928回:危機になると、従業員が会社を見る目は変わる

前回は、農業を題材に、短期的な効率化が長期的には弱さにつながる可能性について紹介しました。今回は企業に戻り、経済危機が従業員の意識をどう変えるのかについて考えてみます。

従業員が「この会社で働き続けたい」と思う理由は一つではありません。上司の支援、同僚との関係、仕事の裁量、報酬の公平性など、さまざまな要因があります。しかし、こうした要因の重要性は、いつでも同じなのでしょうか。

この疑問を調べるため、拙稿では中国にある日系企業4社で2007年から2011年に実施した従業員意識調査を分析しました。この期間には2008年の世界金融危機、いわゆるリーマン・ショックが含まれています。分析対象は1万1507件でした。

興味深い変化が見られたのが、世界市場向けの電子部品を生産していた製造会社です。この会社では、金融危機後、「報酬が公平である」と感じることと組織コミットメントとの関係が大きく強まりました。一方、他の3社では同じ変化は見られませんでした。

さらに、この製造会社の生産部門を詳しく調べると、一般従業員では、報酬の公平性と組織コミットメントとの関係が危機前の0.415から危機後には0.599へと約44%強まりました。ところが監督者では、0.526から0.557へとほとんど変化しませんでした。

なぜでしょうか。会社の先行きが不透明になると、一般従業員は「会社は自分をきちんと扱ってくれるのか」を判断する材料として、給与、評価、昇進などの公平性を、それまで以上に重視するのかもしれません。監督者は会社内部の情報や裁量を比較的多く持つため、その影響を受けにくかったと考えられます。

重要なのは、危機になると何もかも重要になるわけではないことです。上司の支援、同僚との関係、裁量なども含めて分析すると、危機後に重要性が明確に増したのは報酬の公平性だけでした。

これは「危機になったら給料を上げればよい」という話ではありません。むしろ、給与や評価がどのように決まり、なぜその結果になったのかを従業員が納得できることが重要です。

従業員の勤労意欲を高める方法には、いつでも通用する正解があるわけではありません。環境が変われば、従業員が会社を見る物差しも変わる。不確実な時代の人事には、この視点がますます重要になるのではないでしょうか。

論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). When fair rewards matter more: Economic crisis, employee position, and organizational commitment in Japanese subsidiaries in China. Human Resource Management Journal, Early View. https://doi.org/10.1111/1748-8583.70061

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)