野党首相候補に浮上、シャフィー氏とは何者か?

 先日マハティール・モハマド前首相が突然、サバ州の地方政党であるサバ遺産党(ワリサン)のシャフィー・アプダル党首を野党側の統一首相候補に推す考えを示し、首相候補の人選で揉めていた野党側は大混乱に陥った。

 自身が首相候補となる案がアンワル・イブラヒム氏率いる人民正義党(PKR)に拒否されたことから代替案として持ち出したものだが、これによるとアンワル氏を副首相に推すという内容になっている。

 首相になりたいアンワル氏に「次」を用意した上で、自身が潔く身を引くことで「痛み分け」を提案したようにみえるが、シャフィー氏は熱烈なマハティール信奉者であり、シャフィー氏が首相になればマハティール氏はこれをリモートコントロールできる。アンワル氏は2018年の総選挙前に密約を交わしたにも関わらず、ついにマハティール氏から後継者指名を受けることができなかった。今回も約束が反故にされないという保証はない。

 前回に懲りたアンワル氏が率いる希望同盟(PH)はアンワル氏を首相に推すという当初の案を押し通しシャフィー擁立案を却下したが、PH側がマハティール案を受け入れていればシャフィー首相が誕生した可能性があった。ボルネオ出身者の首相となれば歴史上初めてとなる。シャフィー氏とはどのような人物なのだろう。

 シャフィー氏はバジャウ族の出身で、第6代州首相の甥という名門。官僚を経て政界入りし、統一マレー国民組織(UMNO)移籍後に頭角を現し、サバ州出身者を代表して連邦閣僚を歴任した。2000年にはUMNO党最高評議員に選出され、2013年には党総裁補に登り詰めた。しかし1MDB疑惑に晒されたナジブ・ラザク首相を批判してUMNOを除名され、今度はサバ州内で新党ワリサンを結成し勢力を拡大。2018年の総選挙で勝利して州首相に就任した。

 一方、シャフィー氏にはUMNO式のバラマキ&縁故主義的傾向をもった人物との噂は絶えない。証拠不十分で起訴は取り下げられたものの、地方地域開発相時代には農村開発プロジェクト向けの15億リンギの公費を乱用した疑惑が浮上した。

 サラワク州も含めボルネオでは元は別の国だったものが戦後に半島部と合併したという歴史的背景もあって、半島部と距離をとって独自路線を歩む傾向が強く、実際半島諸州にはない多くの権限が認められている。一方で石油権益など、資源を半島側に奪われているとの不満の声も少なくない。シャフィー首相誕生となればボルネオの地位向上につながると期待する声も多いが、その一方で連邦に深入りすべきでないと慎重な意見も根強い。前述のようなシャフィー氏個人への不信感も根強くある。

 PHとの交渉が物別れに終わったことを受け、マハティール氏はPHへの再合流の可能性を否定。PHとは別の独立ブロックで活動していくと言明した。しかしこのまま総選挙に突入した場合、与党連合・国民連盟(PN)とPHとマハティール派の三つ巴になりかねず、PNを利することは明白。これを阻止するために再びPHとマハティール氏の間で何らかの妥協が図られる可能性はある。再びシャフィー氏の名前が浮上する可能性もある。

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飲料運転死亡事故の増加うけ罰則強化の動き強まる

 飲酒運転による重大交通事故が続発したことを機に、マレーシア政府の間で飲酒運転の罰則を強化しようという動きが強まっている。

 2015年以降、飲酒運転による事故は1,035件、死亡者数は618人に上っている。今年は年初5カ月で8人が飲酒運転が関連する事故で死亡したという。最近では5月3日未明にセランゴール州カジャンで、高速道路の料金所で検問をしていた警察官に44歳の男性が運転するピックアップ車が突っ込み、警察官が死亡する事故が発生。5月25日にはパハン州クアンタンで飲酒運転の車が逆走し1人がはねられて死亡した。5月29日には、クアラルンプール(KL)市内でハンドル操作を誤った乗用車が二人乗りのバイクに衝突、1人が死亡1人が重傷を負った。6月1日未明には同じKL市内でデリバリーサービスの二輪車に衝突。二輪車に乗っていた男性が死亡した。

 ここ数カ月の飲酒運転増加については新型コロナウイルス「Covid-19」拡大抑制のために導入された行動制限令(MCO)が影響しているとの見方もあるが、それはともかくマレーシアでは「1987年道路交通法」で飲酒運転の定義や罰則が規定されているものの、これが緩すぎるという批判の声は以前からあった。

 日本は呼気1リットル中のアルコール濃度が0.15ミリグラム(mg)、血中アルコール濃度は0.3mg/ml(0.03%)だが、マレーシアは呼気が0.35mg、血中が0.8mg/ml(0.08%)と二倍以上となっており、世界保健機関(WHO)が推奨する血中濃度0.5mg/ml(0.05%)を上回っている。

 現行のマレーシアの飲酒運転の罰則は1,000リンギ以上6,000リンギ以下の罰金、もしくは12カ月以下の禁固刑。死亡事故を起こした場合でも8,000リンギ以上2万リンギ以下の罰金、及び3年以上10年以下の禁固刑となっている。

 これに対し、カナダでは飲酒運転は刑事罰の対象であり、死亡事故を起こせば終身刑になる。英国でも死亡事故を起こした場合には14年の禁固刑に処される。台湾では、飲酒運転で死亡事故をおこした場合に殺人罪を適用できるよう法改正をめざしているという。

 前・希望同盟(PH)政権では政権発足当時から厳罰化に着手し、10万リンギ以下の罰金、20年以下の禁固刑に厳格化する方向で法改正目指していたが、今年2月の政変でPH政権が崩壊してしまい法改正プロセスが止まってしまった。

 3月に樹立された現・国民連盟(PN)政権のウィー・カション運輸相(マレーシア華人協会=MCA党首)も、PH政権と同様に飲酒運転によって重大事故を起こした場合の罰則を強化する方針を明らかにしており、6月半ばに改正法案の策定を終わらせ、7月13日に再開された今国会に提出する方針だとしている。

 

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「華人は金持ち」マハティール氏発言が波紋

 マハティール・モハマド前首相が先の香港メディアとのインタビューの中で、「マレーシアの華人は金持ち」と発言。華人の間から「誤解を招きかねない」と批判の声が上がっている。マハティール氏は「マレーシアの華人は裕福であり大多数が都市部に住んでいる。これは不健康な傾向」と述べた。 

 これに対し、さっそく与党連合・国民同盟(PN)に加わっているマレーシア華人協会(MCA)のウィー・カション党首が発言。「華人の所得水準が相対的に低下したことを示すデータがあるが、マハティール氏が故意にそれを無視しているのか、民族批判につなげようとしているのかどうかは分からない」とした上で、華人をそうしたステレオタイプで見るやり方は民族調和にとって有害だと批判した。

 マハティール氏の首相返り咲きを支持していた華人系野党・DAP所属のオン・キエンミン前副運輸相は、「農村=マレー系=貧困、都市部=華人=富裕」という印象自体が誤りだと指摘。7割のマレー系は都市部に住んでおり、富裕層に分類される世帯数では華人を上回っているなどと具体的数字を挙げてマハティール発言の誤りをただしてみせた。

 オン氏によると、2014年の統計における世帯収入が1万リンギを越えている世帯はマレー系は28万世帯あり、華人(24.4万世帯)を上回っている。下位40%を占める低収入世帯(B40)でみると、マレー系が73.6%と多数を占めるものの華人も17.5%いる。マレー系が総人口の69%を占めることからみると、決して多すぎるとはいえない。華人だマレー系だというよりむしろ「民族に関係なく貧富の差が拡大していることがマレーシアの実際上の問題である」というのは多くの社会問題専門家が指摘するところだ。

 たしかに華人がマレー系より相対的に金持ちだったといえる時代はかつてはあり、「華人は金持ち」論はブミプトラ(マレー人および先住民族の総称)政策などの「積極的差別是正措置」(アファーマティブ・アクション)実施の口実に使われてきた経緯がある。

 しかし次第に民族格差が少なくなってきたにも関わらず、既得権益に執着するマレー保守派を中心に、イメージ先行の「華人は金持ち」論は利用され続ける。最近ではマレー系政党が票田であるマレー有権者受けを狙って「華人は借家人」、「恩知らず」といった華人批判とセットで言及することが増えた。すでに行き過ぎた制度的逆差別でハンデキャップを背負わされている華人は、さらなる逆差別拡大を求めるマレー保守派の動きに神経を尖らせている。

 政権奪回を狙うマハティール氏があえて今こうした民族対立を煽るような発言を行なう真意は不明だが、一部のマレー保守派の有権者に受けるにしても、これまで同氏を支持してきたマレー・リベラル派や華人有権者からの反発を招きかねない。同氏は2月の突然の首相辞任に続いて野党の次期首相候補選びにおける混乱の中心人物でもあり、ただでさえ「わがままで面倒な老人」というイメージができつつある。今回の発言で評判がさらに下落するのは避けられそうもない。

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解散・総選挙実施論が浮上、ムヒディン首相の判断は?

 マハティール・モハマド前首相やアンワル・イブラヒム人民正義党(PKR)党首ら野党勢力がムヒディン・ヤシン政権打倒にむけて気勢を上げる中、与党・国民連盟(PN)構成党内からは解散・総選挙に打って出るべきとの声が高まりをみせている。

 気勢を挙げているとはいえ、本来なら合力すべきマハティール氏とアンワル氏は野党統一の首相候補の人選で対立しており、野党側の内部対立は簡単に解決しそうもない。

 一方で草の根ネットワークを国の隅々まで張り巡らしているPN構成党の統一マレー国民組織(UMNO)や汎マレーシア・イスラム党(PAS)は、国会における現有議席こそ少ないものの、一枚岩になりきれない野党側の状況をみて、いま直ちに総選挙を行なえば準備不足の野党に勝てると考えている。

 UMNOのモハマド・ハサン副総裁は先ごろ、政治的不安定な状況を解消するためとして総選挙の実施を主張した。実際UMNOとPASは6月初めにはすでに総選挙の準備にむけた会合を行ったとされ、両党の間で議席配分に関する交渉がかなり進んでいるという。

 では解散権をもつムヒディン首相本人の意向はどうかといえば、多くの政治アナリストはムヒディン首相が早期の解散・総選挙の要請に応じないと予想している。

 理由の一つはムヒディン首相率いる統一プリブミ党(PPBM)の内部対立だ。党内では草の根レベルで党会長職を追われたマハティール氏を支持する勢力が根強い。党内では一応ムヒディン氏支持で一致しているがマハティール氏はいまだに返り咲きを狙っており、ムヒディン体制は決して盤石ではない。

 マレーシア工科大学(UKM)のアズミ・ハッサン教授は、ただでさえ弱小勢力であるPPBMの内部対立が解消するまでは総選挙を回避するのではないかとみている。著名政治学者のウォン・チンフアット氏も同意見で、草の根組織、選挙組織が脆弱なPPBMにとって内部分裂している状況での総選挙実施は賢明ではないと指摘している。

 もう一つの問題は、PN政権の構造そのものにある。PPBMはPN構成党内で唯一、PH政権の生き残りであり、選挙の洗礼を受けていない現政権の正統性を示す存在でもある。だからこそ巨大勢力のUMNOやPASが弱小勢力であるムヒディン氏=PPBMを支えているわけだ。政治アナリストらは、ムヒディン内閣が解散・総選挙に追い込まれることになる、すなわち用なしになれば容赦なく牙を剥くと予想している。

 前出のウォン氏は、総選挙になった場合、PN構成党内で議席配分を行なう際にはPPBMはUMNOとPASに主導権を奪われることになり、前回総選挙のように50選挙区で候補を立てることは許されない立場に追い込まれるだろうと予想。たとえPNが選挙に勝ってもムヒディン首相の続投が認められないことになるだろうと述べている。

 ウォン氏は、選挙に勝っても先の見えないムヒディン氏にとっての最善の策が、議会改革を実施してPHの要求を受け入れPHとの停戦を模索することだと指摘。その方が「UMNOとPASに抹殺されるよりマシ」だとし、そうした穏健なやり方は政治的混乱を嫌う経済界や一般国民からも支持を集めるだろうと述べている。

 ウォン氏はさらに、UMNOとPASだけで過半数の議席を押さえることができないことにこそPPBMの活路があると指摘する。サバ・サラワク州の政党は、「最高落札額を提示した方になびく」傾向がありいつも日和見だ。真のPNの同盟者としてキャスティングボートの役割を担うことこそがムヒディン氏=PPBMの生き残る術だというわけだ。

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マレーシアの新型コロナ対策、成功のポイントは?

 まだ道半ばでありこの先もどうなるか予断を許さない新型コロナウイルス「Covid-19」との戦いだが、これまでのマレーシア政府の感染対策については国民から高く評価されているようだ。実際、6月23日時点でのマレーシアの累計感染者数は8,590人にとどまり、すでに8,186人が回復している。1日あたりの新規発生件数は10人前後に落ち着いており、累計死者数は121人でおさまっている。

 シンガポールのブラックボックス・リサーチとフランスのトルーナが23カ国・地域の1万2,000人を対象に共同実施したコロナ対策に対する国民の満足度調査によると、マレーシアは総合評価で58ポイントで4位。中国やベトナムには及ばなかったが優等生といわれたニュージーランド、台湾、タイ、韓国を上回った。日本はわずか16ポイントだった。

 また政治、経済、地域社会、メディアの4分野のうち、政府の対応を高く評価した人の割合は59ポイントで、台湾、タイ、韓国を上回った。何かと安倍内閣にシビアな国民が多い日本はわずか16ポイントだった。マレーシアはメディアに対する評価も93ポイントと高く、日本で高く評価された台湾を上回った。

 「国に医療危機に対する備えがない」との設問に同意したのは17%で、中国に次いで低かった。「医療危機に対する備えより軍事的備えがある」との設問に同意したのはわずか3%で、ニュージーランドと共に最も低かった。

 保健省のノール・ヒシャム事務次官が紹介した非営利組織、DNDi(顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ)のリポートは、西側諸国の状況と比較すると、マレーシアなどのアジア諸国では感染と死亡を比較的低く抑える革新的で迅速な対策が行なわれたと指摘。「新しい治療法やワクチンなどのより高価なソリューションに投資する必要があることは明らかだが、基本的な感染対応に関する実務性とスピードが主要な要因」と分析している。

 感染対策の陣頭指揮をとってきたノール事務次官は先日、マレーシアのアプローチには、特定の国と比較して2つの重要な違いがあると指摘している。まず1つ目は、症状の有る無しにかかわらず陽性患者をすべて病院で隔離・治療するという方針で、他の国では例え陽性であっても無症状、もしくは症状が軽度の場合では自宅で隔離・治療されるが、マレーシアでは陽性の場合、症状がなくても病院で隔離する点が異なっているという。

 二つ目は、自宅であるか保健省の隔離センターであるかにかかわらず、海外から帰国した国民に隔離を義務付けている点。マレーシアへの帰国者は自宅隔離を受けることができるが、それでも隔離が義務づけられている点は変わらないと強調している。これらに加えてノール事務次官は、マレーシア政府が国境管理を厳しく行なっていることを挙げている。


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