「華人は金持ち」マハティール氏発言が波紋

 マハティール・モハマド前首相が先の香港メディアとのインタビューの中で、「マレーシアの華人は金持ち」と発言。華人の間から「誤解を招きかねない」と批判の声が上がっている。マハティール氏は「マレーシアの華人は裕福であり大多数が都市部に住んでいる。これは不健康な傾向」と述べた。 

 これに対し、さっそく与党連合・国民同盟(PN)に加わっているマレーシア華人協会(MCA)のウィー・カション党首が発言。「華人の所得水準が相対的に低下したことを示すデータがあるが、マハティール氏が故意にそれを無視しているのか、民族批判につなげようとしているのかどうかは分からない」とした上で、華人をそうしたステレオタイプで見るやり方は民族調和にとって有害だと批判した。

 マハティール氏の首相返り咲きを支持していた華人系野党・DAP所属のオン・キエンミン前副運輸相は、「農村=マレー系=貧困、都市部=華人=富裕」という印象自体が誤りだと指摘。7割のマレー系は都市部に住んでおり、富裕層に分類される世帯数では華人を上回っているなどと具体的数字を挙げてマハティール発言の誤りをただしてみせた。

 オン氏によると、2014年の統計における世帯収入が1万リンギを越えている世帯はマレー系は28万世帯あり、華人(24.4万世帯)を上回っている。下位40%を占める低収入世帯(B40)でみると、マレー系が73.6%と多数を占めるものの華人も17.5%いる。マレー系が総人口の69%を占めることからみると、決して多すぎるとはいえない。華人だマレー系だというよりむしろ「民族に関係なく貧富の差が拡大していることがマレーシアの実際上の問題である」というのは多くの社会問題専門家が指摘するところだ。

 たしかに華人がマレー系より相対的に金持ちだったといえる時代はかつてはあり、「華人は金持ち」論はブミプトラ(マレー人および先住民族の総称)政策などの「積極的差別是正措置」(アファーマティブ・アクション)実施の口実に使われてきた経緯がある。

 しかし次第に民族格差が少なくなってきたにも関わらず、既得権益に執着するマレー保守派を中心に、イメージ先行の「華人は金持ち」論は利用され続ける。最近ではマレー系政党が票田であるマレー有権者受けを狙って「華人は借家人」、「恩知らず」といった華人批判とセットで言及することが増えた。すでに行き過ぎた制度的逆差別でハンデキャップを背負わされている華人は、さらなる逆差別拡大を求めるマレー保守派の動きに神経を尖らせている。

 政権奪回を狙うマハティール氏があえて今こうした民族対立を煽るような発言を行なう真意は不明だが、一部のマレー保守派の有権者に受けるにしても、これまで同氏を支持してきたマレー・リベラル派や華人有権者からの反発を招きかねない。同氏は2月の突然の首相辞任に続いて野党の次期首相候補選びにおける混乱の中心人物でもあり、ただでさえ「わがままで面倒な老人」というイメージができつつある。今回の発言で評判がさらに下落するのは避けられそうもない。

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解散・総選挙実施論が浮上、ムヒディン首相の判断は?

 マハティール・モハマド前首相やアンワル・イブラヒム人民正義党(PKR)党首ら野党勢力がムヒディン・ヤシン政権打倒にむけて気勢を上げる中、与党・国民連盟(PN)構成党内からは解散・総選挙に打って出るべきとの声が高まりをみせている。

 気勢を挙げているとはいえ、本来なら合力すべきマハティール氏とアンワル氏は野党統一の首相候補の人選で対立しており、野党側の内部対立は簡単に解決しそうもない。

 一方で草の根ネットワークを国の隅々まで張り巡らしているPN構成党の統一マレー国民組織(UMNO)や汎マレーシア・イスラム党(PAS)は、国会における現有議席こそ少ないものの、一枚岩になりきれない野党側の状況をみて、いま直ちに総選挙を行なえば準備不足の野党に勝てると考えている。

 UMNOのモハマド・ハサン副総裁は先ごろ、政治的不安定な状況を解消するためとして総選挙の実施を主張した。実際UMNOとPASは6月初めにはすでに総選挙の準備にむけた会合を行ったとされ、両党の間で議席配分に関する交渉がかなり進んでいるという。

 では解散権をもつムヒディン首相本人の意向はどうかといえば、多くの政治アナリストはムヒディン首相が早期の解散・総選挙の要請に応じないと予想している。

 理由の一つはムヒディン首相率いる統一プリブミ党(PPBM)の内部対立だ。党内では草の根レベルで党会長職を追われたマハティール氏を支持する勢力が根強い。党内では一応ムヒディン氏支持で一致しているがマハティール氏はいまだに返り咲きを狙っており、ムヒディン体制は決して盤石ではない。

 マレーシア工科大学(UKM)のアズミ・ハッサン教授は、ただでさえ弱小勢力であるPPBMの内部対立が解消するまでは総選挙を回避するのではないかとみている。著名政治学者のウォン・チンフアット氏も同意見で、草の根組織、選挙組織が脆弱なPPBMにとって内部分裂している状況での総選挙実施は賢明ではないと指摘している。

 もう一つの問題は、PN政権の構造そのものにある。PPBMはPN構成党内で唯一、PH政権の生き残りであり、選挙の洗礼を受けていない現政権の正統性を示す存在でもある。だからこそ巨大勢力のUMNOやPASが弱小勢力であるムヒディン氏=PPBMを支えているわけだ。政治アナリストらは、ムヒディン内閣が解散・総選挙に追い込まれることになる、すなわち用なしになれば容赦なく牙を剥くと予想している。

 前出のウォン氏は、総選挙になった場合、PN構成党内で議席配分を行なう際にはPPBMはUMNOとPASに主導権を奪われることになり、前回総選挙のように50選挙区で候補を立てることは許されない立場に追い込まれるだろうと予想。たとえPNが選挙に勝ってもムヒディン首相の続投が認められないことになるだろうと述べている。

 ウォン氏は、選挙に勝っても先の見えないムヒディン氏にとっての最善の策が、議会改革を実施してPHの要求を受け入れPHとの停戦を模索することだと指摘。その方が「UMNOとPASに抹殺されるよりマシ」だとし、そうした穏健なやり方は政治的混乱を嫌う経済界や一般国民からも支持を集めるだろうと述べている。

 ウォン氏はさらに、UMNOとPASだけで過半数の議席を押さえることができないことにこそPPBMの活路があると指摘する。サバ・サラワク州の政党は、「最高落札額を提示した方になびく」傾向がありいつも日和見だ。真のPNの同盟者としてキャスティングボートの役割を担うことこそがムヒディン氏=PPBMの生き残る術だというわけだ。

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マレーシアの新型コロナ対策、成功のポイントは?

 まだ道半ばでありこの先もどうなるか予断を許さない新型コロナウイルス「Covid-19」との戦いだが、これまでのマレーシア政府の感染対策については国民から高く評価されているようだ。実際、6月23日時点でのマレーシアの累計感染者数は8,590人にとどまり、すでに8,186人が回復している。1日あたりの新規発生件数は10人前後に落ち着いており、累計死者数は121人でおさまっている。

 シンガポールのブラックボックス・リサーチとフランスのトルーナが23カ国・地域の1万2,000人を対象に共同実施したコロナ対策に対する国民の満足度調査によると、マレーシアは総合評価で58ポイントで4位。中国やベトナムには及ばなかったが優等生といわれたニュージーランド、台湾、タイ、韓国を上回った。日本はわずか16ポイントだった。

 また政治、経済、地域社会、メディアの4分野のうち、政府の対応を高く評価した人の割合は59ポイントで、台湾、タイ、韓国を上回った。何かと安倍内閣にシビアな国民が多い日本はわずか16ポイントだった。マレーシアはメディアに対する評価も93ポイントと高く、日本で高く評価された台湾を上回った。

 「国に医療危機に対する備えがない」との設問に同意したのは17%で、中国に次いで低かった。「医療危機に対する備えより軍事的備えがある」との設問に同意したのはわずか3%で、ニュージーランドと共に最も低かった。

 保健省のノール・ヒシャム事務次官が紹介した非営利組織、DNDi(顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ)のリポートは、西側諸国の状況と比較すると、マレーシアなどのアジア諸国では感染と死亡を比較的低く抑える革新的で迅速な対策が行なわれたと指摘。「新しい治療法やワクチンなどのより高価なソリューションに投資する必要があることは明らかだが、基本的な感染対応に関する実務性とスピードが主要な要因」と分析している。

 感染対策の陣頭指揮をとってきたノール事務次官は先日、マレーシアのアプローチには、特定の国と比較して2つの重要な違いがあると指摘している。まず1つ目は、症状の有る無しにかかわらず陽性患者をすべて病院で隔離・治療するという方針で、他の国では例え陽性であっても無症状、もしくは症状が軽度の場合では自宅で隔離・治療されるが、マレーシアでは陽性の場合、症状がなくても病院で隔離する点が異なっているという。

 二つ目は、自宅であるか保健省の隔離センターであるかにかかわらず、海外から帰国した国民に隔離を義務付けている点。マレーシアへの帰国者は自宅隔離を受けることができるが、それでも隔離が義務づけられている点は変わらないと強調している。これらに加えてノール事務次官は、マレーシア政府が国境管理を厳しく行なっていることを挙げている。


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