マレーシア経済:2021年予算について(1)

11月6日、マレーシア政府の2021年予算案が上程されました。この予算は「史上最大」の予算規模となっており、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受けた国民に対して直接的な支援を積極的に行っています。ただ、COVID-19対策に設立された特別基金への支出は2020年の半分程度であり、コロナ禍が続いた場合、さらに予算を積み増す可能性もあると考えられます。

2021年予算では、医療関係者への500リンギの直接給付に代表されるように、COVID-19で影響を受けた人々、所得階層下位40%(B40)の家計に対する手厚い給付や税控除が目立ちます。例年行われている国民に対する直接給付金も増額されています。その他、医療費の控除、所得税減税、雇用者年金基金(EPF)の納付率引き下げなど、例年以上に国民への直接的なベネフィットが目立つ予算になっています。

予算演説の前半では、こうした国民への個別の支援策の発表が1時間近く続きました。2010年代半ばから既に経済成長よりも国民への分配を重視する予算となっていましたが、今回の予算はその中でも分配重視となっています。雇用補助金の延長や、ローンの返済困難者に対する支援もあり、COVID-19の感染が拡大するなかで、国民の不安を和らげる予算であると言えます。

近年のマレーシア政府の予算は、財政再建路線の制約が強かったため、国民への分配を重視しつつも、様々な面で財政赤字を減らすための工夫をしてきました。しかし、コロナ禍において、財政再建を理由に緊縮予算にすることなく、積極的に国民に対する支援を行っており、この方向性は正しいと言えるでしょう。

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首都圏でのCMCO実施の経済的影響は(3)

10月14日から首都圏で実施されている条件付き行動制限令(MCO)が1カ月間で解除されると仮定した場合、GDPへの影響はどの程度になるでしょうか。Googleが提供する人の移動データ(Community mobility report)を利用してごく大まかに計算してみます。

表はKLとスランゴール州のCMCO導入後の人流の変化を2020年1〜2月上旬の比較で示したものです。両地域とも職場への人流については3割前後減っており、減少幅は6月平均よりもやや大きく、小売店などへの人流は4〜5割減少して5月平均と6月平均の中間となっていることが分かります。職場への人流を元に製造業生産指数を推測すると0〜マイナス5%、小売店への人流を元に卸売・小売業売上高を推測するとマイナス15〜マイナス20%となります(連載319回参照)。

KLとスランゴール州を合わせると、2019年時点でマレーシアの製造業GDPの32%、建設業GDPの59%、サービス業GDPの51%を占めています。CMCOにより建設業はサービス業に近いと影響を受けるとみなして計算すると、今回の首都圏へのCMCOはマレーシアのGDPを5〜7%押し下げる計算になります。ただし、CMCOを1カ月限定とすれば、四半期GDPでは影響は1/3となり、押し下げ幅は1.5%〜2.5%程度となります。

2020年第2四半期のGDP成長率はMCOの影響を1カ月 強受けたことで、マイナス17.1%となりました。今回のCMCOが、首都圏以外の経済にあたえる間接的な影響を考慮しても、3〜5月のMCOとの比較では、GDPへの影響はかなり小さく抑えることができそうです。

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首都圏でのCMCO実施の経済的影響は(2)

10月14日に首都圏で発令された条件付き活動制限令(CMCO)は、当初の10月27日までの2週間の予定が11月9日までさらに2週間延長されました。Googleが提供する人の移動データ(Community mobility report)の最新版では10月23日までのマレーシアの人の移動の増減が州別に分かるため、CMCOの影響を確認することができます。

図1と図2はそれぞれKLとセランゴール州での人の移動の変化を「職場」「小売店・レクリエーション」「生活必需品店」についてみたものです。増減は新型コロナウイルス流行前の2020年1月〜2月上旬を基準にしています。

どちらも人の動きは似ており、10月14日以降、人の移動が減少していることが分かります。職場への移動についてはCMCO前と比較して10%強、小売・レジャー施設については20%前後減少しています。生活必需品店への移動については、CMCO前日の13日にいつもより増加しており、買いだめと考えられる動きがみられます。

この人の流れの変化と製造業生産指数や卸売・小売業売上高の対応関係をみることで、CMCOが経済に与える影響を概ね予測することができます。

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首都圏でのCMCO実施の経済的影響は(1)

マレーシアの首都圏では新型コロナウイルス感染拡大への対応として、10月14日から条件付き活動制限令(CMCO)が再び実施されています。今回のCMCOでは多くの経済活動が引き続き実施可能となる一方、地区(district)をまたぐ移動が原則禁止されたり、教育機関や娯楽施設などが閉鎖されたりしています。

人の移動と経済活動の間には明確な関係があります。図1はGoogleのデータに基づく職場への移動(赤)と製造業生産指数(青)の増減を重ねたもの、図2は小売店・レジャー施設への移動(赤)と卸売・小売業販売高(青)の増減を重ねたものです。どちらのグラフも、人の移動と経済活動の間に明確な関係があること示しています。

職場への移動と製造業生産指数の増減は5月までは連動していますが、6月からは製造業生産指数がプラスに転じる一方で、職場への移動はコロナ前の15-20%減にとどまっています(図1)。これには、リモートワークやビデオ会議の活用が関係していると考えられます

小売店・レジャー施設への移動と卸売・小売業販売高の増減は基本的に連動していることが分かります(図2)。サービス業のほうが、製造業よりも人の移動との相関が高いといえます。

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新型コロナウイルス、ASEANの状況

10月12日、KL、スランゴール、プトラジャヤに対して10月14日から27日までの間、条件付き活動制限令(CMCO)が再度発令されることが発表されました。

地図は、Googleの人流データに基づいて、ASEAN各国の9月30日〜10月6日の職場への人の移動の増減を新型コロナウイルス流行前と比較して色分けしたものです。現在、ASEANで最も職場への移動が減っているのはミャンマーで54%減となっています。これは、マレーシアの過去状況に当てはめるとMCO期に相当します。

逆に状況が良いのはベトナムで、新型コロナウイルス流行前よりも職場への移動が増加しています。タイについても、職場への移動は10%減にとどまっています。

マレーシアの職場への移動は15%減、状況が近いのはカンボジアとラオスで、ともに19%減となっています。一段状況が悪いのはインドネシアとフィリピンで、職場への移動はそれぞれ23%、35%減少しています。これはマレーシアではCMCO期に相当します。

アジアではこれまで感染が少なかったネパールとミャンマー、マレーシアで新規感染者が急増しています。ただ、マレーシアについては欧米と比較すれば感染者数は少なく、適切な政策で抑制可能と考えられます。今回の措置も、首都圏での感染爆発を防ぐための予防的措置と考えられます。

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マレーシアで新型コロナウイルス陽性者が急増

10月5日、マレーシアの新型コロナウイルスの陽性者数は432人となり、過去最高を更新しました。7月下旬以降、最大でも20〜30人だった新規陽性者は、9月に入って増加に転じ、10月に入ると過去最高をたてつづけに更新しています。

マレーシアで陽性者数が急増している要因のひとつがサバ州での感染拡大です。大規模なクラスターが最初に発生したのは東部のラハ・ダトゥで、陽性者にはフィリピンやインドネシアからの違法労働者が多く含まれていました。また、サバ州への旅行者を起点とする感染が全ての州で発生していることが確認されています。

これまでマレーシア政府は新型コロナウイルスの感染拡大を効果的に抑制してきましたが、周辺国との人流が多いマレーシアで新型コロナウイルスをコントロールすることは大変難しくなっています。直近の数字では、インドネシアでは1日の新規陽性者数が4,000人を超えており、フィリピンでも2,000人を超えています。

アジアではマレーシア以外にも、最近まで感染者数が非常に少なかったミャンマーやネパールで新規陽性者数が急増しており、1日の新規陽性者数が7万人を超えるインドとの人流が影響している可能性があります。

10月4日、ノル・ヒシャム保健局長はツイッターで「最前線にいる全ての仲間へ。大きな戦いが我々を待ち受けている。我が国の命運は我々にかかっており、これまでの不眠不休の努力と慢性的な疲労はあるけども、涙を拭いて顔を上げ、前を向いて、再び感染者数を押さえ込もう」と呼びかけました。

全世界が準備不足だった2〜3月の状況に比べ、現在は検査体制も整っているため、陽性者数を直接比較することはできません。しかし、世界中で新規感染者数が再び増加に転じる国が増えてきており、予断を許さない状況です。

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2019年のマレーシアの賃金サーベイ

9月17日、マレーシアの2019年の賃金サーベイの結果が発表されました。月額賃金の中央値は前年から5.8%増の2,442リンギ、平均値は前年から4.4%増の3,224リンギとなり、経済成長率に近い順調な伸びとなりました。

図は月額賃金の中位値を教育水準別にみたものです。2018〜2019年で最も賃金が伸びたのは「教育なし」層で伸び率は23.2%に達しました。これは、最低賃金が2018年時点の半島部1,000リンギ/月、サバ・サラワク920リンギ/月から2019年に1,100リンギ/月に引き上げられたことが大きく影響していると考えられます。

その他の教育水準についての賃金の伸びは、初等教育が2.8%、中等教育が5.7%、高等教育が6.9%と教育水準が高まるにしたがって、賃金の上昇幅も大きくなっていることが分かります。

これは、マレーシアでは「画期的」なことです。これまで長く、マレーシアでは高等教育修了者の賃金の伸びが、初等・中等教育修了者を下回る状況が続いていました。高等教育修了者が増える一方で、経済の高度化がそれにおいつかず、人材の需要が抑制される状況が続いていたためです。

高学歴者ほど賃金が伸びることは、所得格差の観点からは注意が必要ですが、高所得国を目指す経済では望ましいことで、今後もこのトレンドが続くか注目されます。

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需要急増で好調なゴム手袋業界、タイの追い上げ始まる

新型コロナウイルス「Covid-19」の感染拡大を受けて世界中で需要が急増している個人用医療防護器具(PPE)。中でもゴム手袋の需要拡大はラテックス手袋の原料である天然ゴムの主要産地である東南アジアに大きな恩恵をもたらしているが、同時にこの恩恵に預かろうとする企業の間で熾烈なゴム手袋製造競争が始まっている。

ゴム手袋生産で世界トップを走るマレーシアは特に需要拡大による恩恵が大きく、世界最大手のトップ・グローブは株価が急上昇して、7月にはブルサ・マレーシア(マレーシア証券取引所)で時価総額2位に浮上した。今年に入ってからの株価上昇率は実に450%だ。ニトリル手袋に強いハルタレガも時価総額で3位に浮上、大手のスーパー・マックスやコッサン・ラバーも軒並み株価を上げている。

マレーシア製ゴム手袋は世界需要の3分の2を賄っている。マレーシア・ゴム手袋製造業者協会(MARGMA)は今年の世界需要が昨年の2,980億枚を大きく上回る3,450億枚に達するとみており、65%に当たる2,250億枚をマレーシアからの輸出品が占めると予想している。こうした需要急増の予測を背景に、ゴム手袋メーカーは増産に次ぐ増産に明け暮れている。

これに触発されて新規参入組も増えている。ペトロナス・ケミカルズ・グループは8月、韓国のLG化学と組んでゴム手袋製造に参入すると発表。世界最大のコンドームメーカーのカレックスもゴム手袋の生産に参入する方針を明らかにした。情報技術(IT)サービスのアイニクス・テクノロジーや不動産開発業者のアスペン・グループ、同ティティジャヤ・ランド、中国・康爾竹業のマレーシア子会社のようにゴムとは直接関係のない業界からも参入計画が次々と発表されている。

ゴム手袋製造競争はまた国境を超えて拡大している。中でも年間約480万トンを生産する天然ゴム世界トップのタイはマレーシアの大手ゴム手袋メーカーの大躍進をみて忸怩たる思いを抱いていたようで、ここに来てゴム手袋生産拡大に全力をあげている。タイ最大のスリ・トラン・グローブズは2026年までに年産能力を現在の2倍の700億枚に増やす計画だ。

これまでタイ産天然ゴムの80%はタイヤメーカーなどに輸出されており、ゴム手袋の国産化が遅れていた。一方、天然ゴム生産で遅れをとったマレーシアはいち早く最終製品であるゴム手袋の国産化を進める一方で、アレルギーを起こす可能性のある天然ゴム製ラテックス手袋から合成ゴムのニトリル・ゴム手袋へのシフトを進めてきた。現時点ではタイはこの分野でマレーシアに水をあけられているが、新型コロナをきっかけにタイがどれだけ追い上げるか注目される。

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マクロ指標、最悪期を脱する兆候

コロナ禍で大打撃を受け、4−6月期の実質GDP成長率(経済成長率)は前年同期比マイナス17.1%となり、アジア通貨危機の1998年10−12月期のマイナス11.2%よりも悪い状況を経験しました。ただ、最近のマクロ経済指標をみていると底打ちして上向きとなる要素がみられるようになりました。
まず、失業率をみると今年5月は5.3%と1989年に次ぐ高い数値となりましたが、6月は4.9%、7月は4.7%と回復する傾向を示しています。
鉱工業生産指数も7月は116.2で前年同月比+1.2%となりました。前年同月比でプラスとなったのは2月以来の5カ月ぶりとなります。特に、鉱工業生産指数の計算で最も比重の高い製造業は、6月と7月は連続してプラスの伸びを示しています。
さらに、流通業売上高は4月の前年同月比マイナス36.6%を底として、5月からは前月比ではプラスに転じて、7月は前年同月比マイナス3.5%まで回復してきました。今後、2〜3カ月でプラスに転じる可能性も十分にあるでしょう。
こうした指標を受けて、マレーシア中銀は9月10日の金融政策決定会合で5会合ぶりに金利を据え置くことを決定しました。金融緩和による景気の浮揚を念頭に入れた連続利下げが一服した格好であり、中銀は経済は最悪期を脱したという認識を持っていることが推測されます。
アジア開発銀行は今年のマレーシアの経済成長率を前年比マイナス5.0%と予想しており、ムヒディン首相は活動制限を年内まで延長し、国境開放も急がないと述べています。決して良い状況とは状況とは言えませんが、マクロ指標をみていると上向きとなりつつあることが読み取れることも確かです。

※本連載の内容は著者の所属組織の見解を代表するものではなく、個人的な見解に基づくものです。

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酒販売規制強化求める声、飲酒運転罰則強化の陰で

飲酒運転による重大交通事故が続発したことを機に高まった罰則強化を求める声を受け、飲酒運転に対する罰則強化を盛り込んだ「2020年道路交通法(改正)」法案が8月26日、下院議会で可決された。

飲酒運転の罰則(初犯)はこれまでの罰金1,000リンギ以下から罰金1,000—5,000リンギに、死亡事故を起こした場合は禁固10年以上15年以下、及び罰金5万リンギ以上10万リンギ以下に、免許取り消し期間は10年にそれぞれ引き上げられた。飲酒運転の定義も強化され、呼気中のアルコール濃度はこれまでの0.35mg/Lから0.22mg/Lに、血中アルコール濃度が同0.8mg/ml(0.08%)から0.5mg/mlにそれぞれ引き上げられた。

これまでユルいと言われていた飲酒運転に対する罰則強化は妥当なところだが、同法案の審議の過程では、飲酒を禁忌としているマレー系議員からアルコール飲料の販売そのものに対する規制強化を求める声が次々と上がった。

イスラム原理主義政党、汎マレーシア・イスラム党(PAS)のアハマド・ファドリ・シャアリ議員(パシルマス選挙区)は、「アルコール飲料がなくなれば、厳格な法律を導入する必要なく、飲酒運転の問題を解決できる」と言明。暫定的な措置としては酒場の周辺での駐車を制限し、利用者が公共交通機関や配車サービスを使うよう仕向けることを提案した。

統一マレー国民組織(UMNO)のノー・オマル議員(タンジョン・カラン選挙区)は、米カリフォルニア州では午前2時から午前6時まで、シンガポールでは午後10時半から午前7時までアルコール飲料の販売を禁止している例を挙げ、アルコール飲料の販売時間を制限して24時間販売を禁止すべきと提言。酒場の前で警察官が店を出る者のアルコール濃度をチェックして車を運転させないようにすることを提案した。

ウィー・カション運輸相は、アルコール飲料の販売制限については住宅地方自治省の管轄だと回答。あくまで法改正は飲酒運転を取り締まるためのものだとし、非ムスリムの飲酒の権利に対する配慮をみせている。しかしアルコール小売の管轄官庁である住宅地方自治省のイスマイル・アブドル・ムタイブ副相は、「全国の食料品店におけるアルコール飲料の販売規則を見直す必要があることに同意する」と言明。「アルコール飲料の販売ライセンスは関税局の管轄下にあるが、アルコール飲料が地域社会にプラスの効果よりもマイナスの効果をもたらしていることを考えると、住宅地方自治省としては食料品店での販売規制を検討する必要があると考えている」と述べた。

すでにクアラルンプール市役所(DBKL)は、販売ライセンスの新規発行を凍結しており、再開するメドはたっていない。非ムスリムからは規制強化に対して批判の声が上がっている。

安定多数の議席をもたないムヒディン・ヤシン政権は、実質的にPASとUMNOという二大マレー政党に支えられている。マレー有権者受けする政策に偏ることは避け難く、アルコール飲料販売規制強化も避け難い情勢にある。

(マレーシアBIZナビ編集部)

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