第522回  マレーシアへの中国からの輸入が急増?

5月20日に発表された貿易統計によると、マレーシアの2025年4月の中国からの輸入は前年同月比20.6%増の298億リンギとなり、国別では2位の米国(185億リンギ)に大差を付けて輸入先の1位となっています。5月27日付の日本経済新聞電子版では、「東南ア、中国から輸入2割増——米関税で受け皿に 低価格品、日系企業に脅威」というタイトルで、トランプ関税により対米輸出が困難になった中国から、マレーシアを含めた東南アジアへの輸出が急増している、という記事が掲載されています。

直感的には、最大の輸出先を失った中国企業が安値で東南アジア市場に輸出攻勢を掛けるというシナリオはありうるように思われます。そこで、2025年4月のマレーシアの中国からの輸入をHSコード4桁レベルで整理し、輸出額が前年同月比で増加した上位10品目を示したものが表1となります。

 

4月に中国からの輸入が最も増えた品目はHSコード8471の「コンピュータ・データ処理機器」です。ただ、さらにHSコード10桁まで調べていくと、輸入が増加しているのはPCではなく、サーバー類であることが分かります。サーバー類の輸入は前年同月比で9倍に増加しています。

 

次に輸入が増えているのはHSコード8517「電話機・通信機器」です。これもより詳しく見ていくと、最も増えているのはルーターなどのネットワーク機器で前年同月比2.9倍、続いてスマートフォンで前年同月比34%増となっています。3番目に増えているのはHSコード8703「乗用車」で、細かくみていくとEVが前年同月比3倍増となっています。4位以下は、ほぼ全てが工作機械や電子部品などで、消費者向けの商品はありません。

 

このように見てくると、4月の段階でマレーシア向けの輸出が増えているもののうち、消費者向けの商品といえるのはEVとスマートフォンですが、その貢献分はそれほど大きくありません。むしろ、大幅に増えているのはサーバーやルーター、産業機械、電子部品などで、これは「米国市場の失った中国の消費財が東南アジアに流れ込む」というストーリーとは合致しません。

 

トランプ関税が二転三転している上に、その影響は時間差を持って出てくるので、あくまで4月時点では、という但し書きが付きますが、中国からマレーシアに輸出が急増しているのは主にデータセンター関連と工作機械、電子部品で、昨今のデータセンターブームと「迂回生産」が原因であると見ることが出来ます。ちなみに、4月のマレーシアの米国からの輸入は前年同月比111.8%増というとんでもないことになっており、これはやはりサーバー類の輸入が前年同月比で約600倍(!)になった影響です。米国からAI半導体の輸出に制約がかかる前に輸入しておこう、ということなのかもしれません。マレーシアのデータセンターブームは、貿易統計に大きな影響を与えるレベルになっており、ちょっと過熱しすぎでは、と心配に思うぐらいになっています。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp