【従業員の勤労意欲を高めるために】第904回:中小企業の両利き経営(7)両利きとグリーンイノベーション、持続可能性

第904回:中小企業の両利き経営(7)両利きとグリーンイノベーション、持続可能性

前回は、内部リソースの不足を克服して両利きになるために、中小企業は外部リソースに依存するオープンイノベーションを採用する必要があること、しかし、オープンイノベーションはしばしばオーケストレーションを伴うため、短期的には中小企業にとってコストがかかる可能性があることを述べました。今回は、グリーンイノベーション(炭素排出量を減らすなどの環境に良いイノベーション)についてです。

ポルトガルの中小企業336社を対象とした研究は、両利きが持続可能性にプラスの影響を与え、それが新製品の成功とグリーンイノベーションにプラスの影響を与えることを示しました。同様に、中国に本社を置く多国籍企業300社を対象とした研究では、両利きは、経済、環境、社会の持続可能性にプラスの影響を与えることが示されました。

深化によるイノベーションは、企業が持つ従来の技術を活用したものであり、既存のインフラ設備の下で、多額の投資をすることなく実現できます。主に、既存のプロセスと製品を改善して効率を上げます。一方、探索によるイノベーションは、従来とは大きく異なる、より優れた方法を用いて、様々な技術を探求します。設計の改善を伴い、企業のインフラに大きな変更を加えずには実現できないため、十分な投資が必要です。不確実性を伴うものの、長期的には成果をもたらします。探索と活用が共存する例としては、燃料電池技術(エコ効率)とハイブリッド技術(エコデザイン)に基づく燃料電池システムがあります。

しかし、グリーンイノベーションの導入には、オープンイノベーションと同様にコストがかかります。どのようにすれば克服できるでしょうか。次回に続きます。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第572回 IFSB総会、モロッコで開催

第572回 IFSB総会、モロッコで開催

Q: 今年のIFSB総会は?

A: 中央銀行や通貨庁など、各国のイスラム金融の監督官庁が加盟する国際的なイスラム金融団体であるイスラム金融サービス委員会(IFSB、本部マレーシア)は、7月1日から3日にかけてモロッコのラバトで第23回総会と各種のフォーラムを開催した。ラバトは、首都カサブランカとジブラルタル海峡の中間に位置する大西洋に面した街だ。

モロッコは、イスラム協力機構(OIC)傘下のイスラム開発銀行(IsDB)の地域ハブ拠点が設置されている一方で、同国自体のイスラム金融の歴史自体は浅く、2014年に銀行法が施行され、初めてのイスラム銀行であるアムニア銀行が、カタール国際イスラム銀行などの支援を受けて2017年に創業した。以降、同銀行を中心にイスラム銀行5行とイスラム窓口を持つ複数の従来型銀行によって、市場が形成されている。現在の市場規模はおよそ24億米ドルで、国内金融市場の2%程度のシェアを占めている。

総会とフォーラムでは、イスラム法への準拠、流動性資産の管理、持続可能な金融の発展、およびデジタル化のリスクの4点が、主な議題として取り上げられた。これについてモロッコの中央銀行であるアル・マグリブ銀行のアブドゥルラティフ総裁は、「現在のイスラム金融はますます国際的な金融システムに統合されつつあるが、国によって経済発展やイスラムのあり方に大きな違いがある。そこでIFSBが提示する原理原則に基づき、各国の監督官庁が各国固有の事情を考慮した独自の規制を作ることが許容されている」と指摘した。モロッコにおけるこの具体例として、アブドゥルラティフ総裁は「ムスリム利用者からの信頼にこたえるため、最高ウラマー評議会がファトワ(法学裁定)を発行することによって、イスラム金融商品を認証している」という点を挙げた。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第525回  マレーシアへの相互関税は25%、これからどうなる?

第525回  マレーシアへの相互関税は25%、これからどうなる?

4月9日以降、トランプ政権が導入した「相互関税」の執行は10%のベースライン関税を除いて90日間停止されていましたが、その期限である7月9日前後に様々な動きが見られました。まず、トランプ大統領は相互関税の実施を8月1日からと発表し、実質的に猶予期間が約20日延長されました。

同時に、トランプ政権は各国に対して個別の相互関税率を通知しました。7月9日までに正式に交渉がまとまったのはイギリスとベトナムのみで、イギリスは米国製品の購入などを条件に相互関税率は10%に(他に自動車低関税輸入枠)、ベトナムは米国製品への関税を0%にすることを条件に、相互関税率は当初の46%から20%に引き下げられ、「積替輸出(Transshipment)」については税率40%で決着しました。

マレーシアには7月7日、相互関税率を25%とする旨を通知する書簡が届きました。この書簡は非常に攻撃的で礼節を欠くものでしたが、日本とマレーシアで国名以外は同一の内容が使い回されており、真剣なメッセージとして深読みする必要はありません。また、マレーシアと日本は共に相互関税率が24%から25%に1%上昇していますが、他の国も微妙に関税率が変更されており、これも特別な意味はなく、関税率を切りの良い数字に整理する一環と考えられます。

これに対し、ザフルル通商産業大臣は引き続き8月1日までの交渉を目指すことを表明し、合意に至る確率は50%と述べました。また、ザフルル大臣は国益を犠牲にしてまで合意にこだわることはないと明言しています。交渉の焦点となっているのはハラル食品で、マレーシアは米国産の牛肉や鶏肉の輸入を認めていませんが、「彼らが基準を守るのであれば」それを認めるとザフルル大臣は述べています。

一方で、譲歩しない「レッドライン」として挙げているのは「デジタル税」で、デジタル製品への課税は国家主権に関わるため譲れないとしています。その他のレッドラインには、電子商取引、政府調達、健康や技術に関連する基準に関する法律が含まれると発言しています。

マレーシア側はマレーシア航空がボーイング機30機を購入することに加え、さらに30機の購入を米国との交渉で提示していると報じられました。しかし、同時期に、エアアジアがエアバス機を70機、マレーシア航空が20機購入することが報じられるなど、米国に対して地道な「けん制」も行っています。

アンワル首相は米国との関税交渉を継続すると語り、7月10日には米国のルビオ国務長官と会談しました。一方で、それに先立つ7月9日、ASEAN外相会議の開幕に当たり、かつては成長を生み出すために使われていた関税が、今では圧力をかけ、孤立させ、封じ込めるために使われていると警告しました。

その後も、トランプ大統領は外交的に対立するブラジルに50%の相互関税を課すと発表するなど、現時点で提示されている関税率は実務的なものではなく「ディール」の道具となっています。8月1日に向けてさらなる紆余曲折が予想され、引き続き予断を許さない状況です。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第903回:中小企業の両利き経営(6)両利きとオープンイノベーション

第903回:中小企業の両利き経営(6)両利きとオープンイノベーション

前回は、両利きであることが一企業の短期的な売上に直接つながらないとしても、国全体、あるいは地球規模で取り組むことが合理的な場合があるというお話でした。今回からは、中小企業が両利きを達成するための条件について検討します。今回は、オープンイノベーションによる両利きについてです。

内部リソースの不足を克服し、両利きになるために、中小企業は外部リソースに依存する必要があります。外部リソースを活用したイノベーションは、オープンイノベーションと呼ばれます。オープンイノベーションの目的は、大企業と中小企業とで異なることが多く、大企業はパートナーの資産や能力を活用するためにオープンイノベーションを採用するのに対し、中小企業は内部資産の不足を補うためにオープンイノベーションに頼る傾向があります。中小企業は通常、財務および人的資本リソース、管理および技術スキル、ノウハウ等の重大な不足に悩まされており、そのため、ネットワーキングを、技術力を拡大する手段と見なしています。外部とのコラボレーションを活用することで、中小企業はイノベーション投資に関連するコストを削減し、イノベーションプロセスをうまく適応および再構成することができます。オープンイノベーションを含む外部組織との協働は、イノベーション活動のポートフォリオを拡大し、知識の補完性を高め、生産性を向上させるための優れたアプローチであり、ひいては中小企業のイノベーション能力にプラスの影響を与えます。オープンイノベーションを導入することで、中小企業は既存の能力、資源、組織構造を活用し、既に信頼されている関係ネットワークを強化し、財務的な利益を得ることができます。

特定の地域に関心を持たず、最適な立地を求めて移動する多国籍企業とは対照的に、中小企業は、歴史的に特定の場所や地元住民と何世代にもわたって結びついていることが多いようです。例えば、世界的なドイツ中小企業の 70% が拠点を置く BW 州、バイエルン州、ノルトライン=ヴェストファーレン州の中小企業は、影響力のある特定の地域のソーシャルキャピタルの文脈に根ざし、周辺のコミュニティ、企業、大学とのつながりを活用して国際市場に効果的に参入しています。このように、中小企業は、地域ネットワークを活用してオープンイノベーションを実施できるという点で有利である可能性があります。例えば、タイの 6 つの地域の中小企業 615 社を対象とした研究では、オープンイノベーションの実施と両利きのイノベーションの実践との間に有意な正の相関関係が見つかり、オープンイノベーションの採用が両利きのイノベーションを強化できることを示唆しています。

しかし、オープンイノベーションはしばしばオーケストレーションを伴います。オープンイノベーションを展開するコストは、特に資金が限られている中小企業にとって重要な考慮事項です。オープンイノベーションは、内部資産の損失リスク、代理店コストと取引コスト、パートナーシップの管理コストを伴います。ヨーロッパの中小企業377社を対象とした調査の結果によると、オープンイノベーションは、少なくとも短期的には中小企業にとってコストがかかることが明らかになっています。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第524回  経済複雑性指数(ECI)、その意味は?

第524回  経済複雑性指数(ECI)、その意味は?

6月24日、経済複雑性指数を提唱したヒダルゴ教授が興味深い論文をX(旧Twitter)に投稿していました。「経済的複雑性指数(economic complexity index: ECI)」は1国の輸出がいかに「複雑性が高い=高度」なものであるかを計算する指数で、マレーシアでは「新産業マスタープラン(NIMP2030)」の中で、「高い経済的複雑性を持った競争力のある産業」という目標として掲げられています。

経済的複雑性が高い国とは、1)多様な財を輸出している、2)輸出している財を生産できる国が限られている、3)同様の財を輸出している国の経済的複雑性もまた高い、という特徴を持つ国です。この指数が高い国は経済成長に有利であることなどが経験的に知られていましたが、ECIは経済学の概念と言うよりは物理学の概念に近く、なぜそうなのかという点については分かっていませんでした。

ヒダルゴ教授が紹介した「経済複雑性の理論(The Theory of Economic Complexity)」という論文では、ECIが実際に「その国がどれだけ多くの生産のための能力を持っているか」を正確に測定していることを数学的に証明しました。つまり、ECIが何を計測しているのかを突き詰めると、それは、半導体技術、材料科学、ソフトウェア開発力など、その国がどのような種類の能力を高い水準で持っている確率が高いのか、ということになると示したのです。

また、この論文では、経済の複雑性≒多様性であり、後進国:低多様性(農業・資源のみ)→中進国:高多様性(様々な産業に参入)→先進国:特化(最も得意な高複雑性製品に集中)、というようなパターンで経済が発展することを予測しています。必ずしも多様な財を輸出していないスイス、シンガポール、フィンランドなどの小規模な国が高いECIを持ち、高所得国であることと整合的です。 マレーシアのような人口規模が大きくない国にとって、この予測は希望が持てるものです。

図は1998年から2023年のマレーシアのECIと世界ランクの推移を示したものです。マレーシアのECIは2000年代に入って世界平均の0を超えて順調に上昇しましたが、2010年代に入ると1前後で停滞しています。同時に、世界ランクも50位前後から20位台に上昇しましたが、その後は横ばいとなっています。

2023年のマレーシアのECIは1.04で世界27位ですが、これが1.23まで上昇するとベルギーと並んで世界20位となります。マレーシアとしては、まずはこのTOP20入りを果たしたいところです。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第571回 湾岸諸国の観光産業をイスラム金融が下支えする

第571回 湾岸諸国の観光産業をイスラム金融が下支えする

Q: コロナ後の湾岸諸国の観光産業とイスラム金融の関係は?

A: コロナ禍で減少した観光客が世界的に回復している現在、観光産業をイスラム金融が下支えしようとしている。この状況を湾岸諸国のメディアが伝えている。

ドバイでは、2024年の観光客がコロナ前の2019年と比べて69%増加した。これはG20諸国の中で最も高かった。今日の観光客は、若い世代ほど旅先で両替したりトラベラーズチェックを使用したりはせずスマートフォンでの決済を好んでおり、変化の著しい分野でもある。

観光産業の拡大を下支えするのは金融である。観光施設建設のための大型融資、航空会社が航空機を建造する際の債券発行、リース形式によるホテルの運営など、金融への様々なニーズが生まれている。例えば、湾岸諸国の主要航空会社は今後5年間でボーイングとエアバスに780機の航空機を発注することになっているが、過去にはスクークで資金調達した例もある。また、ドバイで建設される5つ星ホテルは、アブダビ・イスラム銀行などの融資団から3億米ドルの融資を受けた。ホテルの建設ラッシュがサウジアラビアで起きており、複数のホテルグループが合計170軒ほどのホテル建設を計画している。

飛行機のファーストクラスやプライベートジェット、最高級ホテル等を利用する富裕層のラグジュアリーな観光も増加すると、プライベート・バンキングのニーズが高まっている。観光を兼ねて投資物件を物色したり、中には移住をする者も増えれば、富裕層の資産を管理するプライベート・バンキングの存在が重要となる。

もっとも、観光の拡大がイスラム銀行へのニーズを高めるものの、すでに湾岸諸国では金融機関が飽和状態となっており、今後は銀行間の生き残りのため合併あるいは市場の統一などが視野に入ってくるだろうと、メディアは同時に指摘している。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第902回:中小企業の両利き経営(5)両利きと、長期的・地球的視点

第902回:中小企業の両利き経営(5)両利きと、長期的・地球的視点

前回は、中小企業の多くが深化を好むというお話でした。しかし、特定の技術に依存し、深化に特化することは、イノベーションと研究開発が牽引する産業において、時代の変化への対応を困難にし、競争優位性を低下させる可能性があります。今日、産業構造の転換により、ニーズの細分化、複雑化、予測不可能性が高まる中、中小企業にとって、下請け構造からの脱却や、既存のネットワークにとどまらない幅広い情報源の活用、技術シーズを機動的に新規事業に繋げるイノベーション活動がますます重要になっています。さらに、コロナ禍を契機としたICT化の波や、持続可能な開発目標(SDGs)を契機とした地球環境意識の高まりは、企業経営者に変化を迫り、従来のやり方に固執することのリスクを高めています。さらに、リスク分散、すなわちポートフォリオ投資の観点からは、国内で多くのイノベーション活動が展開されることが必要です。言い換えれば、両利きであることが一企業の短期的な売上に直接つながらないとしても、国全体、あるいは世界規模で取り組むことが合理的な場合があると考えられます。

さらに、両利きであることは中小企業にとって短期的には有益とは考えられないとしても、長期的には有益となる場合があります。深化と探索を組み合わせることで、中小企業は既成概念にとらわれず、短期的ではなく長期的な視点でイノベーションを起こし、最終的にプラスの結果を生み出す可能性があります。これは、両利きであることが、深化と探索という相反する要求を統合する上で重要な役割を果たすためです。両利きの中小企業は、斬新なアイデア、製品、プロセスを開発する能力を失うことなく、深化と探索を管理し、効率性を向上させる能力を持っています。

こうした中小企業は、財務構造に関する重要な意思決定を迅速かつ柔軟に行うことができます。例えば、国際化を通じて新たな市場を開拓したり、新製品や新ブランドを立ち上げたりすることができます。したがって、中小企業が両利きを達成できる方法を見つけることは、中小企業の回復力を高め、マクロ的または長期的な視点から、中小企業、国、そして世界が納得できる解決策に到達するために役立つ可能性があります。そこで、次回からは、中小企業が両利きを達成するための条件について検討します。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第523回  7月1日より売上・サービス税の課税品目拡大、紆余曲折を振り返る

第523回:7月1日より売上・サービス税の課税品目拡大、紆余曲折を振り返る

 

7月1日より売上税(Sales Tax)とサービス税(Service Tax)、いわゆるSSTの課税品目の拡大が行われます。これは、昨年秋の2025年予算の段階で予告されており、また当初5月1日より導入される予定が、業界の反対に実施が延期されていたものです。

 

マレーシアの税制は過去10年間で大きく変遷してきました。2015年4月にナジブ政権がSSTに代わって6%の物品・サービス税(GST)を導入しましたが、これが物価上昇への国民の不満を招きました。2018年、マハティール政権はGST廃止を公約に掲げて勝利し、同年9月にSSTを復活させました。この政策転換により、非課税品目が5,443品目に拡大され、国民負担は軽減されたものの、政府は年間220億リンギという大幅な減収に直面しました。

 

その後、財政再建への要請からGSTを復活させる提言が各所から出され、2024年の予算文書には「SSTよりGSTが優れている」という記事が掲載されたこともありました。しかし、アンワル首相は最低賃金が3000〜4000リンギになるまで、つまり、おそらくはあと10年程度はGSTを復活させることはないと明言しています。

 

そうはいっても財政は苦しいわけで、代替案としてSSTの税率引き上げ・課税対象品目の拡大が行われてきています。2024年にはサービス税が6%から8%に引き上げられました。ただ、飲食や通信、物流サービスなどの税率は6%のままとなっていました。

 

今回のSSTの課税品目拡大は図のようなものです。売上税は一部の「任意購入・非必需品(discretionary and non-essential goods)」について5%、10%の税率で新規に課税が行われ、サービス税については6つの新分野について新たに課税が行われることになりました。

2025年予算を読み返すと、売上税は194億リンギ(24年)→208億リンギ(25年)に、サービス税は215億リンギから260億リンギへの増収が見込まれています。売上税分が14億リンギ、サービス税分が45億リンギの増収見込みなので、サービス税の引き上げの方が3倍程度影響が大きいことが想定されています。

 

こうした方向性は、アンワル首相が就任当初から繰り返している「選択的補助金(Targeted Subsidy)」政策と整合的です。要するに、所得上位階層には補助金を与えず、逆に所得上位階層から税金を取る、ということになります。図にあるように、マレーシアが国として振興している教育サービスや外国人向けの民間医療についても増税となるため、産業政策的にはマイナスになりますが、そうであっても財政再建が重要、というスタンスであると捉えることができます。

 

世界経済が不安定で原油価格も軟調な中、2027年後半には総選挙が見込まれるため、アンワル政権は早いうちに補助金改革と税制改革を済ませたいと考えているはずです。それらが2025年で打ち止めになるのか、26年も続くのかは景気次第ともいえるでしょう。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第570回 アンワル首相、タタールスタン訪問でイスラム金融を議論

第570回 アンワル首相、タタールスタン訪問でイスラム金融を議論

Q: アンワル首相の訪露の目的は?

A: アンワル・イブラヒム首相は、5月に4日間の日程でロシアを訪れた。この間、タタールスタン共和国で開催された国際フォーラムに参加し、イスラム金融やハラル産業などの分野での支援を表明した。

タタールスタンは、ロシア連邦を構成する国の一つで、人口およそ400万人のうち半数がムスリムである。2023年にロシアがイスラム金融制度を試験的に導入した四つの共和国の一つであり、ハラル産業のための16ヘクタールの工業団地「バルタチ」を2019年に建設するなど、この分野に力を入れている。

首都カザンでは、毎年「カザン・フォーラム」と題する展示会・講演会を開催している。これは、ロシアとイスラム諸国の経済連携の強化を目指して開催されるもので、今年で16回目の開催となった。マレーシアは、これまで閣僚級の人物を団長とする使節団が参加しており(本連載第446回参照)、今年はアンワル首相自らが一団を率いて現地入りした。フォーラムで講演を行ったアンワル首相は、この地域のイスラム経済の発展をマレーシアとして支援するという従来の約束を履行すると改めて表明した。

また、これに先だってアンワル首相は同国のルスタム・ミニハノフ首長(大統領)と会談を行った。この中でミニハノフ首長は、タタールスタンはイスラム銀行導入の試験対象地域であり、マレーシアから多くのことを学び最適な実践を採用して行きたいと表明した。対してアンワル首相は、イスラム金融やハラル産業について「議論する準備はできている」と答えた。また、タタールスタンには大きな潜在的な可能性があるので、多くの提案を行い協力して経済を発展させる必要がある点で一致した。

ハラル産業以外にも、今年の秋に両国の10代の若者200名による合同青年キャンプをクアラルンプールで開催する予定であるなど、多様な分野での関係構築を進めている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第901回:中小企業の両利き経営(4)深化が好まれる理由

第901回:中小企業の両利き経営(4)深化が好まれる理由

前回は、競争や変化の激しい業界においては、深化よりも探索を戦略の中心に据えることが合理的であることを示しました。

しかしながら、中小企業の多くは深化を好みます。これは、深化には非合理的な側面と合理的な側面の両面があるからです。英国の新興B2Bテクノロジー企業180社を対象とした研究では、主要顧客への依存は、製品開発へのモチベーションを低下させるなど、企業の存続に大きな悪影響を及ぼすことが示されました。しかし、こうしたリスクを乗り越えて生き残った企業では、顧客ポートフォリオの成長にプラスの影響が及ぶという逆説的な結果が示されました(Yli-Renko et al., 2020)。これは、長年にわたって深化を続けることで主要顧客との良好な関係を維持した中小企業は、その評判を利用して新規顧客を獲得できる可能性があることを示唆しています。

一見非合理的に見える深化をなぜ中小企業が続けるのかを考える上で、この研究は大きな示唆を与えてくれます。例えば、日本では大企業と中小企業が系列システムを形成しており、中小企業は既存のサプライチェーンの中で大企業が求める仕様の製品・部品を迅速かつ正確に供給するために、ラディカル・イノベーションよりも、プロセス・イノベーションやインクリメンタル・イノベーションに取り組むことが期待されてきました。このような環境下では、新たな情報ネットワークを必要とする探索よりも、既存の情報ネットワークを活用した深化が企業業績に大きく影響します。したがって、このような状況下では、既存顧客への満足が最も合理的な生存戦略であるため、探索を行わない中小企業をイノベーティブではないと批判することはあまり建設的ではない可能性があります。

そうはいっても、時代は大企業への依存から脱することを中小企業に求めています。中小企業の取るべき戦略はどのようなものでしょうか。次回に続きます。

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

Yli-Renko, H., Denoo, L., & Janakiraman, R. (2020). A knowledge-based view of managing dependence on a key customer: Survival and growth outcomes for young firms. Journal of Business Venturing, 35(6), 106045. https://doi.org/10.1016/j.jbusvent.2020.106045

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)