第901回:中小企業の両利き経営(4)深化が好まれる理由
前回は、競争や変化の激しい業界においては、深化よりも探索を戦略の中心に据えることが合理的であることを示しました。
しかしながら、中小企業の多くは深化を好みます。これは、深化には非合理的な側面と合理的な側面の両面があるからです。英国の新興B2Bテクノロジー企業180社を対象とした研究では、主要顧客への依存は、製品開発へのモチベーションを低下させるなど、企業の存続に大きな悪影響を及ぼすことが示されました。しかし、こうしたリスクを乗り越えて生き残った企業では、顧客ポートフォリオの成長にプラスの影響が及ぶという逆説的な結果が示されました(Yli-Renko et al., 2020)。これは、長年にわたって深化を続けることで主要顧客との良好な関係を維持した中小企業は、その評判を利用して新規顧客を獲得できる可能性があることを示唆しています。
一見非合理的に見える深化をなぜ中小企業が続けるのかを考える上で、この研究は大きな示唆を与えてくれます。例えば、日本では大企業と中小企業が系列システムを形成しており、中小企業は既存のサプライチェーンの中で大企業が求める仕様の製品・部品を迅速かつ正確に供給するために、ラディカル・イノベーションよりも、プロセス・イノベーションやインクリメンタル・イノベーションに取り組むことが期待されてきました。このような環境下では、新たな情報ネットワークを必要とする探索よりも、既存の情報ネットワークを活用した深化が企業業績に大きく影響します。したがって、このような状況下では、既存顧客への満足が最も合理的な生存戦略であるため、探索を行わない中小企業をイノベーティブではないと批判することはあまり建設的ではない可能性があります。
そうはいっても、時代は大企業への依存から脱することを中小企業に求めています。中小企業の取るべき戦略はどのようなものでしょうか。次回に続きます。
Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1
Yli-Renko, H., Denoo, L., & Janakiraman, R. (2020). A knowledge-based view of managing dependence on a key customer: Survival and growth outcomes for young firms. Journal of Business Venturing, 35(6), 106045. https://doi.org/10.1016/j.jbusvent.2020.106045
國分圭介(こくぶん・けいすけ) 京都大学経営管理大学院特定准教授、 |