【総点検・マレーシア経済】第540回 2025年12月の米国向け輸出激増の要因を探る

第540回 2025年12月の米国向け輸出激増の要因を探る

2025年12月のマレーシアの米国向けの輸出額は、前年同月比48.8%増の282億リンギとなりました。これは2024年11月の203億リンギを上回り、単月としての過去最高を大幅に更新しました。

この米国向けの輸出額の急増は何が要因になっているのでしょうか。表は2025年12月のマレーシアの米国向けの輸出について、輸出額上位10品目を示したものです。マレーシアの米国向け輸出で首位の常連であるIC(プロセッサ)を抑えて、HSコード847180「GPUカード」が首位に立っています。前年同月からの変化率はなんと59倍で、この品目だけで12月のマレーシアの米国向け輸出増加分の4割以上を占めています。その他も、上位品目は軒並み半導体・PC関連で、大きく輸出額が増加しています。

これはAIブームの一環であると言えますが、同時に米国の半導体についての通商拡大法232条の問題が関係しています。米国商務省は2025年4月から、半導体が米国の安全保障に与える影響について調査しており、270日以内にその結果が出ることになっていました。その期限が2025年12月下旬です。

実際、2026年1月14日、米国は商務省の報告に基づき、NVIDIA H200やAMD MI325Xなどの先端AI向け演算チップについて、米国内での使用をほぼ除外したかたちで、25%の関税を課すことを発表し、翌日から発効しました。これは、高性能AI半導体の中国向けの再輸出に対する事実上の課徴金という性格を持っています。

米国側の2025年12月の貿易データが発表されていないため、マレーシアから輸出されたGPUカードが米国内で使用するためのものだったのか、それとも中国への再輸出を念頭に置いたものだったかは明らかではありません。しかし、半導体に対して何らかの関税が導入されることは確実でしたから、それを避けるために駆け込みでGPUカードが大量に輸出されたというのが、2025年12月のマレーシアから米国への輸出急増の主な要因であると言えるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【総点検・マレーシア経済】第539回 マレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は5.7%

第539回 マレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は5.7%

1月16日に発表されたマレーシアの2025年第4四半期の経済成長率(事前予測値)は前年同期比5.7%で、第3四半期の5.2%からさらに加速しました。その結果、2025年通年の経済成長率は4.9%程度になると見込まれ、その結果、2025年通年の経済成長率は4.9%程度になる見込みです。これは現在の政府予測である4.0〜4.8%の上限を上回り、昨年7月に下方修正される前の政府予測4.5〜5.5%に近い水準です。これは、トランプ関税の悪影響を受けると懸念されていたマレーシアが、実際にはその影響を免れたことを示しています。

 

2025年第4四半期の経済が好調だった理由は、製造業が6.0%増(第3四半期は4.1%増)、サービス業が5.4%増(同5.0%増)と、ともに伸びたためです。年前半は振るわなかった自動車販売も年後半に伸び、82万752台と過去最高を更新しました。これによりインドネシアを上回り、ASEAN最大の自動車販売台数を記録したと報じられています。

図は2024〜25年のマレーシアの四半期GDP成長率の推移です。 2024年第2四半期にピークを付けた後、減速傾向にあったマレーシア経済が、2025年後半に持ち直したことが分かります。

 

本連載の第512回、2025年初の時点で、筆者はマレーシアの2025年の経済成長率は当時の政府予測の下限(4.5%)を下回るのではないかと書いていました。実際、年前半はそのような推移でした。しかし、年後半になった経済は予想外に大きく持ち直しました。さまざまな要因がありますが、筆者は国内外でのAI・データセンター特需が影響しているとみています。事実、半導体が経済の中心を担っている台湾の2025年の経済成長率は8.63%と過去15年で最高を記録しました。

 

 

同時に、外国為替市場では対ドルでリンギ高が進んでいます。2025年1月には1ドル=4.5リンギ前後であったものが、2025年を通じてリンギ高が進み、2026年1月23日には遂に1ドル4.0リンギの壁を突破しました。

 

経済が好調で為替レートが上昇しているということは、ドル建ての一人当たり国民所得(GNI)を基準とする世界銀行の定義による「高所得国入り」にマレーシアが近づいたことを意味します。筆者の概算によれば、1ドル=4.0リンギで計算した場合、マレーシアの2025年のドル建て一人当たりGNIは14,500ドル前後になります。これは、2024年の世銀の基準における高所得国の下限である13,937ドルを上回ります。ただし、2025年の平均為替レートは1ドル=4.28リンギ程度であり、このレートで計算すると一人当たりGNIは13,500ドル程度にとどまります。

 

また、世界銀行が高所得国入りの判断に使う為替レートは3年移動平均であり、2023年と2024年は1ドル=4.5リンギを超える水準で推移していました。さらに、高所得国入りの基準は毎年変動しており、例年数%ずつ上昇しています。したがって、現在のリンギ高が反映され、世銀の基準で公式にマレーシアが高所得国入りしたと発表されるのは、2028年頃になると予想されます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第538回 米国の半導体への高率関税のマレーシアへの影響

第538回:米国の半導体への高率関税のマレーシアへの影響

連載537回で、「マレーシア側が大幅に譲歩しながらも米馬貿易協定を締結した最大の理由は、半導体について通商拡大法232条が発動される確率を低くするため」と書きました。この点について、もう少し詳しく見ていきます。

まず、現状、半導体・関連製品には相互関税が課されていません。2025年4月11日に発出された「大統領令14257号(2025年4月2日付、改正後)に基づく除外の明確化」には、半導体・関連製品を相互関税の対象から除外することが定められ、「半導体(semiconductors)」とは何であるかが明確化されています。

この文書によれば、相互関税から除外されている「半導体」には以下のものが含まれます。

・PC、ノートPC等(HTSUS 8471)

・半導体製造装置(HTSUS 8486)

・スマートフォン(HTSUS 85171300)

・SSD(HTSUS 85235100)

・フラットパネル・ディスプレイ・モジュール(HTSUS 85285200)

・ダイオード・トランジスタ等の半導体デバイス(HTSUS 8541)

・電子集積回路(HTSUS 8542)

2024年の米国のマレーシアからの輸入額のうち、57%が電子製品(ASEAN平均37%)で、うち73%(同67%)が上記の定義による「半導体」となり、輸出全体の41%(同25%)が相互関税から除外されていることが分かります。いずれも、ASEAN平均よりも高く、マレーシアはASEANで相互関税からの半導体除外で最も恩恵を受けている国であることが分かります。

この数値を用いてマレーシアの電子・電機製品に対する実質的な相互関税率を計算すると5.1%となり、名目上の相互関税率19%より大幅に低くなります。マレーシアの輸出全体について平均相互関税率を計算すると11.2%となります。

同時に、もしこの「半導体」に100%の関税率が課された場合に実質的な関税率がどうなるかを計算すると、なんと電子・電機製品への実質的な相互関税率は73.1%、対米輸出全体についての相互関税率は52.5%にまで跳ね上がります。

このように計算すると、マレーシアが米国と不利な貿易協定を結んだのは、通商拡大法232条が発動される確率を低くするためであるということにも納得できます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【総点検・マレーシア経済】第537回 米マレーシア貿易協定解説(4)

第537回 米マレーシア貿易協定解説(4)

10月26日、ASEAN首脳会議に合わせてマレーシアを訪問したトランプ大統領とアンワル首相の間で「米国・マレーシア相互貿易協定(Agreement between the United States of America and Malaysia on Reciprocal Trade:通称ART)」が締結されました。

 

本連載の534回〜536回で解説したように、この協定でマレーシアは米国側に大幅な譲歩をしています。自動車市場の開放やデジタル税といった通常項目に加え、ART第5.1条に規定された「米国の貿易制裁への追随義務」など、マハティール元首相などマレーシア国内から強い批判を浴びた内容も含まれています。

 

マレーシア側は主に米馬貿易協定の条文において様々な工夫をすることで、米国の拘束力を何とか弱めようと努力しています。しかし、そうした工夫をトランプ政権がどれだけ尊重するかは不明です。それでは、なぜマレーシア側はこれほどまでにも不利に思える貿易協定を結ぶに至ったのでしょうか。

 

マレーシアが大幅に譲歩した最大の理由は、相互関税を24%から19%に引き下げるためではなかったと筆者は推測しています。より大きな脅威となったのは、トランプ大統領が半導体への高率関税を繰り返しほのめかしていることです。同氏は8月6日に米国輸入の半導体ほぼすべてに100%の関税を課すと発言し、8月15日には関税率を200%または300%にすると述べました。米国内に工場建設をコミットした企業には関税を免除するとしており、マレーシアからの半導体輸出の約3分の2は免除対象になると思われますが、影響がなくなるわけではありません。

 

この半導体への関税は、相互関税とは別の枠組みである米国通商拡大法232条に基づくものです。同法は国家安全保障を理由に特定品目へ関税を課す権限を大統領に付与しており、実際に鉄鋼・アルミニウムには50%が課されています。半導体および製造装置、ならびに医薬品については、4月1日に232条発動の可否を判断するための国家安全保障調査が開始されました。商務省は270日以内(12月27日まで)に調査結果を大統領へ報告することが求められていましたが、その結果はまだ公表されていないものとみられます。

 

実は、この232条の発動を防ぐための条項がARTに付随する共同声明に含まれています。「米国は、本協定が国家安全保障に与える影響を好意的に考慮する可能性があり、これには1962年通商拡大法232条に基づく措置を講じる際に本協定を考慮に入れることが含まれる」というものです。

 

もちろん、これは「可能性」をほのめかせたものですので、実際にどこまで考慮されるかは分かりません。ただ、わざわざ共同声明にこうした文言を入れておきながら、マレーシアの米国への主要輸出品である半導体について何の考慮もなく232条を発動したとなると、米国の信用に関わることになります(相互関税を強行した時点でそんなものは既に無い、という言い方もできますが)。

 

このように、マレーシア側が大幅に譲歩しながらも米馬貿易協定を締結した最大の理由は、半導体について通商拡大法232条が発動される確率を低くするためであったと筆者は考えます。

 

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【総点検・マレーシア経済】第536回 米マレーシア貿易協定解説(3)

第536回 米マレーシア貿易協定解説(3)

10月26日、ASEAN首脳会議に合わせてマレーシアを訪問したトランプ大統領とアンワル首相の間で「米国・マレーシア相互貿易協定(Agreement between the United States of America and Malaysia on Reciprocal Trade)」が締結されました。

この協定の中で批判の矛先となっている米国の経済安全保障へのマレーシア側の協力義務の中で目を引くのは、第5.3条3項に書かれている内容です。マレーシアが「米国の本質的利益を危うくする」相手国と新たな自由貿易協定または優遇経済協定を締結した場合、米国側は本協定を打ち切り、かつ米国が定めた相互関税を課す権利を持つというものです。

例えば、マレーシアがイランとFTAを締結しようとした場合、米国がイランを「米国の本質的利益を危うくする」相手と判断すれば、米馬貿易協定は打ち切りにできることを意味します。これは、マレーシアが自由貿易協定を結べる相手国を米国が実質的に制限できることを意味します。

ただ、この条文にもマレーシア側が交渉過程で書き込んだと思われる単語があります。「もしマレーシアが、米国の本質的利益を危うくする国と、新たな二国間の自由貿易協定または優遇的経済協定を締結した場合(If Malaysia enters into a new bilateral free trade agreement or preferential economic agreement with a country that jeopardises essential U.S. interests)」とありますが、「自由貿易協定」の前に「新たな二国間の(new and bilateral)」という限定がついているのです。これにより、既存のFTAの更新(newではない)や多国間協定(bilateralではない)は米国の干渉の対象にならないことになります。

実際、この協定が結ばれた直後の10月28日、クアラルンプールで「ASEAN・中国FTA3.0」への署名が行われました。この協定は既存かつ多国間の協定であるため、この条文の対象外となります。

ザフルル大臣は、米馬貿易協定についての様々な批判に対して、当初の草案は「さらに悪かった(worse)」と明かしています。マレーシア側が交渉過程で条文に細かな制約を付けて精一杯抵抗したと筆者は想像します。ただし、こうした条文上の努力が実施に問題となった際にトランプ政権に通用するかは疑問が残ります。

 

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【総点検・マレーシア経済】第535回 米マレーシア貿易協定解説(2)

第535回:米マレーシア貿易協定解説(2)

10月26日、ASEAN首脳会議に合わせてマレーシアを訪問したトランプ大統領とアンワル首相の間で「米国・マレーシア相互貿易協定(Agreement between the United States of America and Malaysia on Reciprocal Trade)」が締結されました。

この協定についてマレーシア国内で批判の声が上がっています。最大のポイントは「米国の経済安全保障政策にマレーシアが強制的に組み込まれる」という懸念です。実際に、米馬貿易協定の5.1条には経済安全保障に関連するかなり拘束力が強い項目が含まれています。

まず、第1項では米国が貿易関連の経済安全保障措置を発動し、それをマレーシアに通知した場合、マレーシア側は「米国が採った措置と同等の制限効果をもつ措置を採用・維持するか、または両国にとって受け入れ可能な実施スケジュールに合意するものとする」とされています。

これは、例えば米国が中国に対して特定の半導体の輸出規制を導入し、マレーシアに同様の措置をとるように通知した場合、マレーシア側はほぼ同様の措置をとる義務があることを意味し、これまで米中対立に中立的であったマレーシアの貿易政策の自律性が大きく低下します。

これについて、ザフルル大臣は、マレーシアが米国の安全保障措置に同調する義務を負うのは、「『共有された』経済・国家安全に対する懸念(”shared” economic or national security concern)」に対応する場合に限られると条文に記載されていると反論しています。

確かに条文にはそうした文言があり、マレーシア側は「共有された(shared)」という単語を「経済・国家安全に対する懸念」の前に挿入することを交渉によって認めさせたと筆者は推測します。条文通りに読めば、例えばマレーシアがイランの核開発については米国の懸念を共有していないと主張すれば、米国のイランへの貿易制裁に同調する必要はなくなります。

ただ、これはあくまで条文上の話であり、米国市場への低関税アクセス権を米国側に握られているという力関係を考えれば、実際にこうした議論を展開することは難しいでしょう。実際、この米馬貿易協定には「いずれの当事国も、他方当事国宛に書面による通知をもってこの協定を解除できる。解除は通知の日から180日後に効力を生ずる」とする解除条項が付されています。

マレーシア政府はこの条項を「嫌ならばマレーシア側はいつでも抜けられる」として批判に反論していますが、その場合、条文で約束されたパーム油などへの関税免除の権利が無効になるため、実際にマレーシア側からこの協定を破棄することはコストが高すぎるため考えられません。

マレーシア側は交渉の過程で、条文に「共有された」懸念という限定的な単語を認めさせたものの、実際の力関係、あるいはトランプ政権の外交姿勢を考慮すると、こうした外交文書上の巧妙な工夫が意味を持つ可能性は低いと考えられます。

 

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【総点検・マレーシア経済】第534回 米マレーシア貿易協定解説(1)

第534回:米マレーシア貿易協定解説(1)

 

10月26日、ASEAN首脳会議に合わせてマレーシアを訪問したトランプ大統領とアンワル首相の間で「米国・マレーシア相互貿易協定(Agreement between the United States of America and Malaysia on Reciprocal Trade)」が締結されました。この協定には、マレーシア側が米国に対して行った関税・非関税障壁に関する譲歩だけでなく、マレーシア側が米国から得た関税面での譲歩も含まれているため、形式的にはFTAとみなせるものです。

 

実質的にはマレーシア側の片務的な譲歩という性格が強いにもかかわらず、この貿易協定はなぜ「相互(Reciprocal)」を称し、FTAの形式を取っているのでしょうか。筆者は、もしマレーシアが米国に対して行った譲歩がFTAによるものでない場合、WTOの最恵国待遇(MFN)原則により、他のすべてのWTO加盟国に米国と同じ好待遇を与えなければならなくなるためであると見ています。

 

FTAはWTOのMFN原則の例外とされるため、FTA内で行った譲歩をFTA相手国に限ることが許されます。したがって、今回の米国に対するマレーシア側の譲歩について他国はWTOのMFN原則を唱えて同様の待遇を求めることができません。米国はマレーシア側が行った譲歩を独占できることになります。

 

この協定においてマレーシアは米国に対して多くの譲歩を行っています。化学製品、機械・電気機器、金属、乗用車、乳製品、園芸製品、鶏肉、豚肉、米、燃料エタノールなど広範な品目で関税の引き下げ・撤廃を行っています。即時撤廃品目のほか、5年・9年かけて段階的に撤廃される品目もあります。また、豚肉、牛乳・クリーム、鶏肉などに対して無税輸入枠が設定されています。

 

あまりニュースになっていませんが、注目されるのは米国製自動車について排気量に関わらず物品税(excise duty)の最低税率を適用することになっている点です。例えば、Jeep Grand Cherokeeをマレーシアに輸入した場合の物品税は通常125%となりますが、この協定により同カテゴリー内の最低税率である80%が適用されることになります。さらに通常はAPによって制限されている輸入車の台数上限からも米国車は除外されること、米国の安全基準・排出基準を満たした自動車をマレーシアがそのまま受け入れることになっています。

 

米国の自動車メーカーでマレーシアにおいて2024年に最も売れたのはフォードの6232台(シェア0.8%)であり、マレーシアの自動車市場に大きな影響を及ぼすとは考えにくいものの(あるいは考えにくいため)、自動車分野においてマレーシアはほとんど全面的に米国へ譲歩したと言えます。

 

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【総点検・マレーシア経済】第533回 マレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値は5.2%、予想を大幅に上回る。なぜ?

第533回 マレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値は5.2%、予想を大幅に上回る。なぜ?

 

10月17日、統計局はマレーシアの2025年第3四半期GDPの事前予測値を5.2%と発表しました。これは、第2四半期の4.4%から大幅な上昇で、ブルームバーグは「最も強気な予想よりも良かった」と伝えました。筆者も第3四半期のGDPは意外に底堅く、4.6%程度までは持ち直す可能性があると考えていましたが、5%を超えるような成長は予想外でした。

筆者が持ち直しを予想していたのは、卸売・小売数量指数が底堅く推移していたのと製造業生産指数も横ばいのなかで、8月の鉱業生産指数が大幅に上昇したために、これによる上振れがあると考えていたためです。ところが、蓋を開けてみると予想していたよりもずっと大幅な上昇になりました。なぜでしょうか。

図はマレーシアの2025年第2四半期と第3四半期の経済成長率を産業別の寄与度に分解したものです。両期間とも、サービス業が3%程度、製造業が1%程度、建設業が0.5%程度の成長を担っています。それに農業を足してみると、第2四半期は4.7%成長、第3四半期は4.6%成長という数字が出てきます。

問題は鉱業で、実は鉱業はマレーシアのGDPのうち今でも5〜6%を占めています。第2四半期は鉱業が5.2%減となったため、GDP全体を0.3%押し下げていました。これが、第3四半期は鉱業が10.9%の上昇に転じたため、計算するとGDP全体を0.6%も押し上げていたのです。つまり、鉱業がマレーシアのGDP全体に与える影響をきちんと計算していれば、今回の5%を超える成長率も予想できたことになります。

それでは、なぜ鉱業のGDPが第2四半期は5.2%減、第3四半期は10.9%増と極端に振れたのでしょうか。バンクネガラの第2四半期のGDPについてのコメントを見ると、鉱業の落ち込みは「計画されたメンテナンス(planned maintenance)」のため、とされています。

調べてみると、ビンツルのLNGプラントが4月30日から5月29日まで計画的なメンテナンスのための操業停止を行っています。実際、これを反映するかたちで5月の鉱業生産指数は前年同月比で10.2%減となっています。第3四半期については、このメンテナンスが終了したため、バックオーダーを解消するために増産を行ったと推測され、その影響でGDPが大幅増になったものと推測します。

ということで、5%台のGDP成長率は(まだ仮ですが)よく調べれば分かったことで、これを誰も予想できなかったということは、自分も含めていかにきちんと数字を見ていないか、ということで反省が必要です。

 

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【総点検・マレーシア経済】第532回 2026年予算発表、その特徴は

第532回 2026年予算発表、その特徴は

10月10日、マレーシアの2026年予算が下院に上程されました。税収は2025年見込みより2.7%増の3431億リンギの見込みとなっています。経常支出は1.8%増に抑え、開発支出も810億リンギと前年の800億リンギからほぼ横ばい、結果として財政赤字のGDP比は2025年の3.8%から3.5%に減少する見込みです。

税収の伸びは、SST(11.6%増)、所得税(9.4%増)、法人税(6.5%増)の増収に支えられています。一方で、ペトロナスによる配当は前年の320億リンギから200億リンギへと大きく減少し、政府の投資収入全体でも504億リンギから367億リンギへと137億リンギの大幅減となる見込みです。それでも、税収全体としては経済成長や細々とした増税、優遇政策の廃止などの積み重ねで2.7%増を確保しています。

 

経常支出は3382億リンギと前年の3322億リンギから1.8%増に抑えられていますが、それに貢献したのが補助金の改革です。9月末のRON95の改革で一巡した補助金改革によって、補助金・社会扶助は前年の571億リンギから490億リンギと14.1%減となっています。2024年は674億リンギだったので、2年間で184億リンギを削減したことになります。一方で、公務員給与や退職金の支払い、債務の支払いなどはジワジワ増加しています。

 

開発支出はほぼ横ばいですが、金額として大きく増えているのは交通分野で、これはインフラ開発関連が増加するためです。一方で、大幅に減少しているのは農業分野で、前年の29.4億リンギから5.5億リンギに81.3%も減少しています。ただ、これは灌漑・排水事業が環境分野に、農業融資が金融分野の支出として再分類されたことが原因で、実質的な減少ではありません。

 

財政赤字を抑えるための、細かいやりくりに加えて、財政再建に貢献していると思われるのは治安(Security)部門への支出が117.4億リンギと前年の118.6億リンギから1%減少していることです。国防関連に絞っても78億リンギから80億リンギへの微増に留まっています。地政学的な変化にともなって世界中で防衛費が大幅に増加している中で、それがほとんど横ばいですんでいることは財政への負担を軽くしています。ASEAN諸国との友好関係、また、ASEAN自体の中立性が大きく貢献していると言えます。

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【総点検・マレーシア経済】第531回 緊密化するマレーシアと台湾の貿易関係

第531回 緊密化するマレーシアと台湾の貿易関係

ここ数年の貿易統計を見ると、マレーシアと台湾の貿易関係が緊密化していることが分かります。マレーシアの台湾からの輸入は2020年の461億リンギから2024年にはほぼ2倍の903億リンギに増加し、国別で見ると中国、シンガポール、アメリカに続く第4位となっています。一方、マレーシアから台湾への輸出は2020年の205億リンギから2024年には2.3倍の471億リンギに増加し、国別ではシンガポール、アメリカ、中国、香港、日本に続く6位となっています。

図1はマレーシアと台湾の貿易における半導体(HS8542)の輸出入額と全輸出入に占める比率を示したものです。マレーシアの台湾からの半導体輸入はここ5年で1.6倍に、輸出は2.4倍に増加しています。全輸出に占める半導体の比率は約80%で安定していますが、輸入に占める比率は2020年の80%から2024年には66%に低下し、台湾からの輸入はやや多角化する傾向が見られます。ただし、品目を詳しく見ると、半導体にノートPCやサーバーなど(HS8571)とPC関連の部品(HS8573)を加えると台湾からの輸入の約90%となり、IT関連製品で占められていることは変わりはません。

 

さらにマレーシアと台湾の半導体貿易を詳しく見ると、マレーシアの台湾からの輸入はプロセッサ・コントローラ(45.6%)、IC部品(28.6%)、その他IC(19.2%)と比較的分散しているのに対し、マレーシアの台湾への輸出ではプロセッサ・コントローラが68.4%を占めています。台湾から半導体部品・コンポーネントを輸入し、マレーシアで半導体完成品に組み立てている構造を示唆しています。

 

これは、台湾にTSMCに代表される先端半導体の前工程が集中している一方、マレーシアでは米インテルの後工程や半導体組み立て・テスト(OSAT)の世界最大手である台湾ASE社が進出し、後工程の集積地となっていることとも整合的です。企業レベルでは、例えばインテルはノートPC向けプロセッサのCore Ultra(Meteor Lake)において、GPUやインターフェイス部分の「タイル」の生産をTSMCに委託しています。

 

インテルは近年、前工程の微細化が停滞し、経営不振に陥っています。しかし、9月18日にAI半導体最大手のNVIDIAがインテルに50億ドルを出資することが発表され、AIデータセンター向けのNVIDIA製品にインテルのCPUが統合される方針が示されました。NVIDIAは台湾TSMCの主要顧客でもあることから、前工程を担う台湾と後工程を担うマレーシアの協業関係は今後さらに深まることが予想されます。

 

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