270日以内にその結果が出ることになっていました。その期限が2025年12月下旬です。

実際、2026年1月14日、米国は商務省の報告に基づき、NVIDIA H200やAMD MI325Xなどの先端AI向け演算チップについて、米国内での使用をほぼ除外したかたちで、25%の関税を課すことを発表し、翌日から発効しました。これは、高性能AI半導体の中国向けの再輸出に対する事実上の課徴金という性格を持っています。

米国側の2025年12月の貿易データが発表されていないため、マレーシアから輸出されたGPUカードが米国内で使用するためのものだったのか、それとも中国への再輸出を念頭に置いたものだったかは明らかではありません。しかし、半導体に対して何らかの関税が導入されることは確実でしたから、それを避けるために駆け込みでGPUカードが大量に輸出されたというのが、2025年12月のマレーシアから米国への輸出急増の主な要因であると言えるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第586回 タイとサウジアラビア、イスラム金融など分野で協力に合意

第586回 タイとサウジアラビア、イスラム金融など分野で協力に合意

Q: タイとサウジがイスラム金融の関係強化を図るようですが?

A: 1月にタイとサウジアラビアの経済閣僚が会談し、双方向での投資関係を強化することで一致した。注力する分野の一つとしてイスラム金融が含まれており、今後の発展が期待される。

報道等によれば、1月に世界経済フォーラムの年次総会(いわゆるダボス会議)にあわせて、タイのエクニティ財務相とサウジのハリド・アル=ファリーハ投資相が会談、二国間の資本移動と産業の協力を実行するための「双方向投資回廊」を正式に発足することを明らかにした。タイ政府は、2024年4月にリアドにタイ投資委員会の事務所を設立しており、これまでに11件の産業協定を締結するとともに、多くのビジネスを成立させた実績がある。同回廊発足にあたっては、サウジ政府が「ビジョン2030」として掲げている分野のうちタイに対して優先度が高い分野として、①自動車産業のサプライチェーン、②医療と公衆衛生、③イスラム金融の3分野を取り上げた。

タイのイスラム金融は、2002年にタイ・イスラム銀行が政府によって創設されて以来約20年の歴史があるものの、現在まで同行1行のみの状況だ。市場規模は30億米ドル弱で、同銀行はマレーシアの国境に近くムスリム人口が多い深南部各県に支店が集中している。イスラム金融を通じた二国間の関係強化の具体的な方策は、現時点では詳らかにはなっていない。考えられる方向性としては、一つは貿易金融業務にイスラム銀行が参入することによって輸出入を活性化させることが目的と考えられる。もう一つは、経済発展が遅れている深南部地域の振興のため、イスラム銀行を資金のチャンネルにすることでサウジの資金を活用することが考えられる。同じ東南アジアにおいてムスリムが少数派のフィリピンがイスラム金融に力を入れ始めている中、タイでも同様の動きがみられるといえよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第918回:不安な時代、人はまず何を求めるのか? ――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(後編)――

第918回:不安な時代、人はまず何を求めるのか?
――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(後編)――

前回は、コロナ禍で若者のキャリア意識が変化し、その方向性が都市と地方で異なっていたことをご紹介しました。今回は、その変化がどのように行動や意欲につながっていたのかを見ていきます。

分析の結果、地方大学の学生では、「働く条件」を重視する意識が、「職場の人間関係を大切にしたい」という意識と結びつき、それが地元で働きたいという志向を後押ししていました。

つまり、安心できる条件があり、信頼できる人間関係が想像できるとき、人はその場所にとどまり、関わろうとするということです。

ただし、ここで一つ重要な点があります。人間関係を重視する意識は、それだけでは自己成長や挑戦意欲には直結していませんでした。鍵となっていたのは、「社会からどう評価される仕事か」「誰の役に立つのか」という社会的意義の感覚です。

データが示していたのは、
働く条件人間関係社会的意義自己成長
という順序でした。

この結果は、企業の人材マネジメントにも示唆を与えます。不安定な環境下で、いきなり「挑戦しろ」「成長せよ」と求めても、人は動きません。

まず必要なのは、

・安心して働ける条件
・孤立しない人間関係
・自分の仕事が誰の役に立つのかという意味づけ

です。その土台があって初めて、内発的な意欲や挑戦が立ち上がります。

これは若手社員に限った話ではありません。変化の激しい時代において、勤労意欲を高める鍵は、能力や根性ではなく、順序にあるのかもしれません。

安心のあとに、意欲は生まれる。
その順序を無視しないことが、これからのマネジメントには求められているように思います。

 

調査にご協力くださった方々にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2025). During the COVID-19 Pandemic, the Gap in Career Awareness Between Urban and Rural Students Widened. Psychology International, 7(4), 103.
https://doi.org/10.3390/psycholint7040103

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第917回:不安な時代、人はまず何を求めるのか? ――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(前編)――

第917回:不安な時代、人はまず何を求めるのか? ――コロナ禍で変わった若者のキャリア意識(前編)――

前回は、海外駐在員の適応とパフォーマンスにおける「順序」についてお話ししました。今回は視点を変え、コロナ禍が若者のキャリア意識にどのような変化をもたらしたのかを取り上げます。

拙稿(Kokubun, 2025)では、2020年末から2021年初頭にかけて、日本の大学生516名を対象に、パンデミック前後で「仕事に何を重視するようになったのか」を分析しました。

まず確認されたのは、学生全体が「安定」や「人とのつながり」を、以前よりも重視するようになったという点です。ただし興味深いことに、その現れ方には都市と地方で明確な違いがありました。

地方の大学に通う学生ほど、安定した収入、福利厚生、無理のない働き方、勤務地といった「働く条件」への関心を強めていました。一方、都市部の大学に通う学生では、自己成長ややりがい、自分らしさといった「自己価値(セルフワース)」への関心がより強まっていたのです。

つまり、同じ不安定な環境に直面しながらも、地方の学生は「まず安心できる環境」を、都市の学生は「自分は何者として働くのか」を、それぞれ強く問い直していたといえます。

重要なのは、どちらが正しいかではありません。危機の中で、人はまず自分にとって欠けているものから意識を向けるという点です。

この違いは、企業の中でもしばしば見られます。不確実性が高い局面では、若手社員の中にも「まず安心できる環境」を求める層と、「それでも成長や自己実現を求める層」が同時に生まれ、同じ施策でも響き方が大きく分かれるのです。

では、こうした違いは、働く意欲や行動にどのようにつながっていくのでしょうか。
次回は、人間関係・地元志向・内発的動機づけの関係から、企業や管理職への示唆を考えます。

次回に続きます。

調査にご協力くださった方々にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2025). During the COVID-19 Pandemic, the Gap in Career Awareness Between Urban and Rural Students Widened. Psychology International, 7(4), 103.
https://doi.org/10.3390/psycholint7040103

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第539回 マレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は5.7%

第539回 マレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は5.7%

1月16日に発表されたマレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は前年同期比5.7%で、第3四半期の5.2%からさらに加速しました。その結果、2025年通年の経済成長率は4.9%程度になると見込まれ、その結果、2025年通年の経済成長率は4.9%程度になる見込みです。これは現在の政府予測である4.0〜4.8%の上限を上回り、昨年7月に下方修正される前の政府予測4.5〜5.5%に近い水準です。これは、トランプ関税の悪影響を受けると懸念されていたマレーシアが、実際にはその影響を免れたことを示しています。

 

2025年第4四半期の経済が好調だった理由は、製造業が6.0%増(第3四半期は4.1%増)、サービス業が5.4%増(同5.0%増)と、ともに伸びたためです。年前半は振るわなかった自動車販売も年後半に伸び、82万752台と過去最高を更新しました。これによりインドネシアを上回り、ASEAN最大の自動車販売台数を記録したと報じられています。

図は2024〜25年のマレーシアの四半期GDP成長率の推移です。 2024年第2四半期にピークを付けた後、減速傾向にあったマレーシア経済が、2025年後半に持ち直したことが分かります。

 

本連載の第512回、2025年初の時点で、筆者はマレーシアの2025年の経済成長率は当時の政府予測の下限(4.5%)を下回るのではないかと書いていました。実際、年前半はそのような推移でした。しかし、年後半になった経済は予想外に大きく持ち直しました。さまざまな要因がありますが、筆者は国内外でのAI・データセンター特需が影響しているとみています。事実、半導体が経済の中心を担っている台湾の2025年の経済成長率は8.63%と過去15年で最高を記録しました。

 

 

同時に、外国為替市場では対ドルでリンギ高が進んでいます。2025年1月には1ドル=4.5リンギ前後であったものが、2025年を通じてリンギ高が進み、2026年1月23日には遂に1ドル4.0リンギの壁を突破しました。

 

経済が好調で為替レートが上昇しているということは、ドル建ての一人当たり国民所得(GNI)を基準とする世界銀行の定義による「高所得国入り」にマレーシアが近づいたことを意味します。筆者の概算によれば、1ドル=4.0リンギで計算した場合、マレーシアの2025年のドル建て一人当たりGNIは14,500ドル前後になります。これは、2024年の世銀の基準における高所得国の下限である13,937ドルを上回ります。ただし、2025年の平均為替レートは1ドル=4.28リンギ程度であり、このレートで計算すると一人当たりGNIは13,500ドル程度にとどまります。

 

また、世界銀行が高所得国入りの判断に使う為替レートは3年移動平均であり、2023年と2024年は1ドル=4.5リンギを超える水準で推移していました。さらに、高所得国入りの基準は毎年変動しており、例年数%ずつ上昇しています。したがって、現在のリンギ高が反映され、世銀の基準で公式にマレーシアが高所得国入りしたと発表されるのは、2028年頃になると予想されます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第585回 MBSBのCEOがAIBIMの新会長に就任

【イスラム金融の基礎知識】第585回 MBSBのCEOがAIBIMの新会長に就任

Q: AIBIMの会長が交代したそうですが、新会長はどのような人物ですか?

A: マレーシアでイスラム銀行業をてがける銀行が加盟する業界団体であるマレーシア・イスラム銀行金融機関協会(AIBIM)の発表によると、昨年12月に退任したモハメド・ムアッザム・モハメド前会長の後任として、MBSB銀行のラフェ・ハニーフ社長が、1月に新会長に就任した。任期は2026-2028年の3年間。

ウェブサイトの情報によると、新会長はマレーシア国際イスラム大学で世俗法とイスラム法を学んだ後、ハーバード大学の大学院で法学修士を取得した。1999年にロンドンのHSBCに就職してUAEなど中東を担当し、同銀行のイスラム銀行業部門であるHSBCアマーナのCEOを務めた。マレーシアに戻ると、2019年から23年までCIMBの幹部職を歴任、2023年からは独立系イスラム銀行であるMBSB銀行の社長を務めている。

他方、昨年いっぱいで退任したモハメド氏は、同じく独立系イスラム銀行のバンク・イスラムのCEOを務めた人物で、同銀行のCEOを辞すと同時に会長職からも身を引いた恰好となる。なお今回のAIBIMの役員人事について、異動は会長職のみで、他の幹部職(副会長・事務局長・会計)には変更がない。

AIBIMは新会長について、金融のガバナンス、イノベーション、サステイナブルの各分野で優れた実績を有することと、幅広いリーダーシップや深い業界専門知識を持っていると指摘したまた、同協会の2025-27年の3カ年計画において、協会がマレーシアのイスラム金融産業においてリーダーシップを強化すること、業界の仲介を積極的に行うこと、そしてマレーシアが世界的なイスラム金融のハブになることを目指しており、新会長はこの取り組みを進めていくとしている。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第916回:海外で成果を出す人に共通する、たった一つの順序

第916回:海外で成果を出す人に共通する、たった一つの順序

今回は駐在員の知性とパフォーマンスについてです。拙稿(Kokubun et al., 2025)は、日本人駐在員184名を対象に、感情的知能(EQ)と文化的知性(CQ)が、海外適応や仕事の成果にどのように関係するかを分析しました。その結果、駐在員の成長には明確な「段階」があることが明らかになりました。

最初に必要なのは「温かい心」

海外赴任の初期段階で重要なのは、次のような“心のあり方”でした。

  • 異文化に関心を持つ姿勢
  • うまくいかなくても踏み出そうとする意欲
  • 自分の感情を前向きに使う力

研究では特に、「動機づけ型の文化的知性(Motivational CQ)」と、「感情を活用する力(Use of Emotion EQ)」が、現地適応やワークエンゲージメントを強く支えていることが示されました。

つまり、最初に求められるのは「正確さ」や「合理性」ではなく、関わろうとする姿勢そのものでした。

興味深いのは、冷静な判断力や高度な分析力は、この段階ではまだ決定打にならない点です。論文ではこの段階を、「ウォームハート(温かい心)」が必要な時期と表現しています。相手を理解しようとする姿勢、失敗を恐れずに踏み出す勇気――それこそが、グローバル環境での第一歩といえそうです。

成果を分けるのは「冷静さ」だった

では、現地に慣れ、仕事が本格化した後はどうでしょうか。ここで求められる能力は、大きく変化します。研究が示したのは、成果を左右するのは次のような力でした。

  • 感情をコントロールする力(Emotion Regulation EQ)
  • 状況を俯瞰し、適切に判断する力(メタ認知CQ)
  • 相手に応じて行動を調整する柔軟性(行動CQ)

つまり、感情に流されず、冷静に対応できる力が、パフォーマンスと強く結びついていたのです。

論文は、この変化を、次のように表現しています。

Cool head after warm heart
(温かい心のあとに、冷たい頭)

最初は共感と意欲で飛び込み、次第に冷静な判断力で成果を出す。この順序が逆になると、かえってうまくいかない可能性があります。

グローバル人材育成への示唆

この研究は、企業の人材育成に重要な示唆を与えます。

多くの組織では、早い段階から「成果」や「合理性」を求めがちです。しかしそれでは、現地適応が追いつかず、結果としてパフォーマンスも伸びにくい可能性があります。

むしろ必要なのは、

  1. まず関係構築と心理的余白をつくる
  2. 次に判断力・調整力を育てる
  3. その上で成果を求める

という順序です。

海外駐在に限らず、多様な人と働く現代の職場でも同じことが言えるでしょう。

最初に必要なのは、「うまくやる力」ではなく、相手と向き合い、関係を築こうとする力です。そしてその先にこそ、はじめて本当の成果が生まれます。

 

 

調査にご協力くださった方々にこの場を借りて心より感謝申し上げます。
論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K., Nemoto, K., & Yamakawa, Y. (2025). Cool head after warm heart. Hypothesis and verification of a developmental phase model showing the relationship between emotional and cultural intelligence, intercultural adjustment, work engagement, and performance of expatriates. Personality and Individual Differences, 246, 113288.
https://doi.org/10.1016/j.paid.2025.113288

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第538回 米国の半導体への高率関税のマレーシアへの影響

第538回:米国の半導体への高率関税のマレーシアへの影響

連載537回で、「マレーシア側が大幅に譲歩しながらも米馬貿易協定を締結した最大の理由は、半導体について通商拡大法232条が発動される確率を低くするため」と書きました。この点について、もう少し詳しく見ていきます。

まず、現状、半導体・関連製品には相互関税が課されていません。2025年4月11日に発出された「大統領令14257号(2025年4月2日付、改正後)に基づく除外の明確化」には、半導体・関連製品を相互関税の対象から除外することが定められ、「半導体(semiconductors)」とは何であるかが明確化されています。

この文書によれば、相互関税から除外されている「半導体」には以下のものが含まれます。

・PC、ノートPC等(HTSUS 8471)

・半導体製造装置(HTSUS 8486)

・スマートフォン(HTSUS 85171300)

・SSD(HTSUS 85235100)

・フラットパネル・ディスプレイ・モジュール(HTSUS 85285200)

・ダイオード・トランジスタ等の半導体デバイス(HTSUS 8541)

・電子集積回路(HTSUS 8542)

2024年の米国のマレーシアからの輸入額のうち、57%が電子製品(ASEAN平均37%)で、うち73%(同67%)が上記の定義による「半導体」となり、輸出全体の41%(同25%)が相互関税から除外されていることが分かります。いずれも、ASEAN平均よりも高く、マレーシアはASEANで相互関税からの半導体除外で最も恩恵を受けている国であることが分かります。

この数値を用いてマレーシアの電子・電機製品に対する実質的な相互関税率を計算すると5.1%となり、名目上の相互関税率19%より大幅に低くなります。マレーシアの輸出全体について平均相互関税率を計算すると11.2%となります。

同時に、もしこの「半導体」に100%の関税率が課された場合に実質的な関税率がどうなるかを計算すると、なんと電子・電機製品への実質的な相互関税率は73.1%、対米輸出全体についての相互関税率は52.5%にまで跳ね上がります。

このように計算すると、マレーシアが米国と不利な貿易協定を結んだのは、通商拡大法232条が発動される確率を低くするためであるということにも納得できます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第584回 CIMBが手がけたスクークをめぐる訴訟

第584回 CIMBが手がけたスクークをめぐる訴訟

Q: 高速道路建設の遅延をめぐり、CIMBが訴えられたようですが?

A: CIMBが1月、ブルサ・マレーシア(証券取引所)に提出した書類によれば、CIMBの子会社であるCIMB投資銀行が起債を手がけた高速道路運営会社のスクークをめぐり、出資者から利払いや損害賠償等を求めて民事訴訟を起こされたことが明らかになった。高速道路運営会社の社長も、すでに背任やマネーロンダリングなどの罪で起訴されており、問題が拡大している。

報道などによると、高速道路の運営を手掛けるマジュ・ホールディングス社は、プトラジャヤとKLIAを結ぶ高速道路の延伸工事を計画、資金調達のため特別目的会社であるMEX II社を立ち上げた。同社は、額面13.8億リンギ、期間15年、年利6.1%のスクーク・ムラーバハを2016年に発行した。発行に際しては、CIMB投資銀行はプリンシパル・アドバイザーなどの役割を担った。工事は同年に始まり、2019年に完成予定であった。ところが資金不足等で工事が頓挫、2023年の調査段階でも10%以上の未完成部分を残しており、現在も状況は改善されていないとみられている。工事に加え、利払いも2021年以降滞っており、2022年にMEX II社は破産管財人の管理下に入った。さらに2025年9月マジュ社のアブ・サヒド・モハメドCEOが、背任やマネーロンダリングなど複数の罪状で起訴された。

こうした状況を踏まえ、スクークの43%を保有する政府系信託会社や保険会社など14社が原告となり、未払い利息の支払いや損害賠償を求めて、MEX II社、マジュ社、同社CEO、CIMB投資銀行など12の会社・個人を被告とする訴訟を起こすに至った。対象プロジェクトの契約不履行によってスクーク購入者に損害が生じた場合、起債を手がけたイスラム銀行に責任がどう及ぶか、注目の訴訟といえよう。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。