【イスラム金融の基礎知識】第577回 FINDEX2025にみる東南アジアの銀行利用

第577回 FINDEX2025にみる東南アジアの銀行利用

Q: 世界銀行がFINDEX2025を公表しましたが、内容は?

A: 世界銀行はFINDEX2025を7月に公表した。これは世界中の人々を対象として、銀行の利用状況をアンケート調査したものである。これまで2011年・14年・17年・21年・24年とコロナ禍の2020年を除き3年おきに調査を実施しており、今回のFINDEX2025は2024年の調査結果の公表である。

東南アジアでは毎回、ブルネイと東ティモールを除く9カ国が調査対象である。なおミャンマーは、今回調査は行われなかった。

「銀行や金融機関に口座を保有しているか?」という基本的な質問に始まり、有無の理由やサービスの種類・利用状況などを、年齢・性別・居住地・学歴・職の有無といった属性ごとにデータを集計・公開している。また今回新たに、スマートフォンに紐付いた電子マネーの利用状況についても、詳しく質問している。他方、以前には問われた「宗教上の理由で口座を持たない」といった宗教関連の項目が、今回はなくなった。

データによると、2024年の世界の銀行口座保有率は78.7%で、前回2021年の調査に比べて4.9ポイント増加した。東南アジア諸国でこの割合を上回っている国は、シンガポール(98.0%)、タイ(91.8%)、マレーシア(88.7%)の3カ国であった。他方、平均値は下回ってはいるものの過半数が保有している国はベトナム(70.6%)、インドネシア(56.3%)、フィリピン(50.2%)で、ラオスとカンボジアは40%以下であった(ミャンマーはデータなし)。

2021年と比較すると、3年間で世界平均と同等以上に割合が高まった国はインドネシア、ベトナム、カンボジアの3カ国のみで、他の国は前回と大きな変化はなかった。コロナ禍以前より高止まっていた国、コロナ禍でも保有者が増えた国など、傾向に差が表れる結果となった。(次回に続く)

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第909回:中小企業の両利き経営(11)グリーン・イノベーションとオープン・イノベーション

第909回:中小企業の両利き経営(11)グリーン・イノベーションとオープン・イノベーション

前回は、財務資源を確保することで、企業は競争優位を構築するために必要なイノベーションに戦略的に投資することが可能になるというお話でした。今回は、グリーン・イノベーション(地球に優しい技術に関するイノベーション)とオープン・イノベーション(様々な主体との協力によるイノベーション)の関係についてです。

グリーン・イノベーションは、オープン・イノベーションを促進する可能性があります。なぜなら、環境に配慮したビジネス戦略を追求するには、中小企業がそうした活動に関心と知識を持つステークホルダーと連携する必要があるからです。例えば、エクアドルの中小企業543社を対象とした調査では、自然、気候変動、汚染、生物多様性、原材料・水・エネルギーの無駄の削減といった環境保護への取り組みは、外部の情報源(顧客、研究機関、ネットワーク、大学など)からの知識獲得、従業員の研究開発への参加、特許やロイヤリティの活用、競合他社との相乗効果やパートナーシップの形成といったオープン・イノベーション活動を促進し、イノベーションのパフォーマンスを高めることがわかりました。

一方、インドネシアの中小企業を対象とした調査では、オープン・イノベーションは多様なステークホルダーとの連携を促進することで、グリーン・イノベーションにプラスの影響を与える可能性があることが示されました。関連して、マレーシアの中小企業345社を対象とした調査の結果は、中小企業がオーケストレーションを通じて持続可能性と競争力のトレードオフに対処できる可能性を示唆しています。さらに、290人の中国企業幹部を対象とした調査に基づく研究では、社内の情報共有と社外との連携を強化することが環境イノベーションの促進に不可欠であると結論付けられています。

グリーン・イノベーションとオープン・イノベーションが相互に強化し合う正のフィードバック・ループを形成することで、企業の両利き能力や持続可能性が高まることが期待できます。

 

本連載記事に関係する論文が、以下のURLから全文無料でアクセス可能です(2025 年 11 月 13 日まで)。

https://kwnsfk27.r.eu-west-1.awstrack.me/L0/https:%2F%2Fauthors.elsevier.com%2Fa%2F1lqFZArcH5v%257EhR/1/010201997bdd92dc-2f55d85f-3f6a-4e09-a50f-d2029cba34fb-000000/-j2abMH3tXcKZD4AoMaphgExEJk=445

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a sustainable society. A narrative review considering digitalization, open innovation, human resources and green innovation. Next Research, 100839. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S3050475925007067

 

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

 

 

【総点検・マレーシア経済】第530回 8月の輸出は前年同期比1.9%増、駆け込み輸出終了か

第530回:8月の輸出は前年同期比1.9%増、駆け込み輸出終了か

9月19日、統計局はマレーシアの8月の輸出を前年同期比1.9%増の1316億リンギと発表しました。2024年後半から、マレーシアの輸出にはトランプ関税導入前の駆け込み輸出的な動きが現れ始めましたが、2025年7月31日にマレーシアについて19%の相互関税率が発表されたことで、駆け込み輸出は終了したものとみられます。

図1はマレーシアの輸出先上位3カ国であるシンガポール、米国、中国について月次の輸出額の推移をみたものです。第2次トランプ政権が現実味を帯びてきた2024年半ばから、マレーシアの米国向け輸出は大幅に増加してきました。2024年通年の米国向け輸出額は2008年以来16年ぶりに中国を上回り、2025年4月2日の相互関税率発表を控えた3月には前年同月比50.8%増と大規模な駆け込み輸出が見られました。

 

相互関税は基本税率である10%を除いて一旦延期され、8月から再び新たな相互関税が課されることになっていましたが、それを控えた7月には、米国向け輸出は3.8%増とそれほど増加しなかったのに対し、シンガポール向けの輸出が22.2%増と大幅に増加しました。

 

マレーシアの8月の輸出額を国別に見ると、シンガポール向けが1位で2.7%増、中国向けが2位で10.4%増であったのに対し、米国向けは16.7%減となり、2024年9月以来11カ月ぶりに輸出額が中国を下回りました。

 

マレーシアにとって気がかりなのは、半導体に対する高率の関税をトランプ大統領が繰り返しほのめかしていることです。最近では8月6日に、米国に輸入される半導体のほぼすべてに100%の関税を課すと発言し、8月15日には半導体関税を200%または300%にすると述べています。米国に工場を建設することをコミットした企業について関税を免除すると述べており、マレーシアから米国への半導体輸出の3分の2程度は関税免除になるものと思われますが、当然影響はゼロではありません。

図2は半導体を含む電子・電機製品の輸出額の推移を過去3年間についてみたものです。2024年12月頃から輸出の増加が見られ始め、2025年3〜4月、さらに7月には駆け込み輸出とみられる大幅な増加がありました。しかし、8月には一旦落ち着いています。

 

今後も、半導体に対する高率の関税、さらに40%の関税が課されることになっている積み替え輸出(Transshipment)に関する米国の規制次第では、再び大規模な駆け込み輸出が発生する可能性は残っています。ただし、7月31日に相互関税率が正式に発表されたことで、駆け込み輸出は一旦は収まったものと考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第908回:中小企業の両利き経営(11)財政的制約と経営の専門知識

第908回:中小企業の両利き経営(11)財政的制約と経営の専門知識

前回は、デジタル化により高度人材の日常業務の負担が軽減されることで、新しいアイデアの生成やイノベーションが刺激される可能性があることを述べました。

関連して、302社のオンライン小売業者を対象とした研究では、人工知能(AI)によるデジタル従業員の導入が、探索的および深化的なグリーン・イノベーションの双方にプラスの影響を与え、その結果として将来の持続可能なイノベーション・パフォーマンスを高めることが示されました。AI技術の急速な進歩に伴い、関連技術に精通したデジタル従業員は、イノベーション・プロセスの変革や、組織内外でのネットワーク構築において、ますます重要な役割を果たすようになると考えられます。

このように、デジタルインフラのような多用途で費用対効果の高いリソースを活用する能力は、一般的に資源制約に直面している中小企業にとって特に重要です。しかし、中小企業はしばしば財務的制約に直面しており、そのような障害は革新的な活動への投資に深刻な課題をもたらします。特に、限られた資金調達はデジタル化の実施における主要な障壁のひとつです。このことは、中小企業において資金調達の責任を担う人材の必要性を浮き彫りにしています。

財務資源を確保することで、企業は競争優位を構築するために必要なイノベーションに戦略的に投資することが可能になります。具体的には、財務の専門知識を持つ経営トップチームメンバーの任命、ソーシャルネットワークを通じた金融機関との関係構築、これにより資金アクセスを拡大し財務的制約を緩和する、といった戦略が不可欠です。中国の上場製造業中小企業1,303社を対象とした調査では、デジタル化は漸進的イノベーションよりも急進的イノベーションを強く促進し、さらに高度な教育を受けた従業員の存在や経営トップチームメンバーの財務的専門知識がこの関係を強化することが示されました。

 

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a sustainable society. A narrative review considering digitalization, open innovation, human resources and green innovation. Next Research, 100839. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S3050475925007067

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第576回 顧客満足度に影響を与える要因

第576回 顧客満足度に影響を与える要因

Q: 顧客満足度は何に影響を受けるかを分析した研究はあるか?

A: イスラム銀行の利用者の満足度は、何によって高まるのか。先行研究によれば、イスラム法を遵守するとともに、クオリティの高いサービスを提供することが肝要である。

バングラデシュ・ワールド大学のセリム・アフマド教授を中心とするバングラデシュ・カナダ・マレーシアの研究チームが2022年に発表した研究論文では、イスラム銀行に口座を保有するバングラデシュ在住の334名のムスリムを対象にアンケート調査が行われた。論文によれば、「コーランなどイスラムに基づいた経営」「損益共有や無利子の融資・預金のみを提供し、利子は扱わない」といったイスラム法への遵守が高まるほど、「最新の設備」「時間厳守」「接客態度」などのサービス品質を向上させるとともに、顧客によるイスラム銀行の「サービス・スタッフ・設備」への満足度向上に繋がるとしている。

また筆者らは、今回のアンケート調査の妥当性を測るため、インドネシアやオマーンのイスラム銀行利用者、マレーシアのハラル産業であるムスリム・フレンドリー・ホテルや医療観光の利用客に対するアンケート調査を行った各種の先行研究との比較を行った。その結果、今回の調査と同様イスラム法への遵守とサービス品質の高さは、顧客満足度の高さに繋がるという同様の傾向を見出した。

ただ、今回の調査はムスリムのみを対象としている。バングラデシュのムスリム人口比率やイスラム銀行の利用実態を踏まえれば、調査の方法と結果は妥当と言えるが、非ムスリムの利用者も多いマレーシアでは異なる結果が得られたであろう。またサービス品質の向上は、宗教によらずに高めることも可能だと先行研究を通じて示している。マレーシアでは、バングラデシュの傾向に加えて、宗教以外の要素も検討の必要があるといえよう。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第529回 ペトロナス、2025年前期の決算を発表。最近の状況は?

第529回 ペトロナス、2025年前期の決算を発表。最近の状況は?

8月29日、国有石油会社ペトロナスは2025年上半期の業績を発表しました。2025年上半期の売上高は1,326億リンギとなり、前年同期の1,736億リンギから大幅に減少しました。410億リンギ(24%)の売上減少のうち148億リンギは2024年5月に完了した南アフリカのエンゲングループ事業売却による影響ですが、それを除いても売上は16.5%減となっています。エンゲンの影響を除外した税引き前利益は378億リンギで、前年同期の488億リンギから23%の減少となっています。

図1はペトロナスの各事業部門の売上比率を横軸に、利益率を縦軸にとったものです。この図から分かるのは、ペトロナスの上流部門は高収益、ガス・海運部門のマージンも大きい一方で、下流部門が赤字を出している点です。一方で、ペトロナスの売上比率は上流、ガス・海運、下流がほぼ3分の1ずつを占めるバランスの取れたものになっていることが分かります。どこか一つの部門の好不調が全収益に大きな影響を与えることを防いでいると言えます。

下流部門が赤字に転落している理由としては、石油製品・化学製品のマージン悪化と販売量の減少が報告されています。マージンの悪化については、中国の過剰生産の影響が少なからずあります。図2はポリエチレン・ポリプロピレンの近年の輸出額をマレーシア、中国、日本について比較したものです。2021年以降、中国からの輸出が爆発的に増えていることが分かります。

以上のように、ペトロナスの収益基盤は安定していますが、下流部門については中国の過剰生産もあり、しばらくは苦しい状況が続きそうです。一方で、ペトロナスの財務状況は良好で、こうした状況下でも政府への配当を一定規模で続ける余裕はあります。6月にペトロナスのタウフィックCEOが従業員の10%をリストラすることを発表しましたが、間接部門の規模の適正化が主目的で、経営状況は引き続き健全であることが確認できます。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第907回:中小企業の両利き経営(10)デジタル化と高度人材

第907回:中小企業の両利き経営(10)デジタル化と高度人材

前回は、ステークホルダーからの圧力や、環境意識の向上を求める消費者の需要の高まりに後押しされて、中小企業はグリーンイノベーションに取り組むことが多いこと、しかしながら、中小企業は、グリーンイノベーションに必要なデジタルプラットフォームの導入のために必要なリソース、スキル、コミットメントが不足するなど、特有の課題に直面していることを述べました。

そのため、デジタル技術に明るい高度人材の採用は、急進的なイノベーションを補完する可能性があります。高度人材は、高度な論理的思考力と意思決定能力を持つとともに、中小企業の短期的および中期的な業績よりも、長期的な発展に関心を持つ傾向があります。加えて、急速な変化に早く適応でき、デジタル化を通じて得られた外部知識を吸収し、社内のイノベーションプロセスに統合することができます。したがって、デジタル化の重要なポジションに彼らを配置することで、デジタル技術に関連する新しい知識を理解して統合し、新しい製品、プロセス、またはその他の形態のイノベーションを開発するための変革が可能になります。

ギリシャの製造業企業(主に中小企業)1,014社を対象とした調査では、人的資源を含む吸収能力がデジタル能力とイノベーションパフォーマンスを仲介することが示されました。さらに、デジタル化により社内外のコミュニケーションが改善され、より多くの教育を受けた従業員がイノベーションに必要な新しい知識やリソースにアクセスできるようになることで、効率と生産性が向上し、イノベーションにより多くの時間を割くことができるようになることが示されました。デジタル化により日常業務の負担が軽減されることで、高度人材はより多くの非日常業務を引き受けながら、新しいアイデアの生成が刺激され、発散的な思考を増やし、イノベーションに貢献する可能性があります。

 

Kokubun, K. (2025). Ambidextrous SMEs for a Sustainable Society: A Narrative Review Considering Digitalization, Open Innovation and Green Innovation. Preprints. https://www.preprints.org/manuscript/202504.0009/v2

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【イスラム金融の基礎知識】第575回 ASEANでイスラム金融普及進むも国ごとに進捗差

第575回 ASEANでイスラム金融普及進むも国ごとに進捗差

Q: ASEANでのイスラム金融の普及状況は?

A: イスラム金融のASEAN市場は、世界全体の4分の1の規模を占めるものの、国ごとに温度差がある。国際的な金融格付会社のフィッチ・レーティングスは8月に発表したレポートでこのように報告した。

レポートによると、2025年上半期のASEAN市場は約9,500億米ドル(世界全体では3.5兆米ドル)で、2026年後半には1兆米ドルの大台に達すると予想している。国別の状況をみてみると、マレーシアのイスラム銀行市場は3,000億米ドルを上回っている。他方、インドネシアのイスラム銀行市場は560億米ドル、ブルネイは100億米ドルだが、ブルネイについては国内銀行市場での比率はASEANでもっとも高く6割を占める。

ASEANのハイレベル会合でもイスラム金融の重要性の認識は共有されている。4月に開催された財務相・中央銀行総裁会議では、持続可能な資金調達とインフラ整備ではイスラム金融が重要であると強調された。また、5月に開催されたASEAN・GCC首脳会議においても、この分野で地域を超えた連携が必要であり、とりわけASEANで発行されたスクークの主要な購入者は、湾岸諸国のイスラム銀行であると示された。

しかしながら、ASEAN加盟国ごとにイスラム金融の普及には差があるしている。フィッチによれば、普及が進んでいる国はマレーシア、インドネシア、ブルネイ。限定的なのがフィリピン、シンガポール、タイ。そしてそれ以外のベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーは、市場ルールも未整備で未発達の状況だと区分した。これらの違いは、おおむねムスリム人口や人口比率に準じているとみなせる。

フィッチは、マクロ経済の混乱が生じず、また湾岸諸国との関係が良好であれば、市場の持続的な成長が可能であると予想している。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第528回 マレーシアの2025年第2四半期の経済成長率は4.4%。意外に粘っている?

第528回 マレーシアの2025年第2四半期の経済成長率は4.4%。意外に粘っている?

8月15日、バンクネガラはマレーシアの2025年第2四半期の実質経済成長率を前年同期比4.4%と発表しました。これは先月発表された事前推計値の4.5%とほぼ一致しています。第1四半期の4.4%からは横ばいで、予想外の底堅さを見せたと言えます。マレーシアの四半期GDP成長率は2024年第2四半期の前年同期比5.9%をピークに、以降、5.4%、4.9%、4.4%ときれいに0.5ポイントずつ減速してきましたが、その低下トレンドに一旦歯止めが掛かったことになります。

バンクネガラが発表している月次の経済成長率(前年同月比)の推移を見ると、4月が4.4%、5月が3.3%と低下していたのが、6月には5.5%と大きく上昇しています(図1)。同様に、第1四半期も3月に6.6%と大きく上昇しましたが、これは、トランプ関税の駆け込み需要によって3月の対米輸出が前年同月比で50.8%と大幅に上昇したことに対応しています。一方で、6月の対米輸出は4.7%増となっており、6月にGDPが急伸した理由は米国向けの駆け込み輸出ではないことが分かります。

 

第2四半期の部門別GDP成長率を見ると、サービス業が5.1%増(第1四半期:5.0%増)、製造業が3.7%増(同4.1%増)と大きく伸びてはいません。好調なのは建設部門で12.1%増(同14.2% 増)です。需要項目別に見ると、民間消費が5.3%増(同5.0%増)なのに対し、民間投資が11.8%増(同9.2%増)、公共投資が13.6%増(同11.6%増)と投資が経済を主導していることが分かります。

 

バンクネガラは第2四半期の経済状況の説明の中で「投資の成長は継続的な構造物投資と機械・設備への投資増加によって牽引された。これは主にデータセンターおよびIT関連設備向けの投資と、公営企業による設備投資の拡大によるものである」と述べています。これは、マイクロソフトがマレーシアで2025年第2四半期に3つの大規模データセンターを稼働させる、と報じられていたこととも一致します。マレーシアのデータセンターブームはGDPを左右する規模になっているということになります。

 

これに先立つ7月28日、バンクネガラは2025年の経済成長率の予想を従来の4.5%〜5.5%から4.0%〜4.8%に下方修正しました。筆者は1月の時点(本連載512回)で「2025年のマレーシアの経済成長率は政府予測の下限(4.5%)か、それを少し下回るのではないか」と書きました。トランプ関税の状況などを考えると、下半期は良くても上半期と同じ4.4%、下振れする可能性もあると考えています。なんとかデータセンター需要で踏みとどまっていますが、マレーシア経済は基本的には徐々に減速を続けている、と見ています。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第906回:中小企業の両利き経営(9)デジタル化、 グリーンイノベーションと持続可能性

第906回:中小企業の両利き経営(9)デジタル化、 グリーンイノベーションと持続可能性

前回は、デジタル化が、時間、資金、人材といったリソースが少ない中小企業が外部知識を獲得し、知識基盤を強化するのに役立つというお話でした。経営者と従業員がデジタル化に向けた意思統一をすることが、その後の両利き経営やデジタル能力の向上、さらにはイノベーションのために不可欠といえます。

さらに、デジタル技術の活用は企業の持続可能性を向上させる可能性があります。中小企業は世界の産業汚染の60~70%を占めているにもかかわらず、大企業に比べて環境意識が低く、環境技術や法律に関する知識が不足しているとされています。しかしながら、ステークホルダーからの圧力や、環境意識の向上を求める消費者の需要の高まりに後押しされて、中小企業はグリーンイノベーションに取り組むことが多いようです。この時、企業は、デジタルツールを使用することで、資源の使用状況をリアルタイムで監視し、プロセスを最適化し、廃棄物を削減し、環境効率を向上させることができます。例えば、ブロックチェーンはリサイクル原材料が使用されていることを証明するために使用されています。したがって、デジタル化は、資源利用の最適化、循環型経済および持続可能なビジネスモデルの実装を促進することで、環境パフォーマンスを向上させることができます。

しかし、中小企業はデジタルプラットフォームの導入において、必要なリソース、スキル、コミットメントが不足しているなど、特有の課題に直面しています。そのため、人的ネットワークは重要なリソース源となり、中小企業が貴重な機会を発見するのに役立ちます。例えば、使用済み、リサイクル、回収された材料からなる生産投入物を取り扱い、それを顧客価値に変換するプロセスを設計するには、材料の継続的な循環と廃棄物の削減・排除という観点から、材料の利点と限界を理解しているパートナー、専門家、顧客の関与が必要です。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)