【総点検・マレーシア経済】第527回 トランプ関税、マレーシアの税率は19%に。その評価は?

第527回 トランプ関税、マレーシアの税率は19%に。その評価は?

7月31日、トランプ関税の税率が発表され、マレーシアの税率は19%と判明しました。ASEAN10カ国のうち、7月31日の大統領令に記載の無いシンガポールは10%、それを除くとマレーシアの19%はインドネシア、フィリピン、カンボジア、タイと並んで低い方に入ります。少なくとも、ASEANの中で他国に対して不利になることはありませんでした。

その後、マレーシア側が約束したとされる米国への譲歩が、各種報道により明らかになってきました。まず、マレーシア側の関税率については、11,444品目のうち、11,260品目(98%)について、関税の引き下げか撤廃を約束したことが分かりました。一見、大幅な譲歩に見えますが、これには裏があります。まず、関税の撤廃を約束したのは6,911品目(61%)で、残りの品目については関税の引き下げとなります。引き下げ幅は明らかになっていません。さらに、関税を撤廃する6,911品目のうち実に6,567品目はもともと無税であり、実際に関税を撤廃するのはわずか344品目だというのです。

その他、マレーシアが米国側に約束したものとしては、マレーシアに立地する多国籍企業が今後5年間で最大1,500億ドル規模の米国製装置・機器の購入、今後5年間で700億ドルの対米投資、ペトロナスが米国産LNGを年34億ドル相当購入、テナガ・ナショナルが年間4260万ドル相当の石炭を購入、テレコム・マレーシアによる約2億ドルの通信機器の購入、ボーイング機30機(95億米ドル相当)を追加購入などがあります。

この中で気になるのは「今後5年間で最大1,500億ドル規模の米国製装置・機器の購入」の項目です。半導体・航空宇宙・データセンター向けとありますが、2024年のマレーシアのアメリカからの総輸入額は約280億ドルで、これを5倍すると「最大1500億ドル規模」とほぼ一致します。一方、半導体・航空宇宙・データセンター向けに限ると年間輸入額は約130億ドルなので、最大1500億ドル規模を実現するためには、現在の輸入額を倍増させなければなりません。さらに、その主体はマレーシアに立地する多国籍企業とされているので、購入額は更に限定されます。

つまり、1500億ドルが「半導体・航空宇宙・データセンター向けを含む全輸入」であれば、今後、米国からの輸入を年間数%ずつ増やせば達成されることになります。一方、半導体・航空宇宙・データセンター向けの財のみ、しかも多国籍企業の購入分に限定される、という条件での達成はほとんど不可能に思われます。その真相は不明ですが、「最大(up to)」の表現が気になります。

さらに8月6日、トランプ大統領は米国に輸入される半導体のほぼすべてに100%の関税を掛けると発表しました。マレーシアから米国への輸出のうち半導体(HS8542)が占める比率は約20%、関連品目を含めると約30%に達します。トランプ大統領は、米国内に工場を持つ企業の輸入については関税を免除するとしており、インテルなどは関税を免除されることになりますから、その分の影響は小さくなります。

こちらも、詳細が分からないうちは、マレーシア経済への影響はなんとも言えません。しかし、トランプ大統領によって次々と関税政策が打ち出され、詳細が分からず、また頻繁に変更されるという状況は、マレーシア経済にとってマイナス材料なのは間違いありません。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第526回  マレーシアの2025年第2四半期GDP成長率の事前推計値は4.5%と底堅いが…

第526回  マレーシアの2025年第2四半期GDP成長率の事前推計値は4.5%と底堅いが…

7月18日、マレーシア統計局は2025年第2四半期GDP成長率の事前推計値を4.5%と発表しました。これは、第1四半期の4.4%成長を上回っており、予想外の底堅さを見せたと言えます。マレーシアの四半期GDP成長率は2024年第2四半期の前年同期比5.9%をピークに、以降、5.4%、4.9%、4.4%ときれいに0.5ポイントずつ減速してきました。その低下トレンドが止まったことになります。

部門別に見ると、前四半期より減速しているのは製造業(4.1%→3.8%)、鉱業(-2.7%→-7.4%)、建設業(14.2%→11.0%)、加速しているのはサービス業(5.0%→5.3%)、農業(0.6%→2.0%)となります。全体としては減速気味なのは間違いなく、経済に占めるシェアが大きいサービス業が底堅いために踏みとどまっている状況に見えます。

 

同日に公表されたマレーシアの6月の輸出は前年同月比3.5%減で、5月の1.3%減に続いて2カ月連続で減少しました(図1)。このところ大幅に増加していた米国向け輸出についても、2025年3月の50.8%増をピークに6月には4.7%増にまで減速しています(図2)。

これらの状況を総合すると、2025年第2四半期のGDP成長率の意外な底堅さは、トランプ関税への対応による輸出前倒し効果が4月にはまだ残っていたことによるもので、実際には経済は減速トレンドにあるように見えます。

 

傍証としては、7月9日、バンクネガラは政策金利(OPR)を3.0%から2.75%に引き下げました。バンクネガラの金利変更は、2023年5月に2.75%から3.0%に利上げを行って以来2年2カ月ぶりで、利下げの理由については不確実性の中での「予防的(pre-emptive)」なものと述べられています。RON95の改革についても具体的な発表は9月末で多くの国民にとって価格は「下がる」と報じられ、アンワル首相は7月23日に成人への100リンギの給付を発表しています。

 

7月末には第13次マレーシア計画が上程され、8月1日までにマレーシアと米国の関税率の交渉がまとまるかもマレーシアの経済成長率に影響を及ぼす可能性があります。ここ1週間の動きは要注目です。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第525回  マレーシアへの相互関税は25%、これからどうなる?

第525回  マレーシアへの相互関税は25%、これからどうなる?

4月9日以降、トランプ政権が導入した「相互関税」の執行は10%のベースライン関税を除いて90日間停止されていましたが、その期限である7月9日前後に様々な動きが見られました。まず、トランプ大統領は相互関税の実施を8月1日からと発表し、実質的に猶予期間が約20日延長されました。

同時に、トランプ政権は各国に対して個別の相互関税率を通知しました。7月9日までに正式に交渉がまとまったのはイギリスとベトナムのみで、イギリスは米国製品の購入などを条件に相互関税率は10%に(他に自動車低関税輸入枠)、ベトナムは米国製品への関税を0%にすることを条件に、相互関税率は当初の46%から20%に引き下げられ、「積替輸出(Transshipment)」については税率40%で決着しました。

マレーシアには7月7日、相互関税率を25%とする旨を通知する書簡が届きました。この書簡は非常に攻撃的で礼節を欠くものでしたが、日本とマレーシアで国名以外は同一の内容が使い回されており、真剣なメッセージとして深読みする必要はありません。また、マレーシアと日本は共に相互関税率が24%から25%に1%上昇していますが、他の国も微妙に関税率が変更されており、これも特別な意味はなく、関税率を切りの良い数字に整理する一環と考えられます。

これに対し、ザフルル通商産業大臣は引き続き8月1日までの交渉を目指すことを表明し、合意に至る確率は50%と述べました。また、ザフルル大臣は国益を犠牲にしてまで合意にこだわることはないと明言しています。交渉の焦点となっているのはハラル食品で、マレーシアは米国産の牛肉や鶏肉の輸入を認めていませんが、「彼らが基準を守るのであれば」それを認めるとザフルル大臣は述べています。

一方で、譲歩しない「レッドライン」として挙げているのは「デジタル税」で、デジタル製品への課税は国家主権に関わるため譲れないとしています。その他のレッドラインには、電子商取引、政府調達、健康や技術に関連する基準に関する法律が含まれると発言しています。

マレーシア側はマレーシア航空がボーイング機30機を購入することに加え、さらに30機の購入を米国との交渉で提示していると報じられました。しかし、同時期に、エアアジアがエアバス機を70機、マレーシア航空が20機購入することが報じられるなど、米国に対して地道な「けん制」も行っています。

アンワル首相は米国との関税交渉を継続すると語り、7月10日には米国のルビオ国務長官と会談しました。一方で、それに先立つ7月9日、ASEAN外相会議の開幕に当たり、かつては成長を生み出すために使われていた関税が、今では圧力をかけ、孤立させ、封じ込めるために使われていると警告しました。

その後も、トランプ大統領は外交的に対立するブラジルに50%の相互関税を課すと発表するなど、現時点で提示されている関税率は実務的なものではなく「ディール」の道具となっています。8月1日に向けてさらなる紆余曲折が予想され、引き続き予断を許さない状況です。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第524回  経済複雑性指数(ECI)、その意味は?

第524回  経済複雑性指数(ECI)、その意味は?

6月24日、経済複雑性指数を提唱したヒダルゴ教授が興味深い論文をX(旧Twitter)に投稿していました。「経済的複雑性指数(economic complexity index: ECI)」は1国の輸出がいかに「複雑性が高い=高度」なものであるかを計算する指数で、マレーシアでは「新産業マスタープラン(NIMP2030)」の中で、「高い経済的複雑性を持った競争力のある産業」という目標として掲げられています。

経済的複雑性が高い国とは、1)多様な財を輸出している、2)輸出している財を生産できる国が限られている、3)同様の財を輸出している国の経済的複雑性もまた高い、という特徴を持つ国です。この指数が高い国は経済成長に有利であることなどが経験的に知られていましたが、ECIは経済学の概念と言うよりは物理学の概念に近く、なぜそうなのかという点については分かっていませんでした。

ヒダルゴ教授が紹介した「経済複雑性の理論(The Theory of Economic Complexity)」という論文では、ECIが実際に「その国がどれだけ多くの生産のための能力を持っているか」を正確に測定していることを数学的に証明しました。つまり、ECIが何を計測しているのかを突き詰めると、それは、半導体技術、材料科学、ソフトウェア開発力など、その国がどのような種類の能力を高い水準で持っている確率が高いのか、ということになると示したのです。

また、この論文では、経済の複雑性≒多様性であり、後進国:低多様性(農業・資源のみ)→中進国:高多様性(様々な産業に参入)→先進国:特化(最も得意な高複雑性製品に集中)、というようなパターンで経済が発展することを予測しています。必ずしも多様な財を輸出していないスイス、シンガポール、フィンランドなどの小規模な国が高いECIを持ち、高所得国であることと整合的です。 マレーシアのような人口規模が大きくない国にとって、この予測は希望が持てるものです。

図は1998年から2023年のマレーシアのECIと世界ランクの推移を示したものです。マレーシアのECIは2000年代に入って世界平均の0を超えて順調に上昇しましたが、2010年代に入ると1前後で停滞しています。同時に、世界ランクも50位前後から20位台に上昇しましたが、その後は横ばいとなっています。

2023年のマレーシアのECIは1.04で世界27位ですが、これが1.23まで上昇するとベルギーと並んで世界20位となります。マレーシアとしては、まずはこのTOP20入りを果たしたいところです。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第523回  7月1日より売上・サービス税の課税品目拡大、紆余曲折を振り返る

第523回:7月1日より売上・サービス税の課税品目拡大、紆余曲折を振り返る

 

7月1日より売上税(Sales Tax)とサービス税(Service Tax)、いわゆるSSTの課税品目の拡大が行われます。これは、昨年秋の2025年予算の段階で予告されており、また当初5月1日より導入される予定が、業界の反対に実施が延期されていたものです。

 

マレーシアの税制は過去10年間で大きく変遷してきました。2015年4月にナジブ政権がSSTに代わって6%の物品・サービス税(GST)を導入しましたが、これが物価上昇への国民の不満を招きました。2018年、マハティール政権はGST廃止を公約に掲げて勝利し、同年9月にSSTを復活させました。この政策転換により、非課税品目が5,443品目に拡大され、国民負担は軽減されたものの、政府は年間220億リンギという大幅な減収に直面しました。

 

その後、財政再建への要請からGSTを復活させる提言が各所から出され、2024年の予算文書には「SSTよりGSTが優れている」という記事が掲載されたこともありました。しかし、アンワル首相は最低賃金が3000〜4000リンギになるまで、つまり、おそらくはあと10年程度はGSTを復活させることはないと明言しています。

 

そうはいっても財政は苦しいわけで、代替案としてSSTの税率引き上げ・課税対象品目の拡大が行われてきています。2024年にはサービス税が6%から8%に引き上げられました。ただ、飲食や通信、物流サービスなどの税率は6%のままとなっていました。

 

今回のSSTの課税品目拡大は図のようなものです。売上税は一部の「任意購入・非必需品(discretionary and non-essential goods)」について5%、10%の税率で新規に課税が行われ、サービス税については6つの新分野について新たに課税が行われることになりました。

2025年予算を読み返すと、売上税は194億リンギ(24年)→208億リンギ(25年)に、サービス税は215億リンギから260億リンギへの増収が見込まれています。売上税分が14億リンギ、サービス税分が45億リンギの増収見込みなので、サービス税の引き上げの方が3倍程度影響が大きいことが想定されています。

 

こうした方向性は、アンワル首相が就任当初から繰り返している「選択的補助金(Targeted Subsidy)」政策と整合的です。要するに、所得上位階層には補助金を与えず、逆に所得上位階層から税金を取る、ということになります。図にあるように、マレーシアが国として振興している教育サービスや外国人向けの民間医療についても増税となるため、産業政策的にはマイナスになりますが、そうであっても財政再建が重要、というスタンスであると捉えることができます。

 

世界経済が不安定で原油価格も軟調な中、2027年後半には総選挙が見込まれるため、アンワル政権は早いうちに補助金改革と税制改革を済ませたいと考えているはずです。それらが2025年で打ち止めになるのか、26年も続くのかは景気次第ともいえるでしょう。

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【総点検・マレーシア経済】第522回  マレーシアへの中国からの輸入が急増?

第522回  マレーシアへの中国からの輸入が急増?

5月20日に発表された貿易統計によると、マレーシアの2025年4月の中国からの輸入は前年同月比20.6%増の298億リンギとなり、国別では2位の米国(185億リンギ)に大差を付けて輸入先の1位となっています。5月27日付の日本経済新聞電子版では、「東南ア、中国から輸入2割増——米関税で受け皿に 低価格品、日系企業に脅威」というタイトルで、トランプ関税により対米輸出が困難になった中国から、マレーシアを含めた東南アジアへの輸出が急増している、という記事が掲載されています。

直感的には、最大の輸出先を失った中国企業が安値で東南アジア市場に輸出攻勢を掛けるというシナリオはありうるように思われます。そこで、2025年4月のマレーシアの中国からの輸入をHSコード4桁レベルで整理し、輸出額が前年同月比で増加した上位10品目を示したものが表1となります。

 

4月に中国からの輸入が最も増えた品目はHSコード8471の「コンピュータ・データ処理機器」です。ただ、さらにHSコード10桁まで調べていくと、輸入が増加しているのはPCではなく、サーバー類であることが分かります。サーバー類の輸入は前年同月比で9倍に増加しています。

 

次に輸入が増えているのはHSコード8517「電話機・通信機器」です。これもより詳しく見ていくと、最も増えているのはルーターなどのネットワーク機器で前年同月比2.9倍、続いてスマートフォンで前年同月比34%増となっています。3番目に増えているのはHSコード8703「乗用車」で、細かくみていくとEVが前年同月比3倍増となっています。4位以下は、ほぼ全てが工作機械や電子部品などで、消費者向けの商品はありません。

 

このように見てくると、4月の段階でマレーシア向けの輸出が増えているもののうち、消費者向けの商品といえるのはEVとスマートフォンですが、その貢献分はそれほど大きくありません。むしろ、大幅に増えているのはサーバーやルーター、産業機械、電子部品などで、これは「米国市場の失った中国の消費財が東南アジアに流れ込む」というストーリーとは合致しません。

 

トランプ関税が二転三転している上に、その影響は時間差を持って出てくるので、あくまで4月時点では、という但し書きが付きますが、中国からマレーシアに輸出が急増しているのは主にデータセンター関連と工作機械、電子部品で、昨今のデータセンターブームと「迂回生産」が原因であると見ることが出来ます。ちなみに、4月のマレーシアの米国からの輸入は前年同月比111.8%増というとんでもないことになっており、これはやはりサーバー類の輸入が前年同月比で約600倍(!)になった影響です。米国からAI半導体の輸出に制約がかかる前に輸入しておこう、ということなのかもしれません。マレーシアのデータセンターブームは、貿易統計に大きな影響を与えるレベルになっており、ちょっと過熱しすぎでは、と心配に思うぐらいになっています。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第521回  3月の対米輸出の激増、何が増えた?

第521回:3月の対米輸出の激増、何が増えた?

 

マレーシアの3月の対米輸出は、前年同期比で50.8%と急増しました。これは、輸出先の上位3ヵ国である中国が1.3%減、シンガポールが9.7%増であるのと比べて突出しており、トランプ関税前の駆け込み輸出が起こったとみるのが妥当でしょう。

表1はマレーシアの3月の対米輸出額上位10品目を見たものです。輸出額がもっとも多いのはCPUなどが含まれる「電子集積回路」で前年同月比85.4%増となっています。輸出額の2位はコンピュータ全般が含まれる「自動データ処理機械」で、前年同期比約12倍と大幅な伸びを示しています。その他の上位品目も軒並み2桁〜3桁の増加を示しており、例外的にローテクの半導体デバイスとプリンターなどが大幅に減少しています。

対米輸出が前年同月比12倍増になっているHSコード8471「自動データ処理機械」の内訳をより詳しく見ると、HSコード8471.50の輸出が前年同期比21倍増になっています。品目名は「自動データ処理機械及びこれを構成するユニット並びに磁気式又は光学式の読取機、符号化したデータを記録媒体に転記する機械及びこのようなデータを処理する機械…」と続く長いものですが、要するにノートPCでもデスクトップPCでもないコンピュータ、という理解が出来ます。サーバーなどはこのカテゴリに入りますが、マレーシアから米国へのサーバーの輸出が激増している、というのは少し違和感があります。

そこで、表2は2025年3月の米国側のデータから、マレーシアからの輸入額上位10品目をみたものです。輸入額の1位はHTSコード(HSコードの米国版)8542「電子集積回路」でマレーシアの1位と同じ、金額もマレーシア側の輸出額に対して1.1倍と整合性があります。ところが、マレーシアから輸出が急増しているHSコード8471については、米国側の輸入では15位で、金額もマレーシア側の輸出額の1/10程度しか計上されていません。輸出入のタイムラグがあるといっても、これでは差が大きすぎます。

考えられるのは輸出入でHSコードが変わっているケースです。疑わしいのは米国側の輸入額3位のHTSコード8473「コンピュータ部品・付属品」で、マレーシア側の輸出額の3.2倍が計上されています。さらに内訳を見ると、HTS8473.30が多くを占め、これはコンピュータ等に利用されるプリント基板(PCB)、ということになります。CPU などが載ったPCBが、マレーシア側ではキーボードや画面のないPCとして分類され、米国側ではPCの部品として分類されてもおかしくはありません。

これで、概ね謎が解けた気がします。2025年3月にマレーシアから米国に輸出が急増したのは、コンピュータ等に利用されるPCBである可能性が高いと考えられます。マレーシアは世界でも有数のPCBの生産・輸出国であり、トランプ関税を目前に、PCをはじめとする様々な電子機器の中核的な部品として利用されるPCBが駆け込みで大量に輸出された、と解釈するのが自然であると考えられます。

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【総点検・マレーシア経済】第520回 マレーシアの2025年の経済成長率はどうなるのか

第520回:マレーシアの2025年の経済成長率はどうなるのか

4月24日、IMFは世界経済見通しの中で、マレーシアの2025年の経済成長率の予測を4.7%から4.1%に下方修正しました。4月25日、世界銀行もマレーシアの2025年の経済成長率予測を4.5%から3.9%に下方修正しています。マレーシア政府は現時点で2025年の経済成長率を4.5%〜5.5%としていますが、こうした発表を受けて、バンク・ネガラのアブドゥル・ラシード総裁は見通しを下方修正する可能性に言及しています。

これに先立つ4月18日、統計局はマレーシアの2025年第1四半期の経済成長率の事前予測値を前年同期比4.4%と発表しました。これは、前四半期の5.0%から大きく減速しています。セクター別に見ると、2024年は通年で17.5%と高い伸びを見せた建設業が前四半期の20.7%から14.5%にまで減速し、製造業は4.4%から4.2%に、サービス業は5.5%から5.2%に、鉱業は-0.9%から-4.9%にまで落ち込んでいます。

図1はマレーシアの四半期別GDPの推移を過去2年間についてみたものです。マレーシアの四半期GDPには強い季節性があり、例年、年末に向けてGDPが伸びていく傾向があります。つまり、マレーシアの経済成長率が通年で前年並みを達成するには、下半期にかけて経済が順調に拡大することが前提となります。

しかし、現在の世界情勢は先を見通せない状況です。特に、トランプ政権の関税政策が不透明で世界貿易に大きな影響を与えています。図2はマレーシアの主米国向けの輸出額の推移を月次で見たものです。昨年末からトランプ政権の関税政策を見越した前倒し輸出により、輸出が大きく伸びましたが、2025年3月は前年同期比50.8%増とそれが極限に達しています。どこかの時点で大きな反動が来ることが予想され、それに対応して製造業のGDPの伸び率が低下することが見込まれます。

原油価格の低下も懸念材料です。年初は1バレル=80ドル近辺だった原油価格(ブレント)は、直近で60ドルを割り込みました。鉱業部門のGDPが落ち込むことが懸念されると共に、ペトロナスからの分配金の減少により、政府支出にも影響がでることが考えられます。

こうした状況を踏まえると、現状ではマレーシアのGDP成長率が政府予測の4.5%〜5.5%に収まる可能性は低いと言えます。すべてはトランプ政権の関税政策次第とも言えますが、政府の経済成長率の下方修正は避けられないと筆者は考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第519回 マレーシアに対する米国の相互関税率は24%、しかし1年違えば…

第519回:マレーシアに対する米国の相互関税率は24%、しかし1年違えば…

 

4月7日、ザフルル投資貿易産業大臣はマレーシアが米国製品に課している関税率は平均5.6%であり、米国側が主張する47%ではないと述べました。この47%という数字は、4月2日にトランプ大統領がホワイトハウスで発表した各国に対する相互関税率の根拠とされるものです。結果として、マレーシアに対する相互関税率は米国側の「厚意」により、47%の半分である24%と設定されました(4月9日には実施が3カ月延期と発表)。

米国が示した各国の対米関税率は、実際の関税だけでなく非関税障壁や各国の経済状況を考慮したものとされています。しかし、各メディアが報じているように、実態は2024年の米国の対各国貿易赤字額を各国からの輸入額で割った単純な計算式です。一応の理論的背景はあるものの、結果ありきでこの計算方法が選ばれた印象は否めません。

米国国際貿易委員会(USITC)のデータを米国側の計算式に当てはめると、図1のようになります。2024年の米国のマレーシアからの輸入額は525.3億ドル、対マレーシア貿易赤字は248.3億ドル。後者を前者で割ると47%となり、これに半額割引を適用してマレーシアへの相互関税率24%が導き出されています。

相互関税を決める基準年が2024年だったことは、マレーシアにとって幸運でした。マレーシア側のデータによれば、2024年の対米輸出は23.2%増加したのに対し、輸入は42.1%も増加しており、対米貿易黒字(米国から見た赤字)が縮小していたからです。USITCのデータによると、2023年の米国のマレーシアからの輸入額は461.9億ドル、対マレーシア貿易赤字は268.3億ドルでした。上記と同じ計算をするとマレーシアの関税率は58%となり、50%割引適用後の相互関税率は29%になります。わずか1年の違いでマレーシアは5%ポイント低い相互関税率で済んだことになります。

ザフルル大臣は、マレーシアの米国向け輸出の60%が電子・電機製品であり、関税対象外となる半導体はその半分(対米輸出の30%)を占めると説明しました。しかし、残りの70%は相互関税の対象となるため、半導体が除外されてもマレーシアへの影響は大きいと見られています。

今後、この相互関税が実際に実施されるのか、またマレーシア側が米国に対してどのような働きかけを行うのかが注目されます。

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【総点検・マレーシア経済】第518回 マレーシアの投資の状況

第518回 マレーシアの投資の状況

3月25日、バンク・ネガラは2024年の経済・金融レビューを発表しました。これは年間の経済・金融システムの総まとめであり、バンク・ネガラが重要視するテーマについての分析も掲載されています。

その中から、今回は「マレーシアの投資サイクルの謎を解く」という記事を紹介します。近年のマレーシア経済は内需主導から投資牽引型へと変化しています。記事によると、マレーシアの投資は他のASEAN諸国と比べて長く低調でしたが、2023年後半から明らかな上昇トレンドに入りました。

マレーシアには過去に2度の投資上昇局面がありました。1度目は1980年代後半から1997年のアジア通貨危機までで、外資系製造業とインフラ建設が中心でした。2度目は2011年から2015年で、石油・ガス部門と不動産投資が主導しました。

現在の第3の投資上昇局面には3つの特徴があります:

  1. サービス部門の成長と製造業投資の拡大:今回はサービス業が68%、製造業が20%と比率が高まっています。製造業では電子・電機、光学製品、輸送機器の投資が拡大しています。
  1. 機械・設備投資の増加とインフラ開発の継続:労働者一人当たりの機械・設備投資は7.3万リンギから8.3万リンギまで増加し、産業高度化や生産性向上に貢献しています。また、交通インフラと環境関連投資も拡大しています。
  1. 民間部門投資の増加:民間投資の比率は77%に上昇し、投資認可額における外国直接投資の比率も45%に達しています。

バンク・ネガラは、投資プロジェクトのスムーズな実施による現在の上昇サイクルの維持と、投資の高度化やサプライチェーンのローカル化を通じた便益最大化を提言しています。

製造業とインフラ投資の活発化は1990年代の高成長期を彷彿とさせますが、当時と異なり輸出の大幅な伸びは見込めず、民間消費も落ち着いているため高度成長の再現は難しいでしょう。しかし、世界経済が不安定な中、こうした生産的な投資が経済を牽引し、マレーシアが今回の投資上昇サイクルの間に高所得国入りを達成できれば理想的であると筆者は考えます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp