【従業員の勤労意欲を高めるために】第907回:中小企業の両利き経営(10)デジタル化と高度人材

第907回:中小企業の両利き経営(10)デジタル化と高度人材

前回は、ステークホルダーからの圧力や、環境意識の向上を求める消費者の需要の高まりに後押しされて、中小企業はグリーンイノベーションに取り組むことが多いこと、しかしながら、中小企業は、グリーンイノベーションに必要なデジタルプラットフォームの導入のために必要なリソース、スキル、コミットメントが不足するなど、特有の課題に直面していることを述べました。

そのため、デジタル技術に明るい高度人材の採用は、急進的なイノベーションを補完する可能性があります。高度人材は、高度な論理的思考力と意思決定能力を持つとともに、中小企業の短期的および中期的な業績よりも、長期的な発展に関心を持つ傾向があります。加えて、急速な変化に早く適応でき、デジタル化を通じて得られた外部知識を吸収し、社内のイノベーションプロセスに統合することができます。したがって、デジタル化の重要なポジションに彼らを配置することで、デジタル技術に関連する新しい知識を理解して統合し、新しい製品、プロセス、またはその他の形態のイノベーションを開発するための変革が可能になります。

ギリシャの製造業企業(主に中小企業)1,014社を対象とした調査では、人的資源を含む吸収能力がデジタル能力とイノベーションパフォーマンスを仲介することが示されました。さらに、デジタル化により社内外のコミュニケーションが改善され、より多くの教育を受けた従業員がイノベーションに必要な新しい知識やリソースにアクセスできるようになることで、効率と生産性が向上し、イノベーションにより多くの時間を割くことができるようになることが示されました。デジタル化により日常業務の負担が軽減されることで、高度人材はより多くの非日常業務を引き受けながら、新しいアイデアの生成が刺激され、発散的な思考を増やし、イノベーションに貢献する可能性があります。

 

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a Sustainable Society: A Narrative Review Considering Digitalization, Open Innovation and Green Innovation. Preprints. https://www.preprints.org/manuscript/202504.0009/v2

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第906回:中小企業の両利き経営(9)デジタル化、 グリーンイノベーションと持続可能性

第906回:中小企業の両利き経営(9)デジタル化、 グリーンイノベーションと持続可能性

前回は、デジタル化が、時間、資金、人材といったリソースが少ない中小企業が外部知識を獲得し、知識基盤を強化するのに役立つというお話でした。経営者と従業員がデジタル化に向けた意思統一をすることが、その後の両利き経営やデジタル能力の向上、さらにはイノベーションのために不可欠といえます。

さらに、デジタル技術の活用は企業の持続可能性を向上させる可能性があります。中小企業は世界の産業汚染の60~70%を占めているにもかかわらず、大企業に比べて環境意識が低く、環境技術や法律に関する知識が不足しているとされています。しかしながら、ステークホルダーからの圧力や、環境意識の向上を求める消費者の需要の高まりに後押しされて、中小企業はグリーンイノベーションに取り組むことが多いようです。この時、企業は、デジタルツールを使用することで、資源の使用状況をリアルタイムで監視し、プロセスを最適化し、廃棄物を削減し、環境効率を向上させることができます。例えば、ブロックチェーンはリサイクル原材料が使用されていることを証明するために使用されています。したがって、デジタル化は、資源利用の最適化、循環型経済および持続可能なビジネスモデルの実装を促進することで、環境パフォーマンスを向上させることができます。

しかし、中小企業はデジタルプラットフォームの導入において、必要なリソース、スキル、コミットメントが不足しているなど、特有の課題に直面しています。そのため、人的ネットワークは重要なリソース源となり、中小企業が貴重な機会を発見するのに役立ちます。例えば、使用済み、リサイクル、回収された材料からなる生産投入物を取り扱い、それを顧客価値に変換するプロセスを設計するには、材料の継続的な循環と廃棄物の削減・排除という観点から、材料の利点と限界を理解しているパートナー、専門家、顧客の関与が必要です。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第905回:中小企業の両利き経営(8)両利きとデジタル化

第905回:中小企業の両利き経営(8)両利きとデジタル化

前回は、グリーンイノベーションについてでした。両利きは持続可能性にプラスの影響を与え、それが新製品の成功とグリーンイノベーションにプラスの影響を与える可能性があります。しかし、グリーンイノベーションの導入には、オープンイノベーションと同様にコストがかかります。

コスト削減戦略の最も重要な方法の一つがデジタル化です。デジタル化は、時間、資金、人材といったリソースが少ない中小企業が外部知識を獲得し、知識基盤を強化するのに役立ちます。漸進的イノベーションと比較して、より高度なイノベーション型である急進的イノベーションは、より多くの暗黙知と外部の異種リソースを必要とし、企業の既存の知識基盤をはるかに超える可能性があります。この場合、デジタル化は中小企業に、市場で入手可能な情報を選別し、業界の最先端を見極める貴重な機会を提供します。これにより、中小企業はより積極的に急進的イノベーションを実施できるようになります。さらに、パートナーと動的な情報や知識を共有することで、新たなアイデアやコンテンツが生まれ、企業のイノベーション・パフォーマンスの向上につながります。

さらに、限られたリソースしか持たない中小企業はリスク許容度が低く、漸進的イノベーションに比べて不確実性とリスクが大きい急進的イノベーションを避けるインセンティブが生じます。デジタル化は、企業が不確実性を発見、特定、回避し、リスクの程度を軽減するのに役立ちます。その結果、中小企業が急進的イノベーションを実行することが促進されます。

ドイツの様々な業種の中小企業1,474社を対象とした研究とフィンランドの中小企業204社を対象とした研究の結果は、組織の両利き性がデジタル志向と成長戦略の関係を媒介することを示しました。これらは、両利き性はデジタル化を伴う場合、より高いパフォーマンスにつながる可能性が高いことを示唆しています。しかし、デジタル化と両利き性の順序は逆になることもあります。イスタンブールの中小企業366社を対象とした研究では、デジタル変革が中小企業の両利き性と競争優位性の関係を部分的に媒介していることが示されました。同様に、2019年の世界銀行ビジネスサーベイと、2020年と2021年に21か国の8,928社を対象に実施された追跡調査を使用した研究では、組織の両利き性がデジタル能力を通じて間接的にイノベーションに影響を与えることが示されています。これらの調査結果は、組織の両利き性がデジタル能力を強化することで、企業の競争優位性を高めることができることを示唆しています。以上の一連の研究は、デジタル「志向」(すなわち、デジタル化へのコミットメント)が両利きを予測する可能性があり、両利きがデジタル「変革」とデジタル「能力」を予測する可能性があることが示されています。

これらの研究は、両利きの組織がいつ、どのようにデジタル化を導入すべきかについて重要な示唆を与えてくれます。すなわち、経営者と従業員がデジタル化に向けた意思統一をすることが、その後の両利き経営やデジタル能力の向上、さらにはイノベーションのために不可欠といえます。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第904回:中小企業の両利き経営(7)両利きとグリーンイノベーション、持続可能性

第904回:中小企業の両利き経営(7)両利きとグリーンイノベーション、持続可能性

前回は、内部リソースの不足を克服して両利きになるために、中小企業は外部リソースに依存するオープンイノベーションを採用する必要があること、しかし、オープンイノベーションはしばしばオーケストレーションを伴うため、短期的には中小企業にとってコストがかかる可能性があることを述べました。今回は、グリーンイノベーション(炭素排出量を減らすなどの環境に良いイノベーション)についてです。

ポルトガルの中小企業336社を対象とした研究は、両利きが持続可能性にプラスの影響を与え、それが新製品の成功とグリーンイノベーションにプラスの影響を与えることを示しました。同様に、中国に本社を置く多国籍企業300社を対象とした研究では、両利きは、経済、環境、社会の持続可能性にプラスの影響を与えることが示されました。

深化によるイノベーションは、企業が持つ従来の技術を活用したものであり、既存のインフラ設備の下で、多額の投資をすることなく実現できます。主に、既存のプロセスと製品を改善して効率を上げます。一方、探索によるイノベーションは、従来とは大きく異なる、より優れた方法を用いて、様々な技術を探求します。設計の改善を伴い、企業のインフラに大きな変更を加えずには実現できないため、十分な投資が必要です。不確実性を伴うものの、長期的には成果をもたらします。探索と活用が共存する例としては、燃料電池技術(エコ効率)とハイブリッド技術(エコデザイン)に基づく燃料電池システムがあります。

しかし、グリーンイノベーションの導入には、オープンイノベーションと同様にコストがかかります。どのようにすれば克服できるでしょうか。次回に続きます。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第903回:中小企業の両利き経営(6)両利きとオープンイノベーション

第903回:中小企業の両利き経営(6)両利きとオープンイノベーション

前回は、両利きであることが一企業の短期的な売上に直接つながらないとしても、国全体、あるいは地球規模で取り組むことが合理的な場合があるというお話でした。今回からは、中小企業が両利きを達成するための条件について検討します。今回は、オープンイノベーションによる両利きについてです。

内部リソースの不足を克服し、両利きになるために、中小企業は外部リソースに依存する必要があります。外部リソースを活用したイノベーションは、オープンイノベーションと呼ばれます。オープンイノベーションの目的は、大企業と中小企業とで異なることが多く、大企業はパートナーの資産や能力を活用するためにオープンイノベーションを採用するのに対し、中小企業は内部資産の不足を補うためにオープンイノベーションに頼る傾向があります。中小企業は通常、財務および人的資本リソース、管理および技術スキル、ノウハウ等の重大な不足に悩まされており、そのため、ネットワーキングを、技術力を拡大する手段と見なしています。外部とのコラボレーションを活用することで、中小企業はイノベーション投資に関連するコストを削減し、イノベーションプロセスをうまく適応および再構成することができます。オープンイノベーションを含む外部組織との協働は、イノベーション活動のポートフォリオを拡大し、知識の補完性を高め、生産性を向上させるための優れたアプローチであり、ひいては中小企業のイノベーション能力にプラスの影響を与えます。オープンイノベーションを導入することで、中小企業は既存の能力、資源、組織構造を活用し、既に信頼されている関係ネットワークを強化し、財務的な利益を得ることができます。

特定の地域に関心を持たず、最適な立地を求めて移動する多国籍企業とは対照的に、中小企業は、歴史的に特定の場所や地元住民と何世代にもわたって結びついていることが多いようです。例えば、世界的なドイツ中小企業の 70% が拠点を置く BW 州、バイエルン州、ノルトライン=ヴェストファーレン州の中小企業は、影響力のある特定の地域のソーシャルキャピタルの文脈に根ざし、周辺のコミュニティ、企業、大学とのつながりを活用して国際市場に効果的に参入しています。このように、中小企業は、地域ネットワークを活用してオープンイノベーションを実施できるという点で有利である可能性があります。例えば、タイの 6 つの地域の中小企業 615 社を対象とした研究では、オープンイノベーションの実施と両利きのイノベーションの実践との間に有意な正の相関関係が見つかり、オープンイノベーションの採用が両利きのイノベーションを強化できることを示唆しています。

しかし、オープンイノベーションはしばしばオーケストレーションを伴います。オープンイノベーションを展開するコストは、特に資金が限られている中小企業にとって重要な考慮事項です。オープンイノベーションは、内部資産の損失リスク、代理店コストと取引コスト、パートナーシップの管理コストを伴います。ヨーロッパの中小企業377社を対象とした調査の結果によると、オープンイノベーションは、少なくとも短期的には中小企業にとってコストがかかることが明らかになっています。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

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【従業員の勤労意欲を高めるために】第902回:中小企業の両利き経営(5)両利きと、長期的・地球的視点

第902回:中小企業の両利き経営(5)両利きと、長期的・地球的視点

前回は、中小企業の多くが深化を好むというお話でした。しかし、特定の技術に依存し、深化に特化することは、イノベーションと研究開発が牽引する産業において、時代の変化への対応を困難にし、競争優位性を低下させる可能性があります。今日、産業構造の転換により、ニーズの細分化、複雑化、予測不可能性が高まる中、中小企業にとって、下請け構造からの脱却や、既存のネットワークにとどまらない幅広い情報源の活用、技術シーズを機動的に新規事業に繋げるイノベーション活動がますます重要になっています。さらに、コロナ禍を契機としたICT化の波や、持続可能な開発目標(SDGs)を契機とした地球環境意識の高まりは、企業経営者に変化を迫り、従来のやり方に固執することのリスクを高めています。さらに、リスク分散、すなわちポートフォリオ投資の観点からは、国内で多くのイノベーション活動が展開されることが必要です。言い換えれば、両利きであることが一企業の短期的な売上に直接つながらないとしても、国全体、あるいは世界規模で取り組むことが合理的な場合があると考えられます。

さらに、両利きであることは中小企業にとって短期的には有益とは考えられないとしても、長期的には有益となる場合があります。深化と探索を組み合わせることで、中小企業は既成概念にとらわれず、短期的ではなく長期的な視点でイノベーションを起こし、最終的にプラスの結果を生み出す可能性があります。これは、両利きであることが、深化と探索という相反する要求を統合する上で重要な役割を果たすためです。両利きの中小企業は、斬新なアイデア、製品、プロセスを開発する能力を失うことなく、深化と探索を管理し、効率性を向上させる能力を持っています。

こうした中小企業は、財務構造に関する重要な意思決定を迅速かつ柔軟に行うことができます。例えば、国際化を通じて新たな市場を開拓したり、新製品や新ブランドを立ち上げたりすることができます。したがって、中小企業が両利きを達成できる方法を見つけることは、中小企業の回復力を高め、マクロ的または長期的な視点から、中小企業、国、そして世界が納得できる解決策に到達するために役立つ可能性があります。そこで、次回からは、中小企業が両利きを達成するための条件について検討します。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

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京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第901回:中小企業の両利き経営(4)深化が好まれる理由

第901回:中小企業の両利き経営(4)深化が好まれる理由

前回は、競争や変化の激しい業界においては、深化よりも探索を戦略の中心に据えることが合理的であることを示しました。

しかしながら、中小企業の多くは深化を好みます。これは、深化には非合理的な側面と合理的な側面の両面があるからです。英国の新興B2Bテクノロジー企業180社を対象とした研究では、主要顧客への依存は、製品開発へのモチベーションを低下させるなど、企業の存続に大きな悪影響を及ぼすことが示されました。しかし、こうしたリスクを乗り越えて生き残った企業では、顧客ポートフォリオの成長にプラスの影響が及ぶという逆説的な結果が示されました(Yli-Renko et al., 2020)。これは、長年にわたって深化を続けることで主要顧客との良好な関係を維持した中小企業は、その評判を利用して新規顧客を獲得できる可能性があることを示唆しています。

一見非合理的に見える深化をなぜ中小企業が続けるのかを考える上で、この研究は大きな示唆を与えてくれます。例えば、日本では大企業と中小企業が系列システムを形成しており、中小企業は既存のサプライチェーンの中で大企業が求める仕様の製品・部品を迅速かつ正確に供給するために、ラディカル・イノベーションよりも、プロセス・イノベーションやインクリメンタル・イノベーションに取り組むことが期待されてきました。このような環境下では、新たな情報ネットワークを必要とする探索よりも、既存の情報ネットワークを活用した深化が企業業績に大きく影響します。したがって、このような状況下では、既存顧客への満足が最も合理的な生存戦略であるため、探索を行わない中小企業をイノベーティブではないと批判することはあまり建設的ではない可能性があります。

そうはいっても、時代は大企業への依存から脱することを中小企業に求めています。中小企業の取るべき戦略はどのようなものでしょうか。次回に続きます。

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

Yli-Renko, H., Denoo, L., & Janakiraman, R. (2020). A knowledge-based view of managing dependence on a key customer: Survival and growth outcomes for young firms. Journal of Business Venturing, 35(6), 106045. https://doi.org/10.1016/j.jbusvent.2020.106045

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
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【従業員の勤労意欲を高めるために】第900回:中小企業の両利き経営(3)変化の激しい環境では探索が好まれる

第900回:中小企業の両利き経営(3)変化の激しい環境では探索が好まれる

 

前回は、両利きが状況依存的であり、両利きが常に最適な戦略であると主張することはもはや不可能であるというお話でした。大企業と比較すると、中小企業は人的資本や財務資本などの適切な調整メカニズムやリソースを欠いていることが多いといわれています。そのため、両利きのイノベーションが持つ潜在的リスクを考慮し、中小企業はしばしば、深化(或いは漸進的イノベーション)と探索(或いは急進的イノベーション)のどちらかを選択しなければなりません。

深化は、一般的に企業の生産性と効率性を向上させます。しかし、深化の成功は企業が制御できる能力、資産、またはリソースの利用可能性に依存するため、企業が持てる技術力と市場力をすべて使用したとしても、深化の成功には限界があります。一方、探索は、急速に変化するビジネス環境において、企業が長期的な視点で変化に適応するのに役立ちます。これは、新しい市場と技術力を継続的に発見することにつながる探索が、企業が独自の知識ベースの再編成や、新製品の開発、ニッチでの競争優位性の獲得などにおいて非常に効果的であるためです。

探索の深化に対する優位性を示す実証研究には一定の蓄積があります。ドイツのエンジニアリング産業の中規模企業150社を対象とした研究では、生き残りのための競争優位性を獲得するために、新しい知識、製品、サービスを生み出す探索を深化よりも優先する必要があることが示されました。この結果は、激しい競争条件のもとで、活発な研究開発、競争力を維持するためのイノベーションを特徴とするドイツのエンジニアリング産業の状況を反映している可能性があります。関連して、英国の若いBtoBテクノロジー企業180社を対象とした研究では、主要顧客への依存は、製品開発意欲を減退させるなど、企業の存続に大きなマイナスの影響を与えることが示されました。同様に、競争が激しいことで知られるスペインのアグリビジネス中小企業150社を対象とした研究では、探索的イノベーションは深化的イノベーションに比べて市場と財務パフォーマンスにより強い影響を与えることが明らかになりました。

こうした研究は、競争や変化の激しい業界において、深化よりも探索を戦略の中心に据えることの合理性を示すものです。しかし、多くの中小企業はなぜか深化を好みます。次回、その原因を考えてみましょう。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

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【従業員の勤労意欲を高めるために】第899回:中小企業の両利き経営(2)両利きは状況次第

第899回:中小企業の両利き経営(2)両利きは状況次第

両利きについて書いています。前回は、資源と能力が限られている中小企業は、深化か探索のいずれかに特化することで業績が向上する可能性があるという説を紹介しました。大企業と比較すると、中小企業は人的資本や財務資本などの適切な調整メカニズムやリソースを欠いていることが多いといえます。したがって、潜在的リスクを考慮すると、中小企業は漸進的イノベーションと急進的イノベーションのどちらかを選択しなければならないことが少なくありません。深化は、一般的に企業の生産性と効率性を向上させます。しかし、深化の成功は企業が管理できる能力、資産、またはリソースの利用可能性に依存するため、一つの企業が利用可能な技術力と市場力を全て用いても深化の成功には限界があります。一方、探索は、急速に変化するビジネス環境において、企業が長期的な視点で変化に適応するのに役立ちます。これは、新しい市場と技術力を継続的に発見することにつながる探索が、企業が独自の知識ベースの再編成、新製品の開発、およびニッチでの競争優位性の獲得に効果的であるためです。

他の研究者は、探索と深化という相反する要求を統合することで中小企業が両利きを実現できるという証拠を示しています。ドイツの中小企業5社を対象とした調査結果に基づく研究は、深化のための「伝統的な」両利きと、探索のための「俊敏な」両利きが実現可能であることを発見し、状況に応じた両利きを推奨しています。他の研究は、危機の際に、探索は企業のパフォーマンスを向上させるが信頼性を低下させ、深化は企業のパフォーマンスを低下させるが信頼性を高めることを示し、状況に応じて両利きを使い分ける必要があることを主張しました。

こうした両利きが状況依存的であるという主張は、皮肉にも、あらゆる企業に通用する万能な方法が存在しないという事実を証明しています。少なくとも、先行研究において両利きとパフォーマンスの関係に一貫性がないという事実は、両利きを推奨することの説得力を弱めています。現在までに蓄積された研究から、いつでもどのような状況でも両利きが最適な戦略であると主張することはもはや不可能です。

では、中小企業は両利きに取り組むべきでしょうか。もしそうであれば、何が両利きを可能にし、それに取り組むことの利点は何でしょうか。この問題は、まだ十分に議論されていません。次回、もう少し踏み込みます。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第898回:中小企業の両利き経営(1)両利きは難しい

第898回:中小企業の両利き経営(1)両利きは難しい

 

前回までは、やりがい搾取や努力と報酬の不均衡について取り上げ、議論を行いました。これらは、短期的には組織に利益をもたらす可能性がありますが、長期的には組織と構成員の双方に悪影響を及ぼします。従って、これらの問題を未然に防ぐには、日頃から従業員の働き方に注意を向けるとともに、アンケート調査をうまく活用する必要があります。アンケート調査の効果的な実施方法などについては、筆者までお気軽にご相談いただければ幸いです。

さて、今回からは、中小企業の「両利き」経営について取り上げます。現在、マレーシアには1,617社の日本企業が拠点を持ち、その中には 大企業だけでなく多くの中小企業も含まれています(参考:外務省「海外進出日系企業拠点数調査」)。ビジネスにおいて、両利きとは、短期的な成功と長期的な存続のために、漸進的で効率志向のイノベーション(深化)と、急進的で新規性志向のイノベーション(探索)の両方を組み合わせることを指します。企業がグローバル競争の激化に直面するにつれて、両利きの重要性がますます認識されています。

しかし、探索と深化は希少なリソースをめぐって競合し、それらを同時に達成しようとすると企業内に緊張が生じる可能性があります。そのため、両利きを実現するのは時に困難です。さらに、中小企業は、経営の専門知識、資本、人材、リソースへのアクセスの点で大企業に比べて不利な立場にあり、このことも、両利きを実現することを困難にしています。中小企業は、探索と深化のために別々のユニットを開発することができず、また、変化する環境に適応するためにリソースを再構成するための管理システムがありません。そのため、多くの研究者は、特に資源と能力が限られている中小企業は、深化か探索のいずれかに特化することで業績が向上すると主張してきました。

問題は、果たして答えは「深化か探索のいずれかに特化」でいいのか、ということです。次回から、掘り下げて議論します。

 

以下のウェブセミナーに登壇します。ご興味のある方は是非ご参加ください。2025年4月18日(金)までの事前申し込みが必要です。

 

日時:2025年4月22日(火)14:30~16:00

テーマ:モノづくり中小企業における「両利き経営」の特質と実践―統計分析によるユニークなファインディングス―

申込:

https://www.jspmi.or.jp/system/seminar.php?ctid=1203&smid=341&it=a

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)